オゾンによる水処理で生成する副産物


1999年9月18日

CSN #096

オゾンは強い酸化作用を有する気体で、生体に対して有害な化学物質です。大気汚染の1つである光化学スモッグは、自動車や工場などから排出される燃焼ガスに含まれる炭化水素や窒素酸化物(NOx)が、太陽光の紫外線による光化学反応で生成された光化学オキシダントによるものです。この光オキシダントの70-90%がオゾンです。オゾンの強い酸化作用は、濃度によっては眼、粘膜、上部気道を刺激し、ヒトの呼吸器機能に影響を及ぼします[1] 

また、このオゾンの強い酸化作用は、殺菌、脱臭、脱色などに利用されてきました。飲み水の消毒処理に、ヨーロッパではフランスで1906年から用いられており、現在では最も一般的なオゾン利用法です[1][2]。オゾンを発生させるには、オゾン発生器が用いられます。電力が必要なので、電気料金が高い日本では、飲み水となる上水処理は塩素処理が主流となっています。そのため、日本国内でのオゾンの水処理への適用は、浄水施設よりも主に工場廃水処理やし尿処理で用いられています[2] 

しかし塩素処理は、殺菌や消毒などの反応後に塩素がイオンとして残留し、臭いの原因となったり、水中の有機物や臭素と反応してトリハロメタン(THMs)が発生する問題があります[2]。トリハロメタン(THMs)は,水中に含まれる有機物やし尿、工場排水中の有機物と塩素が反応してできるハロゲン系有機化合物で、クロロホルム、ブロモジクロロメタン、ジブロモクロロメタン、ブロモホルムの総称です。クロロホルムとブロモジクロロメタンは、世界保健機関(WHO)の国際癌研究機関(IARC)の分類で、鉛と同じグループ2B(人に対して発がん性を示す可能性がある)に属しています。そのため厚生省では、水道水の水質基準として総トリハロメタンは、0.1 mg/L (10ppb)以下と設定しています。 

塩素処理にはこのような問題があるため、日本でもオゾンによる上水処理が検討されています。東京都の一部の浄水場では、オゾン処理と生物活性炭処理を組み合わせた高度浄水処理が、平成4年から行われています。生物活性炭処理とは、粒状の活性炭に繁殖させた微生物の酸化分解作用と活性炭の吸着作用により有機物を除去する方法です[3] 

このように、古くからオゾンが水処理に用いられています。アメリカでもオゾン処理は、飲み水の消毒に広く使われています。アメリカ国内でオゾンによる水処理を行っている浄水場は、1997年で約1501998年で約250と倍近く増えています[4]。しかしオゾンは強い酸化作用があるので、その酸化作用により、水の処理反応時に副生成物が生成すると考えられています。この副生成物は、消毒副生成物(DBPs)と呼ばれています。トリハロメタンは、塩素処理による消毒副生成物(DBPs)です。しかしこれまで、オゾン処理で生成される消毒副生成物(DBPs)にどのような化学物質があるのかよくわかっていませんでした。 

今年の8月に、アメリカの科学雑誌「環境科学と技術」で、オゾンによる水処理によって生成する消毒副生成物(DBPs)に関する研究が、アメリカ環境保護庁(USEPA)Susan D. Richardsonらによって報告されました[4]。この研究は、アメリカ環境保護庁(EPA)の国立曝露研究所と、アメリカの国立リスクマネジメント研究所が共同で組織した研究チームによって行われました。 

これまでオゾン処理による消毒副産物(DBPs)が、塩素処理によって生成されるトリハロメタンなどの消毒副産物(DBPs)と比べて、有害な化学物質を生成するかどうかわかっていませんでした。また一般には、オゾン処理後に家庭に送られるまで消毒効果が保持されるように、オゾン処理後に塩素やクロラミンが投入されます。このようにオゾン処理後に塩素やクロラミンを投入した場合に、どのような消毒副産物(DBPs)が生成するか、ほとんどわかっていませんでした。 

研究者らの目的は、オゾン処理単独でどのような消毒副産物(DBPs)が生成されるか、また塩素やクロラミン処理を併用した場合に、どのような消毒副産物(DBPs)が生成されるかについて、様々な化学分析法を用いて同定することでした。研究者らが用いた化学分析手法は、ガスクロマトグラフ/電子衝撃質量分析法(GC/EI-MS)、ガスクロマトグラフ/化学イオン化質量分析法(GC/CI-MS)、ガスクロマトグラフ/赤外線分光光度計(GC/IR)でした。また、イオン化された副生成物を同定するために、通常用いられるXAD樹脂に加えて、ペンタフルオロベンジルヒドロキシアミン(PFBHA)とメチル化誘導体がサンプル抽出に用いられました。その結果、これまで報告されたことがなかった多くの有機化合物が検出されました。 

オゾン処理の実験は、ミシシッピ川水域を水源として使っている、ロサンゼルスのジェファソン・パリッシュ(Jefferson Parish)にある試験処理施設で、表1に示す条件で行われました。 

表1 実験で用いた原水の水質とオゾン投入量([4]をもとに作成)

繰返
番号

時期

TOC*
mg/L

水温
()

PH**

全アルカリ度***
mg/L

全硬度****
(CaCO3)
mg/L

カルシウム硬度****
(CaCO3)
mg/L

濁度*****
(NTU)

オゾン投与量
mg/L

1

19941

2.7

7.8

7.4

102

172

123

1.35

2.1

2

19948

2.6

28.5

7.6

110

174

103

0.85

4.3

3

19955

3.7

18.5

7.5

112

152

88

1.25

3.0

4

19969

3.0

28.5

7.9

140

182

115

0.98

4.3

(用語の説明)

*TOC(全有機体炭素)
有機物に含まれている炭素の量で水の汚れを表します。

**pH(水素イオン濃度指数)
酸性、アルカリ性の度合いを表す指数。7が中性で7より大きくなるとアルカリ性が強くなり、7より小さくなると酸性が強くなります。一般に地表水は7.0-7.2

***アルカリ度
水中の重炭酸塩,炭酸塩または水酸化物などのアルカリ性成分をpH4.8まで中和するのに用いた酸の量を炭酸カルシウム(CaCO3)mg/lで換算した指数です。浄水度合いを表し、流入下水のアルカリ度は,150200mg/l

****硬度
総硬度とは、水中のカルシウムイオンとマグネシウムイオンの量をCaCO3mg/Lに換算して表した指数です。カルシウム硬度とは水中のカルシウムイオンの総量で表される指数です。日本の河川水ではカルシウム硬度が10.4-13.0mg/L, マグネシウム硬度が3.8 -4.8mg/L

*****濁度
水の濁りの度合いを表す単位です。1Lの水に粒径6274ミクロンの白陶土1mgを含ませたときの濁度を1度として,これが基準となっています 

*その他の条件

原水、オゾン単独処理水、オゾン+塩素あるいはクロラミン併用処理水中の有機系消毒副産物(DBPs)を分析した結果、表2の結果が得られました。 

表2 オゾン処理、オゾン+塩素やクロラミン処理水から同定された消毒副産物(DBPs) [4]をもとに作成)

大分類

化合物名

オゾン単独処理

オゾン処理/塩素またはクロラミン処理併用

ノンハロゲン系消毒副生成物

アルデヒド

ホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、ベンズアルデヒド、アルキルアルデヒドなど18種類

  • おおまかに原水の2-3倍の濃度が検出された

  • 特にカルボン酸はアルデヒド、ケトンなど他の有機化合物より高濃度であった。

 

ケトン

アセトン、アルキルケトンなど10種類

ジカルボニル

グリオキサールなど6種類

カルボン酸

ブタン酸、ブタン二酸、テレフタル酸など40種類

アルド、ケトン酸

3-ケトブタン酸など3種類

ニトリル

ベンゼンアセトニトリルなど2種類

ハロゲン系消毒副生成物

ハロアルカン、ハルアルケン

クロロホルム、ブロモホルム、ブロモジクロロメタンなど11種類

検出されなかった

  • 全体的に総じて、塩素やクロラミン単独処理と同レベル以上の濃度が検出された。

  • オゾンが生成反応に関与したと考えられる化合物はなかった。

  • ジクロロアセトアルデヒド(20)1,1-ジクロロプロパノン(2)は塩素やクロラミン単独処理よりも高濃度であった。

  • トリハロメタン(THMs)とハロゲン酢酸(HAAs)は、塩素やクロラミン単独処理よりも低濃度であった。

  • 但し、ブロモホルムなどの臭化物は、塩素やクロラミン単独処理よりも高濃度であった。

ハロアルデヒド

ジクロロアセトアルデヒドなど6種類

ハロケトン

1,1-ジクロロプロパノンなど16種類

ハロジカルボニル

2,2,4-トリクロロ-1,3-シクロペンテンジオン

ハロゲン酸

クロロ酢酸、ブロモ酢酸、ジクロロ酢酸など9種類

ハロアセトニトリル

ジクロロアセトニトリルなど5種類

ハロアルコール系溶剤

2-ブロモエタノールなど2種類

ハロニトロメタン

トリクロロニトロメタンなど3種類

その他

クロロメチルベンゼンなど7種類

(用語の説明)

(注)濃度に関しては、分析計チャートのスペクトル比から判断されており、正確に濃度を測定したものではありません。概略の比較としてコメントされています。

 

またオゾン処理施設では、アルデヒドなどの同化性有機体炭素(AOC)をオゾン処理後の水から除去するために、生物濾過処理が併用される場合があります。この研究では、オゾン処理−生物濾過処理−塩素処理、オゾン処理−塩素処理の2つの方法で、同化性有機体炭素(AOC)濃度を比較しています。その結果を表3に示します。 

表3 生物濾過処理による同化性有機体炭素(AOC)除去効果([4]をもとに作成)

処理方法

同化性有機体炭素(AOC)濃度

オゾン処理−生物濾過処理−塩素処理

668 g of C 等量/L

オゾン処理−塩素処理

338 g of C 等量/L

表3から明らかなように、オゾン処理で増大した同化性有機体炭素が、その後の生物濾過処理で約半分になっています。 

 

一般に、アルコールが酸化されるとアルデヒド、ケトンなどのカルボニル化合物が生成されます。またアルデヒドが酸化されると、さらにカルボン酸が生成されます。つまりこの研究結果は、それらの反応が生じていることを示しています。 

この研究では分析データから、オゾン処理によって、おおまかに原水中の2-3倍程度のアルデヒド、ケトン、カルボン酸などのノンハロゲン系消毒副生成物が生成されることが示されました。またオゾン処理は、その後の第2処理工程で塩素やクロラミン処理を行わなければ、塩素や臭素基を含むハロゲン系副生成物が生成しなかったと報告しました。 

オゾン処理には、病原性生物(ウイルス,細菌,原生動物等)の消毒、細菌やウイルスや藻類等の殺菌や殺藻、脱臭、濁度除去、難分解性有機物の生分解性向上などの効果があることがわかっています[5]原水中の有機化合物が比較的低濃度であれば、オゾン処理は消毒・殺菌などの上水処理として有効な方法である可能性があります。また、生物濾過処理を併用すれば、オゾン処理で生成されたアルデヒドなどを含む同化性有機体炭素が低減できる可能性があります。東京都の事例では、第2処理に生物活性炭処理を併用しています。このようなオゾン処理をベースとした上水処理は、今後さらに研究が進み、低コスト・高効率のオゾン処理施設が確立されれば、塩素処理代替法としての可能性があると思われます。 

但し、原水中に有機化合物が多量にあると、アルデヒドやケトンなどの消毒副生成物が大量に生成される可能性があります。やはり基本的には、生活排水、産業排水、農業排水などによる地下水や河川の汚染をできるだけ低減することがとても重要です。 

Author:東 賢一 

<参考文献>

[1] 入江建久、「IAQ専門委員会報告(前半)」空気清浄, Vol.34(5), p357-405 

[2] 小川貴道・鈴木亮輔、わかりやすい解説「オゾンの利用」、京都大学エネルギ−科学研究科 小野研究室(水処理の項をご参考下さい)
http://ogre.mtl.kyoto-u.ac.jp/ozone/index.html
 

[3] 「東京の水道」:東京都水道局(水道管理のご案内−安全でおいしい水作りへ入って下さい)
http://www.waterworks.metro.tokyo.jp/himitsu/top.html
 

[4] Susan D. Richardson, Alfred D. Thruston and others, Environmental Science & Technology, ASAP Article 10.1021/es981218c S0013-936X(98)01218-8; Web Release Date: August 17, 1999 環境科学と技術
http://pubs.acs.org/hotartcl/est/99/research/es981218c_rev.html
“Identification of New Ozone Disinfection Byproducts in Drinking Water”
 

[5] 高橋信行「オゾンを用いた難分解性有機物の分解」NIREニュ−ス199611月、資源環境技術総合研究所 水圏環境保全部 水質制御研究室
http://www.aist.go.jp/NIRE/index_j.html
(研究紹介へ入り、1996年の項で確認できます)


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