アメリカ暖房冷凍空調学会(ASHRAE)によるTVOCのガイドライン
2000年9月4日
CSN #151
室内空気汚染による健康影響の問題は、建材や生活用品などから揮発する化学物質などの化学的因子、ダニ・カビ・細菌などの生物的因子が主な因子として挙げられています。その中でも特に化学物質による室内空気汚染が最優先課題とされており、ホルムアルデヒド、トルエン、キシレンなどの揮発性有機化合物(VOC)の室内濃度、測定方法、健康影響との関連性が研究されています。
国内ではこれらVOCに対する室内濃度の指針値が検討されており、ホルムアルデヒドの室内濃度指針値[1]が定められています。また、2000年12月14日に厚生省が発表した「揮発性有機化合物の全国実態調査」の結果[2]から、トルエン、キシレン、パラジクロロベンゼンが高濃度検出された割合が高く、この3物質に対しては室内濃度指針値[3]が示されました。表1にこれらの化学物質の室内濃度指針値を示します。
表1 国内におけるVOC濃度の室内濃度指針値([2][3]をもとに加筆作成)
化学物質 |
主な発生源 |
毒性指標 |
室内濃度指針値* |
ホルムアルデヒド |
合板、接着剤 |
ヒト暴露における鼻咽頭粘膜への刺激 |
100μg/m3(30分平均値) 0.08ppm |
トルエン |
接着剤、塗料 |
ヒト暴露における神経行動機能及び生殖発生への影響 |
260μg/m3(長期曝露) 0.07ppm |
キシレン |
接着剤、塗料 |
妊娠ラット暴露における出生児の中枢神経系発達への影響 |
870μg/m3(長期曝露) 0.20ppm |
パラジクロロベンゼン |
防虫剤、消臭剤 |
ビーグル犬暴露における肝臓及び腎臓等への影響 |
240μg/m3(長期曝露) 0.04ppm |
*( )内は25度換算値
また、室内ではその他数百種類ものVOCが検出されており、VOCの総量規制が必要とされています。VOCはWHOによって次のように分類されており[4]、これらVOCを総じて総揮発性有機化合物(TVOC)と呼ばれています。
表2 室内有機汚染物質の分類([4]をもとに加筆作成)
分類 |
化学物質の例 |
沸点(度) |
超揮発性有機化合物 |
エタノール |
0以下 から 50- 100 |
揮発性有機化合物 |
トルエン、ベンゼン、キシレン、スチレン |
50- 100 から 240- 260 |
半揮発性有機化合物 |
フタル酸ジオクチル、リン酸トリブチル |
240- 260 から 380- 400 |
粒子状物質 |
クロルピリホス、ホキシム、ピリンフェンチオン、リン酸トリクレシル |
380以上 |
*極性化合物の場合、沸点範囲は高い側を用いる。
TVOCに対するガイドラインやクライテリア(基準)が定められているのは、スカンジナビアHVA協会などごく一部で、日本ではまだ定められていません。Seifert Bが科学者間の同意による目標値[7]を提示していますが、毒性試験や疫学研究結果などのリスク評価によって定められていないため科学的根拠に乏しく、受け入れられていません。表3に各機関のTVOCのガイドラインとSeifert Bの目標値を示します。
表3 各機関のTVOCのガイドラインとSeifert Bの目標値[5][6][7]
機関・研究者 |
分類 |
ガイドライン |
オーストラリア |
一般住居(トルエン換算) |
0.5(1時間値) |
北欧建築物規制協会 |
一般居住環境(トルエン換算) |
0.4 |
オフィス(トルエン換算) |
1.3 |
|
学校(トルエン換算) |
0.3 |
|
スカンジナビアHVA協会(SCANVAC) |
一般住居(目標値) |
0.2 |
一般住居(実行値) |
0.5 |
|
Seifert Bの目標値1) (長期暴露) |
アルカン類 |
0.1 |
芳香族炭化水素類 |
0.05 |
|
テルペン類 |
0.03 |
|
ハロカーボン類 |
0.03 |
|
エステル類 |
0.02 |
|
アルデヒド・ケトン類 |
0.02 |
|
その他 |
0.05 |
|
合計(TVOC) |
0.3 |
1)個々の化学物質の濃度は、それらが属する属性の全濃度の50%を越えてはならないし、TVOCの濃度の10%を越えてもならない。また、築後1週間まではこの目標値の50倍、築後6週間まではこの目標値の10倍まで許容される。
このような状況のもと、最近アメリカでTVOCに関する新たな動きがありました。アメリカ暖房冷凍空調学会(ASHRAE)が2000年8月11日、「住居用低層建物に関する換気と許容可能な室内空気質」(Ventilation and Acceptable Indoor Air Quality in Low-Rise Residential Buildings)というタイトルのASHRAE基準(Standard 62.2P)を発表しました[8]。この基準はドラフト段階で、2000年8月11日から10月10日までパブリックコメントを受け付けています。
この基準の中で、一酸化炭素(CO)、ホルムアルデヒド、鉛、二酸化窒素(NO2)、臭い、オゾン(O3)、粒子状物質(PM10:粒径10ミクロン以下)、ラドン、二酸化硫黄(SO2)、TVOCに対する一般環境中における目標ガイドライン値が発表されています。表4にその概要を示します。また表5には、参考までに他の機関との比較を示します。
表4 ASHRAE Standard 62.2P(Draft)における室内汚染化学物質の目標ガイドライン値([8]をもとに作成)
汚染物質 |
汚染源 |
目標ガイドライン |
コメント |
一酸化炭素 |
燃焼器具からの漏洩、換気不足な燃焼器具、車庫、外気 |
外気より3ppm越えるレベル:警戒域 |
警戒域では可能性のある汚染源調査を行う |
9ppm:健康面 |
冠動脈性心疾患を有する人への健康影響に基づく |
||
ホルムアルデヒド(HCHO) |
圧縮木材製品、家具、備品 |
120μg/m3 |
感受性の高い人への刺激性に基づく |
鉛(Pb) |
塗料ダスト、外気 |
1.5μg/m3 |
子供の神経機能への急性影響に基づく |
二酸化窒素 |
燃焼器具からの漏洩、換気不足な燃焼器具、外気 |
100μg/m3 |
呼吸器系への急性影響への防止に基づく |
臭い |
居住者、菌類、カビ類、VOC、外気 |
居住者や訪問者の80%以上が許容可能と予測 |
二酸化炭素濃度を居住者からの臭い(排出ガス)の代用評価として使用 |
オゾン(O3) |
静電器具、オフィス器具、オゾン発生器、外気 |
100μg/m3 |
急性影響、慢性影響が可能なレベルに基づく(WHOは8時間平均、FDAは継続曝露で設定) |
粒子状物質 |
ほこり、煙、劣化材料、外気 |
50μg/m3 |
一般大衆の呼吸器系疾患の保護と喘息悪化の防止に基づく |
ラドン(Rn) |
土壌からのガス |
4pCi/liter |
肺がんに基づく |
二酸化硫黄 |
換気不足な灯油燃料の暖房装置、外気 |
80μg/m3 |
一般の人々の呼吸器系疾患の保護と喘息悪化の防止に基づく |
総揮発性有機化合物 |
新築建築物の材料や家具、消費者製品、生活材、外気 |
1) 300μg/m3未満 2) 300-3000μg/m3 3) 3000μg/m3より大きい
|
有機化合物への臭いや刺激応答は、かなり変化する。以下に3つのガイドラインの概要を示す。 1) 臭いや刺激への不満がほとんど観察されない範囲 2) 不満が建物において重大になる範囲 3) おそらく著しい不満がでる範囲 ほとんどの建物のTVOC室内平均濃度は1000μg/m3以下であり、建築設計者や所有者は、このレベルを選択すべきである。また、1000μg/m3以上の濃度が測定された場合、個々の化学物質濃度が懸念すべき濃度であるかどうか、さらに分析すべきである。 |
*このガイドラインは、ホテル、モーテル、老人ホーム、寮、刑務所など短期間しか滞在しない建物には適用されない。
1)平均粒径10μ以下の粒子状物質
表5 室内環境のガイドラインや基準値の比較([8]をもとに作成)
汚染物質 |
カナダ |
WHO欧州 |
NAAQS/EPA |
NIOSH REL |
OSHA |
ACGIH |
MAK |
ホルムアルデヒド |
0.1 [L] |
0.081 [30m] |
|
0.016 |
0.75 |
0.3 [C] |
0.5 |
二酸化炭素 |
3,500 [L] |
|
|
5,000 |
10,000 |
5,000 |
5,000 |
一酸化炭素 |
11 [8h] |
87 [15m] |
9 |
35 |
35 |
25 |
30 |
二酸化窒素 |
0.05 |
0.2 [1h] |
0.05 [1y] |
1 [15m] |
1 [15m] |
3 |
5 |
オゾン |
0.12 [1h] |
0.08-0.1 |
0.12 [1h] |
0.1 [C] |
0.1 |
0.05 |
0.1 |
粒子状物質PM2.5 |
0.1 [1h] |
|
|
|
5.0 |
3.0 |
|
粒子状物質PM10 |
|
|
0.05 [1y] |
|
10 |
|
|
全粒子状物質 |
|
|
|
|
15 |
|
|
二酸化硫黄 |
0.38 [5m] |
0.19 [10m] |
0.03 [1y] |
2.0 |
2.0 |
2.0 |
2.0 |
鉛 |
最小限にすること |
0.5-1 [1y] |
1.5 [3mh] |
100未満 |
50 |
50 |
100 |
ラドン |
|
2.7 [1y] |
4 [L] |
|
|
|
2 ppm |
[ ]なしは8時間平均値(m =分、h =時間、mh=月、y =年、C =上限、L =長期間)
a) 0.05ppmは発がん性からの目標値。全アルデヒド量(その他アセトアルデヒドなど)の上限は1ppm。
表4に示すように、ASHRAE Standard 62.2P(Draft)では、初めてTVOCの目標ガイドラインが提示されました。また3つに分類し、それぞれのレベルの概要が示されています。そして1000μg/m3(1.0 mg/m3)を目標とするよう付記されています。
しかしTVOCという概念を用いてガイドライン値や室内濃度指針値を作成するには、次のような課題があります。
ある専門家の意見によると、欧州ではTVOCに対する科学的信頼が低下しているようです。総檜造りの自然素材の家であっても、自然素材に含まれるVOCによってTVOCが1000μg/m3を超えることがあるからです。ASHRAE Standard 62.2P(Draft)におけるTVOCの目標ガイドライン値でも明確なガイドライン値を定めることができていません。しかし個々のVOCのガイドライン値とともに、VOC全体としての低減目標を定めないと、複数のVOCによる総量の増加(例えば表1の4つのVOCの指針値を合計すると1470μg/m3となる)によって、健康影響が生じる可能性があります。
ASHRAE Standard 62.2P(Draft)におけるTVOCの目標ガイドライン値は、そのような意味からも、内容をよく検討する必要があります。ドラフト段階のため、今後、正式に目標ガイドライン値となるかどうかわかりませんが、その経緯を注意深く観察する必要があると思われます。
Author:東 賢一
<参考文献>
[1] 厚生省 生活衛生局企画課 生活化学安全対策室, 健康住宅関連基準策定専門部会化学物質小委員会報告書, June 13, 1997
[2] 厚生省 生活衛生局企画課 生活化学安全対策室, 居住環境中の揮発性有機化合物の全国実態調査について, December 14, 1999
[3] 厚生省 生活衛生局企画課 生活化学安全対策室,シックハウス(室内空気汚染)問題に関する検討会中間報告書−第1回〜第3回のまとめ, June 16, 2000
[4] WHO, Indoor air quality: Organic Pollutants, Euro Reports and Studies 111,1987
[5] 小峰裕己, 住宅総合研究財団研究年報, Vol. 23, pp5-17, 1997
[6] 松村年郎, 住まいQ&A「室内汚染とアレルギー」, 井上書院, pp41-74, 1999
[7] Seifert B: “Regulating Indoor Air?”, Proceedings for Fifth International Conference of Indoor Air Quality and Climate, Vol. 5, pp35-49, 1990
[8] American
Society of Heating Refrigeration and Air
Conditioning Engineers (ASHRAE), Ventilation and Acceptable Indoor Air
Quality in Low-Rise Residential Buildings,
Standard 62.2P
(Draft), August 11, 2000
http://www.ashrae.org