心疾患の診断の手順−心電図を中心に−

 

伊賀内科・循環器科

伊賀幹二

 

はじめに

心疾患の診断は、病歴(医療面接)、身体診察に加えてどのこの診療所でもほぼ可能である、胸部レントゲン、心電図、一般採血にて総合的に行います。これに加えて心エコー図は重要な情報を与えてくれます。

今回は、開業医がみることの多い心電図を提示しながら、各検査法の限界と有用性を話していきたいと思います。

現在の卒後研修では、研修医はスーパローテート方式で各専門診療科をまわることが多いですが、各科の到達目標が極めて高く、ほとんどが消化不良となっており、逆にプライマリーケア的な知識はほとんど習得できていません。私は、将来、内科を標榜する医師に対してはその専門のいかんにかかわらず、循環器疾患ではこの程度までは習熟してほしいというminimal requirementをウエッブ上で発表しています(1)。カテーテルデータの解釈や冠状動脈造影を読影する必要は全くありませんが、どのような患者がカテーテル検査によって恩恵をうけるかとの知識は必須です。また、大病院への転送はすぐ必要か、明日でよいかの判断も重要です。

かかりつけ医、プライマリーケア医としてのニーズのある開業医の非専門分野における到達目標としては、初期2年の内科研修医と同じでよいと思われます。時代とともに増大している医療情報を、目標を明確にして生涯教育システムにより習得することが大切です(2)。難しすぎる目標であれば、実際の医療現場には応用できません。

 

病歴のとりかた

患者から症状はいつから生じたか、どれだけ持続するか、誘因はあるか、実際に駅まで歩けるか、進行性かを尋ねて、時系列にまとめます。患者の話に信憑性がなければ、家族またはいつもの生活状態を最も知っている人から話を聞きます。病歴からある程度まで疾患を想定するわけですが、想定するその疾患の自然歴を知らなければよい病歴はとれません。例えば大動脈弁閉鎖不全症の患者をみれば、急性か?慢性か?、その原因はどんなものがあるかを考えてそれに当てはまる病歴を聞きます。突然発症の心不全例で、心拡大が軽度にもかかわらず、血圧の上下幅(脈圧)が大きく、拡張期雑音とギャロップ音が聴取されれば急性の大動脈弁閉鎖不全症です。その原因は細菌性心内膜炎や解離性動脈瘤ですので、そのような病歴(発熱、関節痛、胸痛の有無)を詳しく聞く必要があります。診察してからまた病歴を聞き直すということは通常にあることです。

動悸の患者と、意識消失発作の患者を例にとって病歴聴取方法を説明します。

動悸とは、一般に用いられる言葉であって、速い動悸もあれば遅い動悸もあり、不規則なもの、規則正しいものと種々ありますが、患者は動悸としか表現しません。脈がぬけるだけだけなのか、速い心拍を感じているのか遅い心拍を感じているのか、規則性の有無は、心拍数はいくらか、何分続くかいう情報により、かなりの診断が可能です(実際に患者さんに机の上をタップしてもらいます)。

意識消失を訴える患者に対しては、起立時のみの起こるのか、突然に症状が出現するのか、何分続いたか、痙攣やマヒ等の症状が随伴しないか、胸痛・動悸・味の異常等の前駆症状ななかったか、を聞くことでおよその判断ができます。発作が朝に多く、胸痛が先行すれば異型狭心症の可能性がありますし、異様な味を感じたりした後に意識消失があれば、てんかん発作が考えられます。

図1は動悸の後に失神を呈する症例ですが、ホルター心電図にて、上室性頻拍症後に正常洞調律に復するときに4秒の心停止がみられました。心電図が正常、1回のホルター心電図で異常を検出できなくともストークスアダムス症候群はありえます。諸検査で正常だから、「心臓は大丈夫です」とはいえません。病歴からストークスアダムス症候群らしいかどうかの判断が最も重要となります。

身体診察

身体診察では、バイタルサインから始まり、順序立ててとる習慣をつけることが大切です(3)。頚静脈の怒張、ギャロップリズム、3/6度以上の心雑音の検出と収縮期拡張期かの判断、下肺野のクラックルは異常所見としてとらえる能力が必要です。 

 

胸部レ線

順序よく胸部レ線を読影していきますが、読影に撮影条件は重要です。肺うっ血に対しては、胸部レ線がもっとも敏感な検査法ですが、不十分な吸気状態であれば心拡大となり、肺うっ血気味となります(図2)。

また臥位では、心胸郭比は大きく、上縦隔が拡大します。側面像では、大動脈弁石灰化と僧帽弁輪石灰化に注目します(図3)。

前胸部に大きな収縮期雑音が聴取され、側面で大動脈弁に石灰化が見られれば、中等度以上の大動脈弁狭窄症であるということがいえます。

胸部レ線が正常範囲であっても、各心室腔が拡大している例もあります。特にマルファン症候群に特徴的な上行大動脈に限局した拡大を胸部レ線で見つけることは難しく、これはむしろ心エコーのほうが得意とするものです(図4)。

     

心電図

心電図では、パターン分類であり、心電図診断と心臓の診断とは異なります。不整脈の診断なら心電図診断でかまいませんが、心電図という電気的変化から、心腔の大きさ、壁肥厚の程度、壁運動を評価することに関すれば心エコー図にはかないません。かかりつけ医である開業医にとっては、心電図を深く読むことより、心電図の限界と有用性について理解することのほうが大切と思われます。

私は1,000床の総合病院の循環器内科医師として長年勤務していました。職員検診、家族検診では、1枚の心電図から「経過観察でよいか、心エコー図、ホルター、運動負荷が必要かをコメントしてください」と健康管理の医師からいわれました。私は「心電図診断は可能ですが、患者をみていないのでその評価はできません」と返事しましたが、いくら議論しても平行線でした。心電図が正常(異常)であるというのと、心臓が正常(異常)であるというのは意味が異なります。患者をみている、つまり病歴聴取と身体診察をした医師が他の所見を参考にして方針を決められるのです。心電図で決定するのではありません。

図5は65歳の女性の心電図ですが、症状がなく1年前から同じ心電図であれば、心臓は正常であるということですし、強い胸痛が1時間持続した3日後であれば、狭心症の後の変化であると考えられるし、徐々に進行した呼吸困難が主訴であれば右室負荷が考えられます。心電図は心臓の検査法の一つにすぎないということはいくら強調しても強調しすぎることはありません。

断層心エコー図が各病院でルーチン検査となり、冠状動脈造影が高齢者に対しても行われ、経皮的冠血管拡張術中の心電図を観察することにより、心電図の知識が深くなりました。しかし、現在の心電図の診断基準は剖検所見に基づいています。それゆえ、左室肥大に関する感度、特に右室負荷に関する感度は高くありません。右室圧は60mmHgでも正常心電図であることは珍しいことではありません。また、急性の後壁心筋梗塞については、心電図の最も弱いところです。

 

左室壁運動を心電図から推定

ST、T変化を伴った左室肥大例、特に幅広いQRS間隔を呈する心室内伝動障害例では左室機能がかなり障害されている可能性があります(図6)。

完全左脚ブロック例でも、左室機能が障害されていることがありますが、完全右脚ブロックのみでは左室機能は障害されていません。心電図で著明な左室肥大を示すが、血圧が正常で症状が全くない例では、肥大型心筋症が考えやすいと思います。図7は我々が過去に行った心エコーでび漫性左室壁運動異常を呈した100例の分析です。正常心電図であった例が8%ありましたが、左室壁運動障害は軽度でした(4)。

無症状の拡張型心筋症がどのような進展するかを見るのでなければ、そのような症例をかかりつけ医である一般開業医が見つける必要がないのかもしれません。

 

心エコー図

心疾患診断における心エコー図の役割は大きいと思われます。断層心エコーでは、各弁の状態、心筋肥厚、心房、心室への容量/圧負荷の程度を判定できます。また、ドプラ心エコー図を用いれば、三尖弁逆流の最高流速を測定することにより右室圧が推定でき、また左室流入波形により左房圧が推定できます。カラードプラー心エコー図により弁膜症の定量/定性評価が可能です。しかし、心エコー図を正しく評価するためには循環器疾患に対する基本的知識、つまり各疾患の自然歴を知り、異常所見を診察で検出でき、胸部レ線と心電図の有用性と限界を知っていることが必要です。

健康であってもカラードプラ法では逆流を呈する高齢者は多く見られます。これらの症例において、心室、心房の拡大がなく雑音もなければ、加齢現象による生理的逆流現象と考えられます。しかし、そのような患者に対して循環器の知識に乏しい医師がカラードプラ心エコー図を施行し、「すべての弁に逆流があるので手術が必要かもしれない」と説明し、患者を不安にさせるのはどうでしょうか?これは新しい器機が作り出した病気といえるでしょう(5)。カラードプラ心エコー図がない時代に生まれていれば正常心臓とされ天寿を全うしていたのです。

内科専門医であれば、自ら心嚢水の有無、右室負荷の有無、大きな壁異常の検出は到達目標であると考えますが、プライマリーケア医である開業医は心エコー図の有用性を理解して、必要と考えたとき心エコー図をきちんと評価できる施設に紹介することが重要であると考えます。

 

まとめ

心臓の診断は各検査法の有用性と限界をふまえて総合的に行うという、心臓の診断の手順をお話ししました。胸部レ線、心電図で心臓の状態がわからない時、心エコー図は強い武器になります。

 

文献

1.http://www.kcn.ne.jp/~igakan/MyHTML.htm

2.伊賀幹二: 日本の卒前・卒後・生涯教育の問題点と可能なその改善策。 内科専門医雑誌 2000:12:567-571

3.濱口杉大,伊賀幹二: 循環器疾患における順序立てた身体所見の取り方の重要性。 JIM 1997:12:1056-1058

4.豊田茂美ほか:びまん性の左室壁運動低下を呈した症例の心電図所見。医学検査 199847:1672-1675

5.伊賀幹二:検診の心電図異常。 診断と治療 2001:83:258-262

 

 

図説明

図1:発作性上室性頻拍症のあとの洞停止

図2:16歳の男性 左は深吸気時、右は深呼気時

図3:左は大動脈弁の石灰化で右は僧帽弁輪の石灰化

図4:心胸郭比は正常だが上行大動脈は5.5cmと局所的に拡大していた46歳の男性

図5:65歳の検診の心電図

図6:心室内伝導障害の例(多枝疾患病変の虚血性心疾患)

図7:び漫性左室壁運動障害の100例の検討