【27.急性心筋梗塞】
《■考え方》
▽再潅流による致死的不整脈は急性心筋梗塞における治療可能な死亡原因の一つである。
▽不整脈時に医師の管理下にあれば助けられる可能性はあり,急性期にいかに診療するかがその後の患者の運命を左右する。
▽急性心筋梗塞を疑ったら,可及的速やかに適切な処置をとれる医師(医療チーム)の管理下におくことが大切である。
▽訴えが虚血による胸部圧迫感らしいかどうかの判断ができるようになること,心電図の有用性と限界を知ることはプライマリケア救急を行う上での重要な到達目標である。
《■患者・家族の訴え》
▽胸部圧迫感の表現方法としては,「胸が痛い」以外に,
・「何かものが胸にのったような感じ」,
・「歯が浮いてくる」,
・「動悸を感じる」,
・「何となくしんどい」
等千差万別である。
(確定診断のついた患者さんから病歴を再聴取させていただくことにより,教科書からは読みとれない多彩な表現を経験することができる。)
<電話トリアージ>
「いままでと全く異なる痛みである」,「医者嫌いのひとが医者にかかりたい」ということを患者が家族が言っている場合は重症である可能性を考えなくてはならない。また,高齢者においては,同居の家族が何となくおかしいということも重要な情報である。
狭心症や心筋梗塞の既往のある患者が胸部圧迫感を訴えれば、処置のできる大きな病院に直接行くことをすすめる。
《■訊くべきポイント》
過去にない胸部圧迫感
全身冷汗を伴う
30分以上持続する胸部圧迫感
《■診るべきポイント》
ギャロップ音
肺のクラックル
内頸静脈の怒張
以上は心不全合併時であるが、心不全合併しなければ異常所見がないこともある
症例1:72歳 男性
生来健康であったが,生まれて初めての胸痛が出現し3時間持続し,軽度の冷汗を伴うため受診した。既往歴では有意なものはないが20本*20年の喫煙者である。診察ではバイタルサインは安定して,心音,肺音はともに問題なかった。心電図ではI,avl,V5でSTが軽度上昇し,V3-4においてSTが軽度下降している。心エコー図にて左室後壁がakinesis(壁運動消失)であった。Killip分類I型の急性後壁梗塞の診断のもとにおこなった緊急カテーテル検査では,回旋枝#13が完全閉塞であり,同部位に経皮的血管形成術を行った。
症例2:78歳男性
軽度の痴呆症と軽度の糖尿病を指摘されるも治療は受けておらず元気に過ごしていた。朝から胸が圧迫され,徐々に息切れも出現してきた。昼は独居のため受診しなかったが,仕事をもっている実娘が帰った午後6時に来院した。診察では血圧160/100mmHg HR75/分で,みためには問題なかった。心音ではギャロップ音は聴取されないが,両側中下肺野でクラックルが聴取された。心電図ではV1−4のST上昇と異常Q波,胸部レントゲンでは肺うっ血像がみられた。断層心エコーでは広範な前壁中隔の無収縮がみられた。Killip
分類II〜III度の急性前壁中隔梗塞で発症後8時間の状態であると考えられた。
基幹病院に転送してすぐ心臓カテーテル検査したところ,3カ所に狭窄あり,今回の責任血管である#7はすでに再還流しており,検査を終了した。入院当日,夜間にせん妄状態となり点滴や尿道バルーンをすべてぬいてしまった。
《■必須検査》
▼心電図は有用であるが,心電図の所見に固執する必要はなく,訴えより急性心筋梗塞が考えられれば,検査なしで専門病院に転送してもよい。
▼心エコー図による心筋梗塞の診断の是非
胸痛時に,断層心エコー図による左室壁運動障害部位が急性期の心筋虚血部位である。前壁中隔梗塞と異なり,後壁梗塞を断層心エコー図で診断するには,それなりの心エコー図の知識・技術が必要である。断層心エコー図は左室壁運動や壁肥厚の評価にきわめて有用であるが,読影に自信がないときは,訴えから診断が疑わしいときはみだりに検査をするより早く転送した方がよい。
<第1のトリアージ>
急性の後壁梗塞は心電図で判断しにくいこと,および胸痛が3時間持続し,軽度の冷汗を伴っているのでバイタルサインのいかんにかかわらず「急性心筋梗塞疑い」で後方病院へ至急に転送すべきである。なぜなら,上に述べたように急性心筋梗塞では初期治療が予後を決定するからである。
《■治療と処置》
確実例のみを転送するなら,転送しなかった中に何例かの真の急性心筋梗塞が含まれる。循環器専門医は微妙な変化のある心電図所見を見逃すことは許されないが,プライマリケア医がそのような心電図を正常と判断してもいたしかたない。急性心筋梗塞かどうかを判定するため時間をおいて再度心電図をとるより,疑わしきは罰するという形で点滴、心電図モニターを初めとする入院治療を始めるほうが安全である。「心電図は心臓診断方法の一つにすぎない」ことはいくら強調しても強調しすぎることはない。
▼家庭医の段階で血栓溶解療法を行うか否か
・1時間以内で機関病院に到達できるなら,点滴確保のみで転送されることがのぞましい。
・なぜなら,特に右冠状動脈の梗塞では,血栓溶解療法により再潅流が成功し,心室細動が起こることがあるからである。
・心カテーテル室なら,心室細動が生じてもマンパワーがあり,中枢血管を確保してあるため比較的容易に対応できる。
《転送時の注意》
▼転送時に静脈ルートを確保する
▼可能であれば医師がついていくことが望ましい
これは、理想であるが,診療所ではその間患者を待たすことになるので,私自身救急車にのっていったことはない。幸い,開業という形態のため,急性疾患で病院に送らねばならない例はきわめてまれである。
《まとめ》
▽急性心筋梗塞は専門医が治療する疾患である
▽ 訴えより急性心筋梗塞が疑わしければすぐに転送する
▽ しかし、超高齢者,痴呆症の方では濃厚治療の弊害も考慮する
▽プライマリケア医は心電図の限界を理解する必要がある
●column-転送することによるデメリットも考慮する たとえ急性心筋梗塞であっても,合併症がなく痛みが安定しておれば,特にもともと痴呆症があったり超高齢であった場合,入院することにより,以後寝たきりになったり,痴呆が強くなったりすることも考慮しなければならない。 症例2では,時間をかけて家族に転送することの長所と短所を説明したが,私にとっては新患であり,患者家族と医師の信頼関係がまだできていないため,転送を希望するように説明した。長く診ている患者で,その背景,急変時の治療希望等を家族や本人と話しておれば,急性期でも転送しない選択肢もあり得る。ただし,そのときは,急変時の処置や夜間の連絡方法もきちんと納得していただいておく必要がある。