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システム思考
今世紀の初め、動植物の社会を研究の焦点にしていた生態学者たちが、クモの巣のように拡がる関係のネットワーク ―― 生命網というべきものを観察した。そこで見つけた新しい思考法が、事物をそのつながり・結びつき・関係から考える方法、つまり システム思考 だ。
システム思考は機械論的・還元主義的な考え方からの方向転換をいくつか含んでいる。
●<部分>から<全体>への転換
システムとしてみると生物のからだ全体は、どの部分も持っていない本質的な特性を持っている。これは各部分の相互作用とつながりから立ち現れてくるものだ。生物を物理的に分解したり、理論上ばらばらの要素に分けたりすると、この特性は破壊される。
例をあげてみよう。エネルギーと物質は生態系を通して循環し、すべての物質が次々リサイクルされている。もともと生態学者が言い出した食物連鎖とは、本当は食物網のことだ。この網の内部では循環が行われ、フィードバック回路になっている。こういう特性がわかるのは生態系全体を観察した時だけだから、全生態系をいくつかの種類に分けてリストを作ったりすると、それらを結びつける循環パターンがあるのを決して発見できないだろう。
●<分析>から<環境条件との関係づけ (context)>への転換
小さいときからのしつけと教育のせいで、だれもが部分をあらわす言葉で考えるよう条件づけられている。だから部分から全体への転換は容易ではない。西洋哲学の思考法がとってきたのもすべて機械論的・還元主義的な企てで、部分に注意を集中するものだった。
二○世紀の科学が大きな衝撃を与えたのは、こういう分析の方法では生命体を理解できないという事実だ。衝撃の影響は今も続いている。分析をあきらめろというのではない。分析は色々なところで今も大変有効だが、その有効性に限界があるのだ。
システムとして考えると、部分の特性が理解できるのは全体の組織からだけだ。何かの特性が理解できないときは、それを他から切り離さず、もっと広い環境条件 (context) と関係づけてみてほしい。
例えばこの鳥は、なぜこんな色をしているのか。これが理解できるのは一定の環境条件と関係づけたときだけだろう。進化について知識があれば、どうしてこの色が生まれ進化してきたのか分かるかもしれない。この動物がいま置かれている環境条件や、これまで進化してきた環境条件と関係づけることで、そういう特性が理解できるようになるだろう。
そんなわけでシステム思考は「関係的」(contextual) で、分析的思考とは方向が逆だ。事物を理解するために、分析はそれをまわりから切り離すが、システム思考は、より大きな環境条件と関係づけるのだ。
●<実体>から<関係>への転換
一九二○年代、究極的には部分などというものはどこにもないことを物理学者が発見した。私たちが「部分」と呼んでいるのは、不可分な関係網の中にある一つのパターンにすぎない。もちろん部分を定義するのは大変有用だが、しかし役に立つ定義は思いつきによる大雑把なものであることが多い。役に立つためには自由に形の変わることが必要だ。
そこで、部分から全体への転換は、実体から関係への転換と見ることもできる。機械論からすると、世界は実体の集合のように見えるから、実体同士の関係は二次的なものに見える。システム思考から見ると、実体そのものは生態系の中にいる生物であれ、共同体の中にいる人間であれ、より大きなネットワークの内部に埋め込まれた関係のネットワークであることが分かる。システム思考する人にとっては関係が一次的なもので、実体は二次的なものなんだ。
●<ヒエラルキー>から<ネットワーク>への転換
生命体の著しい特性は、システム内部に何層にもなったシステム構造を作り上げる傾向があることだ。例えば私たち人間の身体を取り上げてみよう。最小のレベルでは細胞があり、一つ一つの細胞自体が一個の生命体だ。この細胞が組み合わさって組織を形づくり、組織が形づくっているのが器官。身体全体は、こうした関係のネットワークだ。それで全体としての身体は、社会に似た関係の中に存在しているし、身体という関係全体は社会システムの中にあり、社会システムは生態系の中に存在している。
どのレベルにも統一性のある全体があって、さらに大きな全体の部分ともなっている。生物界のいたるところで、生命システムの中に生命システムがあるのが見つかる。
生態学が生まれた頃から、こうした多層的な配列はヒエラルキーと呼ばれてきた。しかしこれは誤解を招く言い方だ。かなり強固な支配と統制の構造を持った人間社会のヒエラルキーから類推して生まれた言葉だろう。自然界に見られる多層的な秩序は、これとは似ても似つかないものだ。
どのレベルの生命体もネットワークなので、生命網を目に見えるようにしようとすると、他のシステム(ネットワーク)と網のような相互作用をしている生命体(ネットワーク)として考えなければならない。言い換えると、生命網はネットワークのネットワークでなりたっているのだ。
●<構造>から<過程>への転換
システム的な思考法には一連の大きな流れがあって、これまで議論されてきたシステムの考え方は、その色々な側面と考えることが出来る。これは関係づけ思考と呼んでもいい。関係づけ思考は、結びつき・関係・つながりによる思考法だ。
システム思考には、もう一つ同じように大切な流れがある。この第二の流れはプロセス思考だ。近代科学の機械論的な枠組みでは、まず基本構造があって、次にこれらが相互作用する 力 とメカニズムがあり、こうしてプロセスが生まれることになる。
システム科学では、どのような構造も基礎をなしているプロセスの現れと見なされる。構造と過程はいつも相伴うもので、一枚のコインの裏と表だ。システム思考は常にプロセス思考だ。
―― (参考 F. カプラ 『部分から全体へ ―― 教育のネットワークで ――』(オーストラ リア教育ネットワーク、1995 冬)
URL: http://www.kcn.ne.jp/~gauss/holos/system.html
開設:97/02/04・最新変更:97/06/25