26.非代償性心不全】

 

《■考え方》

▽プライマリ・ケアの現場では,軽度の心不全はともかく非代償性心不全といわれるNYHAクラス34度の心不全例については病歴,診察,胸部レントゲン,心電図を駆使することにより診断できることが望ましい。

▽心不全はその原疾患によって治療法が異なる。少なくとも甲状腺疾患,貧血,感染,腎障害等の心不全増悪因子を発見して除去できるような知識は必要である。

▽寝たきり以外の患者に対して,上記のような診断の過程を経ないで心不全診断をBNP値で行うべきではない。

 

《■患者・家族の訴え》

 患者の主訴は,

・ 「咳がする」,

    「動悸がする」,

    「息切れがする」

    「体がむくんできた」である。

 

<電話トリアージ>

電話による状況判断はきわめて難しく,診察所見が重要となるので,患者および家族が心配なら診察をうけてもらう。重症感のある息苦しさを訴えたり、チアノーゼ、頻呼吸と家族が判断すれば救急車ですぐ後方病院に行ってもらうように説明する。

 

《■訊くべきポイント》

▼起坐呼吸や夜間の頻尿などは医療者側からうまく質問しないと聞き出せないこともある。

▼平坦な道をいままで通り歩行できるか否かや,階段を止まらずに上がれるかどうかは重要な病歴である。

四角形吹き出し: ニューヨーク心臓協会の心不全分類
NYHA1	症状なし
NYHA2	中等度の運動で心不全症状がある
NYHA3	軽度の運動で心不全症状がある
NYHA4	安静時にても心不全症状がある
▼心不全例による夜間の咳を,気管支喘息といわれて数ヶ月にわたって吸入薬を服用していた例も散見される。

 

《■診るべきポイント》

    頻呼吸

    頻脈 

    ギャロップ音

    肺のクラックル

 

 

<第2のトリアージ>起坐呼吸を呈しておれば,フロセミドを20mg静注して転送する。

 

典型的なNYHA4度の心不全例でプライマリケア医に特に知っておいてもらいたい2症例を呈示する。

 

《■症例1 64歳男性 主訴:息切れ?胸部圧迫感?》

4年前に高血圧・心房細動で某病院に入院して電気的除細動を行ったが洞調律に復さず,以後外来で治療中であった。その病院では,外来担当医が頻回にかわり,採血もあまりしてくれなかったので過去1年通院なく,薬物も服用していない。5ヶ月前頃より,運動により胸部圧迫感?を感じた。2ヶ月前より,徐々に息切れ?が出現し現在では平地歩行でも息切れが生じる。最近すこし体重が増加した。血圧160/90mmHg, HR80絶対性不整 sat97%,過呼吸はない。甲状腺腫大はなく,2/6度の汎収縮期雑音が聴取されるがS3はなかった。肺野ではクラックルは聴取しない。

 

〈コメント〉

 本例の労作時の息切れや胸部圧迫感は,狭心症症状か心不全症状かを判断することは難しい。S3やクラックル等の心不全に特徴的なサインはないが,2/6度の汎収縮期雑音が聴取されるので後者である可能性が高い。胸部レントゲンで肺うっ血と心拡大がみられた。心エコー図では左室の拡大は軽度であるが,壁運動は中等度低下し,高度の僧帽弁逆流シグナルがみられた。僧帽弁自体には変化がなく逸脱もみられなかった。

 頻脈により左室機能が低下し,二次性の僧帽弁閉鎖不全症を合併していたと考えられる。心房細動例では,安静時にはある程度心拍数は下降していても軽度の労作にてすぐに頻拍になることが多い。つまり,本例でも一日のうち頻拍であることが多かったと予想できる。

この場合、プライマリケア医の役割は,非代償性心不全状態であり入院が必要であることを患者に説明し納得させることである。

 

《■症例2 72歳女性 主訴 息切れ》

 1年前から,心不全の診断で近くの病院に3回の入院歴がある。今回も心不全で同病院に入院し拡張型心筋症と説明を受けていたが,利尿薬に対する反応が悪いので専門病院に転送入院となった。

 血圧は90/70mmHgHR95/分で規則正しい。内頸静脈の拡張を認め,やや頻呼吸を呈した。2/6度の収縮期雑音が前胸部全体に聴取され,ギャロップリズムであった。両側下肺野でクラックルが聴取された。抹消はやや冷たいが動脈はすべて触知した。心電図は洞調律でSTT変化を伴った左室肥大であった。

 息切れがありギャロップリズムとクラックルを聴取するので心不全であることは間違いがない。しかし,心不全とは症候群であるので,心臓外因子も含めて原因を考えること,また原因により治療法が異なること,一度は専門医に相談して,現在の医療レベルで改善する疾患を見逃さないことが大切である。心不全例に対する心エコー図所見は原因心疾患の確定にきわめて重要となってくる。

 

〈心エコー図所見と経過〉

 断層心エコー図では左室拡張末期径が60mmと中等度拡大して,壁運動は全体に著明に低下している。しかし,左室の壁運動が著明に低下していていたにもかかわらず,大動脈弁を通過する最高流速は5m/secで,大動脈―左室の圧格差は100mmmHgと考えられる。高度大動脈弁狭窄症に伴った左室収縮障害として準緊急に大動脈弁置換術を行い,症状はNYHA2度となり,左室壁運動も著明に改善した。

 

〈コメント〉

 本例では断層心エコー法で左室が拡大し,収縮機能が著明に低下しているので,ドプラ法を用いなければ,拡張型心筋症に合併した二次性僧帽弁閉鎖不全症でも矛盾しない。心不全の原因として,高齢者では大動脈弁狭窄症の存在を常に念頭に置く必要がある。なぜなら,心不全を合併した高度の大動脈弁狭窄症には内科的治療は期待できないが、適切な外科医が大動脈弁置換をすることにより心機能が回復し,症状が劇的に改善する可能性があるからである。

2005年現在では,大動脈弁狭窄症の診断に断層心エコー法のみではなく狭窄を定量評価できるドプラ法は必須である。プライマリケア医から相談される医師(施設)は,速い流速が本当に大動脈弁を横切る血流を測定できているのかを適切に評価でき,ドプラ所見以外の臨床情報も含めて総合的に診断する能力が必要とされる。

また拡張型心筋症による心不全であっても,現在はACE阻害剤やβ-遮断剤でかなりの改善が期待できるので,かならず専門医が一度は相談すべき疾患である。

 

 

《■必須検査》

▼心電図検査,胸部レントゲン検査,採血は基本の検査であるが,病歴から明らかに心不全であることが判断され,バイタルサインが不安定であれば診断よりも治療が優先される。

NYHA4度の心不全と判断し、転送を考えるのであれば必須検査はないといってよい。ベッドを起坐位にすることが大切である。

▼起坐呼吸を呈しているにもかかわらず,息どめ状態で心音を一生懸命にきいたり,ハムのないきれいな12誘導心電図をとったり,臥位での息どめの超音波検査はむしろ行ってはならない。心不全に対してよくない体位を無理に強いることで検査の途中で心不全が悪化する可能性がある。

 

《■治療と処置》

    症例1のような場合,心不全の治療より先に抗不整脈剤のみを投与しないことが重要である。ジギタリス剤以外のほとんどの抗不整脈薬は心筋抑制があるので,服用させることによりかえって心不全が悪化する可能性がある。つまり心不全を合併しているということは,循環器専門医にすぐに相談すべきである。

    症例2では、ニトログリセリンの投与は避けるべきである。高度な大動脈弁狭窄症ではショックになりえるからである。

 

《■転送時の注意》

▼バイタルが安定している心不全なら,処置しないで起坐位にて後方病院に転送する。

▼急性心筋梗塞に比べて急変する可能性は少なく,救急車には医師は同乗しないことが多い。

 

《■まとめ》

・ プライマリケア医には非代償性の心不全を疑う能力が必要である

    心不全は種々の原因で生じ,治療は原因による異なることを理解する必要がある

    胸部レントゲンで肺うっ血がなければ心不全の可能性はほとんどない