内頸静脈のみかた

 

 

Q&A

Q:内頸静脈の拍動を観察することは難しいですか?

A:初めての学生でも5分で習得できます。きちんと見られる人に実地で教えてもらってください。

 

Q&A

Q;内頸静脈と内頸動脈の視診上の大きな相違は何ですか?

A:内頸動脈では、波の上昇が急峻ですが、内頸静脈では波の下降が急峻です(図1参照)。

 

Q&A

Q:内頸静脈を診る際、研修医の到達目標は何ですか?

A:立位で内頸静脈がみえれば静脈圧が高いと判定できること、正常ではS1に一致して大きな波があることを理解することです。それと異なるパターンであれば、正常とは異なっているということを判断できればよいと思います。

 

 


はじめに

内頸静脈の拍動は右心房の拍動を反映しており、その圧は右心房と同じである。内頸静脈の視診の目的は、右房圧とその拍動波形を知ることである。

 

内頸静脈の拍動

読者のみなさん。今すぐに誰かの頸部を見てください。みる前から、「こんなもの(内頸静脈)は自分にはみえない」と思ってはいないだろうか?内頚動脈の拍動のすぐ外側に、内頸静脈の拍動を、若い人ならほぼ100%みることができる。

臥位にした被験者の右横に座り、内頸静脈の拍動を観察しはじめる。心音をききながら頭の中で「ワン(S1)ツー(S2)、ワンツー、、、」と唱えながら観察すると、S1に一致して大きな波であるa波を観察できる。その大きな波がa波とc波と2つに分かれてみえること、またS2に一致する小さなv波も認識できることも多い(図1)。

内頸静脈がみにくいときは、内頸静脈の外側に位置する外頸静脈で代用せざるをえないが、外頸静脈には弁があるので、立位でみえても右房圧上昇を反映していない可能性がある。

私は、兵庫医大で、診察の一環として学生に「内頸静脈のみかた」を教えて5年になる。ほとんどの若い学生において内頸静脈を良好に観察できた。5〜6人のスモールグループで、学生自身の内頸静脈の波形をどのように分析するかを説明すると、ほぼ全員が5分程度で理解できた。「内頸静脈なんかみえない」といっていた学生が、すこしの努力で簡単に所見をとれるようになると、苦痛だった診察を楽しそうに目を輝かしてするようになっていくことを私は体感している。

 

動脈と静脈の相違

学生に、正常の内頸静脈波をみせて、波の表現として「上がった、上がった」、と「下がった、下がった」かのどちらが適切かを尋ねてみると、多くの学生が「下がった」と答える。これは内頸静脈では収縮期に落ちる速度がはやい(専門的にいうとV谷が深い)ことである(図1)。

それに比して内頸動脈では収縮早期が急峻に圧が上昇するがその後の圧の下降は急峻ではないので、「上がった」という表現が適切となる。ほとんどの学生が、動静脈のこの相違を短時間の実習で習得できる。

また、内頸静脈は圧が低いので、指で軽く圧するとその頭側の静脈拍動は消失するが、圧が高い内頸動脈の拍動は消失しない。

上記が静脈と動脈の鑑別点であるが、高齢者で内頸動脈が蛇行していれば、両者の波形が重なって判断が難しいこともある。

 

内頸静脈波形から判定できること

すべての心周期において静脈圧の上縁を示す波形を観察することにより、静脈圧を推定することができる。右房圧は正常では510cmH20であるので、内頸静脈を立位でみることはできない。立位で内頸静脈の拍動がみえれば、右房圧が15cmH20以上であり右房圧の上昇を意味する。

頭部を30度から40度ギャッジアップできるベッドで患者の右側から視診することが望ましい。しかし、日本における多くの医療施設の外来ではベッドはフラットであるので、内頸静脈の視診は臥位で行う。

非専門医や研修医にとっては、内頸静脈は立位では見えないこと、臥位ではS1に一致した大きな波があり、これを「正常である」と判断できればよい。

急性右室圧負荷所見としてみられる持続時間が短い大きなa波では、平均の静脈圧が高くなくとも立位でも観察されるため、誤って静脈圧が高いと判断しないという注意が必要である(図2)。

収縮性心外膜炎でみられる急峻なY谷の上昇も一般医が判定する必要はない。収縮性心外膜炎では、全身の静脈うっ滞があるので、立位ではほとんどの心周期で内頸静脈がみえることを判断できれば十分である。

a波に加えて、S2に一致してa波と同じくらいの高さの波が観察できればV波が高いということになる。波が2つ見えるのは、x谷が残存しているからであり、これが後述する三尖弁閉鎖不全症との相違である。貧血、甲状腺機能亢進症、心房中隔欠損症等右心系の容量が増大した場合と、人工心肺を用いた心臓手術のあとによくみられる。

三尖弁閉鎖不全症では、図3の右房圧のように、V波が高くなる。x谷がなく、S2に一致して一つの大きな波がみられるのが特徴である。前述したV波の増高と区別するために、CV波と表現する。

洞調律をともなった完全房室ブロックで、収縮早期に心房が収縮することもありえる。その場合、三尖弁の閉鎖時に右心房の収縮が生じるので大きなa波がみえる(図4)。これはCannon波とよばれる。内頸静脈を視診する習慣がつき、正常波形を熟知しておれば、このCannon波を初めて見ても判断できるように思う。

高齢者では、蛇行した内頸動脈の拍動を誤って静脈圧が高いと判断しないように注意する。首が太くて短いと内頸静脈がみえにくい。この場合、内頸静脈の情報はないと判定すべきである。また、内頸静脈が臥位でみえないということのみから、静脈圧が低そうだと判定するのはいいすぎだろう。

検査があまりなかった時代に内頸静脈波形から種々の疾患を考慮したという診断学の歴史を理解するのは重要であるが、他に多くのことを習得しなければならない研修医や非専門医には、波形の細かい分析は不要である。

 


図説明

図1:

内頚動脈と内頸静脈の波形

DN;dicrotic notch

 

図2:

急性右室圧負荷時の著明なa波。 縦線はQRSの時相

 

図3:

三尖弁閉鎖不全症の右房圧(RA)と右室圧(RV)同時圧測定

 

図4:

完全房室ブロックの右房圧 

矢印がCannon波 細い矢印はP波