ハウスダスト粒子中の殺虫剤と多環芳香族炭化水素の分布


1999年9月1日

CSN #093

1970年代の後半頃から、室内環境に起因すると考えられる、身体症状が報告されるようになりました。頭痛、頭重、眼や鼻の刺激症状、体調不全感などが主体で、「シックビルディング・シンドローム:SBSと呼ばれています。しかしビルだけでなく、一般住宅室内でも同様の現象が報告されるようになり、数年前より「シックハウス・シンドローム」と呼ばれるようになっています[1] 

このような現象には、室内空気汚染物質が関与していると考えられています。室内空気汚染物質は、大きくはホルムアルデヒドや揮発性有機化合物などのガス状汚染物質と、粒子状汚染物質に分けられます。粒子状汚染物質は、表1のように分類されています[2] 

  

表1 主な粒子状汚染物質(信州大学 入江教授)[2]

種類

主な発生源

健康影響

ハウスダスト(砂塵、繊維状粒子、ダニのふん、破片)

外気、衣服、じゅうたん、ペット、食品くず、ダニ

アレルギー反応

たばこの煙

喫煙

肺癌、心臓血管系疾患

細菌

人その他、外気

病原性のあるものはまれ。室内空気汚染の指標となる。

真菌(カビ)

建築材料、外気

アレルギー反応

花粉

外気

アレルギー反応

アスベスト

断熱材、耐火被覆材

肺癌、悪性中皮腫、その他

これらの粒子状汚染物質の中で、ハウスダスト(室内塵)はアレルギー性鼻炎、アレルギー性皮膚炎、アレルギー性結膜炎などのアレルギー性疾患の原因物質であるアレルゲンの1つとして挙げられています。アレルゲンには、イネ科植物、雑草、樹木などの植物花粉由来によるもの、動物表皮、寄生虫、昆虫、ダニなどの動物由来のもの、卵、牛乳、肉、魚介類、穀類、豆類などの食物由来のもの、その他カビ、ハウスダスト(室内塵)、職業性、薬物由来のアレルゲンがあります[3][4] 

表1にあるように、ハウスダストは外気、衣服、じゅうたん、ペット、食品くず、ダニが主な発生源となっていますが、室内ではじゅうたんに最も効率よく蓄積されます。そのため、まだ歩くことが出来ない乳幼児は、ハウスダストに曝露するリスクが子供や成人より高いと考えられます。 

  

ハウスダストは表1にあるように、砂塵、繊維状粒子、ダニのふん、破片など様々な物質から構成されています。しかしアメリカ政府が発行する科学雑誌「環境衛生展望」19999月号において、ハウスダスト粒子中に殺虫剤多環芳香族炭化水素(PAHs)が検出され、その濃度は粒子径が小さくなるほど高くなると米環境保護庁−国立曝露研究所のRobert G. Lewisらが報告しました[5] 

この研究では、ノースカロライナ州ローリー市、ダラム−チャペル・ヒルに住んでいる一般家庭から、清掃サービス業者が収集したハウスダストを分析しています。得られたハウスダストサンプルは、直径4 -500ミクロン(μm)の範囲において、粒子径ごとに7つに分類されました。そして、28種類の殺虫剤と10種類の多環芳香族炭化水素(PAHs)に対象を絞って分析し、次のような結果を得ています。 

  

多環芳香族炭化水素PAHs)は約50種類の化合物[6]の総称で、ものが 燃える(不完全燃焼する)ときに発生します。例えば、たばこの煙、火を使って料理したり、石油・ガスの暖房をつける時に必ずと言ってよいほどPAHsが発生します。PAHsの中には、強い発癌性を示すものや、発癌を促進させるものなどが数多く存在しています。例えば、ベンゾ(a)ピレン、ベンゾ(a)アントラセンは、世界保健機関(WHO)の国際がん研究機関(IARC)によって、ホルムアルデヒドと同じGroup 2A(人に対しておそらく発がん性を示す)に分類されています[7] 

合成ピレステロイドは極めて種類が多く、農薬として使われるほか、蚊取り線香など家庭用殺虫剤の成分としてよく使われています。その一例を表2に示します[8] 

  

表2 家庭用品中の合成ピレステロイド[8]をもとに作成)

製品

合成ピレステロイド成分

健康影響

蚊取りマット

アレスリン、フラメトリン

中枢刺激作用と痙攣誘発作用

蚊取り線香

アレスリン、ピレトリン

液体蚊取り

アレスリン、プラレトリンを0.662.8%

ピレスロイド系殺虫剤スプレー(家庭用)

フタルスリン、アレスリン、レスメトリン

ピレスロイド系燻煙剤
(家庭用)

ペルメトリンを515%含有するものが多い

殺蟻剤

ピレスロイド剤(アレスリン、フタルスリン、レスメトリンなど)25%のものが多い

ペット用ノミ取り剤・虫よけ剤

アレスリンを約1%前後含有

防虫シート

アレスリン

この研究の殺虫剤の中で最も多く検出されたペルメトリンは、一般的に家庭用燻煙剤(室内で煙をたいて殺虫する)やゴキブリ用エアゾールなどに用いられています。発癌性に関しては、国際がん研究機関(IARC)において、トルエンと同じGroup 3(人に対する発がん性について分類できない)に分類されています[7]。またベンゾ(a)ピレンやペルメトリンは、環境庁が示した内分泌攪乱化学物質(環境ホルモン)67項目の中に挙げられています[9] 

ハウスダストに含まれる微粒子は、粒子径が小さくなるほど殺虫剤や多環芳香族炭化水素などの有害化学物質が多く含まれる傾向が示されました。また、粒子径が10μm(μは百万分の1)以下の微粒子は、肺の奥に付着しやすく、健康影響が大きいと考えられています。室内のハウスダストには、アレルギー性疾患の原因となるアレルゲンだけでなく、殺虫剤や発癌性などを有する有害化学物質が含まれている可能性があることを認識し、室内をこまめに掃除するよう心がけることが大切です。 

Author:東 賢一

 

<参考文献>

[1] 東 敏昭, 建材試験情報「室内環境汚染物質について」, Vol.33(3), p11-15 (1997) 

[2] 入江建久, 環境管理「室内空気環境をめぐる諸問題と今後の対応」, Vol.33(2), p113-119 (1997) 

[3] 花粉・アレルギー情報:社団法人 兵庫県臨床衛生検査技師会
http://lala.med.kobe-u.ac.jp/INF/VISITOR/ALLERGY/allergy-index.html
 

[4] 「健康と住まいの情報センター」アレルギーと住環境情報室:大阪府 保健衛生部 環境衛生課 環境衛生第一係
http://www.iph.pref.osaka.jp/indoor/

[5] Robert G. Lewis, Christopher R. Fortune and others; Environmental Health Perspectives Volume 107, Number 9, September 1999
http://ehpnet1.niehs.nih.gov/docs/1999/107p721-726lewis/abstract.html
“Distribution of Pesticides and Polycyclic Aromatic Hydrocarbons in House Dust as a Function of Particle Size”
 

[6]「多環芳香族炭化水素(PAHs)データベース」:豊橋技術科学大学 第5工学系 神野研究室
http://chrom.tutms.tut.ac.jp/JINNO/DATABASE_J/00alphabet_j.html
 

[7]「国際がん研究機関(IARC)の発癌性分類」:国立医薬品食品衛生研究所、化学物質情報部
http://www.nihs.go.jp/hse/chemical/iarc/iarc.html
 

[8]「誤飲物質の毒性検索システム」外来小児科学ネットワーク
http://city.hokkai.or.jp/~satoshi/TOX/tox.html

 

[9]「環境ホルモン戦略計画SPEED'98」環境庁 環境保健部 環境安全課, 19985
http://www.eic.or.jp/eanet/end/endindex.html


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