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月刊 『生活と環境』
03年7月号 山のいただきで鉱脈を見つければ,これに発破をかけて取り崩し,金属をとった後の残土は近くの谷に埋める――。 この種の手法が日本でも許されるのかどうかは知らない。いずれにしても,こうした鉱石の採掘がアメリカでは許されることになった。永年のあいだ凍結してきた原子力発電所の建設も,ふたたび始められる見通しだ。 ブッシュ政権になってからアメリカの環境政策が大きく後退し続けている。アラスカ油田を開発する計画が発表された時は,そこに住む先住民の反感を買った。環境基準を緩和するニュースが続いて,あまたの環境団体を失望させている。 一方,日米欧三極の一つであるEUからは廃電気電子機器指令など次々と重要な法令が登場し,拡大生産者責任(EPR)・予防原則などの理念に沿った政策を着々と実現しつつある。一連の動きを見ると,環境政策を政策の柱にしようとしていることが分かる。後ろ向きのアメリカ環境政策と比べて,その差は開くばかりだ。 ことは温暖化にかかわる京都議定書の問題だけではない。もっと深い両者の対立関係が背景にある。イラクをめぐる両者の対立も,これと無関係ではないだろう。 ●米EPA長官が辞任 クリスティ・T・ホイットマン米環境保護庁(EPA)長官の辞任について,日本ではほんの小さな記事が新聞の片隅に載っただけだった。5月22日の『朝日新聞』は次のように書いている。 ――ブッシュ政権の閣僚であるホイットマン米環境保護局長官が21日,ブッシュ大統領に辞表を提出したことを明らかにした。辞表では「ニュージャージー州の我が家と夫のもとに戻る時が来た」と書いているが,環境政策をめぐる対立が辞任の一因と見られる。ホイットマン長官は穏健派の前ニュージャージー州知事で,環境政策に保守的なブッシュ政権のイメージを和らげるために起用された。地球温暖化対策のための京都議定書について長官は「温暖化への対応は国際社会における米国の信用の問題になる」と政権の後ろ向きの対応に批判的だったが,離脱という政権の方針を変えるには至らなかった―― 背後に何があったのだろうか。主流メディアが取り上げない記事を専門にしている米の『オルターネット』によると,ざっとこういう話になる。 ――ブッシュ政権は露骨に産業界寄りの環境政策を打ち出したい。しかしそうすると選挙民のうけが悪くなる。なんとか口当たりをよくして,選挙民に差し出さなければならない。そのためにクリスティーさんを担ぎ出した。そういう役回りを彼女に期待した。彼女は知事時代に業界寄りの政策を打ち出している。しかし環境グループの言い分も聞かなければ「右派」とののしられるから,彼らの主張もかなり聞き入れてきた。 ところがブッシュの背後にいる右派勢力の一部は,環境のことを口に出すのさえ嫌だという人たちで,環境派を現代版の「左派」だと考えて軽蔑している。地球温暖化などはリベラルのたわごとだと思っている。彼らの考えでは,アラスカで原油や天然ガスを採掘するのは,すべてを市場の自由に委ねる経済であるかぎり,当然の権利である。 しかし,こうした考え方で,京都議定書をはじめとして産業界に甘い政策を出し続けると,政治的なリスクを負うことになる。ブッシュ政権はそれに気付いていない。ギャロップの世論調査によると,アメリカ人の61%は環境運動に参加しているか共感を覚えるという結果が出ている。右派は,ホイットマンが左寄りだとして首を切ったあと,噂では代わりに自動車製造業連盟の会長をしているジョセフィン・クーパーさんを担ぎだすという話もある―― 業界代表を環境保護庁の長官にするとなれば露骨だから,それはないだろうと観測する人もいる。しかし,「環境派=左派」という図式がブッシュの背後にあって,環境派に肩入れしたホイットマンの首を切ったのは事実らしい。右派の思い通りにEPAが動くようになれば,環境のことなど考えたくもないという環境保護庁ができ上がるかもしれない。 ブッシュ政権は,来年の大統領選挙に向けて,中味はないけれどもイメージだけの環境政策をばらまくつもりだという。さしずめ今度は,「国立公園を散策するブッシュ」などというイメージ写真が氾濫することになるのだろうか。 ●後退するアメリカの環境政策 ホイットマン長官の辞任に続いて,アメリカの環境政策が後退を続けていることを窺わせる記事が相次いだ。 6月3日の『環境ニュースサービス』によると,有害物質排出インベントリー(TRI)に基づく鉱山からの有害物質は,アメリカでは1%未満に抑えることができれば発表する必要がないことになったという。 TRIは工場・鉱山などから排出される有害物質の量を公表するもので,80年代の後半から実施され,その後,有害物質を半分に削減するのに成功したと報じられている。ところが97年から鉱山会社が,民衆の知る権利をめぐって排出有害物質量の公表をする必要があるかどうか裁判で争ってきた。公表しなくてよいとする裁判所の決定に対し,EPAが控訴しないことに決めたものだ。環境活動家は,「鉱業は最大の汚染源だ。ブッシュ政権は汚染隠しに一役買っている」と憤りを見せている。 6月5日,ロイター電。これも裁判に関連する。連邦控訴裁判所が農薬の人体実験を禁止したEPAの指令を覆した。この指令はパブリックコメントを求めることなく決定された経緯がある。このため,それを不服とする化学会社の訴えを認めたものである。 これでただちに人体実験が行われるようになるかどうかは確定していない。しかしその是非がふたたび議論されることになることは間違いない。環境NGOの弁護士は「ホイットマン長官の辞任には関心を持っている。ブッシュ政権はこれを倫理に反する人体実験を認める好機として利用する可能性がある」と述べた。 このように重要な環境政策があいついで後退している背景に,ホイットマン長官の辞任があるとすれば,次の人事から目を離すことができない。新しい長官のもとでどんな政策が出てくるのか,見ものである。 ●欧州の環境政策は・・・ 02年12月,ベルギー北部アントワープの近くにあるシントニクラース市と周辺自治体のごみ焼却炉が閉鎖された。77年から操業してきた炉で,操業許可は08年まであった。しかし裁判所の判断で閉鎖を言い渡されており,炉の管理者が司法手続きに従ったものだ。 裁判所が判断のもとにしたのは,EUの基本条約の一つ,マーストリヒト条約にうたわれた「予防原則」precautionary principle と,「未然防止行動の原則」principle of preventive action だった。予防原則は環境と人々の健康への影響が特に懸念される場合に,科学的な合意形成を待たずに対策を施すことを意味する。また未然防止行動の原則は環境に与えられるダメージがすでに分かっている場合に,それを事後に回復するよりも,事前に防止する行動をとることを表す。 この判決が出たのは,EUがすでに予防原則を政策の一部としていることによる。一九九二年のマーストリヒト条約には次のように書かれている。 「欧州の環境政策は,予防原則と未然防止の原則に基づくべきである。環境汚染は何よりもまず発生源で修復し,汚染者が費用負担すべきである」。 もう一つ最近の例を挙げてみよう。6月13日の欧州『環境デイリー』は,次のように伝えた。 「ごみ専用の焼却炉からエネルギーを回収する energy recovery 場合は,欧州裁判所の裁定に従って包装廃棄物指令 packaging directiveに基づく廃棄物リカバリー(再生)の目標を達成する成果として算入しないことに決定したと欧州委員会が発表した。このことは廃自動車指令,廃電気電子機器指令にも適用される」 ごみ焼却炉の廃熱を利用したり発電したりするのはリカバリーにあたらないと,欧州委員会が決定したわけだ。リカバリーに名を借りて,廃棄物をむやみに燃やすことに釘をさしたといえる。EUはリカバリーで満足せず,より高度な循環を目指していることがうかがえる。 しかし,これを聞いてEUの産業界は狼狽したらしい。包装材の流れに対して,「経済的にきわめて重大な影響を与えるだろう」と語り,今でも受け入れがたいところが色々あるのに,さらに不安定要因を加えることになると批判している。 蛇足ながら,EUの環境政策をとりまとめる責任者は,欧州委員会のマルゴット・ヴァルストレム環境委員(スェーデン出身)だ。米欧のどちらでも環境分野で女性が大いに活躍していることを付け加えたい。 ●歴然たる米欧の違い 上のようなエピソードから窺えるように,EUの環境政策は業界から猛反対を受けているものが多い。中でも抵抗が集中するのは,拡大生産者責任など廃棄物に関係する政策だろう。背後でさかんに産業界がロビー活動を行っている様子が,ヨーロッパのニュース記事から見える。 廃電気電子機器指令の決定過程では,さまざまな曲折があった。日本の輸出メーカーも臭素化合物や重金属のあつかいなどで大きな影響を受けたようだ。 現在の状況を知るために,直近5月〜6月の『ロイター環境ニュース』から,EU議会・委員会に関連する記事タイトルを任意に10個ひろい出してみる。
・EU議会・委員会,排出権の討議を開始 今度は,同じ時期のアメリカの記事はどうか。これも政府・議会関連にかぎって拾い上げてみよう。
・上院,原発建設資金保証を承認 EUとの歴然たる違いに驚くほかはない。さすがのホイットマン長官も,これでは椅子にすわり続けるのが苦痛になったとしても致しかたがない。ブッシュ政権がどちらを向いて走っているかが,環境関連の記事に如実に表れている。すべての政策が,同じような基礎の上に築かれているとみて誤りではないだろう。 これに対してEUの記事には,新しい方向にむかって地道な歩みを続けていることを窺わせるものが多い。 ●違いはどこから来るか このような政策の違いは,どこから生み出されるか。 アメリカ経済の中心は,急速にインターネットに移っている。手短にいうと「ネット資本主義」というべきところへどんどんと進んでいる。各界の意見の中にも,資本主義そのものが大きく変わりつつあるという意見が多く見られるのが現状である。 アメリカの環境政策から見えてくるのは,変質しつつある資本主義経済をなんとか維持しようという努力だ。産業界が動きやすいように京都議定書を無視しよう。そのほか数々の環境規制も緩和しよう。ブッシュ政権の経済運営は明らかにそのような方向を基本方針としている。 ところがアメリカの富裕層は,現在ある資本主義のシステムが,すでに維持の難しい局面にさしかかっていると感じていて,必ずしもブッシュ政権の政策を支持していない。その証拠に,投資・金融企業として著名なモルガン・スタンレー社の分析家スティーブン・ローチが次のように述べている。これは見過ごせない意見だ。 ――世界の国々のあいだにある不均衡は,ますます開きつつある。しかしやがてこの不均衡は縮小に向かい,アメリカ中心の世界が是正されるはずだ。そうでなければ経済は持続可能でなくなってしまい,資本主義が立ち行かなくなる。現在のような巨大な軍事費をアメリカがいつまでも支出し続けることはできない。不均衡の是正はドルの急落という形をとって間もなく現れるだろう―― アメリカ政府は,基軸通貨のドルを守って資本主義経済を維持するために戦争政策を続け,世界のひんしゅくをかっている。これに対して産業界・金融界は,このままではまずい,現状のまま放置すればどうにもならなくなると,そう考えていることになる。 一方,EUの環境政策はどうか。ここでは,もともとヨーロッパの諸国を動かしていた社会民主主義が,緑の党などの動きを組み入れながら,「自然資本主義」に近づこうとしている。ナチュラル・ステップなどの運動が指し示している高度な理念の実現までは道が遠いけれど,そちらの方向を向いていることは間違いない。 つまりEUでは,中心になる議会や欧州委員会が,持続可能な経済という方向へ本気で取り組む姿勢を見せている。これに対して産業界は,色々な形で抵抗するという構図になっている。米欧で構図が逆だ。 この違いは,それぞれの社会の生き残り戦略の違いに由来するだろう。アメリカの戦略は,現在の延長上にアメリカ一極支配の世界を思い描いているのに対し,EUは現在とは違った社会を実現しなければ,もう自分たちは生き残ることが難しいと考えているように見える。 どちらに勝算があるかは言うまでもない。今のような環境政策をブッシュ政権がとり続けるかぎり,世界から孤立するのは目に見えている。いや,世界の政治家の心は,もうアメリカから離れているだろう。表面はつじつまを合わせているとしても。 ●戦争政策と環境政策 環境政策は戦争政策と密接な関係がある。湾岸戦争で問題となったように,あるいは今回の戦争で劣化ウラン弾が問題になっているように,戦争そのものが環境汚染であるという意味で関係があるだけではない。戦争を遂行するためには,環境への配慮を放棄する他ないという意味で,この二つは密接につながっている。 アメリカ軍のやっているような戦争をするためには,それに見合う膨大な物資やエネルギーの供給が不可欠だ。アメリカの軍事産業がどれだけ巨大なものであるかは,改めていうまでもない。海外の基地を維持するのにかかる経費も含めると,アメリカの軍事費は世界の軍事費の半分を超える。産業に与える影響も際立っている。しかもそういう軍事産業を,必要なときにすぐに動かせる体制が整っている必要がある。 環境関連の分野からこのことが指摘されることは少ないが,戦争は人間の生活にとって不必要な物資とエネルギーを莫大な単位で消費する行為であることは忘れることができない。たとえ民生部門でどれだけ環境対策が施されていても,戦争がこれを帳消しにする。現在のアメリカ政府が環境政策に熱心になれないのは,この点にも理由がある。無理にでも戦争をしなければ,巨大な軍事費の行き所がなくなるわけだから,今後もアメリカは戦争を続けるだろう。そうすると地下資源の大量採掘も,エネルギーの大量消費も続くことだろう。世界中のだれもそれを止められないでいる。 もちろんEUにとっても資源やエネルギーの課題は大きい。しかし少なくとも戦争を前提とした政策を採ろうとはしていない。むしろEUの目指しているのは,その範囲を拡大することによってユーロの支配を広げ,やがてはユーロを基軸通貨とすることである。このあたりにイラク侵攻に関して米欧の政策が大きく対立する原因があったはずだ。ウクライナのEU参加もすでに日程にのぼっているから,EUとしては,旧ソ連も圏内に巻き込みたい意向であると思われる。 一方では,戦争を経済の軸に据えて資本主義経済の維持発展をはかるアメリカと,他方では,環境政策を経済の軸に据えて新しい経済をめざすヨーロッパとの対立。これが最近の環境記事に如実に表れている。世界を二分するこれからの動きに発展していくことだろう。私の目には,日本政府がわずかずつ,目立たないようにアメリカから離れようと努力しているようにみえるのだが。 Copyright: Tamaki Bessho 2003 home |