フタル酸エステル類に関する最新の研究状況


2000925

CSN #154

アメリカ疾病管理予防センター(CDC)200091日、アメリカの一般大衆における、フタル酸エステル類の曝露状況に関する報告を発表しました[1]。この報告は、アメリカ疾病管理予防センター(CDC)国立環境衛生センター(NCEH)の研究者らが、7つのフタル酸エステル類の代謝産物を人の血液と尿を用いて測定した研究結果に基づいています。

フタル酸エステル類は、動物実験などから生殖毒性や精巣毒性が報告されています。日本ではフタル酸エステル類の1つフタル酸ジ-2-エチルヘキシル(DEHP)が市販弁当などから高濃度検出されたため、主な原因と考えられる塩化ビニル樹脂製手袋の食品への使用を避けるよう、2000614日付けで厚生省が関係営業者に対して通知しました[2]。また、同時に当面の耐用一日摂取量(TDI)40- 140μg/kg/日(体重50kgの人で2- 7mg/日)とすることが発表されました[2]

CDCが測定した7つのフタル酸エステル類は、フタル酸ジ-エチル(DEP)フタル酸ブチルベンジル(BzBP)、フタル酸ジ-n-ブチル(DBP) 、フタル酸ジ-シクロヘキシル(DCHP)、フタル酸ジ-2-エチルヘキシル(DEHP)、フタル酸ジ-イソノニル(DINP)、フタル酸ジ-n-オクチル(DnOP)であり、プラスチックの可塑剤、溶剤、洗剤、繊維物の潤滑剤、香料の保留剤、人工皮革など多くの製品に使用されています。

この研究結果は、アメリカ国立環境衛生科学研究所(NIEHS)が発行する環境衛生展望(Environmental Health Perspectives)200010月号に掲載されています[3]

CDCの科学者たちは、1988年から1994年の間、20歳から60歳(平均年齢37.4歳、女性56%)の289人の成人から採取した尿を分析しました。フタル酸エステル類は、環境中では広範囲に検出されていますが、食事や呼吸を通じて体内に取り込まれた後、体内では代謝が速く、比較的速やかに尿中へ排出されます。そこで研究者らは、尿サンプルから体内で代謝された代謝産物を測定し、曝露状況に関する研究を行いました。表1にその結果を示します。

表1 尿中のフタル酸エステル類代謝産物濃度[3]をもとに作成)

フタル酸エステル類

代謝産物

尿中の濃度(ppb)

尿中クレアチニン1gあたりの量(μg/g)

最大

平均

最大

平均

フタル酸ジ-エチル(DEP)

モノエチルフタレート(MEP)

16,200

345

6,790

345

フタル酸ブチルベンジル(BzBP)

モノベンジルフタレート(MBzP)

1,020

22.6

544

20.2

フタル酸ジ-n-ブチル(DBP)

モノブチルフタレート(MBP)

4,670

41.5

2,760

36.9

フタル酸ジ-シクロヘキシル(DCHP)

モノシクロヘキシルフタレート(MCHP)

13.7

0.3

10.3

0.3

フタル酸ジ-2-エチルヘキシル(DEHP)

モノ-2-エチルヘキシルフタレート(MEHP)

66.6

3.5

192

3.0

フタル酸ジ-イソノニル(DINP)

モノイソノニルフタレート(MINP)

79.7

1.5

90.3

1.3

フタル酸ジ-n-オクチル(DnOP)

モノ-n-オクチルフタレート(MOP)

30.5

0.6

27.0

0.5

表1から明らかなように、生産量が最も多いDEHPの代謝産物濃度は、DEPDBPBzBPDEPDBPの代謝産物より低かったため、DEHPへの曝露レベルは低いと考えられています。

次に研究者らは、尿中クレアチニンに対するフタル酸エステル類代謝産物濃度と、測定対象者の、年齢、性別、人種、都会/地方居住者、学歴などの社会経済指標との関係を解析しました。その結果、MEPは年齢とともに平均1.7%増加し(p < 0.02)MBzPは年齢とともに平均1%低下しました(p < 0.04)。また、20-40歳の出産適齢期の女性からは、特にモノブチルフタレートが他の年齢や男性のグループよりも高濃度検出されました(p < 0.003)

これまでフタル酸エステル類に対する健康リスク評価は、アメリカでは最も生産量が多い、フタル酸ジ-2-エチルヘキシル(DEHP)やフタル酸ジ-イソノニル(DINP)に焦点があてられてきました。しかし研究者らは、フタル酸ジ-エチル(DEP)フタル酸ブチルベンジル(BzBP)、フタル酸ジ-n-ブチル(DBP) に関する健康リスク評価も含めるべきだと述べています。

 

また、フタル酸エステル類に関する別の研究として、プエルトリコ大学のIvelisse Colónらが環境衛生展望(Environmental Health Perspectives)20009月号で発表した報告によると、1994-1998年の間に、早期乳房発育をもつ41人のプエルトリコの少女(月齢6ヶ月−8歳、平均27ヶ月、以下ケース群)と、早期乳房発育ではない35人のプエルトリコの少女(月齢6ヶ月−10歳、平均510ヶ月、以下コントロール群)の血漿サンプルを採取し分析した結果、図1に示す結果が得られました[4]

プエルトリコの小児内分泌学者たちは、1979年以降、早期乳房発育の患者が増えていることに気づいていました。そして1987年、プエルトリコ保健省が、The Premature Thelarche and Early Sexual Development (PTESD) Registry(早期乳房発育と早期性発達に関する登録)という世界でただ1つの登録制度を作り、1988年に制定されました。そして1969年から1998年までのデータが集められ、この期間で6,580人が早期性発達として登録され、そのうち4,674人が早期乳房発育でした。そして月齢6ヶ月-24ヶ月のプエルトリコの少女たちのうち、年平均で1,000人に8人が早期乳房発育でした。そして、女性人口に対する早期乳房発育の比率は、ミネソタ州で行われた調査の18.5倍高い値でした。

現在でも、プエルトリコで何故このように早期性発達や早期乳房発育の発症率が高いのか、原因は不明です。今回の研究結果によって、プエルトリコの少女たちにおいて早期乳房発育の発症率が高い原因が、フタル酸エステル類であるという確証が得られたわけではありません。研究者らは、「早期乳房発育などの早期性発達の原因には、たくさんの要因がある。フタル酸エステル類、あるいは他の内因性あるいは外因性エストロゲン化学物質の関連性を明らかにするために、さらに研究すべきである。また、プエルトリコ特有の環境要因も考慮されるべきである。これまでも、鶏肉中の同化ステロイドホルモンや大豆中の植物性エストロゲンとの関連性が示唆されている。」と考察しています。

日本では、2000721日に行われた平成12年度第1回内分泌攪乱化学物質問題検討会で、環境庁が2000年度に優先してリスク評価に取り組む物質の中で、フタル酸エステル類としては、フタル酸ジ-n-ブチル(DBP)とフタル酸ジシクロヘキシル(DCHP)を選定しています[5]

今後の研究という観点で、アメリカ疾病管理予防センター(CDC)国立環境衛生センター(NCEH)Richard Jackson所長は、CDCのプレスリリース[1]の中で、「初めて、人の尿からフタル酸エステル類の代謝産物を測定した。そして、一般の人たちが高濃度のフタル酸エステル類に曝露していることを知った。環境中の存在を知るのは重要なことだ。しかしもっと重要なことは、私たちの体の中に何が存在するかということだ。この研究は、我々が将来、環境中での曝露に対してどう評価すべきかについて、一例を示している。」と述べています。

本稿で紹介した2つの研究から、フタル酸エステル類の健康影響に関しては、さらに研究を継続し、私たちへの健康リスク評価を行うべきだということがわかると思います。

Author:東 賢一

<参考文献>

[1] Oona Powell et al., Centers for Disease Control and Prevention (CDC) Press Release, Study Demonstrates Exposure of People to Phthalates, September 1, 2000
http://www.niehs.nih.gov/oc/news/cdcphth.htm

[2] 厚生省生活衛生局食品化学課, 「食品衛生調査会毒性部会・器具容器包装部会合同部会の審議結果について」, June 14, 2000
http://www.mhw.go.jp/houdou/1206/h0614-1_13.html

[3] Benjamin C. Blount et al., Environmental Health Perspectives, Vol. 108, No. 10, pp972-982, October 2000
http://ehpnet1.niehs.nih.gov/docs/2000/108p972-982blount/abstract.html

[4] Ivelisse Colón et al., Environmental Health Perspectives, Vol. 108, No. 9, pp895-900, September 2000
http://ehpnet1.niehs.nih.gov/docs/2000/108p895-900colon/abstract.html

[5] 環境庁 環境保健部 環境安全課, 平成12年度第1回内分泌攪乱化学物質問題検討会議議事録, July 21, 2000


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