勤務医と開業医の相違−最新の医療と安心の提供−

近年、小児科や産科を始めとする労働過多の問題から中年勤務医が退職し、地域医療に支障を来していることが議論されている。私も5年前、勤務医から開業医に転身した。当時47歳だった私は、週1回の当直に体力的に耐えられなくなったことが退職した一つの理由であった。このままでは「倒れてしまうのでは?」と、また「60歳を過ぎてからも自分のペースで他人から制約を受けずに医療を行いたい」と思い開業に踏み切った。勤務医の時にできなかった「家族にかこまれて静か旅立つ」ことをサポートしたいとは思っていたが、開業医としての明確な目標を持っていたわけではなかった。

勤務医時代では、他の病院で数年にわたり診断がつかず苦しんでいた患者さんに対して、薬剤を私たちがうまく調節することにより、また的確な診断をもとに適切な外科治療を選択することにより患者さんが元気になれば、それは内科医として達成感があった。学会では、私たちが経験した症例や研究発表し、他の病院の人たちと議論することで、患者の診断・治療に関して新しい知見を得られたことは楽しいことであった。

外来では、患者さんが多かったために3分診療をせざるをえなかった。当時の私の診療目標は、治療できる患者さんをきちんとピックアップし、適切な医療を施すことであった。短い診察時間内でも、治療できうる患者を見つけることはできたとの自負はあった。一方、例えば胸痛を主訴として来院された患者さんに対しても、狭心症ではないと考えられれば、「心配いりません」としか説明しなかったように思える。もちろん当時では、限られた時間内でこれだけ多くの患者をみるのだから仕方がないと自ら理由づけしていた。つまり、当時の対象は、疾患患者であった。

開業すると、来院する患者のうちで真の疾患をもっている率は予想したよりもはるかに少なかった。カテーテル検査が必要な狭心症患者は半年にせいぜい1名位である。一方、医師から繰り返し「問題ない」といわれることを期待してこられる人がいかに多いかということを実感してきた。心臓に不安を持つ人に対して、病歴をとり診察をして可能性のある疾患を説明しながら、心電図、胸部レントゲンを検査する。すこし過剰診療ではあるが、私のクリニックではそのような患者さんに対しても心臓超音波検査を施行することが多い。勤務医の時では、心臓超音波検査を検査部門に依頼し、診察室では結果のみを説明していた。現在では、私自身が超音波検査を行い、弁の動き、左室の動き、カラーモードでの逆流シグナルを患者にみせて「年齢相応です」等説明している。心電図や胸部レントゲンとは異なり、超音波検査は患者さんにとって視覚的に理解できやすいのだろう。説得力は多いにある。勤務医時代、診断に必須であった超音波検査は、私のクリニックでは患者さんに安心を提供するためにも必須のものとなっている。

検査がひとおおり終了して、心臓に問題ないことを説明してから、ありえる解釈モデルをたずねる。勤務医の時とは異なり、診察時間に余裕があり、他に待っている患者が少ないと、初対面であっても患者さんから解釈モデルを聞き出せることも多い。外来にこられたとき、打ちひしがれたように元気がなかった人が、私の説明だけで納得されて胸をはって帰られることがある。勤務医時代には経験しなかったやりがいを感じるときであり、医師としての喜びである。解釈モデルに関しては、勤務医時代には患者さんに聞く余裕がなかったし、待っている他の患者さんが多くいればその患者さん自身から言い出せなかったのかもしれない。解釈モデルを聞き出すためには、十分な時間が必要であることを実感している。開業医としては、症状はあるが疾患がない人が主な対象である。

医療の役割として、有疾患患者を正確に診断し、治療することはもちろん大切である。と同時に、疾患のない患者さんを安心させるということも重要である。勤務医は日本の国民の、ごく一部の自分の関与した疾患の患者にしか影響を与えるとはできない。しかし、開業すればもう少し多くの人に影響を与えることができる。どちらがいいとか悪いとかの問題ではなく、世の中にはどちらも必要なのだろう。現在、開業医として私は満足している。  2006-10-24