現代はプラスチック・エイジ。世界の粗鋼生産量は約7億トンで、体積では0.9億立方米。いっぽう、プラスチックの原料になるナフサの生産重量から平均比重を1として体積を求めると約1.3億立方米。プラスチックの体積がすでに鉄の体積を抜いている。「鉄器時代」がおわって、「プラ器時代」に突入したのは1970年代らしい。
プラスチックは捨てるとどれほどのごみになるか。日本列島で一年間に捨てられるプラごみは1200万トンで、プラスチックの国内消費量1200万トンにほぼ匹敵する。長期に使う分があっても、長い目で見ると結局は作った分だけ捨てていることになる。その処理方法は、焼却が5割、埋め立てが4割、再生が1割という割合。種類別で見ると、ポリエチレン(PE)22%、ポリプロピレン(PP)19%、塩ビ(PVC)17%、ポリスチレン(PS)15%、PET5%となる。
プラスチックの再生は困難
いま産業界が、さかんに循環型社会とか循環型経済とか言いはじめている。循環型をとなえる以上、大量のプラスチックについても再生利用できなければ自己矛盾に陥る。もしも、ありあまる製品がわずかのエネルギーで再生利用できるのであれば、結構な話ではある。しかし、1割が再生にまわるという現状の数字は産廃のプラスチックに関するもので、一廃(一般廃棄物)のプラスチックはほとんど再生利用されていない。かろうじてPETが少し再生利用されている程度だ。再生が困難な理由は何か。
塩ビの再生を一例としてとりあげてみよう。再生メーカーに見学に行くと、塩ビの切れ端に一つ一つ圧搾空気をかけて異物を取り除いている。それほど再生は不純物をきらう。ほんのわずかの不純物でも混じると、たとえば気泡が生じたり、亀裂が生じたりして商品にならないという。したがって、一般家庭のプラスチックごみ再生は、不純物を完全に除去できる条件がないと非常にむずかしい。
ポリエチレンの再生を手がけるメーカーが奈良県宇陀郡にあるので、見学に行ってみた。ここもやはり産廃を原料としている。再生100%のポリ袋を作っていて、生産は好調だという。ただ、一般家庭のごみから再生するのは今後の課題と話していた。
天理市では、発泡ポリスチレンのトレー類を分別して、棒状に加熱・固化し、業者に引き渡している。この業者は固化棒を香港に運び、中国大陸でビデオテープの筐体などに再生利用しているという。ただ、本当に採算がとれているのかどうか、いささか疑問がある。こうして集めた廃棄ポリスチレンを中国で捨てているという話があるからだ。この話が事実かどうか確認するのは困難だが、うまくいっているとは思えない。
油化もうまくユカない
再生がだめなら、油化がある。最終的にもやすのだから、不純物に対してあまり神経質になることもない。ところが油化がうまくいっている例は非常に少ない。大阪市淀川区に「ジオメイク」という油化を手がける企業があるというので尋ねてみると、次のような話だった。
油化は一昨年の秋にやめた。決定的な理由は、塩化ビニルが分解して塩酸が発生し、配管にピンホールをあけることだ。装置を順調に運転している時はいいが、装置を止めるとどうしても塩酸が発生してしまう。いったんピンホールがあくと使いものにならない。できるだけ傷まないよう配管に特殊合金を使っているので、取り替えるだけで5000万円かかる。数度の交換にとうとうたまりかねて、装置全体を撤去した。また、この技術を提供していた「日本理化学研究所」は倒産し、債権者会議にかかっている。
この「ジオメイク」以外にも新潟市や立川市で油化を手がけているが、立川では昨年から油化を断念し、完全に止めたという。ただ、例外的に東芝の実験プラントがうまく稼動していて、塩ビを15%程度含んでいても操業可能だという。
RDFは減容ごみだ
家庭や事業所のごみを乾燥圧縮するRDFの施設が全国に二○近く出現している。RDFが英語で意味するのは、ごみ由来燃料。しかし――。
煙がでない、ダイオキシンが減らせる、輸送が簡単、保存が可能と、ばら色の夢を売りこまれて導入してはみたが、実態は欠陥だらけで、手がけた職員の顔色が青ざめる結果となっている。ある最終処分場の職員は、RDFは「減容ごみ」で、燃料ではないといい、RDFを埋め立てていることを認めた。
八○年代末、世界中でダイオキシン対策が進むなか、日本ではまともな対策が行われなかったが、対策技術の開発が裏で進んでいた。クレヨン状のRDFもその一環だった。本格スタートは九一年、廃棄物処理法の大改正が行われた年。川崎製鉄・伊藤忠商事・川崎重工業などが中心となって、日本リサイクルマネジメント社(RMJ)を設立し、奈良県榛原町でRDF製造を始めたのが始まり。この陣容と時期からみて、背後におおきな意思が隠れていたのはまちがいない。日本でもダイオキシン問題が表面化したとき受け皿がいる。高度な対策を小さな自治体に強要できない。ベンチャーが開発したRDFでやろう。――およそこんな狙いだっただろう。ダイオキシン削減対策の中間報告が出る前、九六年二月にRMJは資本金を二億円から八億円に増資している。RMJの動きは国のごみ政策と常に連動していた。
処理困難なプラスチックを分別せずにすむ点が推進者たちにとって魅力だった。RDFは当初から「プラスチック隠し」の技術だったようで、滋賀県湖東町では、分別していたプラスチックごみをRDF化に伴って一緒にだすよう変更している。
富山県福光町・大分県津久見市を皮切りにRDF施設がつぎつぎと建設された。作ったRDFは売れなかった。製造コストのわりに中身が粗末だったからだ。輸送費を入れると、いまは大幅な逆有償になっている。ごみそのものだから、燃やすには排ガス対策が必要だ。引き取るのは、ほとんどセメント会社と製紙会社だけ。余剰のRDFは処分場に捨てるほかない。
中部地方の地方紙記者が取材の過程で、これは燃料になるのではないかと尋ねたのに対して、富山県福光町の施設職員は、「ここは固形燃料化施設ではなく固形化施設なんです」と臆面もなく答えたという。
走り出した未熟技術を止められない
もう一つ大きな問題は工程にあった。RMJ方式では乾燥工程の温度が六○○度になるため、さまざまの分解生成物がでる。製造施設内の空気を巨大な換気扇をつかって排出している場所では、その外で無数のハエが死んでいる。昆虫の死骸が化学物質の深刻な影響を雄弁に物語ってくれているわけだ。厚生省は製造過程のダイオキシン濃度を近く発表するとしている。人の健康を問題にするなら、化学物質の総合調査をやるべきだろう。第二の杉並病が出る可能性だってあるのだから。
工程に問題があり、全然売れないという状況なので、RDFの受け皿としてRDF発電所が構想された。大牟田・宇都宮・石川県志賀町・桑名などで計画が出ている。桑名の計画には、調査費が認められた。まだ実働施設はない。大変なコスト高になるから売電が一苦労だ。しかも、ごみを多量に出さなければ発電所が存続できない。ごみの徹底減量など、いわれている「循環型社会」の理念とは完全に対立するが、「サーマル(熱)リサイクル」という言葉で矛盾を糊塗している。燃やしてエネルギー回収するのもリサイクルという苦しい言いわけだ。
RDF製造にはRMJ方式以外にJ−カトレル方式があり、乾燥方式が異なる。J−カトレル方式最大の御殿場・小山の施設で、一年以上にわたって大混乱がおきた。操業開始直後に装置の致命的な欠陥があきらかになり、一年がかりで改修した。そのとたん、火災が発生したり、機械の一部が破損し、コンベヤが止まる事態になっている。
そのほか、最新の施設でもトラブル続きだ。以前、奈良県榛原町の施設では、ストッキングが装置に巻きついて困っていた。これは解決済みといわれてきたが、同じことが起こっている。RDFは、何が入るか分からないごみの世界に対応できる技術になりえなかった。
RMJは九九年の春、一億円に減資し、メンテナンス会社になった。未熟な技術の見切り発車が失敗であったことを認めたわけだ。しかし補助金などの制度が動き出していて、もう止められない、というのが担当官庁の本音だろう。河口堰と同じで、振り回される自治体こそいい迷惑である。
退廃するごみ処理技術と進む環境差別
RDF技術の現状はどうなっているか。これを確認するため、三重県海山町の施設に行ってみた。ここでは1日の固形化量10トンのうち、4トンのRDFを大きな流動床炉を使って燃やしている。もちろん排ガス処理装置をこてこてにつけている。RDFの乾燥熱源にするためだが、それだったら、ごみを単純に燃やせばいい話で、RDFにして、その隣で燃やしてと、複雑なことをする理由はどこにも見当たらない。牛刀で鶏をさくような愚かな行為を続けているのは、メーカーに騙されているからだとしか考えようがない。
ごみ処理は、プラントメーカーに奉仕するものでしかなくなった。このようなものに税金をつぎ込んでいるのが実情だ。日本のごみ処理技術と政策は、退廃の極致まで来たといえる。
三重県上野市でRDF製造施設の計画が進んでいる。この計画は、二つの産廃処分場にはさまれた位置にある。ごみ施設が二つでも三つでも同じだろうと、上野市は地元説明会も開かずに都市計画を決めてしまった。さすがに三重県の北川知事は、これをすんなり承認することができないでいる。
ごみ施設が集中する地域や職員の専門知識が希薄な自治体を狙って、高価なプラントを押しつける差別構造が全国に広がりつつある。このような動きは「環境差別」と呼ぶにふさわしい。行政が率先して差別を拡大する情況が今後も進むだろう。
産業界は現在のシステムを死守する
こうした一連の動きの底に流れているものは「生産者責任隠し」だ。
かつて1991年に廃棄物処理法が大改正されたとき、厚生省の担当者は、改正案の第3条に「生産者責任」を明示する文言を入れるよう準備していた。改正案の条文は「処理が困難な廃棄物となった場合にはその回収等を行わなければならない」となっていた。ところがあらゆる省庁からの大反撃に会い、撤回せざるをえなかった経過がある。ちょうどそのころからヨーロッパではEPR(拡大生産者責任)の制度が取り上げられ始め、現実の法としても少しづつ成立し始めていた。1994年になると、OECD(経済協力開発機構)でこのEPRに関する議論が正式に始まった。すでに第2段階の議論まで終わり、今年2000年の夏には第3段階の最終報告が出ることになっている。
昨年の暮れから日本でも「循環社会法」の議論が出はじめ、法案が準備されつつある。しかし、その内容はほとんど完全な世論対策になるらしい。つまり実質内容はなにもなく、細部についてはすべて政令にゆだね、抽象的な内容の条文を並べるものになるようだ。文言としては、そこに生産者責任が盛り込まれているように見えるが、大骨までないだろう。
「生産者責任」を法律に盛り込むことをだれが恐れているのか。もちろん産業界である。もしも本当に「拡大生産者責任」の制度を盛り込むと、それは現在の生産体制を根本的に変えるものになる。これまで戦後50年以上にわたって築き上げてきた日本の生産システムを根本的に変更することは、産業界が絶対に受け入れられない条件なのだろう。それは生産システムだけでなく、日本を支えているあらゆるシステムの変更を含む。自分たちの存在基盤そのものが揺らぐことを、産業界=財界が許すはずはない。
プラスチックの生産は、プラスチック・エイジの呼び名でもわかるように、現代社会の大きな流れで、この基盤を掘り崩すことを政財界・官界は非常に恐れている。しかし、世界の大勢はEPR(拡大生産者責任)の制度確立に向かって進みつつある。日本がこれに逆らいつづけると、やがて墓穴を掘ることになるだろう。いや、現状のごみ処理を見るかぎり、もう大きな墓穴を掘りつつあるのだという気がする。
ことしは、容リ法(容器包装リサイクル法)による「紙」と「その他プラスチック」の分別処理が始まる。これによってごみ問題が解決するのではなく、大混乱の始まりになるだろう。容リ法も生産者責任隠しをもくろむ典型的な世論対策法である。具体的な条項は、どう考えてみても大混乱をまねくものにしかならない。
ごみ問題の終わりの始まりの年、それが日本の2000年であるかもしれない。
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