虚血によらない壁運動異常 

 

 

 

 

サマリー

心エコー図を心疾患のスクリーニングとすると、虚血によらない左室壁運動異常は日常診療でよく遭遇する病態である。医師は、その可逆性の可能性と治療可能な疾患を念頭において、心臓疾患のみならず他の疾患も考慮して診断と治療をすすめるべきである。一方、検査技師は後日、議論できるような高いqualityの画質で、基本的断面、逆流の有無、左室流入および流出路の血流波形、三尖弁閉鎖不全症の最高流速を記録することが重要である。

 


はじめに

心臓疾患の診断は、病歴聴取(医療面接)、身体診察に加えて血液検査、胸部X線、心電図、心エコー図にて総合的に行う。

心エコー図は動画ビデオにて判定されるため、誰が検者であっても後日判定することが可能な心電図とは異なり、qualityの高い記録が残っていなければ判定できない欠点がある。また、例えば心尖部や側壁が描出できなければ、断層心エコー図所見は正常ではなくその部位の左室壁運動を判定できないと評価しなければならない。

断層心エコー図が心疾患のスクリーニング検査となってきた2004年現在、軽度の心電図変化であっても左室壁運動異常が存在することが明らかになってきた。また、ポータブル機種の普及により、虚血以外の原因で左室壁運動は可逆性ではあるが簡単に障害されることも判明してきた(1)。

左室壁運動異常をみれば、後日、データを比較するために長軸、単軸、四腔断層をそれぞれ2〜3拍、カラーモードでの各弁の逆流、左室流入波形、三尖弁閉鎖不全症があればその最高流速をきちんと記録する。左室流出路狭窄が一時的に生じる場合もあるので、この部の血流速も記録する。

本稿では、虚血性心疾患以外で左室壁運動異常を呈する疾患につき解説する。

 

ウイルス性心筋炎

ウイルス性心筋炎では上気道炎の2〜3日後に、房室ブロックによる徐脈症状や心不全症状を主体に受診することが多い。急性期の断層心エコー図で、左室はあまり拡大せず左室心筋全体が浮腫状になっている時期をとらえられることもある(図1)。左室壁運動はび漫性に障害され、少量の心嚢水が貯留していることが多い。急性期の心電図では、脚ブロックや広範なST、T波の変化がみられ、心エコー図と心電図と併せて考えれば診断はそれほど難しいことはない(図2)。左室壁運動異常は通常1週間くらいで回復することを期待できるが、冠状動脈造影で異常箇所が判明した後の急性心筋梗塞と異なり、発症後むこう24時間の病態変化の予想がつかないことが多いので確定診断が重要である。

 

頻拍後の左室機能障害

心室性頻拍症、頻拍性心房細動、上室性頻拍症が長時間持続すると、頻拍が治まっても左室壁運動異常が残存することがある。この状態は、速い心室ペーシングを行うことにより実験的に作成することができ、tachycardia-induced cardiomyopathyといわれる。一方、左室機能低下があれば、上記の不整脈を合併しえる。頻拍が原因か結果であるかは、経過をみないと判定することが難しいが、tachycardia-induced cardiomyopathyでは、左室腔の拡大は軽度であることが多い(2)。

治療としての抗不整脈薬は収縮機能を悪化させることがあるので心不全を合併しているときは入院して医師の管理下で行うべきである。

図3は右脚ブロック・左軸変異型の心室頻拍症を有する46歳男性の心エコー図である。上段左の発作翌日では、左室壁運動はび漫性に低下しているが、上段右側の1週間後では正常に復している(3)。

図4は動悸を主訴とした63歳男性の心エコー図である。心室性期外収縮が頻発している上段左では左室壁運動はび漫性に低下しているが、期外収縮が薬物でコントロールできた上段右では左室壁運動は正常に復している。この場合、臨床症状のない心筋炎により心室性期外収縮が頻発しているのか、心室性期外収縮が頻回におこったため左室壁運動が一時的に障害されたかを判定することはできない。

 

心不全をともなった大動脈弁狭窄症

大動脈弁狭窄症は、加齢とともに進行し特に65〜70歳ころから急速に心不全になっていくことを特徴とする疾患である。心不全が生じると左室壁運動は多かれ少なかれ障害されていることが多い。

症例を提示する。

無症状の73歳時には、左室壁運動は正常で大動脈弁を通過する血流は3.5m/sec、A/E>1であった。2年後の75歳時には、症状に変化はなかったが、左室が軽度拡大、壁運動が軽度低下し、大動脈弁を通過する血流は4.5m/secと増大し、左室流入波形でA/E<1となった(図5)。3年後の78歳時起坐呼吸となりで緊急入院した。左室の拡大は軽度であったが、壁運動はび漫性にきわめて低下、準緊急で大動脈弁置換術を施行した。術後1ヶ月で左室壁運動は著明に改善しA/E>1となった(図6,7)。

大動脈弁狭窄症が進行し高度となると、afterload  mismatchという概念で左室壁運動が低下する。しかし、大動脈弁狭窄症を解除することにより左室壁運動の改善が期待できる。

心不全を合併すれば低心拍出量となることが多く、身体所見から大動脈弁狭窄症と診断することは難しい。確定診断に大動脈弁を通過する血流速度の測定は診断に必須であり、ドプラ法なしでは拡張型心筋症と誤診されることもありえる。

 

肥大型心筋症 

肥大型心筋症は、左室は小さく壁運動は亢進していることを特徴とする。しかし、自然経過として心筋の線維化により局所的に左室壁運動低下が進行し、それが全体に及べば拡張相肥大型心筋症とよばれる状態となる経過がわからない初診患者において、一部に肥大があり一部で著明な無収縮領域があれば特に心疾患の家族歴があればこのような病態も可能性がある。

また心基部の心筋が厚く心室中部に閉塞がおこれば、心尖部が瘤状に突出することがある(図8)。心尖部が断層像で描出困難な時でも、カラーモードで拡張期にparadoxical flowを描出できれば心尖部瘤の存在を示している。(図9)。

 

心サルコイドーシス

病初期では、左室は拡大せず基部に障害が及ぶ場合が多い。左室基部は一部菲薄化するが、他の部分の壁運動は保たれる。進行すれば左室の著明な拡大と左室壁全体の菲薄化もおこりえる。しかし、左室は求心性肥厚で壁運動が正常を示し、ステロイド治療によりブロックや壁肥厚が消失する例も報告されているが、これを心エコー図から心サルコイドーシスと診断することはできない。図10は房室ブロックを主訴とした65歳の女性の断層像であるが、心基部が局所的に菲薄化し無収縮であるが他の部分は正常である。

 

 

高血圧性心疾患

左室は圧負荷に対して当初、求心性肥大となり、壁応力を下げるように適応する。しかし、不適切な心肥大により、その後左室の拡大と壁運動異常を生じることが多い。高血圧症は動脈硬化の進行因子であるので、同時に併存する虚血性心疾患も左室壁運動異常の一つの原因となりえる。

 

慢性腎不全による左室壁運動障害

血液透析を施行されている慢性腎不全患者において、死亡原因の第一位は突然死を含む心疾患である。左室は求心性肥厚を示し、壁運動はび漫性に低下することが多い。腎不全による体液因子、高血圧、併存する虚血性心疾患も左室壁運動異常に関与する。

54歳で突然死した血液透析患者の53歳時の胸部レ線では、著明な心拡大を呈し、心電図ではび漫性の心筋障害を表現する左脚ブロックパターンを示している(図11,12)。断層心エコーで左室は遠心性肥大を示し壁運動はび漫性に低下している。ドプラ法では、A/E<1で三尖弁閉鎖不全症の最高流速は3.5mであり、左房圧上昇のための肺高血圧症となり予後不良であることが推定できる(図13,14)。

 

心アミロイドーシス

2004年現在では、心アミロイドーシスは断層心エコー図で診断できるといっても過言ではない。左室の拡大は軽度であるが、左室は肥厚し、壁のエコー輝度が上昇する(図15)。左室の収縮が障害されていなくても、A/E<1であることが多いが、以後、左室壁運動は徐々に低下する。診断が確定すれば生命予後はきわめて悪い。軽度の心嚢水を伴うことが多く、心筋が肥厚しているにもかかわらず、心電図は四肢が低電位で、前胸部誘導でRの減高をともなうことが多く、明らかに肥大型心筋症とは異なる(図16)。つまり、肥厚した心筋は心筋組織でなくアミロイドに置き換わっているということを意味している。

 

先天性代謝異常

MELAS(Mitochondrial mopathy, encephalopathy, lactic acidosis and stroke-like episodes)やFabry病ではともに心筋が肥厚し左室腔はあまり拡大せず、び漫性の壁運動低下を呈する(図17)。同様の心エコー図を呈する疾患として上述の心アミロイドーシスが考えられるが、診断されて約6ヶ月の生命予後という点がまったく異なるので臨床経過がわかれば鑑別できる。MELASは特異な臨床症状・所見から診断できるが、Fabry病は疑わなければ診断ができないことが多い。

 

たこつぼ心筋症

精神的ストレス、クモ膜下出血や何らかの炎症等により心尖部中心の無収縮領域が出現することが報告されてきている。心基部はむしろ過収縮になる左室壁運動の形態からたこつぼ心筋症といわれる。左室流出路で圧較差が生じることも多い(4)。原因を除去できれば左室壁運動異常は2〜3日で急速に改善するが、深い陰性T波が1ヶ月くらい残存することがある。この左室壁運動の回復過程が急性心筋梗塞との大きな相違である。

心電図と臨床症状とをあわせて考えると、急性心筋梗塞は否定的であると考えられることが多いが、治療法が全く異なるので緊急冠状動脈造影がすすめられる。

その他明らかに血中カテコラミンが上昇する病態によりで同様のことが起こりえる。以下症例を呈示する。

48歳の女性が卵巣嚢腫手術直後に肺水腫となり挿管されたまま集中治療室に搬送された。心電図は洞性頻拍で、R波の減高が著明で全誘導でSTの上昇がみられ、左室は拡大せず全体にきわめて壁運動が低下していた(図18,19 )。術後の薬剤投与により褐色細胞腫からカテコラミンが急速に流出した状態であると考えられた。発症1ヶ月目の褐色細胞腫摘出術後に急速に左室壁運動異常は改善した(5)。

全身倦怠感と低血糖症状を主訴とした60歳の女性において、来院時の心電図に異常があったため施行された心エコー図では前壁中隔を中心とする広範な無収縮を示した(図20)。低血糖の原因はストレスに対する急性の副腎不全であると診断された。左室壁運動はステロイド剤の補充により1週間で正常化した(6)。

カテコラミンが過多になりえる破傷風直後やギラン・バレー症候群でも同じような病態が報告されている (7,8)。

 

 

文献

1.     Iga K et al. Transient segmental asynergy of the left ventricle of patients with various clinical manifestations possibly unrelated to the coronary artery disease. Jpn Cir J 1991 55 1061-10674.

2.     Iga K et al. Reversible left ventricular dysfunction secondary to rapid atrial fibrillation. Int J cardiol 1993 41 59-64

3.     Iga K et al. Reversible left ventricular dysfunction induced by recurrent ventricular tachycardia. Chest 1992 102 1897-1899

4.     伊賀幹二 ら: 左室壁運動障害に伴い、一過性左室流出路狭窄が出現した高齢の2女性  呼吸と循環 1997 45 503-506

5.     Iga K et al. Reversible left ventricular wall motion impairment caused by pheochromocytoma. Jpn Cir J 1989 53 813-818.

6.     Iga K et al. Deep negative T waves associated with reversible left ventricular dysfunction in acute adrenal crisis. Heart and Vessels 1992 7 107-111

7.     Iga K et al. Rapidly progressive deteriorated left ventricular wall motion associated with tetanus. Internal Medicine 1990 29 305-308

8.      Iga K et al. Reversible left ventricular dysfunction associated with Guillain-Barre syndrome: An expression of catecholamine cardiotoxicity?  Jpn Cir J 1995 59 236-240