医師と患者の信頼関係構築

医師と患者との関係というのは微妙である。患者は、生きるか死ぬかの病気におちいれば、腕のよい医師を希望する。一方、単に病気が心配で仕方がないときは、安心をもらえる医師を希望する。どちらにしても、お互いがお互いを認め、信頼関係が構築されなければ医療は成り立たない。

しかし、医師の判断結果が悪ければこの関係がうまくいかなくなることもある。その場合、医師は、「仕方がない」、「理解してもらえないこともあるのだ」と考えることも必要である。自分が行った治療行為に対して、すべての人間に納得してもらうことは不可能なのである。

 

宮地先生とは、私の方が1年学年下であり、彼が天理よろづ相談所病院の部長時代の1990年からのつきあいである、奥様のお父様の主治医をさせていただいてから何かと話をする機会が増えた。循環器内科医として私を認めていてくれたように思ったのは、宮地先生が群馬大学の教授に内定した時、訪問された循環器専門医である群馬大学学長を院内の循環器関連設備を案内する役目を仰せつかった時であった。そのころ、私は一生懸命に英文の論文を書いていた。宮地先生から、「日本語で書いたらマイナス1点、筆頭著者だけでなく、第2著者としても多く書かねばいけないよ」といわれて、研修医を筆頭著者として、英文を何枚か投稿したのを思い出す(実はほとんど私が書いた)。そして、宮地先生が天理よろづ相談所病院を退職されてから、しばらく親交がとだえた。

 

宮地先生は、若い医師向けの雑誌である「レジデントノート」の編集責任者をされている。2004年ころだったか、その雑誌の循環器疾患診療特集の責任者に私を指名していただいたので、編集会議で久しぶりに再会した。その時にご自分の診療を私に依頼されて、2005年3月から私の診療所にこられだした。最初の診察では、通り一遍の病歴聴取から始まって、診察の時、結構大きな甲状腺腫を触知した。エコーでみると4cmくらいのものであった(後日、専門医療機関で良性と考えられ放置している)。通常の診察で、誰も指摘されなかった甲状腺腫をみつけたことが、運良く(?)信頼関係を構築でき、その後9年間も当方にきてもらっていると思っている。

その後は約3ヶ月に一度、来院されている。高脂血症は薬物投与によりきちんとコントロールされているが、体重が特に海外から帰ってくると増加している(表1)。

本人が体重増加を自覚しているかどうかは定かではないが、体重計で増えていることがわかると、体重が増加した理由を論理的に説明してもらえる。そして、「次回までには2kg減量します。」とご本人は言われる。しかしなかなか本人が言う通りには体重が減少しない。3ヶ月後の再診の時も、あまり減量できていないことが多い。その時、「次までには、必ず下げますよ」とあのにこにことした顔でいわれると、「本当ですよ。次回までにですよ」と、私は引き下がってしまう。そして、次回には、再度とってもすばらしい別の言い訳をされるのである。

しかし、3ヶ月に一度ではあるが、私にいわれるのがいやで、体重増加がこの程度ですんでいるという見方もあり得る。このような時、私はできるだけ「しかし」、「けど」という接続詞を使わないように注意している。「体重1kg減っています。しかし、目標の2kg減少は達成できていません。」ではなくて、「体重1kg減ってがんばりましたね。そしてあと1kg減量できればもっとすばらしいですね。」患者さんからみればこの2つの表現はまったくといって違うのである。上記のような接続詞「そして」を使うことは、若い医師の皆様には参考にしてほしい、コミュニケーションスキルである。

私の歩んできた道で宮地先生と関係したことの一部を書かせていただいた。若い医師たちの、患者との信頼関係の構築に参考になれば幸いである。

 

 

伊賀幹二

伊賀内科・循環器科

 

(表1)9年間の体重の変化(3ヶ月ごとの測定)