弁膜症をカラードプラ心エコー図で診断してはいけない 

はじめに

カラードプラ心エコー図の発達により、従来の検査では診断困難な症例であっても、術前に確定診断が可能な例が増加してきた。例えば、細菌性心内膜炎による弁穿孔の正確な位置や、僧帽弁逸脱の部位は従来の断層心エコー図とカラードプラ心エコー図を組み合わすことに正確に診断できるようになった(図1)。それゆえ、弁形成術可能か、弁置換が必用であるか等の、術前予想の正確さは飛躍的に向上した。

しかし、症状はないが、たまたま施行されたカラードプラ心エコー図にて3弁逆流を指摘され手術が必要であると説明されて近医から専門病院へ紹介される高齢の患者は珍しいことではない。このような患者さんにおいて、聴診しても心雑音はなく、胸部レ線や心電図が正常範囲であれば、なぜ手術が必要なのであろうか?このような患者さんは、カラードプラ心エコー図がない時代に生まれておれば、心臓を心配せずに天寿を全うできただろう。紹介した医師は、循環器の基本的知識がないにもかかわらずカラードプラ心エコー図を施行したため、カラードプラ心エコー図の診断名を患者に伝え、いわゆる“ドプラ病”を作ってしまったのである。

本稿では、対象としている循環器を専門にしていない医師にとって、心臓弁膜症におけるカラードプラ心エコー図の現在における役割を理解していただけたらと思う。

 

心疾患の診断

心疾患の診断は、病歴(医療面接)、身体診察に加えて胸部レ線、心電図、従来の断層心エコー図にて総合的に行う。カラードプラ心エコー図はこのなかには含まれない。病歴を適切にとれず、診察を適切に出来なければ、カラードプラ心エコ−図を使用することは上記の例のごとく“ドプラ病”を作り、むしろ害のほうが多いであろう。そのようにならないためには、特に将来プライマリーケア医をめざす研修医にとっては、いろいろな検査法を習得するより、病歴聴取と診察をきちんと行えるような研修が必要である。病歴聴取、診察、心電図および胸部レ線の読影がある程度出来ているという条件においては、心エコー図はきわめて有用な情報を提供してくれる。

弁膜症におけ心室の容量または圧負荷、心房負荷

心臓は、負荷に対して適応現象をおこす。例えば、左室に容量負荷をきたすような大動脈弁閉鎖不全症(AR)や、僧帽弁閉鎖不全症(MR)では左室は徐々に拡大していく。大動脈弁狭窄症は左室圧負荷疾患であり、肺性心や僧帽弁狭窄症は右室圧負荷疾患である。

 

診断の過程

上記のことから、診察から疑った疾患であればどこに負荷がかかっているかを考えて、胸部レ線と心電図を読影していく。診察所見ではMRと思われるのに、胸部レ線で左房が拡大していなければ、診断に矛盾がある。血行動態に有意なARであれば、脈圧は大きくなり胸部レ線では左1弓と4弓が突出し、心電図では左室肥大を呈するはずである。

症例を呈示する。77歳の女性で息切れが進行するということで来院した。数年前からARといわれている。診察では、血圧は90/70mmHgで、3LSB3/6拡張期の灌水用雑音が聴取された。心電図では、右室肥大で、胸部レ線では肺動脈は拡大しているが、左第1弓はむしろ小さい(図2,3)。

ARを思わす雑音が聴取されるが、心不全を呈しているにもかかわらず、脈圧は小さく、左室の負荷の所見がないのでARには矛盾する。「肺高血圧症の存在下では、肺動脈弁閉鎖不全症(PR)ARと同じような雑音を呈する」という知識があれば、心エコー図がなくとも、右室負荷を呈する心電図・胸部レ線から肺高血圧症と診断することはさほど難しいことではない。

断層心エコー図においては左室の拡大がなければ、有意な慢性の弁逆流はないと考えられる。その意味では、断層心エコー図を評価できて初めてカラードプラ心エコー図の評価ができるといえる。また、心電図の負荷に対する感度も認識しておく必要がある。特に右室に関すれば、50mmHgくらいの右室圧でも心電図が正常であることはありえる(図4)。

 

弁膜症の原因

心臓弁膜症と言う診断名はない。弁膜症では、解剖学的にどの弁にどのような異常(狭窄か閉鎖不全)があるか、その原因、患者さんの運動能力(NYHAクラス分類)は、ということを記載する必要がある。きちんとした研修をした内科医が聴診で雑音なしとした患者で、症状がなければ有意な弁膜症ではないと考えてよい。急性の弁閉鎖不全で心不全が強いときでは、雑音が聴取されなくとも、高度な逆流があることある。そのような時には、カラードプラ心エコー図はきわめて有用であるが、病歴と身体診察より高度な逆流がありえるかどうかの判断が出来ない医師にとっては、間違った判断材料になることもある。

 

カラードプラの感度

無症状の高齢者で大動脈弁領域に軽度の収縮期雑音があるような患者では、カラードプラ心エコー図では結構つよいARシグナルがみられる(図5)。しかし、このような症例では、左室の拡大はなく、脈圧が大きくなければ血行動態的にはARはきわめて微々たるものであるといる。また、例え心雑音がなくも高齢者ではARシグナルが見られる事は多い。

 

断層心エコー図およびドプラエコーがもたらした恩恵

心電図、胸部レ線、断層心エコー図が正常にもかかわらず、カラードプラ心エコー図で初めて発見される心房中隔欠損症が告されてきた(1)。高齢者の軽度の生理的逆流と異なり、この小さな心房中隔欠損症は逆シャントによる全身塞栓症の可能性があることで卵円孔開存とともに近年注目されている。カラードプラ心エコー図がなければ、これらの人々は心疾患なしとして一生をおえていた可能性がある。

また、突然生じる一過性の収縮期雑音が左室流出路由来でもあるということも、多くの医師の同意がえられている。これはドプラエコーがなかった時代には急性の僧帽弁閉鎖不全症と考えられていたが、左室流出路の最高流速を測定することで、このような病態が理解できるようになった。高齢者のS状中隔を有する患者では脱水等でこのような病態が生じるが、輸液等により前負荷を上昇させることで症状の改善が期待できることも、理解されてきた(2)。このように、循環器疾患の専門医にとっては、かつては疾患概念としてなかったものがカラードプラ心エコー図の登場により、解明されてきた感がある。これらは、患者に対する疑問を新しい診断法をつかって解いていった結果であり、特に循環器疾患診断にたいする古典的診断過程を知る専門医にとっては、心エコー図のない日常診療はあり得ない。

 

結語

カラードプラ心エコ−図を臨床で用いるためには、基本的な循環器の知識が必須である。さもなければ、“ドプラ病”を作ってしまう。しかし、きちんとした循環器の知識をもった医師にとって、カラードプラ心エコ−図はきわめて有用な情報を与えてくれる。

 

文献

1.伊賀幹二、 高橋秀一,松村忠史ら: カラードプラによって初めて発見されたASDの2例ー他の検査法との比較  呼吸と循環 1991:39:931-934

Iga K, Takahashi T, Yamashita Y et al. Left ventricular outflow obstruction without left ventricular hypertrophy in the elderly. Cardiology in the elderly 19931411-415

 

図の説明

図1:細菌性心内膜炎による僧帽弁穿孔:前尖の弁腹に穿孔があり、そこからカラージェット(矢印)がみられる(左室長軸断層像)

図2:77歳女性の心電図

図3:同胸部レ線

図4:慢性肺塞栓症による推定右室圧が50mmHgの66歳女性の心電図

図5:正常な左室腔にもかかわらず(左)、心尖部まで達するカラーシグナル(右)