医療ごみを燃やすんだって?
焼却では問題を解決できませんよ。
ポール・コネット
[The Ecologia Asia, Vol.5, No.2, March /April 1997]
ここでは論文の中から、医療ごみに関するものを訳出しました。医療ごみに関するものでありながら、 ごみ問題一般につながる広い内容を持っています。グリーンピース・ジャパンによる翻訳がすでに ありますが専門家向けであるため、講演の雰囲気が少しでも味わえるような訳文を目指してみました。 翻訳については原著者の了解を得ています。 |
はじめに
医療ごみ焼却とダイオキシン
「出口の対処法」にともなう問題 1〜9
「入口の対処法」 1〜8
感染性のごみを燃やさないで処理する技術
臓器や実験動物の問題
おわりに
みなさん、こんにちは。私はアメリカのニューヨーク州に住んでいます。アメリカや日本のように 産業の高度化がすすんでいる国々では、医療ごみの焼却が問題になっています。そして医療ごみの ような毒性ごみを処理するのに使う焼却炉を、段階的に停止しはじめました。ところが、こういう 危険な旧式設備を今度はインドが導入しようとしているんです。残念なことですが、歪曲された情報 しか政策決定者にとどかないからでしょう。行政がゆがんでいるために毒物の害をうけることに ならないよう、ごみを捨てるときには、できるだけのことを自分たちでする必要が出てきました。
では医療ごみはどう処理したらいいのでしょうか。もともとこれは生物学者がとりくむ課題です。 病院や研究施設からでてくる細菌やウイルスで病気にかかることがありますが、わざわざだれも 危険な目にあいたいと思いません。ですから、医療ごみを燃やして病原体をやっつけるのは 合理的な処理方法のようにみえます。しかし実際は、まったく問題の解決にならない ばかばかしいやり方の見本ではないでしょうか。それはこういうわけです――
ごみを高温で燃やすと、それまで生物学者の課題であったものが化学者のとりくむ課題になります。 化学変化が起きて、あぶない物質が発生するからです。たしかに焼却によって細菌やウイルスを やっつけることができますね。ところが、病原体のついている紙や段ボール・プラスチック・ ガラス・金属も一緒に破壊します。しなくてもいい余計な仕事までしてしまうわけです。
ごみを燃やすときに塩素系プラスチックがあれば酸性ガスが発生しますし、塗料、紙・プラス チックの添加剤、電池、廃体温計など雑多なものから有害金属がでます。ごみの中に塩素が あればダイオキシン・ジベンゾフラン類が合成されます。化学変化によって生じるこうした 恐るべき問題は、もとから医療ごみが持っている「問題」ではなく、人間の考えた「解決法」が 生みだしたものです。
医療ごみの焼却処理はダイオキシンの一大発生源であることが最近になってわかって きました【表1参照】。そこで、この問題を解決するために、二とおりの方法が現れました。 一つは私が 「出口の対処法」 と呼んでいるもので、 今の医療用焼却炉を改装して(または新しい炉をたてて)もっと高度な排ガス制御技術を持つ ものにしようというものです。もう一つは 「入口の対処法」 で、病原体が付着している物質を破壊することなく、細菌や ウイルスだけをやっつけることのできる技術(古いのも新しいのも色々ある)を探しだそうと いうものです。ダイオキシン排出問題の深刻さを議論したあとで、二つの方法をくらべて みましょう。
ダイオキシン(類)は、今ではポリ塩化ジベンゾジオキシン類(PCDD)と ポリ塩化ジベンゾフラン類(PCDF)という二群の化合物を意味します【訳注:現在では コプラナPCB類もダイオキシン類として扱うようになった】。 塩素原子の数・位置・構造に違いがある全部で二一○種の化合物の中で、一七種が特に 強い毒性を持っています。こういうものが、何か塩素を含むものを燃やすと 簡単に合成されてしまいます。医療ごみもダイオキシン類の発生原因になります。
ごみのダイオキシン問題は、一九七七年にオランダのオリエらがごみ焼却炉の排ガスから 検出したのがはじまりでした。一九八七年になると、ドイツのハーゲンマイヤーらが、 医療ごみの焼却炉から集めた飛灰のなかに、都市ごみの焼却炉から検出されるレベルより 二桁高くダイオキシン類とジベンゾフラン類が含まれていると報告しました。【表1】は ハーゲンマイヤーらの示したデータです。
| 物質名 | 都市ごみ焼却炉 | 医療ごみ焼却炉 |
| 2,3,7,8-TCDD | 0.03- 0.34 | 1.4-3.4 |
| TetraCDD | 0.6 - 7.5 | 94-404 |
| PentaCDD | 1.2 -13.2 | 208-487 |
| HexaCDD | 1.4 -15.8 | 271-411 |
| HeptaCDD | 1.8 -25.6 | 189-307 |
| OctaCDD | 1.9 -23.1 | 123-245 |
| ダイオキシン類 計 | 6.9-80.3 | 1155-1737 |
| TetraCDF | 9.0 -32.1 | 199-376 |
| PentaCDF | 10.2 -38.3 | 285-647 |
| HexaCDF | 8.0 -31.7 | 253-724 |
| HeptaCDF | 3.4 -15.9 | 125-286 |
| OctaCDF | 0.7 - 4.6 | 25-134 |
| ジベンゾフラン類 計 | 31.3-119.5 | 895-2140 |
一九九四年九月、アメリカ国内ですでに分かっているダイオキシン発生源を環境保護庁が 調べました。その結果、医療ごみの焼却炉が最大の ダイオキシン発生源になっている と結論づけ、報告書の草稿を発表しました。 それによると、年間のダイオキシン発生総量九三○○グラム-TEQのうち、 五一○○グラム-TEQが医療ごみに由来します。
医療ごみを燃やすと、都市ごみより多くのダイオキシン・ジベンゾフラン類が発生するのは、
どうしてでしょうか。二通りの説明があります。
第一の説明は、単位体積あたりで
考えて(医療ごみが三○パーセント、都市ごみが七パーセントと)医療ごみの方が多くの
プラスチックを含んでいるというものです。このプラスチックは多くが塩素を含むポリ塩化ビニール
(PVC)です。
第二の説明は、都市ごみ焼却炉のほうがずっと進んだ排ガス対策をしている
からというものです。そのうえ、都市ごみ焼却炉では専門的な訓練をうけた技術者が燃やして
いるが、医療ごみは病院の用務員さんが燃やしていることが多いというのです。どちらの説明も
正しいかもしれません。
第一の説明を支持する人たちは、塩ビその他の塩素をふくむプラスチック類を病院から 撤去せよといいます。オーストリアではまったく塩ビを使わない病院が建てられました。 インドでは汚染管理局が、焼却炉を設置しようとする病院に、ものを燃やす前に塩ビを取り除く よう要求しようと考えています。いっぽう、第二の説明を支持する人たちは、病院の焼却炉を もっと高価なものと取り替えて、近代的な都市ごみ焼却炉に据えつけてあるような排ガス対策の しっかりした設備にするようにといっています。
どちらの方法でもダイオキシンが環境に入っていく総量を減らすことが、たぶん出来る
でしょう。でもなくすことはできません。私の考えでは、どちらも問題を根本から解決する
ことができないだけでなく、真に適切な方法ではないし、コストのかからない方法でもないと
思います。
単純に考えてみてください。ダイオキシンの生成は医療ごみに
最初からつきまとっている問題ではないのです。
ごみを燃やさなければダイオキシンは出ないでしょう。感染性のごみを燃やさないで処理する のは商売としても十分に可能ですし、コストも高くありません。どちらがいいのか、結論は すでに出ているのです。でもこの技術について論じる前に、ドイツやオランダで採用している ような高価な排ガス処理装置の限界について考えておくことも大切だと思います。
炉から発生するダイオキシンを抑制する最先端の技術が二通りあります。一つは、炉や熱交換器から 出てくる燃焼ガスに活性炭と石灰水(水酸化カルシウムを水にといたもの)を噴霧する方法で、 もう一つは、生じた微粒子を繊維フィルター(バグフィルターともいう)で集める方法です。 ガスを排出する前に、さらに湿式洗煙装置をつけることもあります。窒素酸化物が問題になる ような地域(大都市や大気の逆転現象が問題になっている地域)では、超大型の焼却炉を使うと 窒素酸化物の問題が発生するので、高価な脱窒装置が必要になるかもしれません。
第一の問題点 大気汚染防止装置をつけるだけでは
十分な対策にならない。
専門の訓練を受けた技術職員を配置する
ことが不可欠ですが、現状では病院にそういう職員がいません。このこともあって、ドイツは
病院内の医療ごみ焼却を許可しなくなりました。そのかわり、高度な汚染防止装置をつけて
専門職員が操作する都市ごみ焼却炉に送ることになっています。
第二の問題点 大気汚染防止装置が非常に高くつく
。
オランダで新しい都市ごみ焼却炉を建てようとすると、費用のおよそ半分が
これにかかります。例えばアムステルダムの新しい炉(日量二○○○トン)は
建設費が約六億ドルで、そのうち三億ドルが汚染防止装置です。こういう出資をしてなおかつ採算が
とれるようにしようとすれば、どんどん装置を大きくすることが必要ですね。小さな規模の病院では
焼却炉を使えなくなるでしょう。ちなみにアメリカで一番小さな医療用の炉は日量一トン未満、
もっとも大きな炉(サウスカロライナ州ハンプトンの広域施設)は一日五○トンから一○○トンを
燃やしています。
病院や研究機関が小さな炉を建てるには全額自己負担でやるか、それがだめならどこかから
資金を調達してくることが必要です。例えばコーネル大学の獣医学部が、日量一トンか二トンの
(規制がかかっている医療ごみと実験動物を燃やす)医療ごみ焼却炉の建設を計画していて、
これには五三○○万ドルの見積もりが出ていますが、別の団体が補助金を出すことになっています。
第三の問題点 高度な汚染防止装置を炉につけても、市民
から大きな抗議の声が上がってくる。
市民の反対で計画が止まることもあり
ます。先ほど言いましたコーネル大学の計画は、最近では例を見ない大きな環境論争を引き起こし
ました。97年の春現在で獣医学部長は、市民がこの問題に関与できるようになるまで許可の事務
処理を保留すると約束しました。これとは反対に、焼却を伴わない技術が市民の反対にあうことは
ほとんどありません。
第四の問題点 どんな炉を作っても 出てくるダイオキシンや
有害金属を連続してモニターできる方法がない。
ダイオキシンの排出量を
測定するには燃焼ガスのサンプルを五時間から八時間採取して、そのフィルターを研究室まで
送り届けなければなりません。この手続きに大変な費用がかかりますし、時間もかかります。
ですから小さな炉ではダイオキシンの測定などやったことがない場合がほとんどですね。
九三年の統計でいいますと、アメリカには約五○○○の医療用焼却炉がありますが、ダイオキシン
の測定をした炉は二○もありません。
それだけじゃないんです。炉の操作に当たっている人のところに、いつ測定するかという
お知らせが測定の前に行きますし、その前に燃焼状態を一番いい状態にしておく十分な時間の
余裕があります。多分その日はごみ質を整えておくことにもなるでしょう。ですから、この
測定値が日常的に炉から出てくるダイオキシン量を本当に示していると思うのは、
究極のお人好しというしかない。結論をいいましょう。いったん医療ごみの焼却炉が認められて
しまうと、ダイオキシンの排出量に関するかぎり、だれも責任をとらなくなるんです。