初めに

従来の症例検討会では、データの読影が主である。つまり、症例呈示を行ったのち、上級医から研修医に「心電図の所見を述べてください。」「胸部レントゲンの所見を述べてください。」といいうスタイルである。しかし、現実の臨床では病歴と診察のあとに「何を疑ってどんな検査をして、もしその結果が正常だったらどうするのか?」という思考過程をもって診療をするのである。検査データがそろって初めて議論するのではない。

このCPSカンファランスで、このような雰囲気を味わってほしい。また、研修医諸君がどんな患者さんに対してもこのような思考過程が必要であることを感じてくれれば幸いである。

 

動悸を訴える61歳の女性―――Clinical Problem-solving


症例)生来健康である61歳の女性が、1週間前から動悸を特に夜間に多く感じるということで来院した。

 

質問)この病歴に加えることはありますか?

 

コメント)動悸とは一般の言葉である。「抜ける動悸か、はやい動悸か?不規則な動悸か?」、持続時間はどれくらいか?」「他に症状はともなうのか?」はきわめて重要な病歴である。抜けるだけなら心房性または心室性の期外収縮である。労作時のみの動悸であれば洞性頻脈による可能性が高い。発作性上室性頻拍症(PAT)なら心拍数が150/min位の動悸であるが、たっておれないようになることはない。速い動悸で立っておれないなら、PATより心室性頻拍症のほうが可能性がある。

運動能力は年齢相応かどうかということは、基礎心疾患の有無を検討する重要な情報となる。運動能力が年齢相応で、抜けるだけの動悸であれば心臓に異常がないことが多い。

夜間では、正常の自分の脈を動悸と感じていることもあるし、期外収縮の頻度が一日中同じであっっても、夜間には心臓を意識して動悸を強く感じることもある。

 

 

実際のHx)抜ける感じのする動悸であった。昼より夜のほうがよく感じて、時に睡眠不足になることがあった。昼間は感じにくく、運動能力は落ちていない。

 

質問)診察にどんな所見を期待しますか?

 

コメント)ギャロップ音や心雑音に注意する。甲状腺腫大、tremorの有無も重要である。

 

実際の診察)診察ではバイタルは安定しており、心音や肺音に異常はなかった。診察中には不整脈はみられなかった。

 

質問)検査では、胸部レントゲンや心電図を施行しますか?もしするなら何のためでしょうか?また、採血もするならなんのために施行されますか?

 

コメント)器質性心疾患の有無のため胸部レントゲン、心電図を、また貧血やその他の簡単なスクリーニングのため、CBC、肝機能、コレステロール、電解質を検査する。

 

 

データの紹介) 胸部レントゲン、心電図(図1,2)

胸部レントゲンでは軽度の心拡大を呈する。心電図では異常はなく、当日に不整脈をとらえることはできなかった。採血では、コレステロールが227mg/dl以外は正常範囲であった。

 

質問)本例の診断についてどう考えますか?

 

コメント)運動能力異常なく、診察で過剰心音なく心雑音なく、心電図、胸部レントゲンがほぼ正常なので基礎心疾患はないと考える。訴えからは期外収縮が考えられるが、いままでの検査では確定できない。

 

質問動悸を訴えるも診察時や心電図検査で不整脈が出現しない時の診断はどうしますか?

 

コメントホルター心電図を施行する。ホルター心電図施行中に、いつもの症状が起こったとき不整脈がなければ否定できるが

、施行中に不整脈がみられなくても不整脈の存在を否定できない。

 

結果)ホルター心電図では、単発の単源性の心室性期外収縮(PVC)が特に夜間に多発していた。PVCの連発はなかった。運動時にはPVCは抑制されていた。(図3:PVCの日内変動、図4:ある時間帯のPVC))

 

質問)PVCの頻度をホルター心電図でみるとき注意する点は何ですか?

 

コメント)ホルター心電図にて心室性期外収縮の頻度、程度、日内変動を分析する。ホルター心電図を装着時、運動負荷にてPVCが消失するかどうかは重要な情報であるので、施行中に時間を指定して10分くらい早足であるいてもらう。

検診等で偶然にPVCを指摘されて基礎心疾患がなければ、ホルター心電図をとらずに軽度の運動負荷でのみで期外収縮が抑制されるかをみるだけでもよい。一般的に、心拍数が上昇したとき期外収縮が減少すれば良性の期外収縮と考えられる。

 

質問)期外収縮の頻度の分類は?

 

コメント)急性心筋梗塞後のLown分類に準ずることが多い(表1)。単元性と多元性の相違は理解して、多源性の方が注意を要する不整脈であることを知っておれば十分である(図5)。

 

 

質問)この患者の治療はどうしますか?

 

コメント)患者の訴えをとるために抗不整脈薬を使用するなら抗不整脈剤をいつまで使用するか、服用させるメリットとデメリットを考えなければいけない。なぜなら、ほとんどの抗不整脈薬は心筋収縮を抑制し、催不整脈の可能性があるからである。

 

質問)この時点で、病歴に関して追加に質問することはないですか?

コメント)最近の仕事の状態や、家族状況は?近しい人で心臓で問題になった人がいるのか?狭心症で死亡した人がいるのか?等をきいてみる。

医師は、狭心症と期外収縮を医師は関連がないと判断する。しかし患者は医学的知識がないので関連性を考えることがある。この患者の解釈モデルを医師がききださなければ、患者は施行された医療行為に満足しない。

 

実際のHx)この患者では最近仕事がとてもいそがしくストレスが多かった。また、近しい人が狭心症になって手術したことから自分もそうではないかと心配していた。

心エコー図では、軽度の大動脈弁逆流シグナルがあるがこれは年齢相応で、心腔の拡大はなく、左室壁運動も正常であった。動画を患者にみせて説明し、解釈モデルに対して、この不整脈では死なないし、心配はない旨を説明し安定剤を処方した。患者は説明に納得して安心したためか、1ヶ月後には動悸はあまり感じなくなった。

 

最後に)

本例は基礎心疾患なしで期外収縮が生じたのであるが、精神的ストレスでPVCが増大しているか精神的ストレスで以前感じなかったPVCを感じているかのどちらかである。

精神的ストレスがなくなり動悸が消失したときに再度ホルター施行して、心臓に注意がいったために感じていたのみか、ストレスで実際にPVCが増大していたかを判定する予定である。この2回目のホルター検査は保険診療としては疑問になるかもしれないが、患者から何かを学ばせていただくということで重要である。特に研修医はこのような考え方を持ってほしいし、指導医はこのくらいの過剰な検査を認めてあげてほしい。

 

同様に、この症例に心エコー図を施行することは循環器非専門医では不要であり検査過剰かもしれない。しかし、左室壁運動、心腔の大きさ、弁の状態を動画として患者にみせて納得させるという意味では私の診療所では、心エコー図の役割は大きい。