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公務員の働き方改革 公務員は一体何のために、誰のために存在するのでしょうか -公務員目線だけで、県民目線が欠落している奈良県山下知事、それを肯定的に報じる読売新聞-

 6月30日の読売新聞(奈良地方版)は、「県働き方改革 達成78% 23~25年度「やりがい」に改善余地」と言う見出しで次の様に報じていました。

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 ここで論じられていることは、公務員の「働き方」に関してですが、そのすべてが公務員による、公務員視点からだけで論じられています。行政目的・対象である県民からの視点ゼロです。

 主権在民民主主義国家に於いて、公務員は、一体、何のために、誰のために存在するのでしょうか。言うまでも無く、国民、県民のために存在するのです。

 知事は県の職員を「改革主体」と言っていますが、これは誤解を招きます。職員は改革の「主な対象」であり、“主体”ではありません。主体では無く対象です。

 知事は県の職員の仕事の方向や実績について、肯定的に高く評価していますが、これには根拠が示されておらず“客観的”な評価とは言えません。評価対象者の自画自賛の可能性は否定できません。

 公務員のあり方について、県民により選出された県知事が、県民の視点を無視して行政遂行する事が許されるのでしょうか。

 非難されるべきは“”だけではありません。“マス”も当然指摘すべきこと(知事の県民目線の欠落)を指摘していません。これは正に“官・マス”癒着の現場です。今の“マス”は国民(読者)のために、“官”に対して言うべき事を何も言えない立場なのです。各地の「官庁・役所」にある記者クラブは“癒着の現場”なのです。

 県の行政にとって、本来“働き方”というのは、その一部であって、すべてではありません。一部と言っても、それは「正面」では無く、側面に過ぎません。
主たる当事者は言うまでも無く「県民」です。しかるにこの知事は県民は念頭にないようです。

 令和8年7月3日   ご意見・ご感想は こちらへ   トップへ戻る   目次へ