目次

5高血圧症

6虚血性心疾患

7弁膜症

8先天性心疾患

9感染性心内膜炎

 

 

5 高血圧の治療

治療の目的は、1.外来での高血圧の管理.2.emergency case としての高血圧.3.代射性の原因による一時的な高血圧.その各々で異なり目的を明確にすることが大切である.

5-1 外来での高血圧の管理

治療の目的は、高血圧を放置することによって起こりえる虚血性心疾患、脳卒中等の成人病の率を下降させるためであり、治療は一時的なものではない.アメリカのFarmingham studyにより高血圧患者の血圧を正常域にコントロールできれば、それらの人々の成人病の発生率を正常血圧群と同程度に低下させることが判明してきたことが、高血圧治療の治療根拠となっている.

まず以下のことを治療する医師および、患者に納得させる.

1)血圧は同揺するものであり、興奮時、緊張時には上昇するのが当然である.つまり外来診察のときは、普段の血圧より20-40mmHgくらいは高い可能性がある.特に大きな病院で初診例でその医者と面識がない場合は高くなる(white coat hypertension).また逆に、入院して安静にしていると血圧は下降しあたかも正常血圧のようにみえるが、退院して通常の生活にもどるとまた元通り上昇する.外来時の20mmHg程度の血圧の上下に一喜一憂すべきでない.降圧剤の選択は、日常生活を送っている外来で行なうのが基本である.大病院より小さな診療所のほうが治療するのに適している.

2)加齢により動脈壁が硬くなると収縮期圧は高くなり拡張期圧は低くなる.これは、動脈硬化が強いということを意味し、血圧は動揺性で降圧剤を使用してもそれほど予後が変わることはなく、むしろ副作用のほうが大きいことが多い.

3)高血圧の治療は一生続ける必要があり、血圧が下降すれは中止してよいのではない.血圧が高いのが悪いのではなく、それによる二次的な合併症(成人病)を防ぐ為に治療をするのである.治療後、血圧が下降したので中止したというのは本来の目的に反する.高血圧と仲よく暮らすことが大切である.

治療をいつ始めるかの決定は重大であり、患者自身がなぜ治療が必要かということが理解されてないとdrop outという形で治療は失敗する.治療が一年遅れて始められてもなんら問題はなく、患者自身が高血圧の治療に納得してから治療を始めることが大切である.

治療は減塩食と薬物療法からなる.

減塩食(これはできる範囲で一生続けられる程度のものが望ましく、厳しい食事療法を1-2か月のみしても意味はない)を指導し、できるだけ標準体重に近づけ、家庭での血圧(casual blood pressure)を測定させる.

診察では、末梢の脈はすべて触知可能か、腎機能障害の程度、眼底の高血圧の変化(初診時に必ず内科医がみる)は大切である.KW III度以上の例は至急治療が必要である.心臓に対する負担、つまり心電図と胸部レ線でどの程度の左室肥大があるか、患者のcomplianceはよいか、また地域的にこの病院でこの患者をfollowするのが適切か等を検討してから治療を開始する.左室肥大に対してのsensitivityでは、心エコ−図のほうが心電図に勝る.

35歳以下の若年発症の高血圧症例ではレノグラムを施行して、二次性高血圧症を除外する.Aortitis syndromeで上肢の血圧のみ高くとも頚動脈に病変がある例では、血圧を下降させることにより脳虚血症状を起こすこともあり、常に治療の目的を明確にすべきである.家庭での血圧が160/90mmHgを越えるもの、検査にてなんらかの形で左室に負荷がみられるものは治療を始める.

新しい薬剤を投与した時は、副作用等をチェックするために、2週間後に受診させる.几帳面でない人には、できるだけ朝一回の投与にする.どの降圧剤を使用するかは医者の好みによるところが多いが、要は平均的に血圧を下降させればよいのである.また今後一生投与するので、歴史のある薬剤が推奨される.

例えば、1.Renivase (5mg) 1T 朝、2.Tenormin (50mg) 1T 朝、3.Captoril R (17.85mg) 2T 分2 、4.Adalat L (20mg) 2T 分2、5.Seloken (20mg)2T 分2、 6.Fluitran (2mg) 2T 朝、7.Cardenalin (1mg) 2T 分2が初回量として推奨される.虚血性心疾患を合併している高血圧症例ではHerbesser R 2T、 Nitrol R 2T(ともに分2)を投与してなお高血圧があるときは上記の薬剤を使用する.単剤で血圧がコントロールできなければ1つずつ新しい薬剤を追加する.腎機能低下がある時、目標の血圧は通常の例よりも高めにする.

5-2 Emergency case のとしての高血圧

血圧が230/130mmHg以上で眼底がKW III度以上ならemergencyとして治療する.検査所見では、LDHのみ高いことが多く高血圧による多臓器障害が考えられる.放置しておけば脳血管障害の発生率が高く入院、安静、減塩食、薬物治療がすぐになされるべきである.

Adalat 10mg舌下、Captoril 25mgの経口は急性効果も期待できる.誤燕の可能性がなければ、経口にて薬物療法を始める.NTGの点滴静注またはpropranololの時間ごとのIVも効果がある.

解離性大動脈瘤では血圧を下げると共に心拍数を下げることが大切であり sodium nitroprusside、propranolol等で心拍数60/min.以下、血圧120/80mmHg以下を目標とする.

5-3 代射性の原因による一時的な高血圧

例えば、脳圧が高ければそれが下降しない限り血圧はなかなか下がらないがCaptoril、Adalat は適宜使用してよい.hypoxia、hypoxemiaでも反応性に血圧は上昇し、その治療により血圧は下降する.中枢神経の疾患により血圧の動揺が激しい例では治療は対症的に行なう.痛みの強いとき等も交感神経緊張状態でこのような一時的な血圧上昇が起こりえるが、治療の対象とはならない.

5-4 ”高血圧性心不全”について

アメリカでは心不全の75%が高血圧性といわれたが、これは心エコ−図の登場していない時代のFarmingham studyのデ−タによるものである.この時の高血圧性心不全の定義は、心不全があり、その時に高血圧があるかまたは高血圧の病歴がある例である.しかし、心筋の収縮力低下が軽度であればCHFによりカテコ−ラミンが放出され生体の反応として血圧は上昇する.そうなるとどちらが原因で結果かは不明である.

いわゆる”高血圧性心不全”を心エコ−図でみてみると、左室拡張末期径は小さく壁厚はかなり厚く左室壁運動の良好な例(diastolic failure)から、拡張末期径は大きく壁厚は中等度に厚く左室壁運動も中等度に低下している例もあり、種々の病態が存在する.それらを一まとめに論じるのに無理がある.また高血圧の病歴が長くなると、左室壁運動異常に関して合併する虚血性心疾患の関与も十分に考えられる.

治療は、まず通常の心不全の治療をする.血圧が著明に高ければhypertensionによるafterload mismatchにより心尖部が一過性にhypokineticとなっていることが多い.これは元来、心尖部の壁厚が左心室の他の部分に比して薄いことに起因していると思われる.

アメリカでは、高血圧で左室内腔拡大が少なく心筋壁肥大があり収縮力は良好で、拡張障害にて心不全を呈する例は多いといわれる(hypertensive hypertrophic cardiomyopathy).これらの例では心不全があっても血管拡張剤を使用せず、βblockerを使うのが良いといわれているが、私自身このような例は多く経験していない.日本人では少ないと思う.

(1993-5-21)

6 虚血性心疾患

6-1 虚血性心疾患の治療の歴史

1960年代以前:虚血性心疾患の治療薬としてはニトログリセリンのみであった.

1960年代:Dr.SonesによりCAGがクリーブランドclinicにて始められ、その後同じくクリーブランドclinicにて初めてのCABGが施行された.治療薬としてβblockerが初めて登場した.

1970年代:CAGにて冠れん縮が証明され、虚血性心疾患の原因の一つとして注目されるようになった.Calcium拮抗剤が登場し、これらが冠れん縮性狭心症に著効を示すことが判明してきた.

1980年代:これまで禁忌とされていた不安定狭心症および急性心筋梗塞に対してCAGが施行されるようになり、それにより心筋梗塞発症の病態生理が解明されてきた.Websterのカテーテル等の出現にて心臓を代謝面より論じられるようになり、血管内視鏡の登場にて、急性期の血管形態を評価できるようになってきた.

1990年代:PTCAはもはやballoonのみではなくlazerその他のnew deviceによるangioplastyも意味し、stentも臨床応用可能となった.補助ポンプ等を使用しsupportive PTCAが可能になり、high riskの患者でもCABGかPTCAかの選択が可能となった.血管内エコーが導入され冠状動脈上は正常でも動脈硬化は存在する(例えば心臓移植後の冠状動脈)ということを画像診断できるようになった.またDoppler wireカテーテルにより冠状動脈の予備能が測定できるようになった.molecular biologyが循環器の分野に入り、PTCA後の狭窄についてsmooth muscle cellからのapproachが可能となってきた.

LVG、CAGのみの診断カテーテルは、穿刺法により所用時間が約15分位で可能となり、外来検査または一日入院の検査という傾向になってきた.

6-2 欧米との虚血性心疾患の相違

欧米人では症例の90%以上をしめる労作性狭心症は日本人では20%くらいにすぎない.また日本人のそれらの例では、運動によりおこる狭心症の出現が時間帯、曜日により異なる.つまり同じ運動負荷量でもある日は狭心痛がおこり、ある日はおこらないのである.それゆえ欧米では狭心症の治療は心筋酸素消費量を減少させることが第一選択でありβblockerがよく使用されるのに対し、日本人では病歴上労作性であってもまずCalcium拮抗剤を用いる.日本人の虚血性心疾患はたとえrevascularizationが十分になされても内科的治療が中心となるのに対し、欧米人ではadequate revascularization 後は無治療である.予後も異なり3 vessel diseaseの5年生存率は欧米人では50%で突然死も多いが、日本人の場合は十分な内科的治療を行なうと比較的良好(80-90%)で突然死も少ない.CAG所見では欧米人ではsevere 3 vessel diseaseが多くproximal lesionはsevere sclerosisを示すがdistalは比較的smoothでbypassしやすいにのに対し、欧米化したといっても日本人の冠状動脈はなおdiffuseなsclerosisが少なからず存在する.手術では日本人は出血しやすく欧米人は血液が凝固しやすい.それゆえ欧米人では術後出血による再開胸は日本人と異なりほとんどないが、日本人では少ない術後の肺梗塞が多い.日本では手術できる施設が限定されず外科医は誰でもがopen heart surgeryをすることが可能だが、例えばイギリスでは選ばれた人しかsurgeonになれない.アメリカ、イギリスでは、一人の心臓外科医の年間CABG手術回数は日本の心臓外科医の約10倍以上であり血管自体の手術しやすさとあわせて欧米人のデ−タを日本人にあてはめることはできない.

欧米でしばしば使用されているCanadian Heart Associationによる狭心症の分類は労作性狭心症の少ない日本人に適用できない.

6-3 一時的な虚血であることの証拠

心筋虚血は心筋のabsolute、またはrelativeな血液の不足状態と定義でき、demandとsupplyのunbalanceに基づくと考えられる.現在は以下の方法論にて一時的な虚血が証明されるようになってきた.しかし、各々の方法論にも限界もあり虚血の有無は総合的に判定すべきである.また今後出現する新しい方法論では、今までは虚血ではないとされていたものが虚血であるとされる可能性もある.

6-3-1

病歴にて典型的な胸部圧迫感がある.

6-3-2

自然発作時または運動負荷時、心電図(24時間心電図も含む)にて0.1mV以上のST部分の下降、有意なST 部分の上昇又は陰性U波がみられる.

運動負荷テストでは、特に40-50歳の女性、肥大心例ではfalse positiveが多い.運動時に狭心症が出現し心電図でII、III、aVF、V5、V6のSTの下降がみられても、それから責任血管を推定することはできない.ST上昇の場合のみ責任血管が推定可能である.また、梗塞領域のST上昇の臨床的意義は不明である.

6-3-3

CAG所見では血管のdiameter reductionにて75%以上の狭窄を有意とし、これ以上の狭窄では心筋酸素需要量が上昇する時、流体力学の実験に基づくと血流が増加せず狭心症を起こしえるといわれている.しかし、日本人で75%狭窄のみでは運動時虚血が誘発できる症例は極めて少ないし、90%狭窄であってもCalcium拮抗剤治療中では運動負荷陰性の場合が多い.AHAの% diameter reductionは狭窄部の形態、長さは問わず主観的なものである.また狭窄度のreference としてみる狭窄部の近位部がectatic lesionであれば、狭窄がmildであっても% diameter reduction という観点にたつと、severeとなってしまう.CAGは解剖学的診断方法であって狭窄部以下の血流については言及できない.それゆえ50%狭窄のlong segmentが90%のshort segmentより冠血流障害という面から考えると強い可能性もある.心臓移植後の症例や日本人のdiffuse な動脈硬化病変はCAGにて評価困難である.しかし、IHDを語るときCAGは必要条件である.

6-3-4

虚血発作時、まずenergy dependentである左室の拡張機能が障害されLVEDPが上昇し、その結果として、PA拡張期圧またはPCWPで約5mmHg-10mmHgの上昇がみられる.3枝各々にcollateral circulationをだしているようなsevere 3 vessel diseaseでは、狭心症発作時subendocardiumの虚血が強くなりPCWPは20-25mmHg位まで上昇する.このような例では上昇したLVEDPによりcollateral flowが障害されるという悪循環に陥り、これが20-30分以上続くと狭心症発作のみで肺水腫を起こしえる.

6-3-5

虚血発作時、心エコ−図にてwall motionを観察するとST上昇型狭心症ではほぼ100%、ST下降型でもほとんどの例でsegmental akinesisまたはdyskinesisがみられる.それらは10-15分と一過性であるが、時には虚血が持続すれば(silent又はpainful)心筋逸脱酵素の上昇を認めない左室壁運動異常がみられる.これは冠状動脈の血流はすでに改善された状態でstunned myocardiumといわれ1週間位で可逆的である.これに対して慢性虚血による可逆的な左室壁運動低下はhibernationとよばれrevascularizationにて改善する.

薬物負荷又は運動負荷心エコーは有用であるが、運動後の呼吸数の増加と心エコーのwindowが狭いため全体像が見えないという欠点はあるが簡単に施行可能である.

6-3-6

Websterのカテ−テルを冠状静脈洞に挿入し心筋を代謝面からみるとすればRA pacing等による虚血発作時、乳酸摂取率が負の方向へ変化する.

6-3-7

運動負荷タリウム心筋シンチにてrelativeな血流の低下の傍証としてredistributionがみられる.

6-3-8

手術時又は実験で心臓外から直視下でドプラ血流計にて狭窄部のdistalの血流を測定すると流れの80%を占める拡張期のflow patternが障害される.3 vessel diseaseではこのflow patternの障害の程度と解剖学的狭窄度が一致しないというデ−タもある.

PTCA用guiding catheter よりDopplerカテーテル(0.014wire)を冠状動脈に挿入し、その近位部の血流を測定することが可能となった.正常ではpapaverine等の負荷をすると血流量は約4倍増加するがSyndrome X等では血流の増加が見られなく、これをcoronary vasodilatory reserve の障害という.

6-3-9

positron CT (PET)にて発作時、虚血部の血流の低下が証明される.

6-3-10

心プールscan(MUGA scan)にて運動負荷時に心室局所壁運動の低下がみられる.

6-3-11

狭窄部の前後でpressure wire で圧を測定するとgradient がある.狭窄が重症になると拡張期にも圧較差が生じる.

6-4 1980年代後半からの新しい知見

6-4-1

PTCRがpopularとなり、急性心筋梗塞発症より3-6時間以内にCAGを施行できれば、ほとんどの例で責任血管の100%狭窄がみられる.CxとRCAの2か所の完全閉塞がみられどちらが責任血管か判断不可能なことも時々ある.逆に100%狭窄はsilentに起こることも稀ではない.

急性心筋梗塞の致死的不整脈はre-perfusion arrhythmiaがその主な原因であり、完全閉塞した血管が再開通した時、特にRCA近位部の再開通時にみられ、心電図にて上昇していたST segmentの下降がみられる.coronary Tが出現すると、re-perfusion arrhythmiaの可能性が減少する.

頻回にCAGのre-studyができるようになり、心筋梗塞例の責任血管は発症前50%程度狭窄であることが多く、90%や99%狭窄からの心筋梗塞の発症は極めて少ない.このことより現在のある症例のCAGからはその症例の将来の心筋梗塞を予想できないことが考えられる.また逆に、急性期CAGで100%狭窄があっても4週間後の慢性期でのCAGでは同部位は正常なことや25-50%位の狭窄にすぎず、このような例で、sclerosisもなく、血管れん縮の病歴もない血管がなぜ完全閉塞をきたしたかは不明である.

日本人の場合、不安定狭心症からの心筋梗塞への移行は例え労作性狭心症例でも安静時に起こることがほとんどである.心筋梗塞が運動時に起こるのは極めてまれである.つまり、心筋酸素消費量が上昇しただけでは心筋梗塞はなかなか起こさない.

急性心筋梗塞例でPTCRを施行すると、梗塞責任血管へはほとんどcollateralがないのに、慢性期では責任血管が99-100%狭窄のままならほとんどの例でcollateralが存在する.先天的にcollateralは存在するが心筋梗塞時では梗塞心筋部位のresistanceが高いためにcollateralが閉塞している可能性がある.collateralはdevelopするのではなく生まれつき備わっている可能性も否定できない.

Ergonovine負荷が頻繁になされるようになった:どのくらい内径が狭窄をおこせば陽性とするかのconsensusはないが、segmentalであれば99%または100%狭窄にならないとなかなか症状はでない.つまり血管造影上は99%または100%狭窄でないと安静時の血流が障害されにくい.血管れん縮は2枝以上にも起こりその場合心電図はcancelされるためST上昇ととらえられないこともある.

MCLSのcoronary aneurysmの病態もfollow-up angiographyにて解明されるようになった.これらの例では子供であるので、訴えは狭心症というより気難しさ、または突然死である.しかし、成人と異なりほとんどが運動中に起こる.冠状動脈造影ではstenotic lesionは見られず、大きいaneurysmによりpulsatile flowが障害され血液が停滞しているようにみえる.pulsatile flowが障害されると安静時は血流が保たれても、運動時に虚血になるのかもしれない.しかし、安静時には狭心症症状が起こらないので、MCLS例での虚血には血管れん縮はあまり関与していない.

6-4-2

PTCA時のduring inflationでの観察では、LV dyskinesis、ST segment elevation、次いでchest painというtime sequenceが存在する.1-2分の虚血では胸痛を訴えない例もあり胸痛は虚血発作に対してそれほどsensitiveではない.during inflation時に胸痛を来さないこと、ST segmentは下降することがあるが、このとき対側よりCAGを施行するとcollateral circulationが一過性に増加している可能性がある.

6-4-3

24時間心電図の発達により、症状があるときはもちろん、症状のない一過性のST segmentの下降がみられ、それらはsilent ischemiaといわれている.これが心筋虚血であるという証拠は24時間PAモニタリングにて、silentのST下降時に症状のあるST下降と同程度の有意なPA拡張期圧の上昇がみられるということである.CAGが正常な症例で運動負荷時に症状がなくSTが下降するのはsilent ischemiaとはよばない.このsilent ischemiaについては日本人ではその自然歴、臨床的意義はまだ不明であり、私は、日本人では欧米人に比してその頻度は少ないように思う.

6-4-4

中年の女性に多く見られるsyndrome Xは、運動時の胸部圧迫感と心電図変化を特徴としCAGが正常ゆえに虚血ではないといわれてきた.しかし、このような症例で心房pacing時にWebsterカテーテルを用いて心筋の代謝面からみると虚血の例も一部存在する.またカテ先Doppler を用いた papaverine 投与下の冠状動脈の血流測定では Syndrome X ではこのvasodilatory reserveの障害がありDCM化していく可能性についても論じられている.

sepsisの時diffuseに左室壁運動低下がみられるが、それをWebsterカテーテルにて心筋代謝面からみると虚血ではないというデ−タもある.

6-4-5

血管内視鏡の出現にてunstable anginaでは病変部に高頻度で血栓が付着しているという報告がアメリカからあり、unstable anginaの病態にはulcerated plaqueの表面に血栓が付着している病態である可能性が高い.ただし、unstable anginaは定義が各人により異なり注意を要する.

6-4-6

急性心筋梗塞でPTCAを施行した時、no flow patencyという現象に遭遇することがある.つまり、血管は狭窄がないのに血流は停滞しているのである.血圧下降等のshock時はこのような coronary circulationであるのかも知れない.また、この観察から心筋梗塞は冠状動脈によらず心筋そのもののkinetic death であり、冠状動脈が閉塞しているのは単に二次的であるという考え方もあながち否定できない.

6-5 Collateral circulation

Collateral circulationの評価は血管造影によるcollateralの程度をmild、moderate、severeと定義しているレントロップ分類が標準であるが、私はそれに少し疑問を感じる.その理由は一つには、PTCA中に対側のCAGを行なうと閉塞された血管へのcollateralが増加するいう事実より、その程度はrecipient血管の狭窄の程度に依存していると考えられるからである.ゆえにcollateralの程度を論じるにはrecipient血管がほぼ100%狭窄のときにのみ可能である.二つには、最終的にはcollateralを出している血管が虚血心筋へ血液を流しえたらよいのであってrecipient血管の本管が描出される必要がないという考え方もなりたつ.三番目には、collateralには一つにはconus branch を介する、つまり心筋のcapillaryを介さないものと、もう一つにseptal perforatorを介してのcollateralつまり心筋のcapillaryを介する機能的に異なる二種類のcollateralの系がある.後者はLVEDPの軽度の上昇により流量を制限される可能性があるが、前者にはほとんどその可能性がない.異なるcollateral系を同一次元にて論じられない.

冠状動脈からの心筋contrast心エコー検査はcollateralからの血液が心筋のどの部分に供給されているのをみる一つの方法だが、これも標準化するのは困難である.

近年のDoppler wire及びpressure wireによりPTCA中の末梢部におけるcollateralの流れやcollateralによる末梢圧の上昇が観察できるようになった.

6-6 Cholesterolについて

cholesterol値は虚血性心疾患の一つの危険因子であり、どのlevelを治療的に理想とするかというのは難しい.欧米のように200 mg/dl以上を要治療とすると、患者が多すぎ外来診療ができなくなる可能性がある.cholesterol値は急性心筋梗塞時減少し、測定の条件が一定しないと評価するのが困難である.甲状腺機能低下症やネフローゼ症候群にみられる高脂血症は原疾患の治療が一義的である.

家族性高cholesterol血症では最近の薬剤により動脈硬化がregressするという報告もありメバロチン等を積極的に使用すべきである.

また若年者で非常に動脈硬化がつよい冠状動脈の例では他のrisk factorsがなくHDL値のみが低い例が散見され、cholesterol値よりHDL値が低下している症例のほうが冠状動脈硬化が強い.しかし、これらの例に効果のある薬剤はまだ発見されていない.日常生活の注意点は、腹8分目、標準体重、適度の運動をするという万人共通の健康法につきる.

6-7 狭心症

狭心症は心筋への血流のdemandとsupplyのunbalanceに起因する.demandを規定する因子としては1)wall stress、2)heart rate、3)contractilityであり臨床的には左室腔の拡大、心拍数と血圧である.収縮期圧x心拍数は、double productとして心筋酸素需要量を表わす一つの指標といわれる.supplyを減少させる因子としては1)vasospasm、2)ruptured plaque、 3)ruptured plaqueにsuperimposeしたthrombus formation、 4)LVEDPの上昇、等である.

狭心症の診断は病歴によるのであって心電図によるのではないことはいくら強調して過言ではない.事実、日本人では3-vessel diseaseで安静時正常心電図の例は50%位はあると思える.症状のない心電図のST部分、T波の変化は虚血というより合併した高血圧等による肥大心を表現していることが多く、心電図の虚血パターンを虚血性心疾患として治療している例が多いが根拠のないことである.また、軽い狭心症(症状が軽度)=血管の変化が少なく予後がよい、という方程式は成立しない.冠状動脈の動脈硬化の程度はCAGにより初めて評価できる.

狭心症は大きく以下の4つに分類する.

6-7-1 慢性安定性労作性狭心症

風呂に入った時や、急いだときにのみ狭心症がおこり安静ではおこらないという病歴で、純粋に酸素消費量が増大したときにのみ狭心症がおこる例である.日本人では比較的少ない.労作時の呼吸困難が狭心症の訴えであることもある.血管病変は狭心症の中で一番重症である.

6-7-2 不安定狭心症

種々の定義があるため、不安定狭心症につき討論するためにはどのような定義のものかを明確にする必要がある.

不安定狭心症とは心筋梗塞へ移行するhigh risk patients groupであり、disease entityとして独立させ、濃厚治療によりその発現率を低下させるというのが治療の目的である.症状に基づく診断名であるので心電図変化、断層心エコー図の所見は通常はとわず病歴からのみ判断する.欧米では、安静時狭心症は労作性狭心症でなおかつ安静でもおこる狭心症であるので不安定狭心症に分類されるが、日本では安静時狭心症は血管れん縮関与が多く不安定狭心症に分類すべきではないと思う.私は、1)今まであった狭心症が頻度と持続時間が明らかに増加した、2)以前より軽い労作により狭心症がおこるようになった、3)以前よりNTGの効果が悪くなり、より多く使用しないと効果がなくなってきた、4)de novoの狭心症で、軽度の労作で起こり一日に何回も起こる、という例を不安定狭心症と呼んである.

不安定狭心症と考えれば安静時心電図の異常の有無にかかわらず運動負荷は禁忌である.治療は入院による精神的ストレスからの開放と安静、および最大限の内科的治療をする.不安定狭心症と心筋梗塞はある程度連続的なものであり、少量の心筋逸脱酵素の遊出はとわない.不安定狭心症で入院されると、病歴上、血管れん縮 関与も否定できなければ当日のみは βblocker は投与しない.5% D/W 80ml + Millisrol(NTG) 2Aにて初期量10ml/Hr.でポンプにて点滴する.食事は心筋梗塞でなければとれるだけとする.入院後24時間観察して、ごく軽くても症状があれば 狭心症がコントロールできていないと考え、緊急のCAGを施行する.その後の処置はCAG所見による.

6-7-3 異型狭心症

動脈硬化のあまりない冠状動脈の血管れん縮により狭心症がおこる例であり日本人に多い.狭心症の表現は早朝の軽い労作、stressfulな生活時、深酒した翌日におこるという特徴のある病歴であり、早朝のfaintingを主訴とする例も少なくない.日、時間帯により運動耐容能の異なる労作性狭心症は異型狭心症の可能性がある.3枝におこればsudden deathの原因にもなりえる.時に病歴とすれば典型的な労作性狭心症であっても負荷が陰性ならば異型狭心症の可能性がある.また、Ergonovine負荷テストが陰性でも症状から異型狭心症が強く疑われれば狭心症があるものとして治療する.私は、日本人では40歳以上の人は全例にCalcium拮抗剤を服用させた方が心臓に対する予後がよいのではないかと思っている.

6-7-4 慢性労作兼安静時狭心症

日本人で一番多いtypeでorganic lesionに血管れん縮が加わったものである.血管病変は慢性安定性労作性狭心症より軽度である.

6-8 狭心症の薬物治療

6-8-1 Nitrate系

Nitrol R 4T(分3+HS)で開始し、最高12Tまで増量する.直接に冠状動脈を広げる作用と、左室腔を縮小してwall stressを低下させる作用がある.NTG又はニトロペンの舌下錠は血圧が下降する可能性があるので、初めての投与の場合は臥位にして舌下させる.狭心症と確定診断がされている例ではNTGはいくら使用してもよいが2-3個舌下しても発作が止まらないときはすぐ病院にくるよう指導する.1粒ずつ使えるニトロペンやNitrolスプレイも使用できる.塗布薬剤としてはフランド−ルテ−プとニトロダームTTNがあり一日1-2枚使用する.この種の薬剤は頭の血管をも拡張させるため副作用として時々pulsating headacheがある.1週間くらいで慣れてくるのでどうしても投与したいときは我慢してもらう.

不安定狭心症でのIVDとしては、5% D/W 80ml+Millisrol 2Aをポンプで初期量10ml/Hr.でdripする.高濃度で使用するとpreloadを下降させるのでPCWPの上昇した例ではその下降が期待できる.しかし、severe AS例やHOCM例には禁忌である.IVとしてはニトロ−ル1mg(2ml)を使用する.ニトロールはNTGに比して血圧降下の程度が軽度であり頻回に使用してもよい.冠れん縮性狭心症は副交感神経の緊張時に起こりやすいので単に点滴するということも交感神経を緊張させ血管れん縮に対して効果があることが多い.

6-8-2 Calcium拮抗剤

抗スパズム作用がありdiltiazem、nifedipine、verapamilの三者が用いられる.日本では保健診療なので薬価は問われないので、diltiazemが第一選択になる.diltiazem(Herbesser-R)2T(分2)で開始し、最高4Tまで増量する.時に、副作用として特に高齢者では房室解離がみられ、安静時心拍数が55/min.以下の例や、I度AV blockの症例への投与は注意を要する.nifedipineのみは心拍数を軽度上昇させる.nifedipineは舌下錠として発作時使用も可能である.Herbesser-R以外では、Adalat L 2T (分2)または、Vasolan 3-6Tが標準量である.朝の軽い運動時や早朝に胸痛で目がさめるような典型的な異型狭心症ではHerbesser 2TのHSのみの投与でもよい.

6-8-3 β blockers

β blockersは心臓の収縮力を低下させるといわれるが、正常のEF例ではその作用はあまりない.なぜなら、β blockers投与時のCOの低下は心拍数の低下のためでありstroke volumeはあまり変化がないからである.しかし、poor left ventricular function 例では心不全を起こしえる.

最も大きな作用は運動時の心拍数の増加を抑えることであり純粋の労作性狭心症に効果がある.しかし日本人ではそのような症例は少なく、またβblocker単独の投与では異型狭心症を悪化させることがありCalcium拮抗剤とnitrateが処方されている例で、なお労作性狭心症がある例でのみ用いる.atenorol(テノーミン)50mg/dayで始めことが多いが、metoprolol(セロケン)は作用がmildで40mg-80mg/dayで用いる.安静時心拍数60/min.を目標とする.日本人は欧米人に比してβ blockerの耐容量が少ない.

6-8-4 Anticoagulation、anti-platelets

warfarin 3-4TでPTをみながら(14-16secが目標)、また小児用Bufferin 1-3Tも服用させることがあるが1-3の薬剤ほど絶対的な有効性は見られない.不安定狭心症ではHeparinの持続点滴が効果的であることもある.

治療の効果は、今までは狭心症の消失の有無又は頻度の減少で判断していたが、silent ischemiaという概念の出現で狭心症がなくても必ずしもgood controlではないというデ−タもある.しかし、1993年の現在では、私は症状の有無と1年に1回の運動負荷試験にて外来患者をfollowしている.CAGが比較的安全に施行できる施設では多臓器障害の少ない例では80歳以下なら基本的にはCAGを施行し、follow中に症状の変化がおこれば再度CAGを行う.CAGが不可能な施設ではmedicationにて狭心症が安定した後、運動負荷で虚血があるか、またはなお狭心症症状が存在すればCAGの可能な施設に送るのがよいと思われる.

6-9 急性心筋梗塞

病態の原因が不明であるので、根本的な治療はない.治療の目的は、1)painのcontrol、 2)ischemic zoneの縮小、3)血行動態の改善、4)不整脈の予防、5)二次血栓症の防止、である.

CCUを円滑に動かすためにはすべての検査をル−チン化することが大切で、その意味でも禁忌がなければ全例CCUに収容し右内頚静脈からSwan-Ganz(SG)カテーテルを挿入する.実際にSGカテーテルが必要な例は急性心筋梗塞症例の30%位と思われるが、そのような例にのみ挿入すると看護婦も医者も不慣れとなり、有効にデ−タが活用されにくい.inferior MI例ではblockがなければpacemakerカテーテルは予防的には入れない.内頚静脈から7.5Fの2極のpacingカテーテル付きのSGカテーテルはDDD pacingも可能で有用である.

入室後ただちに導尿をするが、腹圧上昇によりLVEDPが上昇しVfとなる例があるので必ずmorphine 1/2 A IV(またはS/C)してから施行する.painは積極的にmorphineにて除去する.acidosisを伴う心不全の例ではmorphineのIVで呼吸停止をきたすことがあり、はやめに気管内挿管を行なう.Nitrol 1mg(2ml)は胸痛時適宜使用する.これはNTGと異なり血圧を下降させない.

急性心筋梗塞発症後3-6時間以内であればPTCAまたはPTCRを施行する.PTCAまたはPTCRが効果があることもあるが、医者側でCAGを知り次の治療を早めに考慮できるという意味で、少し時間がたっていてもCAGは施行したほうがよい.つまり、severeな3VDならIABPを挿入する決断にもなるし、手術をも考慮しなければならず、一方1VDですでにrecanalizationがおこっていれば積極的にリハビリを行う等、今後の治療指針となるからである.急性期にPTCA等にてrevascularizationをしても、慢性期での左室壁運動の改善が得られない例も多々あり、急性心筋梗塞時は冠状動脈が完全閉塞と再開通を繰り返している可能性 (intermittent coronary obstruction)はあるが、現代の治療の趨勢としてはdirect PTCAを施行していく方向である.ただし、RCAの#1に対するPTCAは、再開通時の合併症が多くman-powerが十分でないと積極的には施行したくないと思う.

食事は第一日目のみ飲水のみとし、第2日目より減塩食にて食べれるだけとする.点滴はPA圧、COをみながらソリタT3を1500-2000ml/dayにて始める.Millisrol 2Aを5% D/W 80mlに溶解し初期量10ml/Hr.でポンプにてdripする.bradycardiaの傾向の例またはinferior MI例以外ではNitrol R 4T、Herbesser-R 2T、minor tranquilizerおよびstool softenerとしてCercine 3mg、バルコ−ゼ3gで始め適宜下剤を増量する.bradycardiaの傾向の例またはinferior MI例ではHerbesserにかえて心拍数を落さないAdalat-Lを使う.

心筋梗塞のために2-3日食事がとれなかった例では肺うっ血および四肢に浮腫はあるが口腔内は脱水もあり(Forrester III型)、SGカテーテルのデ−タが有用である.浮腫があるからといってみだりに利尿剤を使用するとむしろ状態が悪くなることがある.

臨床的なKillip分類、血行動態的なForrester分類にそい治療を始める.通常はForrester I型で輸液のみ、Forrester II型は利尿剤、Forrester III型では少量の輸液と少量のカテコラミン(Dopamine 1A(100mg)+90ml D/Wで初期量10ml/Hr.より漸次増量)を使用、Forrester IV型ではIABP、利尿剤とカテコラミン、afterload reducing therapy (sodium nitroprusside等)である.心拍数は60-80/分が理想であるがtachycardiaの場合、心不全の結果ということもありえる.Forrester I又はII型ならβblocker、verapamilにて心拍数をコントロ−ルし、AfまたはAFでtachycardiaとなり血圧が下降すれば100Wにてemergent電気的除細動を施行する.高齢の女性でForrester I型のtachycardiaの例では心臓破裂の危険が多くβblockerを積極的に使用する.Forrester III型は高齢者で心筋梗塞のため2-3日寝ていた例が多い.

PA圧、COが安定していればSGカテーテルは可及的速やかに抜去し、感染の防止につとめる.ル−チンの抗生物質は使用せず発熱があればまず点滴ラインまたは導尿ラインをチェックする.STが下降しcoronary Tが出現すればre-perfusion arrhythmiaの率は少なくなる.心不全時の不整脈(例えばForrester IV型)では治療は心不全に向けられるが、散発するPVCは観察のみにとどめ予防的抗不整脈剤の投与は行なわない.PVCが頻発すればlidocaineの50mg one shot後1-2mg/min.で点滴するがlidocaineの中毒量は個体差は大きい.

大きな心筋梗塞の場合は、心室瘤からの遊離血栓によるthromboembolismをおこす可能性があるのでheparin 4000 U/8Hr.ごとにIVする.安静を取らせることによるpulmonary emboliの可能性は日本人では比較的少ないがleg exerciseは奨励する.

CCU syndromeも考慮し、状態が安定すれば速やかに一般病棟に転棟させる.rehabilitationは入院した日から始め、特に高齢者は1週間寝かすと回復するのに約2週間かかることを認識すべきである.PaO2が低いためにみだりに点滴をつけ、bed restを強いる必要はなく、むしろambulationにてPaO2の改善は少しは期待できる.

6-10 心内膜下心筋梗塞

心内膜下心筋梗塞は病理学に由来した言葉である.異常Q波を伴わず、心筋逸脱酵素の上昇があるというものだが、V1でR波が増高する後壁梗塞は異常Q波はないがこれは含まない.LADの近位部のみのtight な狭窄でも起こり得るが、重症な3枝病変でお互いcollateralのあるような症例ではV5、V6のSTの下降だけでも心不全になりえる.前者では予後がよいが後者は狭心症のみで心不全となりえ予後が悪い.

6-11 急性心筋梗塞後のpericarditis

transmural MI後は注意するとほとんどの例で一過性にfriction rubが聴取されるがpainはない例のほうが多い.MI後胸痛がありSTの再上昇が見られた時、pericarditisかMIの進展かの鑑別は時に困難である.friction rubがあればpericarditisが考えやすい.Nitrol 2ml(1mg)のIVを適宜行なう.pericarditisであれはBufferin 4-8Tで始める.steroidは心筋の治癒をおくらせるので、よほど痛みが強くなければ使用しない.ほとんどの例がself-limitedである.

6-12 Coronary revascularizationについて

CABGとPTCAという2つの異なった方法がある.

PTCAはopen heart surgeryでないということ、心臓カテーテル検査と同じ侵襲でrevascularizationが可能であるという長所がある.しかし、急性冠閉塞のためemergent AC bypassをしなければならなくなる例は約5%で、急性心筋梗塞もある率ではさけられず、再狭窄率は3カ月で30%である.また心臓外科医のstand-byなしには不可能である.比較的簡単に施行できるということで適応を緩くとっている施設が多い.しかし、適応を厳密にすると、数をこなせられずpoor techniqueの為にその施設では適応がないということもありえる.症状はないが血管造影上PTCAがaccessibleな症例では、その予後についてのデータはまだないが上記のような理由でPTCAを施行している施設が多い.私自身としては、angiographerとしてではなくgeneral Cardiologistとして患者をみたいと思っており、単に血管造影上狭い部分があるからそこを広げるという発想は同意しかねる.

CABGの手術死亡率は病院にもよるがelectiveでは2-3%、emergentでは10-20%であり、糖尿病、高齢、左室機能低下の例では手術死亡率とmorbidityが上昇する.LMT症例では術中の急性心筋梗塞等で死亡率は約10%と考えられる.上行大動脈の硬化が強ければ、大動脈のクランプを解徐時に、shower emboli による多発性脳梗塞の危険がある.

欧米の虚血性心疾患に比して、日本人の虚血性心疾患は予後がよく十分な内科的治療が原則であることをふまえて検討する.

−−−revascularizationにより何が期待できるか?−−−

1.労作性狭心症により運動制限を受けている例ではrevascularizationにより運動能力の改善が期待できる.また欧米ではrevascularizationにより長期生存が証明されているが、日本ではそのデ−タはない.

2.severe 3VD、poor LV functionの例で各々の血管にnetwork collateralがあるときは、狭心症のみで肺水腫となりうる.手術にて、可能な限りrevascularizationをすることで左室壁運動はあまり改善しなくても、LVEDPが下降し症状が改善することが期待できる.

3.左室壁運動が低下しているが心筋シンチ上明確な欠損がない例ではrevascularizationにより左室壁運動の改善が期待できる.心筋のviabilityの評価では現在ではタリウム心筋シンチが最もsensitiveと考えられる.心電図で心筋梗塞パターン、または左室造影にてakineticでも心筋シンチにて欠損像がなければ心筋はviableと考えられる.

4.intermittent claudicationがあり下肢の血管にも硬化性病変があればsaphenous veinの発達が悪く十分にbypass用として使用できないことがある.また逆にこれらの例で下肢のバイパス手術をすると運動能力が増大するために狭心症が頻発し、心筋梗塞になる可能性がありえる.

5.90%または99%狭窄を示す例で狭心症がなく日常生活は送れるが、虚血を示す(例えば運動負荷心電図または心筋シンチで陽性)例に対してrevascularizationを施行しても将来の心筋梗塞は防げない.しかし他の血管が急に閉塞した時に、その閉塞血管に対してcollateralを送るdonor血管として、将来おこるかもしれない心筋梗塞に対してprotectiveに作用するという考え方はありえる.しかし、これについてはspeculationであり多数例での長期的なfollowのデータはまだない.

以上の事実を考慮するとrevascularizationの絶対的適応は

1.十分な薬物療法にもかかわらずsymptomaticな例でCAG上bypassibleな例.

2.責任血管が大きく、たとえばLMT、またはjeopardized collateralの状態.

symptomがないが運動負荷時虚血を示す例ではCABGによりその自然歴を変えられる根拠はいまはないが適応と考えている人は多い.CAGでstenosisは強くないが、明らかにplaqueが偏在する例はPTCAで内径を拡大してもruptured plaqueの予防にはならない.しかしCABGは、将来に起こるかもしれないruptured plaqueによる心筋梗塞は防げるかもしれない.PTCAにて50%狭窄を25%に拡大したからといって心筋梗塞の発生率を低下させられないと思う. (1993-5-28)

7 心臓弁膜症

二次的なものも含め弁膜症の診断はNYHAのrecommendationによる1. anatomical diagnosis、2. etiological diagnosis、3. physiological diagnosis、4. functional classを記載する.

手術適応のある弁膜症例では、心筋が不可逆的な変化をきたす前に手術ができるよう患者に説明するのが内科医の役割である.手術で人工弁置換が必要と思われる例では、たとえ症状が重症であっても人工弁をもつことに対する注意 (例えば機械弁では生涯のwarfarinの投与)を理解できない症例は、私は手術の適応はないと思っている.

術中および術後の輸血後何年も経てから、C型慢性肝炎、肝硬変、肝ガンと進行する例もあり近年では自己血輸血、cell saver利用し可能な限り無血で手術を施行する.

理学的にはnegativeであるにもかかわらずカラーDoppler心エコー図でみられる"Doppler弁膜症"は弁膜症には含まない.

7-1 大動脈弁閉鎖不全症 (Aortic regurgitation:AR)

7-1-1 病因

その原因により、1)弁自体の障害によるもの.2)大動脈弁輪拡大によるもの.の2つに大別される.

1)に属するものとしてはrheumatic、degenerative(agingによる)、congenital bicuspidであり大動脈弁狭窄症を合併する可能性がある.prolapsed aortic valveは、断層心エコ−図の発達により一時注目された病態だがこれは大動脈弁狭窄症は合併しない.

2)に属するものとしては、広義のannulo aortic ectasia(AAE)、dissecting aneurysmでこれらは大動脈弁狭窄症は合併しない.aortitis (syphilis、Beh稿t、Takayasu's aortitis等のspecific aortitisも含む)は弁輪の拡大と弁自体の変化とが共存する.

ARは左室に対してはvolume overloadであり長い間無症状であるが、短期間で(1-2か月)で急速に心不全となる.いつ手術をすべきかということで、内科医は苛酷な決断をせまられる.つまり、症状のない時期では手術は早すぎるし、irreversibleな左室拡大がおこればtoo lateである.

7-1-2 理学的所見および重症度判定

通常は、末期までhyperdynamic signはpreserveされる.慢性のARで弁逆流がsevereになるとIIAおよびdicrotic notchは消失し、またLVEDPが上昇し心不全となると拡張期雑音は拡張早期にのみ、症例によってはgallop soundsしか聴取できないこともある.急性のsevereなARでLVEDPが著明に上昇している症例でも同様の理学的所見であり、その場合M-mode心エコー図でmitral valveのearly closureがみられれば薬物療法には限界がある.一般にcarotid arteryに放散するaortic flow murmurが大きければASが合併存在する可能性があるが、AR単独でもそのような雑音を聴取する.またASの因子が軽度存在すればARのperipheral signは生じないことが多い.

高齢者ではbending positionにて聴診するとかなりの率でARのmurmurが聴取される.これらは、血行動態的にARは有意ではなく、加齢による弁のdegenerative changeのためと考えられる.特に、高血圧の合併は大動脈弁の変化を促進させ(hypertensive aortic valve disease)、心エコ−図所見ではこれらの例では左室は拡大せず高血圧の影響をうけ、むしろ内腔が小さくARがmildであることを示唆する.

カラーDoppler心エコー図法の出現で、多くの例で大動脈弁逆流症が見られる(70歳以上で70%).ARの存在に対するsensitivityでは、カラーDoppler心エコー>M-modeの僧帽弁のdiastolic fluttering>聴診の順である.しかしこれらの”ドプラAR症例”は天寿を全うし、治療の対象にはならず、加令による生理的大動脈弁逆流症と考えられる.

7-1-3 内科的および外科的治療

基本的には、症状が出現するまでは治療せずにinfective endocarditisの予防に注意し3-6カ月毎にfollowする.ARの自然歴は、左室はeccentric hypertrophyとして拡大し、wall motionは当初は良好だが徐々に低下する.

若年者では無症状の時期からそのまま非可逆的な左室壁運動低下の時期に移行することもあるのでserialな心エコー検査によるfollowが望まれる.

心不全例ではジギタリス、利尿剤、血管拡張剤を使用する.合併するASがmoderate以下であれば血管拡張剤は禁忌とはならない.心不全、狭心症、心房細動は大動脈弁閉鎖不全症が重症一つの所見であり、この1つでもあれば手術を考慮する.ARによる狭心症は朝のvagus toneが緊張している時に多く、発作中bradycardiaでありAtropine 末1mg HSが勧められる.動脈硬化性の狭心症と区別できないことも多く、その時は虚血性心疾患としての治療をする.

胸部レ線と心電図のみの時代(1975年以前)では左室内径の評価法がカテーテル検査のみであったため、胸部レ線上、左室拡大があり心電図ではST部分およびT波の変化を伴うLVHがみられれば手術の適応とされていた.しかし、現在では断層心エコー図によりほぼ手術の適応が決定可能である.EFで40%以下またはDsが55-60mmを越すと、手術後の左室壁運動の改善および左室縮小という可能性が少なくなる.しかし、一つのパラメ−タのみで手術は決定されるべきではない.aortitis等で大動脈のsclerosisが強ければ、手術中の大動脈のclump及びclump解除時に上行大動脈のatheromaによりsystemic embolizationをおこす可能性があるので手術のmortality とmorbidityが上昇する.

マルファン症候群のAAEは症状がなくとも30才位になるとdissectionの危険が増加し、経過で上行大動脈の拡大が進行すれば、その予防としてのBentall手術を考慮する.Beh稿t病、その他active aortitisによるARの手術は術後の縫合不全が多く、refractory CHF例以外は、内科的治療の方がまだ予後がよいように思われる.

左室が著明に拡大し(Ds>7.0cm以上)壁運動が低下し、PVCが散発する例はかなりの心筋障害が存在していると考えられる.high riskの手術により大動脈の逆流は止められるが左室縮小及び壁運動改善の効果を期待できず、術後DCMとしての生活を受け入れなければならない.20年前は良好な薬物療法がなかったので心不全をきたすとexpected life survivalは2-3年であったが、現在では種々の血管拡張剤もあり運動制限ができれば以前よりは良好である.

7-2 大動脈弁狭窄症 (Aortic stenosis:AS)

7-2-1 病因および自然歴

ASはbicuspid aortic valveまたはdegenerative aortic valveが加齢現象としての大動脈弁のcalcificationにともない65-70代でsevereとなり急速に心不全を中心とする症状が出現してくることが多い.50代でのASによる心不全はリウマチ性以外はあまりない.欧米では成長期の15-20才でも心不全となるような例があるが、幸い日本では若年者の重症ASはみられない.bicuspid aortic valveの保有率は欧米では全人口の1-2%でそのうちの30-40%はsymptomaticとなり手術が必要になる.一方、日本人では bicuspid aortic valve の保有率は全人口の0.1%以下と思われetiologicalに欧米と極めて異なる.日本人のASは degenerative valve つまり高血圧を伴う加齢現象によるものも多いが、手術所見を併せてみてもetiologyが不明なものも多い.多くの例で注意するとARのmurmurが聴取される.expected life survivalは、CHFが出現して2年、狭心症で1年、faintingで6か月と欧米ではいわれるが、私は日本人ではもっと悪いように思う.無症状の時期が長く、いったん症状が出現すれば、内科的治療は無力である.心不全時でも少量の利尿剤しか使えず、血管拡張剤、NTG舌下によりショックに陥いる可能性があり禁忌である.

7-2-2 診断および治療

理学的にはS2(IIA)が消失するか、systolic murmurのpeakがlateにくればASが重症と考えられる.心不全を合併した例では雑音は小さく理学的所見のみからASを診断することは困難な例が多く、しばしばMRと誤診される.これは大動脈弁由来の雑音がcharacterをかえて心尖部で最もよく聴取されるためである.carotid pulseはtardesになり血圧は低く脈圧も低いことが多いが、高齢者では動脈硬化のためtardesでないことも多く又血圧200mmHg以上でも他の所見が十分にASを疑いうる時、重症のAS を否定できない.胸部レ線での側面での大動脈弁および弁輪の石灰化は診断の助けとなり、これがみられるとASがsevereであることを意味する.

ASによる心不全時、心エコ−図では多くの例で左室は軽度拡大しwallは厚くwall motionは全体に軽度低下する.これはmyocardiumが障害されているのではなく、inadequate myocardial hypertrophy によるafterload mismatch が考えられる.しかし、左室はconcentric hypertrophyで収縮力が良好な、いわゆるdiastolic failureもあれば、左室の著明な拡大があり、wallは軽度のみ肥厚しwall motionは著明に低下しているASも少ないが存在する.左室の著明な拡大とwall motionの著明な低下をきたしている群で、数年前はconcentric hypertrophyでありその後左室の著明な拡大に移行している症例もある.しかし大多数のAS例ははそこまで生きられず、実験で見られる心筋への圧負荷のterminal stageであるstage of fibrosisがみられることは極めて少数と思われる.しかし、これら左室壁運動異常がafterload mismatchではなくmyocardial depressionによると考えられる状態でもhigh riskの手術は一つのchoice である.

ASの重症度診断には現時点では心臓カテーテル検査は必須であるが、近年連続波Doppler(CWD)がそれに変わりつつある.カテーテル検査では通常LVとAOの引き抜き圧曲線におけるpeak to peak gradientにて表現し、一方CWDでの最高流速はLVとAOのinstantaneous peak gradientを表している.CWではFFTパターンが良好なenvelopeであれば診断価値はあるが、ARが臨床的に有意に存在する時や動脈硬化によりAortaのpulse pressureが増大するとearly systolicははinstantaneous gradientが増大しmild ASでもCWDではearly systoleにpeakをもった4m/sec程度の流速がしばしばみられる.

高齢者ではASがsevereでも心筋の肥大比較的少なく、心電図での左室肥大もmildな例が多い.そのため、心電図にて左室肥大が軽度であっても大動脈弁由来のflow murmurが聴取されればCWDにて大動脈弁のpressure gradientの程度を知ることは重要である.正常の心拍出量でpeak to peak gradientが60-80mmHg以上ならsevere ASであり症状がなくても手術すべきある.圧較差はaortic valve flowにdependentであるから心不全を起こし心拍出量が低下していると圧較差も低下し、逆にsevereなAR例、カテーテル検査中の極度の緊張状態ではaortic valve flow が増大すると圧較差は上昇する.圧較差とASの重症度は同じではない.

ASがmain physiologyの左室不全では、通常の心不全と異なりなかなか治療に反応し難く少量の利尿剤と少量のDopamine、減塩食、安静で心不全に対処せねばならず、血管拡張剤は禁忌であり内科的治療はあまり期待できない.逆に心筋の疾患ではなく機械的狭窄であるので手術さえ乗り切ればdramaticに症状が改善する.他の臓器の機能がよく75歳以下であればもちろん手術が勧めれられるし、もっと高齢者でも手術を考慮してもよいと思う.日本では、欧米でみられるほどASと虚血性心疾患の合併例は多くないが、手術を考慮するならばCAGは必須である.欧米ではsymptomatic AS は虚血性心疾患の合併がなければ例え80歳でも low riskで手術可能で、またその成績もよい.ASは他の弁膜症と異なり加齢現象の影響を受けその程度が進行するので、70才で正常の心拍出量で60mmHg以上の圧較差があれば、症状が軽くともその例の10年先を考え手術可能な時期に早めの手術をすすめる.CAGの危険はあるが、CAGの情報のない手術の方がもっと危険である.

バル−ンによるvalvuloplastyもしばしば施行されるようになった.手術不能例又は全身状態が悪くAVRへのbridgeとしてはよいかもしれないが、手術がacceptable riskで可能な症例では手術が望まれる.

7-3 僧帽弁閉鎖不全症 (Mitral regurgitation:MR)

7-3-1 病因

mitral valve complexはmitral valve、chordae tendinae、papillary muscle、mitral ringで形成される.どのlevelの障害によるMRであるかを主に断層心エコー図により判断する.

僧帽弁自体の障害によるMRは、リウマチ性、floppy mitral valve 、mitral valve prolapse syndrome (MVPS)、mitral valve cleft、perforated mitral valveである.近年、リウマチ性のMRは極めて減少しMVPSによるMRが増加しinfective endocarditisもこのMVPSに生じることが多い.mitral valve cleftは通常、ECD complexとして出現するが単独でも生じる.chordaeの障害によるMRではruptured chordae tendinae (ほとんどが特発性だが、時にIEによることもある)である.

MRが存在すれば、収縮期に左室の血液を大動脈に駆出する時同時に低圧である左房にも駆出するので、弁性のMRでは左室壁運動は例えvolume overloadに対する長年の心筋障害が存在していても低下しない.心エコ−図で左室壁運動が低下しているMRは心筋疾患のための二次性MRであり弁置換にて状態の改善は望めない.

加齢によるmitral ring calcificationもMRを生じえる.

HOCM例によるMRは、SAMの生じた後にMRが生じることが多く病態の主は肥大したhyperkineticな左室心筋による左室流出路障害のためであり弁自体の障害ではない.しかし、SAMが出現しないようにとの発想でMVRを施行している施設もある.

papillary muscle dysfunctionは虚血性心疾患によりtransientまたはpermanentに起こり、左右coronaryからのdual supplyのないposterior papillary muscleがその原因であることが多く、late systolic murmurであることが多い.

7-3-2 理学的所見および自然歴

左室造影で1-2/4度のMRは心雑音として聴取されないことが通常であり、またカラーDoppler心エコー図にてMR signalがみられても必ずしも心雑音が聴取されるとは限らない.apex中心にpan-systolic murmurが聴取されることが多いが、収縮期雑音のパターンは様々でdiamond shape のこともあればlate systolic crescendo typeのこともある.また、後尖のprolapseによるMRではjetの方向が上行大動脈の後壁に向かうため収縮期雑音の最強点が4LSBであることもあり、断層心エコ−図のみではsmall VSD との鑑別は困難であったが、カラーDoppler心エコー図により鑑別可能となった.

背面にて雑音が聴取されればMRが考えやすいが、時にASでは心尖部に最強点をもつ収縮期雑音が聴取され理学的所見のみでは鑑別が困難なことが時々ある.先行するlong RR(拡張期が長くpreloadが増大する)時、雑音が増強しなければMRによる雑音が考えやすい(ただしHOCMによるMRでは増強する).

カラーDoppler心エコー図のなかった時代ではMR様の雑音が聴取されても断層心エコ−図にて左室が小さければMRは考えにくいと思われていた.しかし、カラーDoppler心エコー図の出現で左室の拡大のないがDoppler上severeなvalvular MR例がかなり見られるがその臨床的な意義は不明である.

中高年で今まで聞かれなかった雑音が聴取され、症状はないが左室造影で4/4度のMRがある例がしばしば経験されるが、これらのasymptomatic floppy MRが10-20年後にどのようになっていくかというデータはない.一方、70歳以上の高齢者で、心不全の原因がvalvular MRによると考えられる例がしばしばみられ、加齢によるmyxomatous degenerationによるMRが考えられる.断層心エコ−図が世に普及して約15年であり、このようなMRの長期予後は未だ解明できていない.

若年者の人口の2-3%に見られるMVPSは日本人ではその予後は一般には良好であるが合併症は、progressive MR、ruptured chordae tendinae、infective endocarditis、malignant arrhythmiaである.

7-3-3 急性 vs 慢性の僧帽弁閉鎖不全症

急性のMRでは、左房のcomplianceが低下し左房は収縮期に左室圧を受け拍動し、左房の拍動を理学的所見としてはRV heaveとしてとらえられることが多い.急性のMRは慢性のMRに比して左室および左房の拡大が少なく、左室壁運動は極めて亢進する.左房のcomplianceが低いのでPCWPではgiant cv waveとなり、PHを呈することが多い.慢性のMRでは左房は拡大し心房細動であり急性MRに比してPCWPは低く、cv波も明確でなくなる.

7-3-4 内科的および外科的治療

弁輪拡大例による二次性MRは基本的には手術の対象とはならず心不全が改善すればMRの雑音も消失することが多い.

弁自体によるMRでは症状はaortic valve diseaseと異なり、数回は内科的に心不全がコントロールできることが多い.しかし、急性のMRで原因がruptured chordae tendinae、IEによるperforated mitral valveの場合はrefractory CHFを呈することがある.

NYHA I度であればIEの予防のみを説明しmedicationはしない.心房細動による症状の悪化はMSに比して少ないが、心房細動であればdigitalisを使用する.逆流性疾患なので血管拡張剤も効果が期待できる.MSを合併していなければMRのjetにより巨大左房の中での血液のstasisが少ないため、心房細動であってもthromboembolism の危険は少ない.逆に巨大左房を合併した例のMAP後にはMRが軽減し大きな左房のみ残存し血液がstasisをおこし血栓が出現してくる症例があり人工弁が挿入されていなくともこれらの例ではwarfarinが必要である.

prolapseによるMRの手術は一般には断層エコーでprolapseが後尖であれば僧帽弁の形成術(MAP)が可能であり、前尖の中央部ではMAPが不可能と考えられるが、弁形成術は外科医の技量によることが多い.MVRが避けられないと予想すれば、手術の適応はNYHA III度以上と考えている施設が多いが、左室の拡大が著明(Dd>7.0cm)であれば症状が軽度でも、巨大左房を作らないように早く手術すべきである.MAPをexcellentに施行できる施設では手術の適応は緩くとってよいと思う.心筋疾患による二次性のMRでは左房よりむしろ左室からthromboembolismを起こす可能性がありwarfarinを投与する.左房と右房が著明に拡大した例では手術時にそれらが裂けるという危険は他の心臓手術に比すると大である.mitral ring calcificationによるMRのMVRは手技的に難しい.

7-4 僧帽弁狭窄症 (Mitral stenosis:MS)

MSのetiologyは幼少時期のcongenital MSを除きすべてリウマチ性と考えてよい.かつて、リウマチ熱が多かった時代では若年でsinus rhythm(SR)でPHという症例が多かった.しかし、現在では小児で発熱すれば簡単に抗生物質の投与が開業医のレべルでなされリウマチ熱自体が減少し、PHの少ない心房細動例が増えている.

バングラデシュのstudyではSRでPHの症例が多く、アジアの諸国では日本の20年前と同様の状態である.軽症のMSは脳血管障害が初症状であることも珍しくない.

7-4-1 理学的所見

MS例ではかなりの例が検診で見逃される.その理由は医者は立位にて聴診しrumbleを聞こうとするからである.外来診察では、S1の亢進およびOSの存在、つまりS2がwide splitに注目すべきで、それがあれば患者を左側臥位にて丁寧に聴取する.心尖拍動が左方へ偏位しておればrumbleも左方へ偏位する.低心拍出量の状態であれば、慎重に聴診してもrumbleが聞かれない場合もあり、また極めてMSが重症の場合にはS1の亢進もOSも聞かれないこともある.MSがmild であれば(PTMC後も含む)、rumbleはよりharshな音となる.

MS例では bending position にしてARのmurmurの有無を慎重に聞く.逆にARの症例で心房細動であればMSの存在を疑う.ARによるAustin Flint murmurは、OSがない点がMSとの鑑別点でありthrillがあることもpresystolic murmurも存在することもあり、その鑑別は心エコ−図によらねばならない.MRを合併すると巨大左房となる.

7-4-2血行動態および内科的治療

MSはLVに対しての流入障害であり、収縮力は基本的には障害されない.myocardial factorは左室が拡大した時に存在する.しかし、左室の拡大が軽度だがEF低下例では、一つにはpapillary muscleを含めたsubvalvular の変化の為に心筋の収縮様式が変化したためと考えられる.これらEFの低下例では手術の禁忌とはならず、手術にて血行動態の改善が期待できる.

MSではLA圧はベルヌ−イの法則に従い、mitral valve flowの二乗に比して上昇するため、たとえmild MSでも肺炎、妊娠等による心拍出量の増加、またはtachycardiaによる拡張時間の減少により容易に心不全におちいる.治療はdigitalisによる心拍数のコントロールと、利尿剤による循環血液量の減少が主であるが、それにもかかわらず心拍数がコントロールできなければverapamilを加える.PTMC等で十分な弁口面積がえられても心拍数をコントロールする内科的療法は続行する必要がある.

禁忌がなければ全例にanticoagulationはするほうがよい.mild MSでSRと心房細動を繰り返す例はSRに復した時にthromboembolismをきたす可能性が高く、anticoagulationは必須である.軽症MS例ほど脳血管障害が多い.しかし、断層心エコ−図にてlaminar typeのLA thrombusがあるからといって至急にanticoagulationする必要はない.

経食道心エコー図(TEE)の発達で、経胸壁心エコー図の弱点であった左房のappendageの血栓がしばしば発見されるようになった.左房が大きくMSが存在する場合、TEEではほぼ全例”モヤモヤエコー”がみられLAの血流が緩徐であることがわかる.

7-4-3 MSの弁口面積について

現在では、MVA測定は心臓カテーテル検査のPCWP(またはLA)、LVの同時圧測定よりGorlinの式を用い算出したもの、断層心エコー図によるMVの短軸での断面積によるもの、及びDoppler心エコー図を用いたLViでのPHT(Pressure half time)より求めた3つの異なった測定方法がある.心臓カテーテル検査から求めたMVAはBrockenbrough法によりLAとLVの同時圧がえられれば3つのうち最も信用できるデータとなる.LA圧の代わりにPCWPを用いると、特にPHを合併したMS例ではPCWPはカテーテルが本当にwedge positionになっているか、またPCWPとLV圧との間に時間的ずれがあることからカテーテル検査より求めたMVAにも問題はある.断層心エコー図によるMVの短軸での断面積によるMVAの測定は短軸がsubvalvular changeがsevereな時、真のMVAを横断面としてとらえらえいない可能性がある.PHTより測定したMVAはtachycardia、severeなARの存在、左室の障害により影響を受ける.このようにMVAの測定にはそれぞれに長所欠点があり、どれか1つのみがgold standardとはならない.MSの重症度は他の所見と併せて総合的に判断する.

Doppler心エコー図のある現在、MSの診断のための心臓カテーテル検査はあまり必要がないが、Doppler心エコー図と断層心エコー図の結果が一致しなければ、カテーテル検査は意義がある.

7-4-4 外科的治療(PTMCも含む)

治療の方法は、OMC、MVRであるが近年OMCは完全にPTMCにおきかわった.断層心エコ−図でみたcommissure fusion およびsubvalvular changeの程度が手術を決める上で大切でありmitral valve complexとして一塊となっているとMVRは避けれない.subvalvular changeに対してはLVGよりも断層心エコ−図のほうが優れている.また同時に存在するMRが左室造影で3/4度以上であればOMC(またはPTMC)は困難と考えられる.commissurotomyのみで手術が施行できる可能性があれば症状のあるMS例は積極的にPTMCを勧める.現在では外科手術はOMCという言葉よりvalve repairという言葉が用いられ、commissurotomyというtermはPTMC時に用いられる.

PTMC前はTEEにて大きな左房血栓の有無を確認し、大きな血栓がなけれPTMCの禁忌とはならない.MVRを考慮しなければならない症例ではNYHA III度以上の例とする.CHFをともなったMS例は、significant TRを合併していることが多く、手術時にTAPなしでOMCまたはMVRを施行すると、術後何年か経たのちTRによるintractable RV failureをきたす症例がある.しかし、MS + severeなsecondary TRの症例にPTMCを施行し、TRが減少するかどうかはまだ不明である.左室の拡大がなければ、MSの手術が遅すぎることはないが、肺機能を低下する程の著明な左房の拡大をきたす前に手術かPTMCを施行すべきである.

7-4-5 再狭窄の問題

再狭窄は術後約10年で10-20%であり一度OMCを施行すればそのまま一生uneventful lifeをいとなめる例から4-5年で再狭窄がくる例まである.どの例に再狭窄をきたしやすいかは、予測ができない.

リウマチ熱の再燃は通常は25歳までであり、それ以前に手術するとリウマチの変化が手術後にも持続し再狭窄きたす例が多い.症状により待機できれば25歳をすぎてから手術すべきであるが、このような症例は近年の日本ではきわめて少ない.また、リウマチ熱による心臓の傷害は約10%に起こり、それらの例ではリウマチ熱の再燃の予防として特に子供と接触する職業の人(幼稚園の先生、小児病棟の看護婦等)にはVicillinを25才まで投与する.

右心系の弁にはリウマチ性の変化はきたしにくく、carcinoid syndromeによるPS、TSは日本では見られない.また、アメリカで多い麻薬常習患者によるTVのIEも1993年現在の日本ではほとんどみられない.

7-5 肺動脈弁閉鎖不全症 (Pulmonary regurgitation:PR)

高圧系に発するARと異なりmurmurはIIPに続き diamond shape をとることが多い.PA圧が上昇すると典型的なdiastolic blowing murmurとなりARと鑑別不能となる.原因は二次的な肺高血圧症によるpulmonary ringの拡大がほとんどである.原疾患は、MS & PH、PPH、PDA、ASD等である.このPR自体は血行動態的には有意ではない.またstraight back例では正常心臓でもbending positionにするとPRの雑音が聴取されることが多く、カラーDoppler心エコー図で見られる若年健康人のPRのsignalは生理的範囲で臨床的意義はない.PSvでもdysplastic valveのためしばしばPRの雑音が聞かれる.Tetralogy of Fallot(T/F)の手術後は、肺動脈弁を修復するためPRは必発であるが、PRがsevereで右室が拡大してもなかなか症状はない.実験的には肺動脈がなくても生きれるし、T/F後のsevere PR例が10-20年後に右心不全になるかも知れず将来は問題になるであろう.

7-6 肺動脈狭窄症 (Pulmonary valvular stenosis:PSv, Pulmonary infundibular stenosis:PSi)

PSはPSvとPSiに大別され、この二つの病態の鑑別が大切である.PSiはsevereとなると収縮期雑音はmid systoleで消失するが、PSvはdiamond shapeでIIAを越える.両者が合併していることも多い.2LSBから3LSBにかけてのejection clickを注意して聴診する.mildなPSiでは雑音がharshでpan-systolicに聴取されVSDとの鑑別は理学的所見のみからは難しい.PSiが単独で存在した場合はVSDがcloseした可能性がある.20-40mmHgのgradientでは放置しておいて問題はない.

成人までPSvとして残っているのは通常はmildな症例が多い.それらmild form で高齢者ではPAの拡大をともない特発性PA 拡張症となることがあるが右心不全等の症状は一生出現しないと思われる. SevereなPSvでは幼少時に右室拡大し、PFOを通じてcyanosisとなることもある.PSvに合併したPSi(二次的なoutflow hypertrophy)はPSvの解除にて6-12か月でregression消失することが多く、心雑音、圧較差も消失に6-12か月位を要する.

自験例では、61才女性で右心不全を主訴とし、右房圧が15mmHg、右室圧が150mmHg(LVは100mmHg)が最高年齢である.

trabeculae septo-marginalis (TSM)の発達によるtwo chambered RVはRVのmid portionで圧較差を生じVSDを合併していることが多いが圧較差が軽度であれば放置していても問題がない.

7-7 三尖弁閉鎖不全症 (Tricuspid regurgitation:TR)

TRの理学的所見はgiant cv wave、hepatic pulsation、吸期で増強する systolic murmurがその特徴であるが右房が巨大となると典型的なsignsが生じないこともある.

TRの原因は右室圧が上昇し三尖弁輪が拡大した二次的に原因によるものと弁自体によるものとに分類される.二次性TRは、肺性心等の右室圧負荷疾患と左室の疾患の2つに分類される.

弁自体によるTRでは、ほとんどが外傷性腱索断裂によるもので、稀にprolapse例がみられるが、この場合は二次性の場合と異なり右室収縮期圧の上昇はない.

カラーDoppler心エコー検査がなかった時代に、心不全例にコントラスト心エコ−図を施行するとほとんどの例でIVCまたはhepatic veinへのv-synchronousな逆流がみられにもかかわらず、理学的所見で明確なTRの所見はないことが多かった.また、二次性TRで理学的に典型的なTRの所見があっても心不全の治療により完全に消失することが多い.

手術の適応はsymptomaticな外傷性TR例であるが、外傷から時間がたつとchordaeが肥厚しTVRを避けられなくなる例もある.左心不全による二次性のTRでは左心の病態が手術的にcorrectableであれば、手術時のTAPの判断は外科医に委ねる.特にMS例ではOMC又はMVR時TRを放置すると術後TRによるintractable RV failureになることがある.

カラーDoppler心エコー図の出現にてTRの理学的所見を伴わないDoppler重症TRが多く見られる.このTRの流速を測定することで右室圧が推定できるが、理学的にnegativeなカラーDoppler心エコー検査上severeなTR自体が臨床的意味を持つかどうかは現在のところ不明である.心房細動を合併した高齢者では理学的にはnegativeだがカラーDoppler心エコー検査上かなりのTR signalがみられることが多い.

Ebstein病は特殊な病態でありRVの機能が低下しているためRV heaveは生じない(quiet heart).この場合、ASDを通じての右-左shuntの有無をみるためコントラストエコーは有用である.Ebstein病によるTRは機能的右室が大きいと手術は可能であるが、心房化右心室が大きいと手術は困難である.

7-8 三尖弁狭窄症(Tricuspid stenosis:TS)

日本人で単独のTSの自験例はない.しかし、commissurotomyが必要であったリウマチ性のTS例を2-3例経験している.ASDで見られるのはrelative TSであり実際はstenosisではない.

7-9 人工弁の選択

現在日本で使用されているのは機械弁と生体弁である.homograftはaortic rootのIEおよびactiveなaortitisのときは絶大なる威力を発揮するが、残念ながら日本では使用できない.

機械弁には多種あるが、長所は耐用年数の長いことであるが一生のanticoagulationを必要とする.生体弁はanticoagulationを必要としないが、primary tissue failureを初めとする弁機能不全が5-7年で約50%に起こる.人口弁機能不全は機械弁では徐々におこるが、生体弁では急速に生じることがあるので、生体弁置換術後は5年経過すれば頻回のfollowが必要である.しかしanticoagulationは必要なく、再手術覚悟ならこれから出産を希望する例、離島等で医療機関のない症例、70歳以上の高齢者に勧められる.機械弁は、低圧系であるため凝固しやすい右心系には、避けたほうがよい.

(1993-6-7)

8 先天性心疾患

8-1 ASD II

ECD partialとASDIIは血行動態的には心房に穴があるということでは同じだが、その自然歴、手術の危険度等は異なり明確に区別すべきである.心房中隔に穴があれば、右室機能が正常であれば主に拡張期に左房から右房へと血液が流れる.この流れは近年パルスDoppler心エコー図にて観察できるようになった.著明な心拡大があってもsinus rhythmであれば症状のないことが多い.心不全(右心不全)例では心房細動、TRの出現している例がほとんどである.そのTRの出現にて収縮期に欠損孔を通じて逆shuntがおこり後天的にcyanosisが出現することがある.

理学的検査ではRV heaveがあり、4LSBのmid diastolic murmur (relative TS murmur)があれば診断は確定的である.pulmonary flow murmurおよびS2のfixed split の部位は成人になるにつれて2LSBから3LSBまたは4LSBに移動する傾向があり、また必ずしもfixedでないこともある.心電図ではほとんど(治験例では78%)不完全右脚ブロツクであり、完全右脚ブロックも5%前後である.PSvの合併例は約10%であるがpulmonary flowが増加しているため圧較差が40-50mmHg以上でないと臨床的意義はない.

心臓カテーテル検査はASDに合併した心臓奇形を発見するためであって、ASD自体の診断なら断層心エコー図検査で十分である.形態学的には右室の拡大がなくRCGではshuntはdetectできず心電図も正常だが、カラーDoppler心エコー図により心房中隔を横切るflowが観察されることがあり存在診断に関してカラ−Doppler心エコ−図は非常にsensitiveである.これら "Doppler ASD" は "Doppler弁膜症" 同様に臨床的意義はないと思われるが、逆shuntの原因とはなりえる.また、経食道心エコー検査ではASDはエコ−probeの正面となりdetectしやすが、PFOと思われる症例でもL-R shuntがみられ、PFOとASDの定義が混沌としてきた.またcoronary sinus ASDやPAPVRの診断が容易となった.

ASD IIのPA圧はwide pulse pressureであり、high pulmonary flowであるがPAR(Pulmonary arteriolar resistance)が低いのが特徴である.もし、PARが高ければ併存するPH(PPH?)と考える方が妥当である.ASD with Eisenmenger という用語はない.手術の危険度は極めて低く、小児でQp/Qsが1.5以上のL-R shuntがあれば手術した方がよい.中等度shuntで80歳まで症状なく経過できる例もあり、65歳以上の中等度shuntで症状のない例は自然歴を考えると手術すべきどうかは難しい.70歳以上のASDIIはVSDと異なりしばしば経験する.高齢者ASDIIで著明な右心不全を合併しても左室の拡大がなければ、手術の禁忌にはならずL-R shuntをとじることで症状の改善が期待できるがあまりにも小さいLVは術後に左室拡張不全が出現する可能性がある.近年カテーテル法にてASDをcloseする方法が発表され、2cm2以下なら可能である.

8-2 VSD

VSD分類はKirklin分類に準ずる.VSDIは自然閉鎖は期待できず、またaortic cuspがVSDにはまりこみ、ARが出現するので手術の適応がある.カラーDoppler心エコー図の出現にてVSDI症例でAR murmurの聞こえない"Doppler AR"がしばしばみられる.40才以上とは異なり、正常の小児では"Doppler AR" はみられないため心雑音がなくともこれは異常であるが、その臨床的意義の解明にはもうすこし歳月を要すると思われる.

I型以外のVSDは自然閉鎖が期待できる.large VSD、high flow PHで成長障害があれば乳児期に手術することが多いが、それらの例でも成長とともに相対的にVSDの大きさは縮小し、自然閉鎖する例も少なくない.large VSD & PHの例ではPSiの合併進展は乳児期のhigh flowによるPHに対する適応とも考えられ (自然のPA banding)、これらの例ではVSD & PH例のような症状はない.PSiとVSDは心音からの鑑別は極めて難しく合併していることも多くあり、またVSDが自然閉鎖しinfundibular PSのみ残る例もある.かつてsmall VSDとMR (後尖のprolapse)は時には理学的には鑑別困難なことがあったが、現在ではカラ−Doppler心エコー図で簡単に鑑別可能である.CWにてVSD jetのpeak velocityを測定できれば右室圧の推定が可能である.またそのFFT分析から雑音はないが拡張期にもL-R shuntがみられることがわかる.断層心エコー図にて右室流出路が描出できなければカテーテル検査による精査が望まれる.

30-40歳位までのsmall VSDは時折見られる.VSDがcloseしかけてくると収縮期雑音のpeak部位が変わり(closing VSD)、またseptal aneurysmのみでVSDのカラーflowがみられなければclosed VSDである.病理からの報告ではRoger型のsmall VSDは見られず、臨床的にも65才以上のVSDと思われる例は極めて少ない(自験例の最高齢のVSDは80歳だがカラーDopplerで診断できたが、雑音からはVSDとは考えにくい).この事実からsmall VSDは他の疾患で死亡して短命であるというより、一つにはclosing VSDとなり典型的なVSDの雑音と異なるために先天性心疾患に不慣れなCardiologistsが聞きのがす可能性と、30才を過ぎてもなお自然閉鎖するという両方の可能性が考えられる.

8-3 PDA

Doppler心エコー図の発達で、PDAの診断は以前より容易になった.

PDAの手術は幼少時では極めて簡単だが、20歳を越えるとPDA自体がさけやすくopen heart が必須であり比較的困難な手術となるので、できるだけ幼少児期に施行すべきである.またPDAには自然閉鎖は期待できない.

2LSBのcontinuous murmurはPDAであることが多いが、カラーDoppler心エコー図でPA内にPDAからのflowがみえなければ心臓カテーテル検査にて確定をつけるべきである.

PDAは40歳位から石灰化し、胸部レ線で見えることがある.PDAが大きいと加齢現象も加わりPAが拡大し換気障害をきたすこともある.

自験例では77歳が最高齢である.

8-4 Ebstein病

Ebstein病は三尖弁の下方変位と右室の機能低下が病気の本体である.重症のEbstein病では心房化右心室は紙のように薄く組織では心筋がほとんどない.50%位はWPWを合併するが、Kent束切除を施行したWPW症例の軽度の三尖弁変位例までをEbstein病に含めると軽症から重症まで非常にwide spectrumの病気である.

機能的右室が小さければ小さいほど、機能的右室への流入障害により右房圧の上昇がないにもかかわらずASDIIを通じて逆shuntが起こる.右室機能が極めて低下した例ではASDIIのみを手術的に閉鎖すると死亡する可能性がある.なぜなら、右室圧は低く右室がポンプとしてのpowerが出せないのが病態の主であるから逆shuntを止めることはむしろ右室負荷になるからである.

理学的所見では ASDIIやTR例とは異なりRV heaveはなくquiet heartである.TRは病気の本体ではない.corrective surgeryが可能か否かは右室機能にかかっており、機能的右室がどれだけ大きいかということが手術をするうえで重要である.TRのcorrectionのみの外科治療は意味をなさず、右室の機能障害が強ければcorrective surgeryは不可能である.pulmonary flowが減少している例でcyanosisが強ければpalliative operation としてGlenn等のshunt手術がすすめられる.断層心エコー図が発達した現在では、心房化右心室を証明するための電極付きCournandカテーテルによる右心カテーテル検査は必要はなく、むしろ右室の形態診断と肺動脈の発達の程度に関する情報が必要である.

SVに対するFontanの手術後(右室はないが左室が良好に機能すれば症状は軽度)、および重症のEbstein病(機能の低下した右室がある方が症状がある)は右室の機能を考えるに興味のある病態である.

自験例では57歳が最高齢である.

8-5 PS & PSi

7-6の項で述べたので略する.

8-5 Cyanotic heart disease

cyanotic heart diseaseの診断に際してはどんな複雑心奇形でも、 pulmonary flow が減少している(T/F、SV with PS等)か、pulmonary flowが増加している(SV with PH等)かを明確にする必要がある.なぜなら治療法がまったく異なるからである.また、房室弁が2つか1つかは重要である.できればcorrective operation、できなければpalliative operationを考慮する.palliative operationとしてはpulmonary flow を増大させるshunt operationか、pulmonary flowを減少させるPA bandingのどちらかである.SV + PS、Truncus arteriosus等で、適度な肺動脈弁に狭窄があれば肺血流が至適に保たれるためcyanosisはあっても成人まであまり症状なく生きられることが多い.これらの例ではcorrective surgeryが不可能であれば手術しないほうが予後が良い.

pulmonary flowが増加または減少しているかの判断はcyanosisの程度、胸部レ線での肺野のあかるさの程度、ヘマトクリット値で総合的に判断する.

解剖学的右室がsystemic ventricleとして機能しなければならない症例や、右室圧が左室圧と等しいと、右室はそれだけの圧に絶えられなくなりこれは予後規定因子の一つである.それゆえ現在の手術の趨勢は、TGAならSenning、Mustard の手術から解剖学的左室をsystemic ventricleにするJateneの手術へと変化してきた.

C-TGAにおける予後規定因子は形態学的な右室がsystemic ventricleとしての機能を何才まで維持可能か(通常は40才位で壁運動が低下してくることが多い)、房室弁の逆流、完全房室ブロック等である.

8-6 Eisenmenger complexes

幼少時に同じ大きさのlarge VSDであっても、自然閉鎖する例、ある程度high flowのままで成人となり著明な心拡大および易肺感染性を伴う例、Eisenmenger化し心拡大が少なくcyanosisはあるが通常の日常生活ができる例まで様々である.私はEisenmenger化するかどうかは、生まれつき運命が定まっているような気がする.5-6才以下のhigh flowでequivalent PHの症例ではEisenmenger症候群と診断するには注意を要する.Eisenmenger症候群と診断することはcorrective operationの可能性がないということであるが、O2投与にてPHが減少すればhypoxic vasoconstrictionのためのPHでありcorrective surgeryをすることでPHが下降する可能性があるからである.

Eisenmenger症候群はhigh flowによるPHより肺組織を守るための一つのadaptationである.cyanosisはあるが身の回りことは可能で、expected life survivalは40-50歳でありPPHよりずっと予後がよい.死亡原因は大量血たん、pulmonary emboli、不整脈による突然死、ヘマトクリットが高いためよる脳血管障害等がある.心房細動になると急に心不全になることがある.正常人ならself-limitedである気管支炎でも、Eisenmenger症候群では肺のresistanceが高くなりcyanosisが強くなりfatalとなりえる.抗生物質は早めに投与する.感染源としてのニキビの処理、hypercoagulableとなる経口避妊薬の服用の禁止は大切である.妊娠は末梢血管を拡張させ、R-L shuntが増加し母体ともども死亡率が高く、禁忌である.脱水に注意し、特に造影剤を使用する検査、および絶食での検査では十分な輸液が一番重要である.在宅酸素療法、少量erythromycin 療法は有効と思われる.腰椎麻酔による小手術でも末梢血管拡張は R-L shuntを急に増加させるため避けるべきで、例えappendicitisの手術でも全身麻酔が勧められる.

(1993-6-2)

9 感染性心内膜炎(infective endocarditis:IE)

近年のIEの動向として、リウマチ性弁膜症が減少しdegenerative aortic valve、mitral valve prolapse、drug addiction 例のtricuspid valve へのIEが増加している.しかし、麻薬が簡単に手に入らない日本ではdrug addiction例は未だあまりない.

弁膜症例および以下に述べる先天性心疾患例、または人工弁患者で発熱すれば常にIEを念頭におく.抗生物質の使用は大量かつ長期必要となる(通常ABPC 12g/dayのIVD を6 weeks)ので、その副作用の出現率は高く確定診断をつけるまで中途半端な抗生物質の使用は避けるべきである.持続する菌血症は診断上大切であり、IEを疑えば24-48時間に4-6本の連続する静脈血培養にて確定診断をつける.動脈血培養は必要ではない.peripheral emboliの有無、心エコ−図でのvegetationの有無もIEの診断に寄与する.長期の治療が必要であり、確定診断が大切であることはいくら強調しても強調しすぎることはない.

9-1 原因疾患

MR例、AR例では逆流量が少なく血行動態的に軽度の症例の方が逆流が重症の例よりIEになりやすい.言い換えると、NYHA III又はIV度の心不全例より症状のほとんどないMR、AR例のほうがはるかにIEになりやすい.

先天性心疾患ではVSD、T/F、PDA、congenital bicuspid aortic valve、ECD、congenital MRにIEは多く発症する.HOCMや右室二腔症ではjet lesionがあるので稀だがIEはおこる可能性がある.ASDII、severeなPSv、severeなMSはIEを起こしにく、また二次的なTRやMRでは起こさない.

mechanical valve、xenograftは共にIEのhigh risk patientである.症状として前者は弁機能不全という形では発症しにくいが、後者は弁機能不全で心不全を呈することが多い.

かつては心臓に解剖学的に異常ある例にのみIEがおこると思われていたが、カラ−Doppler心エコー図検査の発達により、以前解剖学的に異常がない症例がIEとなり、その結果弁膜症となってきていることが確認されている症例もある.

解剖学的に異常があり持続する菌血症が証明できれば心内膜炎の所見がなくともIEとして扱う.

9-2 Prophylaxis

上記の疾患を持つ例にはIEの予防に対する十分な説明が必要である.MVPS例でclickだけの例はIEのprophylaxisをしない(ただし、MVPSの雑音は日により、その大きさが変化することがある).体内に菌が入る可能性のある時(抜歯、各種内視鏡、子宮内蚤把術等)の時に十分な抗生物質のcover(例えば経口AMPC 1.0 g/day が通常量)がなされるように説明しておく.しかし、IEの成因は不明なほうが多く、これら抗生物質のcoverで完全にIEの出現が防止できるものではない.

理学的にnegativeで、症状もない"Doppler弁膜症"にはIEのprophylaxisをしない.

9-3 Embolic sign

どの弁にIEが起こったかということにより症状は異なり、左心系のIE (MR、AR等)では眼底の検査、血尿の有無が大切である.右心系のIE (VSD、PDA等)ではsystemic emboliの所見はなく、multiple pulmonary emboliという形になる.右心系にIEを起こす可能性のある症例が、血たん、持続する気管支炎症状を呈すれば、IEを疑う必要がある.

9-4 Vegetation

vegetationの有無の判定は断層心エコー図により行う.大動脈弁や僧帽弁のvegetationの存在診断は、経食道心エコー図が経胸壁心エコー図に比してより優れている.vegetationの定義は難しく、MVPSのshaggyな僧帽弁や、リウマチ性の厚いvalveは臨床の情報なしにvegetationか、単なるthickened valveかの鑑別は困難である.

先天性心疾患ではvegetationはTVに付着することが多いが、成人の弁膜症のIEに比してvegetationの発生率は低い.vegetationが大きければemboliを起こす危険は高いがvegetationの存在のみで即手術適応というのではない.

機械弁IEでは、弁自身及び弁座のacoustic shadowのため心エコー図では観察が困難でありまたring abscessの有無に注意が必要である.

9-5 手術

native valveへのIEと人工弁置換術後のIEで考え方が異なる.手術法の進歩で、native valveへのIEなら、ある程度抗生物質治療後であれば、vegetationが大きければ急性期でも手術可能となり、またその成績も向上した.

homograftは死体又は心臓移植のrecipient心臓よりとりだしたaortic valveをsterilizationしたものである.機械弁のactive IEで大動脈弁輪にabscessを作っている時は予後は極めて悪く、homograft使用がゆいつ改善の可能性の道である.しかし、日本ではhomograftは移植とみなされるため使用できないのでhomograftを使用できる外国へ患者をおくるのも一つの方法である.

緊急手術ではIEの再発、組織が柔らかいためのsuture problem等があり、ある程度の危険は覚悟せざるを得ない.しかし、抗生物質にresistantでvegetationが増大してきた時、敗血症の症状が進行した時、心不全が内科的にコントロールできない時は緊急手術を行なう.また、人工弁症例ではどうしても熱が下降しない場合は手術せざるをえないが術後の再発は多い.

心臓は断層心エコー図にて観察可能だがIEに合併したmycotic aneurysmは血管造影でしか診断できない.これによる脳出血は致死的であるが、IE罹患例にどの時点で脳血管造影をするかは難しい判断である.感染した血管の手術は高いriskを伴い、一方IEの治癒によりそのaneurysmが消失する可能性があるため、aneurysmを見つけたからといってすぐ手術するか否かは難しい.一般に、IEの罹間期間が長いほど、またvegetationのある例ほどその発生率が高い.

(1993-6-1)