循環器救急患者の病歴のとり方

はじめに

循環器疾患の診断は、病歴(医療面接)、身体診察に加えて血液検査、胸部レントゲン写真、心電図、心エコー図にて総合的に行う。しかし、場所が救急外来(ER)では様相を少し異にする。病歴をとりながら、同時に素早く診察をして、検査と治療を同時に始めることも必要となる。本稿は、循環器救急患者の病歴のとり方であるが、上記理由から診察所見や検査所見にまでも言及することをお許し願いたい。

ERでは、病歴をとりながら、治療の緊急性の程度を、つまり、いまから緊急で行おうとする検査を医師の管理下で行うべきか、技師に依頼してとってもらってもよいかを判断する。急性心筋梗塞を疑えば、何をさしおいてもするべきことは静脈ルートの確保と心電図モニターであり、それを12誘導心電図の後にすべきではない。せっかく救急隊が患者をERにまで搬送しているのに、研修医がいろいろな検査している間に心室細動となり植物症となってしまった例を私自身が少なからず経験してきた。これは、「まず検査をして、検査所見をそろえてからどんな疾患かを考える」、という研修指導体制のもとでの研修医が、患者をみただけでは緊急性の程度を判断できなかったのだろう。状態が不安定と判断すれば、最初に、静脈ルートを確保し、心電図のモニター下に、初めてポータブルの胸部レントゲンや心エコーを施行できるのである。呼吸数が30/分以上で、これが心不全によるのなら、臥位にして心電図をとろうとすると、酸素飽和度が下降して心室細動が生じる可能性もあることも知っておくべきである。

病歴と診察所見から運び込まれてきた患者の15分後の状態を予測する能力をつけることは重要な研修目標の一つである。バイタルサインが不安定であれば、レントゲン室での胸部レントゲン撮影やCT室でのCT検査を依頼することは、蘇生ができない場所で蘇生せざるをえない状況に陥ってしまう可能性を認識すべきである。

 

誰から病歴聴取を行うか

患者本人から、「症状はいつから生じたか」、「発症形式は突然か、1−2時間で生じてきたか、1−2日のうちに生じてきたか」、「症状はどれだけ持続するか、断続性か連続性か、進行性か」、「誘因はあるか」、実際に、最寄りの駅まで歩けるか」を尋ねて、時系列にまとめる。ERでは、本人からきちんとした病歴がとれないことが多い。付き添いの人間が、患者の日常状態を知らなければ、可及的速やかにその情報を集める努力をする。特に意識が少し低下した患者に対しては、種々の検査をすることより、その患者がいつもこのような意識状態なのかどうかという情報の方が重要である。

 

診察や検査後の病歴再聴取

以下の事例から、病歴聴取は独立して行うのではなく、診察や検査後に再度聴取するということが、特にERでは通常であることを理解して欲しい。

突然発症の心不全例と思われる例であっても、診察所見によって聴取すべき病歴がかわってくる。血圧の上下幅(脈圧)が大きく、軽度の拡張期雑音とギャロップ音が聴取されれば急性の高度大動脈弁閉鎖不全症が考えられる。細菌性心内膜炎や解離性動脈瘤がその原因であることが多いので、そのような病歴(発熱、関節痛、体重減少、胸痛の有無)を詳しく聞く必要がある。また、心尖部にS3と収縮期雑音があれば、急性の僧帽弁閉鎖不全症の可能性があり、細菌性心内膜炎や特発性検索断裂症にみあうような病歴を聞く必要がある。急性の僧帽弁閉鎖不全症では、心不全にもかかわらず洞調律であるのが特徴である。もし、ER来院時に心房細動であったら、慢性の僧帽弁閉鎖不全症が元来存在していた可能性もある。いつから心房細動であったかという情報は有用である。

急速に進行する呼吸困難で、心電図や心エコー図より肺塞栓が考えられたとしよう。肺塞栓の原因としては下肢静脈血栓が最初に考えられる。臥床時間が長い肥満傾向のある人なら、それだけで血栓が深部静脈に生じる可能性がある。鼠径部からのカテーテル検査直後であれば大腿静脈にできた血栓がその原因である可能性もある。若い運動選手であれば、下肢の外傷の病歴は重要である。外傷部位以下に下肢静脈血栓が生じる可能性があるからである。その他、膠原病等で血栓が生じやすくなる。

ERに来院した患者の主訴のみから循環器疾患によると断定することはできない。救急でも通常の外来でも、適切に診療をするためには、内科の膨大な知識を知らなくてはいけないことはいくら強調しても強調しすぎることはない。病歴をとるチップスは存在しないのである。以下、聞き落としてはならない主要症状について述べる

 

胸痛

胸痛の持続時間、冷汗を伴うか否かに加えて、胸痛は広い範囲か、指1本でさせる範囲なのか、胸痛は呼吸や体位変換で増強するかどうかが重要である。冷汗を伴う強い胸痛が、移動して腹部に及んできたのなら解離性動脈瘤も考慮する。深吸気で増強すれば、肋膜炎、心外膜炎も考慮すべきで、風邪症状が先行していないかという病歴を聴取する。つよい咳が2−3日持続したあとの胸痛であれば、縦隔気腫や肋骨骨折も考慮する。胸痛が1時間以上続いても、心エコーで良好に左心室が描出できて正常壁運動であれば、心筋梗塞以外の原因を考える。ことばで表現すれば単に“胸痛”であっても、患者の表現は多彩であり、修練を積むと患者の表現からおおよその診断が可能となる(1)。

 

呼吸困難

「座位と臥位のどちらの体位で呼吸困難感が強いのか?」「夜間では、呼吸困難でのために何回起きるのか?」「過去1週間で進行性かどうか?」を聞く。進行性の呼吸困難では心不全に加えて、肺塞栓も考えられる。狭心症や不整脈の発作を呼吸困難と感じる患者もあり、研修医時代から表現の多彩さを理解できるように多くの患者から病歴をとる修練がすすめられる。呼吸困難ではなく、夜間の咳のみを訴える心不全の例もある。

急性の気管支喘息も起坐呼吸を呈するので、幼少時を含め過去に喘息の既往はどうか、呼吸困難に季節的な変動があったかどうか、ピーナッツやそば等の食物アレルギーの有無も聴取すべき重要な病歴である。

 

動悸

動悸とは、一般に用いられる言葉であって患者は動悸としか表現しない。しかし、実際は、速い動悸もあれば遅い動悸もあり、不規則なものから規則正しいものまで種々のものが存在する。突然発症かどうか、突然停止するかどうかの情報に加えて、脈がぬけるだけなのか、速い心拍を感じているのか、遅い心拍を感じているのか、規則性の有無は、心拍数はいくらか、何分続くかいう情報により、かなりの診断が可能となる。発作性上室性頻拍症は突然発症で突然停止するという特徴的な病歴を呈する。

私は、患者に心拍数が60/分,100/分,150/分か、規則性については、規則正しい、規則正しい中で不規則がある、絶対的に不規則であるかの3x3の9通りを机の上をタップし、患者から動悸の詳しい病歴をとっている。それにより、訴えが、単なる期外収縮か、徐脈か頻脈発作か、頻脈であれば心房細動か、上室性頻拍症かをある程度推定できる。例え強い動悸を感じたと訴えても、患者にタップしてもらい70/分くらいで規則正しい脈拍であり最近ストレスが強かったという病歴があれば、自分の正常の心拍を感じている可能性が高い。

通常は徐脈でないのに徐脈を呈してくれば、薬物服用や高カリウムに注意する。図1は吐き気を主訴として来院した67歳の透析患者であるが、透析不十分で、ミカンをたくさん摂取しており、カリウムは9mEq/lであった。緊急透析でカリウムが6mEq/lになると洞調律が出現した。

突然の速い動悸を主訴とした患者で、発作性心房細動であれば、誘因としての酒、ストレス、不眠の有無を尋ねる。甲状腺機能亢進症が隠れていることもあり注意を要する。正常心臓であれば発作性心房細動になっても心不全にはならないが、肥大型心筋症であれば、心房細動が数時間続くと、心不全になりえる。

房室結節は、不応期が長いため心房から早い刺激が発生しても、房室ブロックとなり心室にすべての興奮を伝えず、速い心拍から心臓を保護する役割がある。しかし、WPW症候群に合併する心房細動では、心房から心室への刺激は房室結節ではなく、不応期の短いケント束を通るので心拍数が200/分を越えうる。こうなると、血圧が下降し、起立困難となり、目眩が生じる。WPW症候群では、その他に発作性上室性頻拍症を合併する。この場合は心拍数が180/分くらいであるので、動悸以外の症状はないことが多い。

 

意識消失

意識消失を訴える患者に対しては、「前駆症状なしに突然に症状が出現するのか」、「胸痛・動悸・味の異常等の前駆症状ないか」、「起立時のみに生ずるのか」、「何分続いたか」、「痙攣やマヒ等の症状が随伴しないか」を聞くことにより原因についておよその判断ができる。発作が朝に多く、胸痛が先行すれば異型狭心症の可能性がありえるし、異様な味を感じたりした後に意識消失があれば、てんかん発作が考えられる。

図2はホルター心電図を施行中に生じた異型狭心症の発作であるが、危険な心室性不整脈が頻発している。意識消失を主訴とする患者は、医療者側から意識消失の前に動悸や胸痛がなかったということをしつこく聞かない限り、患者自らいうことは少ない。なぜなら、多くの患者は意識消失したことは気にしているが、その直前に生じた動悸や胸痛は意識消失と関係がないと思っていることが多いからである。

マヒの全くない一過性意識消失のみを主訴とする場合、虚血が全脳におよばなければ一過性脳虚血発作である可能性は少ない。

図3は動悸の後に失神を呈する症例であるが、数回目のホルター心電図にて初めて、上室性頻拍症後に洞調律に復するときに4秒の心停止が記録された。本例は意識消失を主訴とし、その前に速い動悸が先行することから病的洞機能症候群によるストークスアダムス症候群が強く疑われたが、安静時心電図やホルター心電図で異常を指摘されなかった。ストークスアダムス症候群の診断には、病歴が一番重要であることを強く認識すべきである。上記のことからわかるように、一時的な意識消失を主訴として来院した例に対して、病歴からストークスアダムス症候群が少しでも疑われれば、ERでは疑わしきは罰するという形で入院、心電図モニターが望ましい。来院時意識障害が残存しているにもかかわらず、心拍が60/分程度の洞調律であれば、ストークスアダムス症候群は考えにくく、てんかんも考慮すべきである。

心機能が低下した心不全状態では意識消失の原因として心室性頻拍症もありえる(図4)。また、肥大型心筋症では、通常まったく症状がないが心室性頻拍により意識消失が生じる可能性がある。急性心筋炎、先天性QT延長症候群でも多形性の心室性頻拍が生じて一過性の意識消失がおこりえる。労作にて初めてQTが延長する症例も存在するので、労作や夜間の目覚まし時計により生じる意識消失発作の病歴等を聴取することが重要である。

長時間たっていた後の意識消失はneurally mediated syncopeが考えられる。この疾患は実際はまれではない。小学校や中学校時代に校庭で長い間たって先生の話を聞いているとフラーとしたという病歴があることが多い。また、極度の緊張や興奮状態があれば迷走神経が緊張状態となり意識消失が生じることがある。

 

薬歴

ERに来院するすべての患者に、現在の服薬状況を聞く必要がある。例え正常心臓であっても、高齢者ではCa拮抗剤と、β-ブロッカーの投与により、服用後数ヶ月たってから、急に徐脈となり、時には完全房室ブロックになりえる。内科領域以外では、点眼剤としてのβ-ブロッカーでもこのようになり得るので注意を要する。

ジギタリス服用中の患者であれば、特に高齢者では脱水による軽度の腎機能低下によりジギタリス中毒になりえる。全身倦怠感と吐き気を主訴として、「心房細動であったはずなのに脈拍が規則正しい」であればジギタリス中毒をうたがう。

自殺目的でCa拮抗剤を大量に服用すれば、血中濃度が上昇して左室収縮がきわめて低下しショック状態になる可能性がある。

避妊用ピルの常用や更年期後の女性ホルモンの服用患者に対しては下肢静脈の血栓を疑ってみる。

クロールプロマジンをはじめとする向精神薬、すべての抗不整脈薬服用患者ではQTが延長し、多形性の心室頻拍であるTorsades de Pointesが生じている可能性を常に念頭に置く必要がある(図5)。ただし、この心室性頻拍は通常は持続せず、自然に停止することが多い。

 

まとめ

内科の幅広い知識をもつ努力以外に病歴聴取のチップスは存在しない。ERでは、病歴聴取と、診察を同時におこない、可能性のある疾患を疑いながら再度病歴を聴取するという姿勢が大切である。

 

文献

1.伊賀幹二 八田和大、西村理、今中孝信、楠川禮造: 胸痛鑑別診断学習における診断が確定している患者からの病歴再聴取の効果医学教育 1997;28: 41-44

 

図説明

図1:カリウムが9mEq/lの症例にみられた心房停止、房室接合部調律とテント状のT

図2:ホルター心電図でとらえられた異型狭心症発作におけるST上昇時の心室性期外収縮の連発

図3:上室性頻拍症後の4秒の洞停止

図4:拡張型心筋症例の単形性の心室性頻拍症

図5:薬物によるQT延長から生じた多形性の心室頻拍症Torsades de pointes