虚血性心疾患と紛らわしい疾患−初期治療のポイント

 


循環器疾患の診断過程

循環器疾患の診断は、病歴聴取、身体診察に加えて血液検査、胸部レントゲン、心電図、心エコー図にて総合的に行う。循環器専門医でない一般内科医師や開業医は、心エコー図以外の項目については自己判断をする能力が要求される。一方、心エコー図については、断層法やドプラ法についての臨床的な有用性と限界を知る必要はあるが、自分自身で診断することはない。

虚血性心疾患とは、狭心症と心筋梗塞という連続性のある2つの疾患をあわせて表現することばである。総論ではなく各論を議論する場合は、対象疾患を明確にする必要があるので、筆者は保険病名以外では虚血性心疾患という表現を避けている。

狭心症、心筋梗塞を診断するにあたり、上述した6つの検査法のなかでは病歴聴取が一番重要である。診察所見では、心不全であればギャロップ音や肺のcrackleを聴取できるが、これは狭心症や心筋梗塞には特異的な所見ではない。同じく、胸部レントゲンでも心不全を合併しているか否かの判定は可能であるが、狭心症、心筋梗塞か否かの診断には寄与しない。

本稿は、“虚血性心疾患と紛らわしい疾患の初期診断”であるので、狭心症・心筋梗塞をどのように否定していくかということを中心に議論をすすめたい。

 

胸痛を訴える患者から

胸痛の鑑別診断として、教科書では、狭心症、心筋梗塞、解離性動脈瘤、気胸、肺塞栓症があげられる。患者の訴えを胸痛と文字にしてしまえば鑑別診断は限られるが、実際の表現は多彩である。同じ胸痛でもちくちくするものと、広い範囲で圧迫感を合併するものとでは胸痛であって中身が異なる。狭心症患者では胸痛以外にも、歯が痛いや動悸がするとの表現をすることもまれではない。

臨床経験の少ない学生や研修医は、胸痛の性状いかんにかかわらず、胸痛の患者をみればこれらすべてを鑑別診断にあげることが多い。しかし、我々は、患者の年齢と背景を加味して患者の訴える多彩な表現から、狭心症らしい、大動脈解離らしい、気胸らしい、、、と考えていくのである。

病歴から狭心症らしい、ということを判断する能力を習得するには、研修医時代に実際に狭心症や心筋梗塞であった患者から病歴の再聴取がトレーニングとして有効である(1)。心臓神経症の胸痛と狭心症の胸痛とは病歴聴取になれてくると、ほとんどの場合で鑑別可能となる。教科書を読むことは必要であるが、多くの臨床経験を積まなければ患者の多彩な表現から狭心症らしいか否かとの判断は不可能である。

診断を確定する血液検査の一つとして、研修医から評価の高い、急性心筋梗塞に感度・特異度の高いトロポニンTについて考えてみよう。感度が95%、特異度90%であるこの検査を用いても、専門医がみて病歴と診察で検査前確率を50%まで上昇させるると陽性的中率は90%であり診断に有用であるが、研修医や非専門医がみて検査前確率が1%であれば陽性的中率は9%に(表1)。このことから、いかに病歴聴取より疾患を絞り込むことが大切であるかが理解できると思われる。

 

肥大心による胸痛

大動脈弁狭窄症は65歳から70歳で急速に狭窄が進行する疾患である。心不全、狭心症、意識消失が生じれば大動脈弁狭窄症は高度であることを意味する。胸痛が生じる理由は、心筋の肥厚のため運動時に相対的な虚血が生じるためとされている。

これは、肥大型心筋症にも当てはまることである。ともに狭心症とまちがってニトログリセリンを投与すると症状が悪化することがありえるし、高度の大動脈弁狭窄症は優秀な外科医にかかれば、たとえ高齢であっても術後良好な経過を期待できることを知っていなければならない。

 

胸痛患者に対する心電図の有用性と限界

図1右は、図1左のごとく前胸部誘導でST上昇を伴う狭心症が20分持続した患者の24時間後の心電図である。この時点では、断層心エコー図での左室壁運動は正常であった。図1右の前胸部誘導のT波は非特異的変化であり、24時間前に心筋虚血があったことを判断することは不可能である。このような場合、はじめの心電図がなければ診断することは困難であり、病歴が狭心症らしいかどうかが、薬物療法や次の検査を行う決め手となる

心電図と病歴を結びつける知識として以下のことは知っておく必要がある。狭心症のみの患者では心電図は正常なことが多く、後壁梗塞では急性期の心電図は正常であることがありえる。肥大型心筋症では、労作性狭心症と病歴上区別できないような胸痛を呈することがあり、心電図で著明な肥大所見があれば、狭心症よりむしろ肥大型心筋症による胸痛が示唆される。

図2左のごとくV1−4のT波の逆転を示す肺血栓塞栓の心電図では、心電図のみからは判定できないが、これを狭心症と考えるには1週間以内に強い胸痛がなければ考えにくい。図2右の心電図は前下降枝の長い虚血後24時間後の心電図である。この2つは、きわめてにており、病歴を加えて初めて心電図を評価できる。

IIIIIavFST上昇を伴う胸痛で来院した52歳の患者では、胸痛の性状が心筋梗塞とかなり異なる印象であった(図3左)。緊急カテーテルで大動脈解離が判明、右冠状動脈はflapのため閉塞しており緊急手術をおこなった(図3右)。

図5は8時間持続する胸部圧迫感で来院した55歳女性の心電図である。全誘導のST変化と右脚ブロックがみられる。訴えは心筋梗塞と鑑別しにくいが、この心電図では急性心筋梗塞に矛盾する。

高血圧がなく、無症状であるがSTT変化を示す例では、狭心症より心筋肥大による心電図変化である可能性が高い。

近年一つの病態として認識されてきたたこつぼ心筋症は、急性心筋梗塞と酷似する病態である。原因として報告されているのは急性副腎不全、ギラン・バレー症候群、破傷風、褐色脂肪腫、くも膜下出血である(2−4)。ともに病歴と心電図からは強い虚血が考えられるが、急性冠状動脈造影をしなければこの2つを鑑別することは難しい。

 

胸痛患者にたいする心エコー図の有用性と限界

断層心エコー図による虚血の検出は潅流部位の左室壁運動障害と表現され、心電図や症状より感度が高い。1時間以上胸痛が持続していても、左室の全域が良好に描出できて、壁運動障害がなければ虚血が原因の胸痛とは考えにくい。左室前壁は簡単に描出できるが、左室後壁の壁運動を評価するにはかなりの修練が必要であり、循環器専門医以外にこれを期待することは難しい。また、側壁は描出しにくいことを認識する必要がある。心筋炎では壁運動がび漫性に障害されることが多く、また、初期では心筋浮腫を肥厚としてみることがある。

一方、5分くらい持続する胸痛があった直後に左室壁運動が正常であっても狭心症を否定することはできない。

労作性の呼吸困難で、図3の2例のように、前胸部誘導V1-V4T波の陰転化がみられたとき、心エコー図で右室負荷があれば肺血栓塞栓症の可能性が高く、一方、前壁中隔から心尖部の壁運動が低下しておれば前下降枝領域のつよい虚血後の変化と考えることができる。しかし、発症から時間が経過しているとき、また虚血時間が短かったとき、正常であるからといって想定する疾患が否定することはできない。

断層心エコー図は、良好に左室を描出できれば心筋肥大があるかないかは簡単に判断でき、肥大型心筋症の診断にきわめて有用である。また、大動脈狭窄症の定量評価もでき、胸痛をきたすに十分な高度な狭窄かを判定できる。

大動脈解離を胸痛の原因と考えたとき、上行大動脈のみならず、比較的描出しやすい下行大動脈にflapがないかどうかを確認する必要がある。

 

心臓以外の胸痛

気胸

突然の左胸痛を主訴として来院した25歳男性では、原因は左上肺野に限局した気胸が証明できた。心筋虚血による胸痛とは、年齢と深呼吸で痛むということで鑑別できる。しかし、本例での急性期の心電図では一過性にV1-5までR波の減高がみられ、気胸による心臓の回転で心電図変化が生じる可能性があることを知っておく必要がある(図6)。

 

帯状ヘルペス

帯状ヘルペスでは、発疹が出現する前にピリピリした感覚を訴えることが多い。左の第4−7胸椎あたりがおかされれば、急性心筋梗塞と誤診して冠状動脈造影検査が行われたが、退院時に発疹が出現して診断がついたということもまれではない。痛みの性状が体表面のみに限局して、数時間持続しても心電図もかわらず 心エコー図で左室壁運動が正常であるというのが心筋梗塞を否定する根拠であるが、確定診断は発疹の出現まで待たなければならない。

 

その他

逆流性食道炎では、朝方の胸痛をうったえ異型狭心症と間違えることは珍しいことではない。胆嚢炎、膵炎で心電図が変化されるという報告も散見される

 

まとめ

循環器非専門医は、病歴より心臓由来と考えにくい症状の場合は、自分で経過観察してもよいが、心筋梗塞、不安定狭心症や解離性動脈瘤を疑えばすぐ後方病院への転送が必要である。胸痛の確定診断をつけるより、自分の能力の限界を知り、すぐに転送すべきかどうかの判定の方が重要である。

 

文献

1.伊賀幹二 ら: 胸痛鑑別診断学習における診断が確定している患者からの病歴再聴取の効果 医学教育 1997 28 41-44

. Iga K et al. Transient segmental asynergy of the left ventricle of patients with various clinical manifestations possibly unrelated to the coronary artery disease. Jpn Cir J 1991 55 1061-1067

3. Iga K et al. Reversible left ventricular wall motion impairment caused by pheochromocytoma. Jpn Cir J 1989 53 813-818

Iga K et al. Rapidly progressive deteriorated left ventricular wall motion associated with tetanus. Internal Medicine 1990 29 305-308

Iga K et al. Reversible left ventricular dysfunction associated with Guillain-Barre syndrome: An expression of catecholamine cardiotoxicity?  Jpn Cir J 1995 59 236-240