東光山 岡寺

踊る巫女の世界 西国三十三所観音巡礼

東光山 岡寺(龍蓋寺)
日本最初のやくよけ霊場
御宝印
御詠歌けさみれば 露岡寺の 庭のこけ さながら瑠璃の 光なりけり
宗派真言宗豊山派
本尊如意輪観世音菩薩
開基義淵僧正
開創年天智天皇2年(662)
住所〒634-0111 奈良県高市郡明日香村岡806 (周辺地図
入山料300円
駐車場500円(観光明日香公共事業株式会社)
巡礼日平成 6年 7月31日, 平成10年 2月 8日

創建の伝説と義淵僧正
  仁王門"
 六六三年(天智天皇二)、草壁皇子のお住みになっていた岡の宮を仏教道場に改め、当時の仏教の指導者であった義淵僧正に下賜され、創建一千三百有余年の歴史を持っている。
このため本尊や義淵僧正像など国宝、重文七件ほか多数の宝物がある。
 
 義淵僧正は奈良東大寺の基を開いた良弁僧正や菩薩と仰がれた行基、その他奈良時代の仏教を興隆した多くの先駆者の師として知られている。
また『扶桑略記』(平安時代の史書)によると、義淵僧正の父母は子宝を観音に祈った。
その結果生まれたのが義淵。
この有り難い話を聞かれた天智天皇は岡の宮で義淵を草壁皇子と共にお育てになった。
 
(東光山岡寺 冊子より)

厄除け信仰と龍蓋寺
  龍蓋池
 義淵僧正は優れた法力の持主でもあった。
 
 そのころ、この寺の近くに農地を荒らす悪龍がいた。
義淵はその法力によって小池に封じ込め、大石で蓋(ふた)をした。
この伝説が岡寺の正式名称「龍蓋寺」の原点になっており、本堂前に「龍蓋池」が今もある。
 
 こうした伝説は「災いを取り除く」信仰に発展、密教の普及と共に鎌倉時代には「二月(現在三月)初午の日に必ず岡寺に参詣した」という『水鏡』の記録もあるほどで、それまでの観音信仰に厄除け信仰が加わり、日本最初の厄除け霊場が形成された。
 
(東光山岡寺 冊子より)

西国札所と岡寺(龍蓋寺)
  本堂
 観音さまの御名を呼べば観音さまは三十三の化身により衆生を救済されるとの信仰をもとに、西国三十三所観音霊場巡りが盛んになってから約一千年の歴史がある。
岡寺はその前から観音霊場として栄え、創建以来「熱祷千三百有余年」、常に大衆の幸せを願ってきた。
 
(東光山岡寺 冊子より)

三重塔
三重塔
仏足石
仏足石