心電図で狭心症を診断するのではない 約1800文字 表1図2

 

伊賀内科・循環器科 伊賀幹二

 

はじめに

狭心症の診断は病歴につきる。患者により訴えの表現は千差万別である。経験が少ないと、診断に一番大切である病歴によるふるい分けができないが、狭心症患者の胸部圧迫感の表現を数多くきいていくと、訴えが狭心症らしいかどうかを判断できるようになる(1)。

病歴によって診断する疾患であるにもかかわらず、今もなお心電図のみを提示して、狭心症か否かの議論をしようとする人も多い。クイズ形式の心電図学習法ではなく、病歴と診察所見をあわせて心電図を読影する習慣をつけることが重要である。

狭心症に対する、一つのある心電図所見を感度40%特異度95%と考えてみよう。検査前確率を25%にできれば陽性的中率は96%だが、検査前確率を1%にしかできなければ、陽性的中率は7%となり、検査の有用性がきわめて小さくなる。心電図による狭心症の診断を考えたとき、心電図のこまかい虚血の基準を学習するより、病歴と診察所見から狭心症をどの程度疑うかという、検査前確率を上昇させることのほうが重要である(表1)。

 

狭心症の診断のプロセス

病歴から、一日のうちで何時頃に起こりやすいか、発作が一定の運動により再現性があるかは重要な情報である。熱い風呂や飲酒直後での発作は、心拍数が上昇するための労作性狭心症であることを意味する。一方、早朝、特に深酒翌朝の最初の動作により症状が誘発されれば、心拍数が上昇しない冠攣縮による異型狭心症を疑う。

診察では異常所見がないことが、心電図では高血圧症等がなければ正常であることが、狭心症であるオッヅ比を上昇させる。労作時の胸部圧迫感を訴えるが、心電図で著明な左室肥大を伴い心雑音もなければ、肥大型心筋症による相対的虚血が胸部圧迫感の原因である可能性が高い。

 

安定狭心症と不安定狭心症

狭窄病変は高度であるが、血管自体が安定している安定狭心症と異なり、不安定プラークがその原因である不安定狭心症は専門医による診療がなされるべきである。来院の2〜3日前から初めて胸部圧迫感が生じ、その症状がより軽い運動や安静時にも生じているような病歴が典型的な不安定狭心症である。このような病歴にも関わらず、心電図が正常であるからという理由で専門医に翌日紹介することはないようにしたい。なぜなら、不安定狭心症は高頻度に急性心筋梗塞に移行する可能性が高く、遅滞なく専門医に紹介すべき疾患であるからである。

非専門医としては、心電図や胸部レントゲンにおける異常であるといった証拠がなければ専門医に相談できないのではなく、病歴で狭心症を診断するということを忘れてはならない。逆に、非専門医が不安定狭心症と判断した例に、専門医は心電図の所見により転送を決めることはあってはならない。

 

心電図の評価

心臓診断は、病歴、身体診察、心電図、胸部レントゲン、一般採血の5つを組み合わせて行う。心電図はその中の一つの診断法にすぎない。臨床の情報、診察の所見とあわせて心電図を読影する。

ST部分の下降やT波の陰性化は、心電図上では左室高電位を満たさなければ虚血パターンとなるが、真の虚血かどうかを心電図だけでは判定できない。このような心電図を虚血性心疾患疑いと判定していた時代もあるが、断層心エコー図でみると、軽度の心筋肥大を表していることが多い。

図1の心電図では、V1V4においてT波が陰性である。数日前に、冷や汗をかくような15分以上の胸部圧迫感があれば、虚血による変化である可能性が高い。一方、進行性の労作性呼吸困難が主訴であれば、肺塞栓による右室負荷心電図の可能性が高い。

図2左は、前胸部でST上昇を示した狭心症発作24時間後の65歳男性の心電図である。病歴の情報がなければ、非専門医には正常と判断されてもいたしかたない。一方、図2右は、症状がなく検診で来られた65歳女性の心電図である。病歴の情報があれば、診断にせまることはできても、病歴なしでこの2つを判定することは難しい。

運動負荷心電図は、労作性狭心症の判定に重要である。しかし、もともとST部分、T波の変化のある例では運動後の虚血の評価は難しい。

発作時に心電図をとることも重要である。バルーン治療などで人工的に虚血を生じさせると、時間的に左室拡張能の低下、収縮機能障害、ST部分の変化、胸部症状の順に変化する。発作(胸部症状)直後にもし心電図が記録することができても、その心電図は、虚血全コースの終了前の状態であることを認識する必要がある。