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| 痛ましい事故 2005/04/28(Thu.) 20:04 |
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| 月曜日の大事故から3日が経過。 運転士のせい?設備のせい?会社体制のせい?日本社会のせい? 電車社会の日本にあっては、在来線の事故はヨソ事ではない。 誰もが震撼したこの事故、列車の安全対策、時間常識を根底から考え直すターニングポイントを迎えたことになる。 社会的に影響の大きい事件・事故が発生する瞬間はたったひとつの点でしかないけど、その事件事故を引き起こす原因や環境は実はジワジワと過去からつながっている線である。 そしてもちろん事件事故が発生した瞬間からそのあとの将来に繋がるものは、線や面となって急激に拡がる。事件事故の起因者は単一であっても、犠牲者、被害者、二次被害者、三次被害者、関係者、近所住人… 近代になってやっとその症状が市民権を得た「PTSD」。事件事故の被害者の方々はこの悲惨な体験と向き合って生涯を過ごすという日々が続くわけで、本当に心のケアは大事になることでしょう。わたしの友達は、10年前の震災のPTSDからようやく立ち直ったものの社会復帰を未だにできていない。 脱線車両が激突したマンションの住人が言っていた。 「被害者の方がお亡くなりになった現場の上で、家族がニコニコと笑って暮らすのは失礼なように感じる」 この人は、マンションを取り壊して慰霊碑を建てたいぐらいだとも言っていた。 人間は心・精神の生き物、数学や物理では解決のできないものを頼りにして生きている生き物。建って2年しか経過していない分譲マンション、「強度に問題は無い」という国土交通省の発表があったからとはいえ、暮らし続けることが出来ないと思う気持ちには同感。 幸運にもあの電車に乗っておらず、親戚・縁者も被害には合っていないわたし。だけど事故当日は胸がムカツキ、仕事が手につかず、目を閉じても事故現場の映像がフラッシュバックしてた。同じような体感を持たれた方もいらっしゃるかもしれないけど、大事故が及ぼす影響の大きさは計り知れず、今もまだまだ渦中であることを知ることになるでしょう。 |
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