B10
「黙秘の勧め」は捜査の妨害

 11月13日の産経新聞「ヒ素保険金事件 弁護団に疑問の声」と言う特集記事を読みました。折角の特集でしたが弁護士業界に対する遠慮が目立ち、物足りない印象は否めませんでした。弁護士を批判するのに弁護士業界の反論にスペースをとりすぎです。

 弁護士にも真相解明の「消極的な協力義務はある」と言う見出しになっていますが、協力義務があるかどうかの問題ではありません。特集記事のポイントがずれています。問題は弁護士が被疑者に「黙秘を勧める」ことは正当な弁護活動の範囲か、それともその範囲を逸脱した捜査の妨害か、捜査の妨害であるとすれば、弁護士による捜査の妨害は許されるかどうかと言うことです。この点に的を絞って掘り下げた議論をすべきであろうと思います。弁護士業界の人の意見だけではなく、現行の司法制度の枠にとらわれずもっと一般国民の意見を紹介すべきだと思います。

 記事の中でいろいろな司法関係者の意見が紹介されています。山口治夫弁護士は、「弁護士も容疑者を追及する側に回ったら、現在の刑事司法は成り立たない」と言っていますが、誰も弁護士に容疑者追及に協力しろとは言っていません。そして、現在の司法制度が成り立たなくなると言うことは、弁護士の捜査妨害批判に対する反論にはなりません。

 我々は現在の司法制度を守ることを前提に議論する必要はありません。現在の司法制度が成り立たなくなったら、よりよい、新しい司法制度を考えればよいのではないでしようか。
また、「真相究明は検察官の仕事だ」とも言っていますが、弁護士に真相究明に協力しろとは誰も言っていません。捜査の妨害をするなと言っているのです。

 別の検察OBのある弁護士は、「弁護士である以上、自白しなさいなんて言わない」と言っていますが、誰も弁護士に「自白するよう勧めてくれ」とは言っていないではないですか。日弁連の「注釈弁護士倫理」は「真相を明らかにする義務は、原則としてもっぱら検察官にあり、被告人弁護人側にはない。・・・弁護人はいかなる状況の下にあっても検察官の補助者になるものではない」と書いてあるそうですが、言っていることは皆同じで、どれもこれも議論のすり替えです。

 真実を明らかにする義務がないことは、真実を隠蔽する権利があることを意味しません。弁護士の捜査妨害を正当化する根拠にはなりません。
 土本武筑波大学名誉教授は「黙秘権があることを告げることも何ら問題ではない」と言っていますが、黙秘権があることを告げることと、黙秘を勧めることは全く別の問題です。

平成10年11月18日     ご意見・ご感想は    メールはこちらへ    トップへ戻る     B目次へ