心臓内異常構造物

血栓か腫瘍か

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天理よろづ相談所病院

循環器内科 

伊賀幹二

 

 

 

 

632-8552 天理市三島町200

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まとめ                                            

心臓内の実質性異常構造物をみた場合、器質的心疾患についての心臓の情報に加えて、発熱その他の全身状態等の臨床情報が診断に重要である。血栓か腫瘍かの鑑別は、症例によっては経過を観察しない限り判定が不可能であることもある。また、高解像度の心エコー機器が出現すれば、正常構造物を異常と判断してしまう可能性があり注意を要する。

 

はじめに

心臓内の実質性異常構造物として認識すべき物として、腫瘍と血栓があげられる。血栓は、心房細動における拡大した左心房(特に左心耳)や無収縮になった一部の左心室等のごとく血液のうっ滞が生じるところにみられ、洞調律で拡大のない左心房や良好な壁運動を呈する左心室には生じない。

心臓原発の悪性腫瘍はきわめてまれであるが、心腔内に広基性に付着していれば肉腫の可能性、有茎性であれば良性の粘液腫が考えられる。肉腫より頻度が高い悪性リンパ腫は、化学療法に比較的反応するため、確定診断は必須である。

心臓原発の癌はなく、心腔内にみられる転移性癌では、肝癌以外はあまりないが、心臓外からの癌の浸潤は比較的多く、肺癌、乳癌、食道癌の頻度が高い。多くの場合では、心嚢水が貯留していることが多い。

血栓・腫瘍以外に感染性心内膜炎による疣贅も実質性構造物として考慮すべきものである。

 

以下症例を呈示して説明する。

症例1

心房細動を伴った心不全で来院した62歳の男性。初診時の心エコー図にて左房前壁に腫瘤像がみられたが、腫瘍か、血栓かの鑑別は不可能であった。抗凝固療法にも関わらず腫瘤は徐々に拡大し、18ヶ月後には可動性を有し左房の半分を占めるようになった(図1)。手術で粘液腫と診断された(1)。

 

症例2

可逆性の四肢麻痺で神経内科を受診した72歳の女性。心房細動で、経胸壁心エコーで左房に大きな腫瘍像がみられ、左房後壁に有茎性に付着しているようにみえた(図2左)。4日後、循環器内科を受診した時、腫瘍は縮小していた。経食道心エコーで、左房内浮遊血栓であり、僧帽弁を間欠的に閉塞していたことが確認でき緊急手術を施行した(図3)。

初診時では、粘液腫と鑑別はできなかったが、経過から左房血栓と診断できた(2)。

図4は僧帽弁狭窄症例における広基性に付着する左房後壁の血栓、

図5は経食道心エコーにおける左心耳内の血栓を示す。

コメント

この2例とも、初診時には、腫瘍か血栓かを鑑別することは不可能であったが、拡大または縮小した経過より確定診断が可能となった。原疾患として、症例1、2は共に僧帽弁狭窄症はなく心臓細動のみであったので、血栓以外のものも考慮した。逆に、もし有意な僧帽弁閉鎖不全症が存在すれば左房の血液うっ滞は生じにくく左房血栓以外のものを強く考える (3)。

 

症例3

NYHA4度の心不全で来院した72歳の男性。左室心尖部に大きな無収縮領域がみられたが血栓はなかった(図6左)。利尿剤投与後の4日目に心尖部に新鮮血栓が出現した(図6右)。抗凝固療法にて、1ヶ月後消失した。

 

症例4

急性下壁心筋梗塞1ヶ月目の58歳女性。他院より右房および右室の腫瘤を指摘されて紹介入院となった。経食道心エコー図にて、無収縮の右室壁および一部の右房壁に腫瘤像がみられた(図7)。

形態のみからは、腫瘍と鑑別できなかったため手術を施行し、右室梗塞、右房梗塞の部分に生じた血栓と診断できた(4)。

 

コメント

左室に大きな無収縮領域がある心不全の患者における利尿剤の投与後や、急性心筋梗塞を生じた部位では新生血栓が生じる可能性がある(5)。

 

症例5

左房の腫瘍は心房中隔に細い茎を持って付着し、収縮期・拡張期にわたり振り子様に僧帽弁口を往復している(図8)。

症例6

50歳男性、右房前壁に広基性に付着する腫瘤が描出された(図9)。術前の鑑別診断としては、悪性リンパ腫、肉腫、血栓が考えられたが、経食道心エコー下の生検で肉腫と判明し、広汎右房切除がなされた。

コメント

症例5は心房中隔に起源を持ち有茎性であるという粘液腫の特徴を有し、症例6は腫瘍とすれば広基性に付着する肉腫の特徴を有した。

 

症例7

69歳の白血病患者に発熱が持続するということで心エコー図が依頼された。弁膜症はなく、左室壁運動は正常であった。乳頭筋に付着する腫瘍像がみられた(図10)。

血液からはカンジダが培養され、カンジダによる感染性心内膜炎と考えられた。剖検で、腫瘍はカンジダの集塊であった(図11)。

(6)

 

症例8

肝臓癌の患者。下大静脈を通じて大きな腫瘍が右房を占めており、右房から右室への流速が加速される(図12)。肝臓はほとんど腫瘍に占拠されている。

 

症例9

食道癌が左房後方に腫瘤像として描出される(図13)。

 

コメント

多くの癌では、心臓の外からの腫瘍として描出される。腫瘍全体の広がり、心臓との関係はCT検査の方が優れている。

 

症例10

房室間溝の脂肪が解像度のよい最近の機種では、特に心嚢水が貯留すれば、近距離ゾーンからはずれ良好に描出され腫瘍様にみえる(図15右 矢印)。左のCT像で脂肪であることがわかる。

 

終わりに

診断はエコー像からの形態診断だけではなく、臨床所見に加えて、時間分解能は悪いが空間分解能がよく全体像が観察できるCT検査も併用して、総合的に行うべきである。

 

文献

1.    Iga K, et al. Rapid Growth of a Left Atrial Myxoma:Serial Two-dimensional Echocardiographic observation over 18 Months. Int J Cardiol 1997;61:85-87

2. Iga K, et al. Formation of a left atrial ball thrombus from a large mural thrombus 4 days after an embolic episode. Int J Cardiol 1999;70:83-86

3. 伊賀幹二 他:高度僧帽弁閉鎖不全症に対する弁形成術後に左房血栓が出現した2例. 呼吸と循環 1993;41:183-186

4. Iga K et al. Intracardiac Thrombi in both the right atrium and right ventricle after acute inferior-wall myocardial infarction. Int J Cardiol 1994;16:169-171

5. Iga K et al. Clinical characteristics in patients with fresh left ventricular thrombus. Jpn Cir J 2000;64:254-256

6. 伊賀幹二、林孝昌、小西孝: 白血病患者にみられた左室内腫瘤 J Cardiol 2000;35:385-387