多種類の化学物質による複合リスク評価
2000年9月11日
CSN #152
私たちがこれまで確認している化学物質は、約260万種類[1]あります。そして、それらの化学物質がもつ毒性の種類とレベルによって、私たちはさまざまな影響を受けることがあります。個々の化学物質の毒性は、これまで数多くの研究者によって明らかにされてきました。しかしながら、この膨大な数の化学物質の毒性を全て明らかにすることは、困難となっています。
また、私たちは特定の化学物質だけでなく、日常生活の中で常に多種類の化学物質に接しています。そのため実際には、多種類の化学物質に曝露したときの複合リスクを考えなければなりません。
リスクとは、「望ましくないことの発生に関する客観的な不確実性」[2]と一般的に定義されています。つまり望ましくないことが頻繁に起きるということは、リスクが大きいということになります。実用的には「リスク=危険をもたらす確率*障害の重篤度」[2]と定義されます。
アメリカ ミネソタ州健康省(MDH)は2000年7月、「多種化学物質曝露の比較リスク(Comparative Risks of Multiple Chemical Exposures)」という報告書を発表しました[3]。この報告書は、多種類の環境化学物質に対して子供が継続して曝露した場合における、健康リスクを評価しています。
このリスク評価の目的は、1)多種化学物質への曝露に対する子供たちの健康リスクを評価すること、2)高いリスクをもつ化学物資を確認するため、その健康リスクを比較することでした。この評価では、農薬、重金属、揮発性有機化合物(VOCs)、多環芳香族炭化水素(PAHs)を対象とし、環境及び体内中の化学物質濃度を測定し、それぞれの化学物質がもつ健康影響評価指標とその基準値に基づいてリスクレベルを評価しています。表1に化学物質濃度の測定箇所、表2に評価対象化学物質と健康影響評価指標を示します。
表1 化学物質濃度の測定箇所
環境 |
個人環境 |
体内 |
室内空気 |
個人空気* |
血液 |
*個人空気:リックサックに測定装置取り付け、リックサックを背負いながら測定。この濃度は子供が曝露する空気中の化学物質濃度において最も信頼が高く、リスク評価にはこの濃度を使用。
表2 評価対象化学物質と健康影響評価指標
健康影響評価指標 |
分類 |
化学物質名 |
神経システム |
VOCs |
1,1,-トリクロロエタン、スチレン、テトラクロロエチレン、トルエン、トリクロロエチレン、キシレン(m-,p-,o-) |
農薬 |
ジアジノン、ジクロルボス、マラチオン、クロルピリホス |
|
重金属 |
鉛、水銀 |
|
肝臓 |
VOCs |
パラジクロロベンセン |
農薬 |
(cis-,trans-)ペルメトリン |
|
PAHs |
フルオランテン |
|
発達 |
VOCs |
クロロホルム |
発がん |
VOCs |
ベンゼン |
農薬 |
(cis-,trans-)クロルダン、DDD、DDE、DDT、ディルドリン、ジクロルボス |
|
PAHs |
ベンゾ(a)ピレン、ベンゾ(a)アントラセン、クリセン、ベンゾ(k)フルオランテン、インデノ(123-c,d)ピレン、ベンゾ(b)フルオランテン |
|
血液 |
農薬 |
シマジン、アラクロール |
PAHs |
フルオランテン |
|
成長遅延 |
農薬 |
シマジン、アトラジン、メトラクロール、エンドスルファン-1 |
腎臓 |
PAHs |
ピレン、フルオランテン |
*基準値は、VOCsではミネソタ州健康省(MDH)健康リスク値(HRVs)、カリフォルニア州基準曝露レベル(RELs)、アメリカ毒物疾病登録機関(ATSDR)の最小リスク値(MRLs)、アメリカ疾病管理センター(CDC)の基準値などを個別に適用しています。
このリスク評価は、1997年夏ミネソタ州で、子供を持つ102の家庭から環境中の化学物質、体内の化学物質をサンプルとして集め、4-6日間の短期間の測定データ、家庭での農薬や殺虫剤の使用状況に基づいて評価しています。リスク評価は、アメリカ環境保護庁(USEPA)が開発した手法を用いています。リスク評価手法に関する詳細は、原文[2]を参照して下さい。
リスク評価結果の概要を次に示します。
1)非発がん性物質
2)発がん性物質
発がん増加リスクは、生涯曝露した場合の確率で表現されます。ミネソタ州健康省では1/100,000を長期政策での発がん増加リスク許容値としています。そのため許容値の2倍から70倍高かったということになります。また、この評価の結果、最も影響が大きかった化学物質は、「ベンゼン」であると報告しています。また、測定方法に課題はあるが、「ディルドリン」も同様に影響が大きいと報告しています。
ベンゼンは空気中から検出され、主に自動車排気ガス中に含まれています。ディルドリンは国連環境計画(UNEP)が残留性有機汚染物質(POPs)に分類している有機塩素系農薬で、現在では製造・使用禁止となっています。しかし、ディルドリンは主に食品でのリスクが高くなっており、環境中に広く残留していると思われます。
ミネソタ州健康省(MDH)が行った多種類の化学物質による複合リスク評価には、多くの仮定が用いられています。また、評価に用いた化学物質は限られています。そのため、リスク評価結果が過大あるいは過小となっている可能性があることに、注意しなければなりません。ミネソタ州健康省(MDH)の報告書では、評価結果に一定の範囲ができること、現在の科学では最も信頼性の高い方法がないこと、私たちが許容できるリスクと私たちが受ける恩恵に関する研究を通じて得られる答があるかもしれないなど、この評価に関する課題が述べられています。
Author:東 賢一
<参考文献>
[1] Chemical Abstracts Service Registry, August
31, 2000
http://www.cas.org/
[2] 松原純子, リスク科学入門−環境から人間への危険の数量的評価−, 東京図書, 1989
[3] Legislative Commission on Minnesota Resources,
Minnesota Department of Health (MDH), “Comparative
Risks of Multiple Chemical Exposures”, July
2000
http://www.health.state.mn.us/divs/eh/esa/hra/children/comprisk.html