目次に戻る

サーモセレクト事故の経緯とその背景

津川敬


◆事故情報の出方

 ドイツ・カールスルーエ市で起きたサーモセレクトの事故は予想外に深刻な展開となりそうです。ひょっとして2年前のシーメンスと同様の事態になるかも知れません。この事件は二つの点で重要な意味を持つものと思われます。

 ひとつはまったく同じ機能を備えたプラント(実機)が千葉市の川崎製鉄敷地内で動いており、連日のように見学者が押し寄せていることです。むろんこれらの人々は海の向こうの¥d大事故については知らされていない筈です。しかも環境問題に関心を持つ市民ですら「これならうち(の自治体)で導入してもいい」などと心を奪われており、また環境ホルモン問題で全国の女性層に絶大な影響力を持つ某NPOが「ダイオキシン対策のためきわめて有効」と手放しで礼賛する記事を機関誌に載せている始末です。

 第二点はこれらと対蹠的なドイツの事情です。すなわち郡政府という公的な機関によって事故情報がいち早く公開され、それを受け止める市民の側が技術検証を含む自由な意見交換を行なうという仕組みになっていることです。

 もともと技術とは権力維持と利潤追求にとって不可欠な要であり、そこには「リスクと危険な誤用」が含まれます。当然のことながら技術を握っている側(行政権力や企業)がそれらマイナス情報を進んで開示する筈はありません。

 その不合理を是正するため、ドイツでは100年も前からTUV(ティフ・技術評価委員会、Uの字にウムラウトがつく)という権威ある第三者機関が機能しているのです。その評価には行政も企業も市民も従わざるを得ません。その重みは「いずれの勢力からも独立し、最善の知識と良心を持った人材を集める」という伝統からきているのです。

 しかもその情報はすべて郡政府などを通じて開示され、市民もインターネットなどのツールを通じて意見や知見を発信できる仕組みになっています。サーモセレクト事故もこうした回路によって市民の知るところとなったわけです。

 一方、日本では同じような事故が発生したとしても、すべては企業とそのサークル内でひそかに始末され、外部に出ることはありません。「天をも焦がす大火災」でも起きないかぎりーーー。  これまでも清掃工場で爆発事故があった場合など、早々に箝口令が敷かれ、メーカーがまたたく間にその個所を修復し、痕跡を消してしまうなどの行為が日常茶飯になっているのです。

◆サーモセレクト――そのユニークな設計思想

 いわゆるベンチャー企業であるサーモセレクト社は1992年10月、イタリア・フォンドトチェで100トン/日の実証プラントを稼働させ、1.2メガワ ットのガスエンジンテストを含む7,500時間の実証試験を完了(処理廃棄物5,500トン)しました。 その時はTUV(技術評価委員会)から高い評価を得た、とサーモセレクト側ではいっております。

 96年にはドイツ連邦とカールスルーエ郡政府の作業部会が「サーモセレクト方式をドイツに導入する案件を支援」することを公式発表しました。

 99年3月、カールスルーエ市で240トン/日×3基の実用プラントが試運転に入っています(年間22万5000トン処理)。

 建設費は2億5000万マルク(日本円で約120億円)でした。ただし追加費用が6500万マルク(約30億円)かかっています。

 99年10月にはサーモセレクト社と技術供与契約を締結(97年)した川崎製鉄のプラントが試運転を開始しています。

 某NPOも幻惑されたというサーモセレクトの技術とは以下のようなものです。

■ 受け入れごみはプッシャー(押し込み機)で圧縮され、水分が抜かれる
■ 乾燥されたごみの固まりは、次の工程で純酸素を吹き込まれ、2000℃の高温で溶融される
■ 熱分解ガスは縦型の高温反応炉内を上昇し、クラッキング(ガスの改質)され、
■ 次の急速冷却塔に入って1200℃から70℃まで一気に冷却される
■ 回収されたガスは脱硫、除湿されて工業用ガスに精製される

 つまり他のガス化溶融炉が熱分解で発生したガスを使って溶融するのに対し、サーモセレクトは純酸素で溶融、ガスは精製して工業用に使用する、という点が特徴です。

 排ガスは300℃という温度域を一気に飛び越えて70℃に急冷されるため、ダイオキシンの再合成はないとメーカー側はいいます。しかもここでは飛灰が出ないため、バグフィルターも煙突も必要ないという、理論的にはかなりユニークなプラントなのです。しかしそのユニークさが仇となったようです。

 まずプラント全体が一種の密閉構造となっており、緊急に炉が停止した時など、未処理の生ガスが発生するため、煙突に代わる放散塔という丈の短い円筒を屋根の上に設けてあります。カールスルーエのトラブルはまずそこで起こりました。

 もともとイタリア・フォンドトチェの実証プラントは「煙突がない」ことが売り物でした。カールスルーエも放散塔だけで建屋全体のレイアウトをまとめようとした節があります。というのは全体が真っ赤な前衛芸術風の建造物で、そのデザインはマリオ・ボッタという有名デザイナーに委嘱していたものです。作者の美学からしても、不恰好な煙突など気に染まぬものだったに違いありません。

 しかし前記TUV(技術評価委員会)の評価は「見た目の芸術性」よりも「緊急に炉が停止する時の危険性」を重視しました。

 放散塔の上部は建屋からわずかに顔を出しているだけであり、地上の見学者からは見えません。前記のとおり、炉内各所に残る未処理のガスを排出させる装置ですから、そこには燃焼バーナー(トーチ)が備えてあり、未燃ガスを燃やすわけですが、簡単な装置のため、ダイオキシン類や重金属類を発生させない温度域で十分な滞留時間と撹拌を行いながら燃焼させることは困難とされています。すなわち重金属類はストレートに大気中に文字通り放散≠オてしまうのです。

 TUVはその点を指摘し、重金属類など有害物質の放散≠防ぐため、キチンとした回路を設けるようにという指示を行なったとのことです。この点についてはカールスルーエに住む年金生活者であり、化学分析専門家のインゴ・ゲテケ氏も追及した結果、サーモセレクト側はマリオ・ボッタ氏の意向にもかかわらず&s恰好な煙突(高さ50メートル)をプラントの脇に設けざるを得なくなったのです(98年12月)。

 トラブルはこれ以外にも各部で発生しました。その経緯を時系列で追いながら、関連するマスコミ記事等を紹介しておきます。

◆カールスルーエで起きたこと

〈1999年12月〉

 ・高温反応炉内部の耐火レンガが広い面積で崩落
 ・急冷スクラバー(洗煙装置)外側の冷却水温度が異常上昇
 ・高温反応炉底部が高温で損傷、爆発の可能性もあった(サーモセレクト社の技術者は  この事実を知らなかったという)

〈2000年3月〉(ドイツ地元紙・シュヴェビッシェ・ポスト紙〈10日付け〉の記事より)

「スイッチを入れては故障し、また入れては故障してプラント停止の繰り返し。カールスルーエ行政幹部のG・ヘンメレ氏は『この施設が今月(3月)末に通常運転に入れるかどうかはコメントできない』と発表。また環境部主任R・ファイラー氏は『現実に運転禁止を発表するのは有害物質の排出が法的規制値を超えた場合のみ』と説明した。しかしサーモセレクト側は『全北バーデン地方のごみをすべて処理する予定のこの施設は技術者たちがやってくれる。必ず成功すると我々は信じている』とコメントした」。

〈2000年7月〉(カールスルーエ郡政府の公式発表)

「本年3月31日、郡政府は運転時における大気汚染物質の排出濃度が規制値以下にあったことからサーモセレクト3系列の通常運転を2000年9月30日までの期限つきで認可した(ただし『期間中の取り消しもあり得る』との条件つきで)」。

 このことに関し郡政府は操業者サイドから認可期間中に提出される変更申請に対し最終決定がおりるまで毎月の燃焼室運転時間を住民への情報として公開する旨、言明した。

 そこで郡政府は燃焼室(放散塔=後に設けた煙突)の許容運転時間を年間で50時間と決めた。しかし2000年4月から6月までの3ヵ月間で許容時間の80%を使ってしまったところから郡政府が不快の念を示し、サーモセレクト側はこの部分の設計変更を申請したのである。

   郡政府は9月以降もプラントの運転を許可する条件として、@燃焼室(放散塔)の運転時間を著しく下げるか、A根本的に「新しく、深く検討」し、「適切と思われる時間内」で実施可能な燃焼室のコンセプトが提出される場合であると明確に方針を示した。

 運転を請け負った電力会社EnBW(エネルギー・バーデンヴュルテンベルク)も郡政府と意見を一致させ、サーモセレクト側は短期間で設計変更(バーナー燃焼で発生した有害ガスや重金属類を「清浄」にして放散)するとの見解を示した。そして同年8月から改修点検に入ることを理由に運転を休止した。

 改修のポイントは次のようなものである。

「放散塔からの重金属類排出を完全に停止し、これを燃焼室に使用するため放散塔には蓋をする。燃焼したガスを冷却後、「50メートル煙突」に導入する。煙突手前には脱硫装置を設け、脱硫・除塵を実施することで燃焼ガス中のダストに起因する重金属類を除去し規制値(約束値)を達成する」。

〈2000年8月〉(ドイツ・バーデイッシェ・ネウグスタ・ナヒリシュテン紙〈12日〉)

「つい最近まで時代の先端を行く新技術として驚嘆の的となっていたサーモセレクト・プラントが、一転して第一級の悲劇の主役となった。カールスルーエ・ライン河畔の最新ごみ処理プラントは数日中に再び操業を停止する」。

「EnBWはもっとも不運なくじを引いた。同社のボス、ゲルハルト・ゴルは公の場では平静を装っているものの、社内では長引くサーモセレクトセレクトの危機に大きな動揺を露わにしている。いまもって数億マルクの金額が危機にさらされている」。

「カールスルーエ州議会上院議員クラウス・クレンツ氏はいう。『酔いは醒めつつある』と。彼はプラントの立ち上げ以降、つぎつぎと起きる破綻や事故にも拘らず、これまで一貫してサーモセレクトを擁護してきた政治家の一人である。カールスルーエ市、バーデンバーデン市およびカールスルーエ郡内の各家庭のごみは従来どおり今後も収集され、再び埋立地に運ばれている。しかし中部地方の処分場はごみで溢れており、それをマンハイムの焼却プラントに振り分けている状況だ。『この輸送にかかる費用はサーモセレクトが負担しなければならない』と廃棄物運送会社の社長は述べ、クラウス・クレンツ氏は『テクノロジー都市としての輝かしいイメージが損なわれた』と落胆している」。

「一方でごみの排出量は次第に減少しており、EnBWの夢のセールス商品<Tーモセレクトは見る見るうちに熱い空気の中で溶けてしまった。しかしそれ以上に問題なのは緊急非常時に排ガスを燃焼させるプラント部分である。ここからあまりにも多くの重金属類が排出され、またあまりにも頻繁に緊急非常運転が行なわれた。プラント改造は時間も経費もかなり嵩む。EnBW社内では『恐怖の終わり』を『終わりなき恐怖』より優先させたいと考えている。サーモセレクトは今後いつ点火するとも分からない爆薬をその懐に抱え込んだ」。

◆目下の状況(11月3日現在)

 10月31日、グリーンピースの方から次のようなメールが届きました。 「先程入ってきた知らせです。先週土曜日付(2000年10月28日)のアイルランドのタブロイド紙に、カールスルーエのサーモセレクトが重金属の大気放出を理由に、閉鎖(closed down)されたと いう記事が載ったそうです。未確認情報のようなのですが」

 これについて別処珠樹氏にも連絡をとり、川越市在住の研究家にも協力をお願いしたところ、 以下の情報 が入りました。

「9月19日付けオッフェンバッハ・ポスト・オンラインの報道によると、スイス・ティチーノ州の州政府は、ごみ焼却施設の建設許可に関するサーモセレクトとの今後の交渉を拒否するという」。

 サーモセレクトはいまカールスルーエのほかドイツ・アンスバッハ、ヘルテン、ハナウ等でプラント建設または「環境に関する認可待ち」ですが、このうちヘルテン、ハナウはこの技術についてかなり疑問を持っているようです。

 一方、カールスルーエのサーモセレクト社はすでに提出した改善計画に基づき、非常時燃焼室 (Brennkammer)の改修工事を約3,000万マルク(約14億円)をかけ、目下実施中ということです。一部報道された「施設閉鎖(closed down)」については誤報≠ニはいえないまでも、多分「あっても不思議はないこと」と受け取られているようです。

 しかし千葉川崎製鉄内のサーモセレクトプラントは幸運なことに、ドイツ的・古典的な正義を具現する「第三者的技術評価機関」が存在せず、また化学的知識を持つ厄介な市民も不在なため、いまだに「煙突がなく、ダイオキシンの心配もない」先端技術を売り物に押し寄せる見学者を毎日幻惑しているのです。ここは川鉄の敷地内であり、ライン河畔のカールスルーエとは違う、というわけでしょうか。

 しかしプラント全体の仕組みはカールスルーエと何ひとつ違ってはいないのです。「外国から導入した技術」なる神話にとことん弱い我々一般市民のお人よさーーー。

 もうそろそろ目覚めてもいい頃ではないでしょうか。 (2000年11月)


【サイト管理者注】 ドイツ、カールスルーエ在住の科学者インゴ・ゲデーケ氏からの 連絡によると、サーモセレクトのガス化溶融炉は、2001年4月現在、なお充分な 性能を得られず、運転再開できていないということです。

目次に戻る