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文芸春秋社に対する法務省の裁量行政

 神戸の少年事件で文春が検事調書を報道したことに関し、法務省が文芸春秋社に「再発防止策の作成と関係者への謝罪」などを勧告しました。法務省はいかなる根拠、権限があって今回の勧告に及んだのでしょうか。少年法には少年法の趣旨に反する基準も、法務大臣の勧告も決められてはいません。法務大臣は他の報道が少年法の趣旨に反せず、文春の報道のみが法の趣旨に反するとした根拠を明らかにすべき義務があります。法務省人権擁護局が「・・・何が人権侵犯に当たるかは、あくまで個々の記載内容を総合的に判断する」などというのは、恣意的な運用をすると言っているのと同じ事で、言論の自由に関わる問題で法務大臣にそのような裁量権はありません。これは大蔵省の接待汚職(たかり)の原因と指摘されている裁量行政と全く同じやり方です。明確な根拠もなしに国民にこのような勧告をする方が国民の基本的権利の侵害です。

 朝日新聞の報道によれば、法務省は勧告した理由として、
1.被害者の家族が「大変な憤り」を感じており、「記事のあちこちに悲惨な場面が記されており、被害者らに大きな心痛を与えた」

2.「調書という非公開の資料が公表されたことで、本人の更生や将来の社会復帰に支障を来すおそれがでた」

3.「記事は詳細にわたり、当事者が容易に判明する」を挙げています。

 まず1.は全く理由になりません。これが理由になるのなら凶悪犯罪、残虐事件は全て非公開裁判にしなくてはならなくなります。犯人が少年の時だけ被害者の家族に心痛があるわけではありません。2.も変です。具体的に個人名が特定されなければ読者には誰のことか分からず、本人の将来に影響があるとは思えません。それでも報道するなと言うのであれば、それは少年事件は詳しく報道するなと言っていることになります。なぜ詳しく報道してはいけないのでしょうか。非公開資料を記事にしたのがいけないと言うなら、マスコミのスクープとは、しばしば非公開資料を報道するもので、公開資料だけ報じていたのではマスコミの使命は果たせません。公務員は自分に都合の悪いことは公表せず、失敗を隠蔽するからです。3.については文春の報道は、氏名、学校名、住居、容貌などのディテールが分からないよう十分注意が払われており、当事者が容易に判明するとは思えません。

 個人名も顔写真も住所も掲載していない報道がどうして少年法違反になるのでしょうか。少年事件を詳しく報道してはいけないのでしょうか。検事調書が流出したことに対する腹いせとしか思えません。
文春が社会防衛上の見地から、公益性が高いと判断してあえて報道したことに対して、「再発防止策の作成」を求めるというのは、かなりピントのはずれた勧告です。過失や錯誤によって起きた問題ではないのです。正しいと考えてしたことに「再発防止策」があるわけがありません。「謝罪を要求する」などは個人レベルで言い出されることで、国家が勧告するにしてはずいぶん次元の低い話しです。

 文春の報道により秘密のベールに閉ざされていた、少年審判の内幕が白日の下にさらされ、国民の間に少年法改正の機運が高まってきたことを考えると、文春の功績は大なるものがあります。法務省は結局この辺が気に入らないのではないでしょうか。たとえ法務省の言うとおり、少年の将来に悪影響があったとしても、この報道は必要で価値あるものだったと言うべきです。プライバシーは尊重される必要がありますが、いついかなる時でも最優先というわけではないのです。

平成10年4月17日         ご意見・ご感想は   こちらへ    トップへ戻る   J目次へ