自動車室内の揮発性有機化合物(VOCs)濃度


1999年9月29日

CSN #099

自家用乗用車を中心とした自動車保有台数の増加(約7,300万台)、運転免許保有者数の増加(約7,100万人)、高速道路網等の道路整備の発達により、自動車からの排出ガスが増加しています。また近年の傾向として、大型車(3ナンバーの普通乗用車)の増加や野外レジャーブーム等によるRV車の増加で排気量が増大し、排出ガスの増加に拍車をかけています[1] 

一般的なガソリン自動車やディーゼル自動車の排出ガスには、一酸化炭素(CO)、炭化水素(HC)、窒素酸化物(NOx)、ベンゾピレンなどの多環芳香族炭化水素(PAHs)、二酸化炭素(CO2)、メタン、エチレン、ホルムアルデヒド、ベンゼン、トルエン、キシレン、二酸化硫黄(SO2)、浮遊粒子状物質(SPM)などの多くの有害化学物質が含まれています。 

これらの化学物質は、大気汚染を引き起こすだけでなく、走行中の自動車室内にも侵入し、室内空気汚染を引き起こします。そこで、これに関連した3つの報告を紹介します。 

1)アメリカの報告

アメリカの環境労働衛生科学研究所(EOHSI)曝露測定評価部のLawryk NJらは、1991年から1992年にかけて、アメリカ・ニュージャージー州郊外と、ニュージャージ州−ニューヨーク州間の通勤圏の道路において、走行中の自動車室内の揮発性有機化合物(VOCs)濃度を測定した結果について報告しました[2] 

2台の自動車を一緒に走らせて測定した結果、自動車室内の揮発性有機化合物(VOCs)濃度は、ニュージャージー州郊外の通勤圏の道路を走行中に最も低く、ニュージャージー州の高速道度でわずかに高くなり、リンカーン・トンネルを通過中に最も高くなったと報告されました。また、測定した揮発性有機化合物の車内濃度中央値は表1の通りでした。 

表1 自動車室内のガソリン由来の揮発性有機化合物(VOCs)濃度[2]をもとに作成)

揮発性有機化合物

室内濃度中央値(μg/m3)

ベンゼン

14.0

エチルベンゼン

6.8

m-キシレン

6.8

p-キシレン

36.0

o-キシレン

15.0

199724日環境庁告示の日本の大気汚染基準によると、ベンゼンは1年平均値が3.0μg/m3以下となっています。また、この研究における自動車室外の大気中ベンゼン濃度は、1.8μg/m3以下でした。表1の結果は、自動車室内の揮発性有機化合物(VOCs)濃度が室外よりかなり高いことを示しています。また、道路状況との関係から、車外の大気中の揮発性有機化合物が高い方が、室内濃度が高くなる傾向があると想定されます。

 

2)ドイツの報告

ドイツの環境分析と人間毒性学研究所のFromme Hらは、1994年、1995年夏2回、1996年冬に、自動車室内(三元触媒システムVW-Golf)と、併走する地下鉄車内でベンゼン濃度を測定しました。自動車の走行ルートは、地下鉄と併走した31kmの地下道を走行し、交通密度の高いベルリンの中央通りに接続されました。得られたベンゼンの室内平均濃度を表2に示します[3] 

表2 自動車室内と地下鉄室内のベンゼン濃度比較[3]をもとに作成)

測定時期

自動車の室内

地下鉄の室内

平均濃度
μg/m3

1日の最大濃度
μg/m3

平均濃度
μg/m3

1日の最大濃度
μg/m3

1994

21.1

31.9

8.4

16.0

1995年夏2

21.5

26.3

5.4

7.4

1996年冬

21.6

35.0

7.4

10.3

表2の結果より、自動車室内のベンゼン濃度が、併走する地下鉄室内のベンゼン濃度よりも約3倍高いことが示されました。研究者らは健康影響に関するリスク評価を受けるべきだと述べています。

 

3)韓国の報告

韓国の慶北(Kyungpook)国立大学 環境工学部のWan-Kuen Joらは、自動車室内の助手席、後部座席などの座席ごとに、揮発性有機化合物VOCs)濃度を測定した結果について報告しました[4]この研究では、空気清浄装置(ACDs)と内部ファンの使用状況の影響、アイドリング状態と通勤時の走行状態での比較が行われました。実験は、窓や通気口を閉じ、ファンをOFFにした低換気装置状態で行われました。評価結果について表3、4に示します。 

表3 種々の環境下における自動車室内の揮発性有機化合物(VOCs)濃度[4]をもとに作成)

評価項目

揮発性有機化合物(VOCs)濃度の状況

助手席と後部座席

アイドリング時

ほとんど差がなかった。

通勤走行時

空気清浄装置(ACDs)や内部ファンを使用しても、ほとんど差がなかった(p<0.05)

空気清浄装置(ACDs)
活性炭フィルターの効果

自動車の室内からVOCsを除去する効果がなかった

室内外の
濃度比較

ベンゼン、トルエン

室外よりも室内の空気の方が高かった(p<0.05)

他のVOCs

ほとんど差がなかった(p<0.05)

新型車と旧型車の室内濃度比較(ベンゼン以外のVOCs

新型車よりも旧型車の方が高かった(p<0.05)

 

表4 この研究での自動車室内の揮発性有機化合物(VOCs)の平均濃度[4]をもとに作成)

測定対象の揮発性有機化合物(VOCs)

室内平均濃度(μg/m3)

ベンゼン

38.3

トルエン

107.0

エチルベンゼン

9.2

p−キシレン

7.8

m−キシレン

16.9

o−キシレン

10.7

 

以上の3つの報告から、自動車室内において、ベンゼンなどの揮発性有機化合物(VOCs)の濃度が高いことがわかります。また、室外環境の影響を受けるとの報告があります。つまり。郊外などの比較的に自動車の排出ガスによる大気汚染が少ない環境、都会の交通量の多い環境、トンネルなどの閉鎖環境によって自動車室内の揮発性有機化合物(VOCs)濃度が影響を受けます。また、これらの報告のベンゼン濃度は、健康影響に関するリスク評価を受ける必要があるほど高いと考えられます。 

ベンゼンは、世界保健機関(WHO)の国際がん研究機関(IARC)の分類で、たばことたばこの煙、アスベスト、砒素、塩化ビニル、2,3,7,8-四塩化ダイオキシンなどと同じ、最上位のGroup 1(人に対して発がん性を示す)に分類されています[5]。また、トルエン、キシレン、エチルベンゼンなどの揮発性有機化合物(VOCs)は、中枢神経系に影響を及ぼす有機溶剤です。特にタクシーの運転手や長距離トラックの運転手など、自動車やトラック室内に長時間いる人々は注意が必要と思われます。 

自動車の排気ガスによる大気汚染問題は、現在でも深刻な問題です。そのため、低公害車の開発と従来車の低燃費化が進められています。現在、実用段階にある低公害車は、メタノール自動車、ディーゼルと電気を併用するなど複数の動力源を組み合わせたハイブリッド自動車、圧縮天然ガス(CNG)自動車、電気自動車の4種があり、集配トラックや路線バス等の一部に導入されています。しなしながら、専用の燃料供給施設や充電施設の問題、動力性能や走行距離の制約、高コストの問題等があり、普及には課題が多く残されています[1]。この中でハイブリッド自動車については、専用の燃料供給施設を必要としないため、小型乗用車で市販されるに至りました。 

車社会の発達による交通手段の利便化は、私たちに大きな貢献をもたらしました。しかしながら、同時に深刻な大気汚染問題を引き起こし、自動車室内の空気環境へも未だに影響を与えていることを理解する必要があると思います。 

Author:東 賢一

<参考文献>

[1] 平成10年度「運輸経済年次報告(運輸白書)」、平成101124日(運輸省)
http://www.kantei.go.jp/jp/kanpo-shiryo/990106/siry0106.htm#mokuji1
 

[2] Lawryk NJ, Lioy PJ, Weisel CP, Journal of Exposure Analysis and Environmental Epidemiology, Vol.5(4), p511-531, Oct-Dec 1995
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/htbin-post/Entrez/query?uid=8938247&form=6&db=m&Dopt=b
“Exposure to volatile organic compounds in the passenger compartment of automobiles during periods of normal and malfunctioning operation.”
 

[3] Fromme H, Oddoy A, Lahrz T, Piloty M, Gruhlke U, Zentralbl Hyg Umweltmed, Vol.200(5-6), p505-520, Feb 1999.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/htbin-post/Entrez/query?uid=9531723&form=6&db=m&Dopt=b
“Exposure of the population to volatile organic compounds inside an automobile and a subway train”
 

[4] WAN-KUEN JO & KUN-HO PARK, Journal of Exposure Analysis and Environmental Epidemiology, Vol.9, Issue 3, p217?227, June 1999
http://www.stockton-press.co.uk/jea/v9n3/
“Concentrations of volatile organic compounds in the passenger side and the back seat of automobiles”
 

[5] IARC Monographs Volumes 1 to 42 Supplement 7, 国立医薬品食品衛生研究所 (NIHS)、化学物質情報部
http://193.51.164.11/htdocs/Indexes/Suppl7Index.html


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