フンコ、園部に行く!
2005/11/23(Wed.) 19:33

  先週末、フンコは憧れの地に入った。
それは園部町(京都府船井郡)。
まだ読み終わっていない本『野中広務 差別と権力』の中に登場する重要な舞台。
野中氏も町長を勤めた町役場は園部城址にあり、弟の一二三(かずみ:現町長)が建てた天守閣様の新町役場を背景に記念撮影。(弟はどうも広務氏とはかなり違う、派手好きな性格のようですな…トホホ)
ご案内いただいたのは、役場と同じ城址に建つS高校の卒業生:Y(卒業してからまだ6年かぁ、若いな)。
園部藩主:小出吉親の先祖は豊臣秀吉の側近で岸和田城主。但馬国出石の土地も与えられたため岸和田と出石は本藩・支藩の関係となるものの、豊臣家滅亡後の国替えで小出吉親が初代園部藩主となった。その際にお抱えの職人や側用人も一緒に移転したもんですから、園部の言葉には泉州訛りがみられるんだそうで(「○○け?」とか「○○したねん」ってのがそうです、心当たりあるでしょ)。
園部銘菓(天皇陛下にも献上)もいただき町内を散策したフンコ、どこもが今読んでる本の舞台なので興奮気味でした。


さて、独特な言葉遣いつながりで一言申したい、どうしても。
それは『入洛(にゅうらく)』、ちゃんと漢字変換できたATOK、褒めてやる。先日、黒田さん・清子さんご結婚式の煽りを食って急遽京都御所での開催となった日米首脳会談(北朝鮮のときの「米朝首脳会談」を見て、桂一門を連想するフンコ)、『ブッシュ大統領、入洛』と書いたのは地元:京都新聞だけだったとか。
この件も京都人:Yに尋ねたところ、「洛」というのは東西南北大路で囲まれた京都市内中心部の碁盤の目になってるエリアのみのことを指すらしいが、今のように洛の境界がぼやけた時代では「入洛」は京都御所に入ることを指すことが多いとか。そして要人に対してのみ使われるとのこと。
木屋町に呑みに行くフンコは平民だから、南隣のN県から走ってきて「油小路十条」の看板を見て「入洛した」と思うのは間違い。


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