心不全     

疾患の概要と初診時のポイント

心不全とは、肺うっ血を来すほど左房圧を上昇させても抹消組織に必要な酸素を供給できない状態と定義できる。急性発症のために右房圧がいまだ上昇していない左心不全と、時間が経過してレニンーアンギオテンシン系が賦活されて静脈圧が上昇してくるうっ血性心不全に大別される。また、左心系はまったくおかされず肺高血圧症のために右房圧が上昇し、浮腫と息切れがみられる純粋の右心不全も心不全の一亜型である。

プライマリーケア医は、「循環器疾患に対して病歴、診察、心電図、胸部レ線を駆使して総合的に診断するが、心エコー図を施行しない」という前提で話をすすめる。軽度の労作時息切れを主訴として来院した患者のうち、心エコー図を用いなければ、NYHA機能分類1度や2度の心不全の患者を診断することは難しい。そのため、プライマリーケア医の目標は「NYHA分類3度や4度の患者をみつけて、専門医に送ること」であると私は考えている。

病歴における労作時息切れ、夜間の頻尿、長期の咳は心不全を支持する。診察では、頚静脈圧の上昇、ギャロップ音、肺のラ音、肝腫大の有無が重要である。胸部レ線は肺うっ血を判断するには一番感度がよい。また、心不全は診断名ではなく症候群であるので、その原因を考えなければならない。なぜなら、心不全の治療は画一的ではなく、原因により治療法がかなり異なるからである。表1に心不全診断・治療に関してプライマリーケア医が到達しなければならない項目をあげた。

 

診断と検査の進め方と治療(治療計画)

心不全例では労作時息切れを主訴とする。加えて、夜間のトイレも頻度が増す。それらの症状を呈する他の疾患を問診、診察、一般検血でおおよそ除外して、胸部レ線で心不全であることを確認する。次いで、聴診所見、胸部レ線でどの心腔が拡大しているかや心電図における左室肥大の有無等で心不全に至る原疾患を推定する。心不全の原因については、種々の原因による左室収縮不全、頻拍性不整脈、著明な高血圧、心房細動を合併した肥大型心筋症、多枝疾患の狭心症、高度房室ブロック、動静脈シャント等による高心拍出量性心不全等を考慮する。弁膜症による心不全を考えるときは、各弁膜症の原因とその自然歴を知っておく必要がある。心不全の原疾患診断の重要性は強調されるべきことであるが、この判断に心エコー図は必須である。プライマリーケア医に上記の判断は要求されないが、心不全の悪化因子を検出し是正する能力は要求される。

酸素投与、減塩、利尿剤等の一般療法に加えて原疾患にマッチした治療として肥大型心筋症に合併した心房細動では準緊急電気的除細動が、高度房室ブロックではペースメーカ挿入が、多枝疾患の狭心症では血行再建術が、大動脈弁狭窄症では大動脈弁置換術が必要である(表2)。

転送した病院から患者さんがかえられた時、なぜ心不全になったかを考え、患者さんを通じて一生勉強させていただくという姿が必要である。

また、心不全を医原性に悪化させないことも重要である。たとえば、心房細動を合併した心不全例で抗不整脈剤のみを処方すると、逆に心不全が悪化することがある。「足がはれたり、息切れを呈する例はすべてが心不全」でもない。画一的にすべての例に利尿剤を投与すべきではない。

 

BNPについて

採血データにより心不全を評価できるということで最近BNP測定をされることが多い。表1の項目を習得している医師にとって、BNP測定は心不全かどうかの判断する一つの検査としては意義がある。しかし、表1を到達していない医師にとっては百害あって一理なしである。またBNP値は心不全の原因にせまることはできない。

 

症例呈示

症例1 63歳 男性 主訴;息切れ

現病歴:5ヶ月前頃より階段の昇降にて胸部圧迫感を感じだした。 2ヶ月前より徐々に労作時息切れが出現・進行し、最近では寝るときにベッドを高くしないとしんどさを自覚し、ふとんをたたむだけで息苦しさを感じてきた。食欲は良好で体重の増加はない。酒はつきあい程度でたばこはたしなまない。

既往歴;4年前、高血圧、心房細動で某病院に入院し電気的除細動を行ったが洞調律にもどらず、以後外来で治療中であった。過去1年間は通院していないが、日常生活で息切れはなかった。

現症:身長166cm、体重70Kg、appeared well  

血圧160/90mmHg、 HR80/min Af sat97%、甲状腺腫大なし、内頸静脈は立位で確認できる。 心尖部で2/6度の汎収縮期雑音が聴取されRR増大後に増大しない。S3は聴取されず、肺野にクラックルはない。

胸部レ線(図1)では肺うっ血と左室が主であると考えられる心拡大を、心電図(図2)では頻脈ではない心房細動を呈する。

本例を心不全と診断すること自体は難しくない。問題はその原因である。診察所見より僧帽弁閉鎖不全症の存在が考えられるが、これも病名とはなり得ない。受診時に頻脈はないが、感染症や甲状腺機能亢進症は心不全悪化因子として注意する。もし、以前に心房細動であるという情報がなければ、発作性心房細動が続いたための頻脈誘因性心筋症も考えられる。ラニラピッド0.1mg、アルダクトン50mg、ラシックス20mg、ワーファリン2mgを処方して3日後に再来を指示した。甲状腺機能は正常でCRPも陰性であった。症状は急速に改善し、日常生活は問題なく可能となった。

ここでプライマリーケア医が行ってはいけない治療は前述したごとく心房細動薬であるシベノール、リスモダン、サンリズムのみを投与することである。ほとんどすべて抗不整脈薬は心筋収縮を抑制する。本例では心エコー図で左室収縮状が中等度低下していたが、これを確認しない限り、上記の薬剤を始めることはできない。なぜなら、投与により心不全の悪化も考えられるからである。どうしても使いたいなら入院した上でということになる。

 

症例2 78歳女性 主訴;労作時の息切れ

現病歴:軽度の高血圧のため近医でCa拮抗剤の処方をうけていた。最近息切れがあるということで来院した。足の浮腫に気づいていた。

診察ではHR40/min reg 血圧は190/70mmHg、頚静脈の怒張はなく、有意な心雑音はなかった。心電図は2:1の房室ブロックであった(図3)。

本例での息切れの原因として、貧血等の検査は必要であるが、運動時に心拍数が上昇しないために息切れが生じている可能性を考慮すべきである。その原因として加齢による刺激伝導系の変性の他に、薬剤による房室ブロックもありえる。当院で施行したホルター心電図では運動時でも心拍数の上昇はないがP波の上昇はみられた。

とくに高齢者では降圧剤として使用されたCa拮抗剤により、房室ブロックが誘発されることと下肢の浮腫が出現することを非専門医であるプライマリーケア医は熟知することが必要である。このような症例に降圧剤の追加をしたり、利尿剤の投与は望ましいことではない。

Ca拮抗剤を中止にしたが、時々房室ブロックが認められ、また労作時の息切れが続行したためVDDペースメーカ挿入した(図4)。

術後HRは70/minとなり収縮期血圧は下降し、運動能力は著明に上昇した。心拍数減少による1回拍出量増大が本例の血圧上昇の原因と考えられた。

 

インフォームドコンセント、患者教育、家族へのケア

心不全は初診であれば専門医がみるべき疾患である。プライマリーケア医の役目は、専門医のいる施設に送ることを患者や家族を納得させることである。加えて塩分の多いスナック菓子のとりすぎなどの心不全を助長させる因子みつけできるだけ取り除くことが重要である。体重の増加は心不全の悪化の可能性も考える。

 

専門医へ紹介する時期と相談の仕方

心不全と判断すればその原因疾患の診断が重要である。バイタルサインが不安定であればファーラー位にして酸素投与を行いすぐに転送を考慮する。転送の間も治療を待てないと判断すれば利尿剤の注射を行う。転送先の選択はプライマリーケア医の重要な役割である。虚血性心疾患しかみれない循環器医ではない循環器内科医を普段から人選しておくことが必要である。

 

専門医からのアドバイス

心不全は循環器専門医が見るべき疾患である。NYHA機能分類の1度や2度の心不全は、心エコー図を用いらなければ心不全かどうかを判断すること自体が難しい。診断が確定し、治療方針が決定すれば、プライマリケア医がみることはできるが、年に1度は専門医にみてもらい疾患の進行度合いを評価すべきである。

ベータ遮断剤やACE阻害剤で劇的に改善する左室収縮不全の例もあるが、よほどの過疎地でない限り治療も経験も少ない非専門医が治療をはじめるのには賛成しかねる。