フォロー中の心不全患者に心エコーを依頼するタイミングと腹部エコーの活用  

 

伊賀内科・循環器科

伊賀幹二

 

663-8245 西宮市津門呉羽町3-9

 

サマリー

プライマリ・ケア医には、病歴から心不全を疑うこと、それを支持するギャロップサウンドと有意な心雑音を検出する診察能力が必要である。心不全の原因や程度を評価できる心エコー所見を自身で判定する必要はないが、専門医の説明を理解できる知識が必要である。病診連携として、心エコー図以外の情報も含めて、的確な診断とアドバイスをしてくれる特定の循環器専門医を持つことが大切である。2007年現在における左室収縮不全の治療選択として、β遮断剤とACE遮断剤があることを理解する必要があるが、導入は専門医がすべきである。

 


プライマリ・ケア医の心臓診断

心疾患の診断は、病歴(医療面接)、身体診察に加えて胸部レ線、心電図、一般採血、にて総合的に行う。一つの診断方法では判定できなくても、組み合わせることにより、ある程度、診断の方向づけが可能である。習得しなければならない知識がどんどん増加している中、心エコー図は循環器専門医の診断方法であり、プライマリ・ケア医が自身で判定する必要はない。

 

心不全の診断と治療

プライマリ・ケア医には、症候性の心不全(NYHA3-4度)を診断する、つまり、症状から心不全を疑い、ギャロップ音など心不全を示唆する所見を検出する能力が必要である。

心不全は一つの疾患名ではない。心不全の存在診断には、胸部レ線が最も感度がよいが、原因診断にはなかなか迫れない。心エコー図を用いても判定できない例もあるが、心エコー図を使わなければ、原因診断は不可能である。

減塩、安静、利尿剤の一般治療法については、プライマリ・ケア医自身が実行しなければならない。加えて、感染症、甲状腺機能亢進症、腎機能悪化等の心臓以外の心不全増悪因子を判定し、適宜是正する能力も要求される。左室収縮不全による心不全例に対してのβ-遮断剤治療やACE遮断剤については、経験した医師自身が症状の改善を体感できるくらいに有効であるが、プライマリ・ケア医自身が実行する必要はない

専門医が行う心不全治療として、原因別治療があることを認識すべきである。例えば、多枝病変による虚血性心疾患なら、虚血を改善する方法、つまりPCI(経皮的血管拡張術)や大動脈-冠動脈バイパス手術が必要となる。心不全を合併した大動脈弁狭窄症では、内科的治療はほとんど期待できず、弁置換がとるべき治療である。腎不全では透析による水分管理が、肥大心に合併した発作性心房細動では心房収縮機能を回復すべく電気的除細動が最初に行うべき心不全の治療である。また、徐脈や房室ブロックによる心不全では、適切なペースメーカを挿入することが最初の治療である。

 

循環器疾患におけるプライマリ・ケア医の守備範囲外

安定すればプライマリ・ケア医がフォローしてもよいが、都会であれば、拡張型心筋症に対するβ遮断剤治療は、ドプラ心エコー図を持たない施設では行われるべきではない。狭心症を強く疑っているにもかかわらず、頓用のニトログリセリンのみによるフォローや、原因を明確にしないで、心不全の診断でのフォローは厳に慎むべきである。大動脈弁狭窄症や左室流出路狭窄に対する、血圧を下降させる薬剤や運動負荷テストは禁忌である。有意な心雑音がある例、心不全のある例、胸部レ線で心拡大のある例では心エコー検査が必要である。

症状の軽い弁膜症においては、心拡大や逆流の進行を評価するために心エコー図を含め弁膜症を評価できる循環器専門医への定期的なコンサルトが必要である。この場合、プライマリ・ケア医の役割は細菌性心内膜炎の予防を患者に理解させることである。

 

心疾患診断における心エコー図の役割

断層心エコーは、各弁の状態、心筋肥厚、心房・心室への容量/圧負荷の程度を判定できる。カラードプラ法により弁膜症の定量/定性評価が可能である。また、三尖弁逆流(TR)や大動脈弁を通過する最高流速を連続波ドプラ法にて測定することにより右室圧や大動脈―左室間の圧較差を推定できる。また左室流入波形のA/E比をパルスドプラ法にて測定することにより左房圧が推定できる。このように、2007年現在の循環器専門医にとって、特に病歴、診察、心電図、胸部レ線の有用性と限界をよく理解しておれば心エコー図は循環器診断学にきわめて寄与する。

しかし弊害もありえる。心室・心房の拡大がなく雑音も聴取されないのにカラードプラ法では逆流を呈する多くの高齢者に対して、循環器の知識に乏しい医師が心エコー図のレポートを見て、「すべての弁に逆流があるので手術が必要かもしれない」と説明し、患者を不安にさせるのはどうだろうか?これは新しい器機が作り出した病気といえる。カラードプラ心エコー図がない時代に生まれていれば、心臓は正常とされ天寿を全うしていたはずである。

 

心不全例に対する心エコー図の有用性

断層心エコー図で左室収縮不全の有無や、どの心腔に負荷がかかっているか、および弁の状態を判断し、逆流カラーシグナルの広がりから弁膜症の半定量することにより心不全の原因をおおむね推定できる。TRの流速とA/E比から心不全の程度を判断できる

しかし、心エコー図の所見の臨床的意味を理解するためには、心不全をおこしえる各疾患の自然歴を知っておく必要がある。例えば、心不全の原因を大動脈弁閉鎖不全症や、僧帽弁閉鎖不全症に求めたとき、それら弁膜症の原因の考察や、急性と慢性では心不全が生じた時の左室径が異なるという知識が必要なのである。

断層心エコー図で左室収縮低下があり、ドプラ法でA/E<1かつTRが3m/sec以上なら左心不全になっている可能性が高い。治療により低下していた左室壁運動があまり改善できなくとも、症状が改善し、A/E比が上昇していることで治療に反応していることを判定できる。

図1では拡張型心筋症による心不全の85歳男性である。心不全の改善に伴い、左室壁運動の改善はごく軽度であったが左室流入波形の変化は顕著であった。心不全の極期では、A/E<0.5と偽正常化を示していたが、心不全の改善にともない、A波の上昇がみられた。心不全が完全に消失した時も、左室壁運動はび漫性に低下していたがA/E>1とA波が高く拡張障害を示していた。

大動脈弁狭窄症(AS)では大動脈弁を通過する流速を定期的に測定することでASの進展を推定できる。加えてA/E比、TRの流速を加え定期的に経過観察することにより狭窄の進展を診断できる。

 

腹部エコープローブの心臓診断への応用

汎用の腹部エコー用プローブでも心臓を観察することができる。短所としては、コンベックスタイプであるので一部肋骨によるアーチファクトがみられること、リアルタイム性が悪いことである(図2)。

しかし、目的をきめて施行すればよい。高度の左室壁運動障害、大量の心嚢水、著明な右室拡大による左室の圧排については、今後プライマリ・ケア医になる予定の内科研修医は自身で判断できれば望ましい。腹部エコー用プローブを用いて、この3つを判定できれば、心不全疑いの例に対して救急の状況で、きわめて有用な情報を得ることができる。

 

以下症例を呈示して心エコー図の役割を考えてみよう。

症例 1

来院約1年前(73歳)より徐々に労作時の息苦しさを感じ、最近では平地でも主人と一緒に歩けなくなった。高血圧の既往歴はない。他院より胸部レントゲンで心臓の拡大がみられたので当クリニックに紹介された(図3)。

診察所見ではHR100/reg血圧は150/80mmHg 内頸静脈の怒張はなく、心雑音はないがS3ギャロップが聴取された。肺音は正常で、肝臓は触知されず、末梢の浮腫もなかった。心エコー図では、左室は拡張し、壁運動がび漫性に低下し、A/E<1 であった(図4)。拡張型心筋症による心不全として少量のβ遮断剤治療を開始した。2ヶ月目くらいから症状改善、左室の縮小、A/E>1と左室流入波形の改善がみられた(図5)。TRは最初3m/secであったが、治療2ヶ月後ではそのシグナルをとらえることができなくなった。

 

症例2 

70歳頃より心雑音を指摘されるも無症状のため放置していた。74歳時白内障手術の際、大動脈弁狭窄症の診断を受けた。大動脈弁を通過する血流速は3.5m/secでA/E>1であった(図6-8)。77歳頃より夜間に強い咳が出現し始め、大動脈弁を通過する血流速は5m/secと増加し、A/E<1と逆転したため手術をすすめられたが拒否していた(図6-8)。79歳時、急速に心不全が進行し、起坐呼吸となったため即日入院となった(図9)。

全身状態は不良で、血圧 110/70mmHg、脈拍 84/分reg、内頚静脈の拡張がみられた。心尖部にV音を聴取し、3LSBで両側頚部に放散するレバイン3/6度の収縮期雑音を聴取した。低心拍出量にもかかわらず大動脈弁を通過する血流速は5m/secでA/E<0.5であった(図6-8)。準緊急の大動脈弁置換術を施行した1ヶ月後では、左室壁運動は改善しA/E>1となった。

 

症例に対するコメント

症例1では、冠危険因子のない女性で、心電図でも心筋梗塞パターンではなく、左室のび漫性の壁運動低下を呈していたので拡張性心筋症が最も疑われた。A/E<1でTR3m/secであることより左房圧が上昇した結果、肺動脈圧が上昇していると判断できる。β遮断剤治療を開始1ヶ月後では、運動能力は改善した。左室壁運動には変化がなかったが、A/E>1となり、2ヶ月後では左室壁運動も改善していた。

心不全を合併した拡張型心筋症に対してβ遮断剤治療をするためには、左室流入波形のドプラデータは必要であり、症状が不安定であれば基本的には循環器専門医が治療すべきである。

症例2では心不全症状が進行していることは病歴から判断できる。しかし、心エコー図を用いないで、本例がASの自然歴としてどのあたりであるのかは判定しづらい。高齢者のASでは、狭窄が進行することが多い。症状がなくとも、年に1度はドプラを含む心エコー図での経過観察が必要である。

プライマリ・ケア医には、定期的に専門医に検査をしてもらうこと、ASが高度であれば高齢でも手術という選択があること、禁忌であるニトログリセリンやACE阻害剤を使わないという能力が要求される。その際、ドプラによる流速測定のみではなく、症状や胸部レ線、心電図の変化も含め、ASがどの程度進んでいて、ASの自然歴のなかでどのあたりなのかを判定できる特定の医師を確保しておく必要がある。

 


図の説明

図1

心不全極期、改善時、消失期でA/E比の変化が著明である

図2

肋骨をはずした心窩部から、四腔がきれいに描出できる。通常の部位からでは肋骨によるアーチファクト(矢印)がみられるが、おおむね心臓の観察は可能である

(LV:左室、LA:左房、RA:右房、RV:右室)

 

図3

胸部レ線で心拡大を示す

 

図4 心不全時の左室Mモードと左室流入波形

 

図5 心不全改善時の左室Mモードと左室流入波形

 

図6 74歳、77歳、79歳、術後の左室壁運動

 

図7 74歳、77歳、79歳、術後の大動脈弁を通過する血流速度

 

図8 74歳、77歳、79歳、術後の左室流入波形

 

9 74歳、77歳、79歳の胸部レントゲン