目次

10特発性心筋症

11心不全

12肺高血圧症

13心タンポナ−ゼ

14収縮性心外膜炎

15心膜炎、心筋炎

16解離性大動脈瘤

17妊娠と心臓

18心疾患と外科手術

19英国での経験

 

10 特発性心筋症

特発性心筋症は原因不明の心筋疾患と定義される.Goodwinらによるhypertrophic、dilated、restrictiveの3つの分類に準ずるが、分類不能例もある.HCMとDCMは全く異なる病態であるので単なる心筋症というterminologyはできるだけ避けるたほうがよい.3つの病態の特徴をひと言でいうと、HCMはsupernormal systolic function with small thickened left ventricle、DCMはdilated poorly contracting left ventricle、RCMはincreased LVEDP associated with non-dilated not thickned LV with preserved systolic functionである.

10-1 肥大型心筋症 (Hypertrophic cardiomyopathy:HCM)

HCMの定義は肥大の原因が明確でない肥大心ということだが、Brownwaldが1960年代に最初に記載したdisproportionalな心筋肥大であることが必要である思う.

外来を受診した動機は、ほとんどの例が検診の心電図異常の精査希望である.狭心症と区別できないような胸痛を訴える例も症例の20-30%存在するが肥大した心筋のために運動後であることが多い.HCM例の胸痛の原因は不明であるが、運動負荷タリウム心筋シンチではredistributionが、Websterカテーテルを挿入しatrial pacingにて心拍数を上昇させると心筋代射面からは虚血が証明できる例もあり、肥大心を養うだけのcoronary flowを保てないという考え方もある.欧米でよくみられるshort of breathを訴えLVEDPが上昇している症例は日本では少数である.欧米での肥大型心筋症の肥大の程度は著明であり、日本のそれと同じ次元で論じられないと思う.

HCMの心電図変化は強い虚血性変化であるが、ほとんどの例で症状がなく長期間虚血性心疾患として不必要な医療を受けている例が多い.いつHCMが完成したかということについて、小学生のHCMの頻度と高校生の頻度が異なることより、一つには思春期に出現しているgroupがあることが考えられる.このような症例では遺伝歴があることが多い.遺伝歴のある症例は遺伝歴のない症例に比して予後が悪い.

”HCMの心電図の特徴”という論題は、その論じているHCM症例の選択に心電図を用いておりviasがはいっている.これを論ずるには例えば検診の10000人を心エコー検査でscreeningしてHCMと診断されたものの心電図を検討すべきである.他の疾患でたまたま心エコー検査を施行し、HCMと診断された症例の中に心電図がほとんど正常な例もまれに存在する.

診断には左室拡張末期の形態診断が重要であり断層心エコー図で心筋がdisproportionalに肥大しているという所見があればHCMと考えられる.断層心エコー図の弱点である心尖部に関してはMRIによる良好な静止像が診断に寄与する.断層心エコー図のデ−タの蓄積により、過去にHCMと診断された例が左室内腔の拡大と収縮力低下および心筋の菲薄化によりDCM類似の病態をとりえることが判明しこれがHCMの自然歴の1つとして報告されてきた.これらは、”拡張相肥大型心筋症”と言われる.DCM例で遺伝歴があり心筋biopsyでdisarrayが多く見られる例では拡張相肥大型心筋症の可能性が考えられる.

Doppler心エコー検査の発達によりMRおよび左室内pressure gradientの有無と程度については心臓カテーテル検査なしに十分にその情報がえられる.それゆえ、HCMには研究目的以外では心臓カテーテル検査をしない方向になりつつある.私の個人的見解としては、断層心エコー図にてHCMが判明すれば、患者を入院させTreadmill test、24時間心電図をとる.入院させるのは病態の説明と患者および家族とのcontactをつかむ目的が主である.狭心症を思わせる胸痛があり、虚血性心疾患の合併の有無の判断が困難な例ではCAGを施行する.心房pacingによる心拍数の上昇時のCOとAO圧の変化の測定はHCMの病態を考えるうえで重要な情報を与えてくれる.

GoodwinらHammersmithのgroupは突然死その他の予後があまり違わないということから左室流出路狭窄の有無を厳格に区別する意味はないと主張している.それをsupportするデータとして、HCM例の上行大動脈の血流パターンは左室流出路狭窄がなくとも収縮期前半しかみられずHOCMのそれと同様の例がみられるからである.

種々の分類があるが私は基本的に4つに分けている.

1)hypertrophic cardiomyopathy with obstruction (HOCM)

2)hypertrophic cardiomyopathy non-obstructive type (HNCM)

3)hypertrophic cardiomyopathy、apical type (APH)

4)mid-ventricular obstruction type (MVO)

このうち1)と2)はGoodwinらのいうように基本的な血行動態の特徴はrapid ejectionとdiastolic dysfunctionであるので、厳密にこの2つを分類する意義はないかもしれない.

10-1-1 HOCM

HOCMでは左室流出路にて収縮期に圧較差があるものをいう.

古典的なHOCM例では、bisferience carotid pulse、Valsalva法により増強する収縮期雑音、palpable S4、心エコ−図で大動脈弁でのsemiclosure、SAMが存在する.obstructionはdynamicであり運動負荷または薬物負荷にて増減または出現消失する.その程度は日により時間帯により変化する.MRを合併することが多く、これは理学的には左室流出路由来の雑音と区別できない.なぜなら、HOCMにおけるMRの成因はrapid ejectionによる左室流出路の狭窄のためと考えられ雑音はpan-systolic murmurとはならず、カラードプラよりのFFT分析で時相を調べるとSAMが起こってからMRが出現する例が多くみられからである.左室流出路はdynamic obstructionであるが、その狭窄の程度をCWDより流速を測定し(V)、pressure gradient=4V2という式より圧較差を評価可能である.FFT分析ではlate peaking typeの特徴的な形を呈し、ASのenvelopeとは異なる.Doppler心エコー図により左室流出路狭窄の程度が定量的に診断可能となったが、その結果、断層心エコー図では古典的なSAM、ASHがあるが左室流出路の流速がたかだか1.5m/secの症例、SAM、ASHはないが左室流出路が3m/sec以上の例、後述する様に肥大のないsigmoid septumにより左室流出路が5m/sec になる例もあり、文献を読む時そこで用いられたHOCMの定義を明確にする必要がある.

またPVCの後では左室流出路狭窄は増大し大動脈の脈圧が低下し(Brockenbrough現象)、MR signalは増強する.HOCM例ではEFは70%程度でhyperdynamicであり収縮力の障害はない.これらHCM又はHOCM例が心不全になる契機は心房細動による心拍数の増加、心房収縮の欠如、心室腔の減少による低心拍出量syndromeが最も多いが、左室収縮低下が加味されDCM様になっている例もある.前者には緊急除細動を施行する.左室はhyperkineticでobstructionが強くなりMRが増加しても、faintingは起こす可能性はあるが心不全にはならないと思う.

それゆえ治療目標は、不整脈への対処、拡張能の改善、運動時の心拍数の上昇の抑制であり左室流出路狭窄の軽減ではない.DOEのある症例ではβblockerまたはdiltiazemにて症状の改善が期待できる.Treadmill testによりどの程度の運動能力があるか、また24時間心電図により一日のうちに不整脈はどの程度出現しているかを調べる.malignant PVCがあれば適宜抗不整脈剤を使用する.心筋がstiffであるので心房細動でなくとも心拍数が上昇すれば血圧が下降する.症状がない例では、生活指導はcompetitive exerciseは禁止する程度でよい.血管拡張剤はobstructionが増大するため禁忌であるがsinus rhythm、心房細動を繰り返す時はdigitalis剤を用いる.

10-1-2 HNCM

HNCMは心エコ−図でASHはあるがsemiclosure、SAMのない例をいう.GoodwinらはHOCMとこれらを区別することは意味がないという.それは肥大型心筋症自体が遺伝的に規定され病態の主座はrapid ejectionであり狭窄は、dynamicで二次的なものとの考え方に基づいている.HNCMの予後はHOCMよりはよいように思えるが、治療はHOCMと変わらない.不整脈、その他に対する検査と治療は10-1-1に準ずる.NTG、digitalisその他血管拡張剤は絶対の禁忌とはならないが、あまり用いることはない.HNCM、HOCM例の胸痛には共にβ-blockerが効果がある.

10-1-3 APH

APHはV4-V6のgiant negative T、心尖部に肥大が限局するのを特徴とする型で日本人に多く欧米では極めて少ない.mid ventricleも肥厚し、心尖部が特に厚いというのはこれに含めない.したがって断層心エコ−図でchordaeのレベルでの心筋の厚さは正常であることが条件である.心尖部は心エコー図の弱点でありpoorであれば診断に寄与せず、MRIはこのような心尖部病変の診断に有用である.APHは高齢者に多く、いままで述べてきたHCMに比して明らかに症状も少なく予後もよい.悪性のPVCは24時間心電図にて調べてもあまりなく、突然死はなくautopsy例は他の疾患でのunexpected death例のためにあまり多くない.運動耐用力も同年齢の人の劣らないことが多く、無治療で経過観察することが多い.遺伝歴はないと思う.検診での心電図変化から考えるとこれらAPHは40-50才で発症し、50-60才で完成すると思われる.軽度の高血圧を合併していることが多く、肥大の一つの様式と考える人もいる.

10-1-4 MVO

肥大した乳頭筋により収縮期に左室内の心尖部とLViおよびLVoの間で圧較差が生じる.Doppler心エコー検査でみると乳頭筋のlevelで加速されたflowがみられる.左室流出路狭窄ではないので通常SAMは生じない.HOCMに分類していることもあるが、疾患として独立させた方がよいと思う.また心尖部は心筋が薄いため、HCMの経過中に心尖部に心室瘤ができ圧較差が生じる例はこれには含まない.

左室がhyperkineticであれば以下に述べる様なsigmoid septum例と同様に乳頭筋が軽度肥厚の症例でも一過性に収縮期雑音が生じる.

*Sigmoid septumによる左室流出路狭窄

sigmoid septumは老化現象の一つで左室が大動脈に対し鋭角となり中隔の上部が左室流出路にS状を呈する病態である.Doppler心エコー検査の出現により左室流出路の流速が測定可能となると、これらの症例で収縮期に左室流出路にlate peaking typeの加速された血流(通常2-3m/secであるが、時には5mにもなる)がみられることがある.又PVCの後にはMRが出現することもあり病態はHOCMに類似する.脱水等により左室縮小しtachycardiaおよびhyperkineticになると突然に収縮期雑音が生じる.心筋肥大はなく心電図は正常であることが多くこれらはHOCMに分類すべきではなく、sigmoid septumにより収縮期雑音が出現するということの認識が大切なのである.予後は悪くない.

10-2 拡張型心筋症 (Dilated cardiomyopathy:DCM)

左室が拡大し収縮機能が低下した原因不明の疾患群がその定義であり除外診断であるのでDCMの特徴という論題はあまり好ましくない.弁膜症例では、ARは放置することにより左室はDCM様になりえるがAS、valvular MR、MS単独では通常はこのような状態になりえない.不整脈(PAT、VT、rapid Af)が頻発するために一過性に壁運動異常をきたす例があり、これらは不整脈を治療することにより左室壁運動が可逆的である.どちらが原因かを判定するにはfollowによらねばならない.心エコ−図にて明らかにDCM様であっても2-3年後には左室壁運動が改善する例もみられる.alcohol多飲によりDCM様になりえる.敗血症その他のmetabolicな因子により左室がdiffuseまたはsegmental に低下するが、この左室壁運動異常は可逆的なことが多い.

DCMは心エコーのなかった時代では心不全症状にて来院し心臓カテーテル検査にて確定診断がなされたためCCM(うっ血型心筋症)といわれた.しかし、近年は検診の発達により心電図異常および胸部レ線における心拡大のため外来を受診することが多く、NYHA I度でうっ血症状を欠いているのも多くDCMという名称をつけるようになった.なかには心不全症状は強いが左室拡大は軽度でありEFが不良な症例 (Mildly dilated DCM:MDDCM) も存在し、拡大がないので定義から考えるとDCMには含めないというdiscussionもなりたつ.

NYHA I度のDCMは運動耐用量は正常人と同じである.しかし心エコ−図では著明な左室拡大とびまん性左室壁運動低下でありsymptomaticなDCM例となんら変わりはない.私はこれらの例は5-10年後にsymptomaticになっていく可能性がある.このうち若年者のDCMは進行が速い.NYHAのII度以下のDCM例では外来でACE inhibitorやβblockerを用いることが多い.

DCMの予後を評価するとき、過去におけるCCMの時代では心不全により発見されて5年生存率で50%ということがいえたが、現在ではDCMの症例には症状のな例が多く含まれているので同一次元でdiscussionはできず、そこに書かれているDCMがどういう定義かを明確にして文献をあたる必要がある.

心臓カテーテル検査は虚血性心疾患との鑑別に必要である.右心カテーテル検査においてはPARが同じでも、PCWPがあまり高くなくCOが著明に低下しているものから、PCWPが極めて上昇しCOが正常に近いものまである.PCWPが低くCOが著明に低下しているほうがPARが同じでも心機能として悪い.

治療目的は心不全の改善、致死的不整脈および、塞栓症の予防である.不整脈の治療は24時間心電図、Treadmill testを施行し、治療方針を決定する.心不全に対する治療を最大限にしても不整脈がコントロールできなければ抗不整脈剤を開始する.なぜなら、心不全時にPVCが増加したとき、抗不整脈剤はmyocardial depressantであるので心不全の増悪がありえるのからである.

autopsy例ではpulmonary emboliがかなり多く、また左室からの血栓塞栓症を予防する意味もあり、NYHA III度以上の例にはanticoagulationが勧められる.

diastolicのMRやTRを減少させる目的でrefractoryの心不全の例でDDD pacingが試されている.

10-3 拘束型心筋症(Restrictive cardiomyopathy:RCM)

RCMの定義は、左室の拡張がなく、心電図、心エコー図等で著明な左室の心肥大所見がなくEFが良好な例とされる.厳密に定義すると非常にまれである.肥大心はすべて多少なりともrestrictive physiologyが存在するので、RCMをひとつの疾患群に独立させるためにも厳密な定義に基づく分類が必要である.

高齢者で心房細動で両心房が拡大し、左室の拡大壁肥厚もなく収縮もよくTRの流速より推定される右室圧が上昇している症例はRCMの可能性もある.それを証明するためにはLV圧のdiastolic decayがless steepであることPCWPの上昇の確認が重要である.

CPとの鑑別には左室右室の同時圧測定が役に立つ.

10-4 specific myocardial disease

上記に含むものとしてsarcoidosis及びamyloidosisがある.

sarcoidosisは断層心エコー図で特に心基部の壁運動が局所的に障害され、心筋病変はpatchyに起こるため心筋生検で陰性でも完全に除外できない.

amyloidosisは初期であればRCMと同様の病態を示すが、左室壁はamyloid沈着のため軽度肥厚する.心不全にて医療機関に訪れた場合は通常収縮能も低下している.左室はstiffのためあまり拡大せず、断層心エコー図にて特徴的な像を示す.medically refractory CHFを呈し、診断がつくと予後は約6カ月である.

(1993-6-7)

11 心不全

心不全とは、末梢組織が必要とする酸素およびその他の栄養を送るに十分な心拍出量を肺うっ血が出現する程に左房圧を上昇させても補えない状態と定義できる.

左房圧は25-30mmHgになると、理論上肺の間質に水分が流出して肺うっ血となる.しかし時間の因子があり30mmHgの左房圧が10分持続しても肺うっ血にならないが、20-25mmHgの左房圧が24時間持続すれば肺うっ血になりえる.末梢組織のほうからみれば栄養の供給が必要であり、十分な血液を送れなければ低心拍出量syndromeとなる.

臨床症状はうっ血症状と低心拍出量による症状から構成される.うっ血症状は左房圧の上昇に起因する肺水腫と右房圧の上昇に起因する全身浮腫であり、低心拍出量による症状は全身倦怠感、痩せ、または末梢の冷感等である.

心不全は症候群であり診断名ではないのでまずその原因を追求すべきである.その際、心機能を司どる1.前負荷、2.後負荷、3.心拍数またはリズム異常、4.収縮力、5.弛緩、6.充満の6つの因子より考えるのが妥当である.弛緩、充満はともに拡張期のeventである.心不全はこのうちのいくつかの障害により完成される.またhyperthyroidism、beriberi、pheochromocytoma、anemia、renal dysfunction等のextracardiac factors についても考慮する.

例えば拡張型心筋症による心不全では左室の収縮力が低下し、前負荷が増大し肺うっ血をおこし、左室拡大の結果後負荷も増大する.この状態では貯留した水分の除去と収縮力を高める薬剤が使用される.一方、左室の収縮力は良好だが、拡張能低下のため左室の充満に左房収縮の関与が大きい肥大型心筋症例では心房細動により心不全になりえる.そのような例ではそのリズム異常を改善すること、つまり洞調律に戻すことが最初に取るべき治療である.また僧帽弁狭窄症では心拍数が増加し拡張期の時間が減少し心不全となりえる.このような例では収縮力が低下していないことが多く、治療は心拍数のコントロールと貯留した水分の除去である.このように心不全の治療は原疾患の考慮なしに始められない.初回の心不全例では急性期に断層心エコー図、およびカラーDoppler心エコー検査を施行し、心不全の原因を考えるべきである.

正常洞調律の心不全例のパルスドプラ法での左室流入パターンにおけるA/Eを比較すると、A/Eは心不全時のほうが低く、心不全が改善すれば著明にA波が増大する.これは心不全時に左室拡張末期圧(LVEDP)が著明に上昇したため左室の拡張に心房収縮が関与できない状態と考えられる.左室壁運動が低下している例や、左室心筋肥大がありA/Eが1以上でなけれがならない例においてA/Eが1以下であると極めてLVEDPが上昇している状態も考慮すべきである.正常洞調律では左室流入パターンにおけるA/Eはnormal pattern、IRT (isovolumic relaxation time)が延長するrelaxation abnormality pattern、IRTが逆に短縮するrestrictive filling patternに分類され、同一症例では例え断層心エコー図で壁運動異常に変化がなくともパルスDopplerによる左室流入パターンのA/Eの変化は臨床所見と極めてよく一致する.Doppler心エコー検査を使用しても心不全で原因の明確に出来るは70%位であるが高齢者では原因不明例の率はもっと高くなる.

また生体が種々の代謝が異常に傾いたときにも可逆性の左室壁運動低下はおこりえる.

心機能を司る6つの因子につき論ずる.

11-1 Cardiac performanceを規定する6因子

11-1-1 Contractility

contractilityはその定義が難しく、1)isovolumic phase index(dp/dt)、 2)ejection phase index(EF、%FS)の2つに分けられるが前者はpreload dependentであり後者はafterload dependentである.たとえば、valvular MRではEFがよくてもcontractilityが良いとはいえない.また逆にAS、acute AR でafterload mismatchを起こしている例ではcontractility が正常でもEFは低下している.

陳旧性心筋梗塞、拡張型心筋症ではcontractilityの低下により心不全となる.しかし、心不全のない時期のこれらの例で、安静時のCO、PA圧、PCWPは正常のことが多い.

左室壁運動異常以外に心筋の状態を把握する他の方法は、1)左室が十分な収縮期血圧をだしえるかということ、2)心筋シンチでdefectがあるか、3)histologyでのfibrosisおよび心筋細胞の病的肥大の程度である.

11-1-2 Heart rate & rhythm disturbance

正常の心臓ではRA pacingで心拍数を短時間150/min.に上昇させても心不全は起こらないがMS、HCM等では拡張期時間の減少により左房圧が上昇し肺うっ血を起こしえる.これにも時間の因子があり、長時間でないとなかなか心不全にならない.DCMがPATを起こすと心不全になりえるがその場合、薬物で心臓の収縮力の改善はあまり期待できずSinus rhythmに戻すほうがむしろ心不全の改善が期待できる.左室充満に左房収縮の関与大きいrestrictive physiologyを持った例では、心房細動によりatrial kick が消失し左室は縮少し低心拍出量syndromeとなることもある.PAT、VT、Af with rapid conductionにより左室壁運動が低下する症例(tachycardia-induced cardiomyopathy)があるが、reversibleとなるのに時間を要する.

11-1-3 Afterload

Afterloadとは物理的にはend(mid or mean)-systolic wall stressと定義される.左室はpressure overloadに対してLV wall thicknessを増加させwall stressを一定にさせるというadaptationを行なう.”afterload mismatch”というのは比較的急速な圧負荷に左室肥大が追従できなかった時、LV wall stressは上昇するため左室壁運動は低下するがこれはmyocardial failureではないという意味である.圧負荷を解除すると壁運動は正常化する.

11-1-4 Preload

Preloadとは物理的にはend-diastolic wall stressと定義され、臨床的にはPCWPおよびLVEDPがこれを表わす.正常人ではpreloadを上げることでStarling lawによりCOを増大させるが、心不全例では循環血液量が増加してpreloadも増大している.

11-1-5 Relaxation

Relaxationの障害の指標は、IRTの延長、および心カテーテル検査での-dp/dtの低下である.心臓の収縮および拡張のなかでrelaxationが最もenergy dependentである.severe 3 vessel diseaseでお互いcollateral vesselsを出しあっている例では、心筋梗塞に至らない心内膜下心筋虚血のみでrelaxationが極めて悪化しPCWPが著明に上昇し急速に肺水腫に陥ることがある.左房圧が著明に上昇するとLVのdiastolic decayがless steepであってもIRTは逆に短縮する.

11-1-6 Filling

左室のFillingは急速充満期、心房収縮期に分類される.臨床的にはM-mode 心エコ−図による左室後壁の拡張期の運動、Dopplerの左室流入パターン、左室造影でのpressure volume relationship、RIによるdiastolic filling fractionの測定にて判断する.

左室がstiffになると、通常15%位の左房収縮が30-40%に上昇し左室のfillingに心房収縮の関与が大きくなる.しかし、左室がよりstiffになるとLVEDPが著明に上昇し心房収縮は左室のfillingにもはや関与できなくなる.このような例では大多数が心房細動になっている.CPではrelaxationは保たれるが肥厚したpericardiumによりfillingが障害され左房から左室へ血液が拡張早期にしか流れない状態である.

肥大心ではrelaxation、fillingの両方が障害されrestrictive physiologyとよばれるが通常は共に程度の差こそあれ障害されることが多い.

11-2 心不全の治療の実際

心不全治療は一般療法としての安静減塩食と薬物療法として利尿剤、ジギタリス剤に加えて血管拡張剤が使用される.

利尿剤は前負荷を軽減し、ジギタリスは収縮性を高め心拍数を低下させ、血管拡張剤は前負荷および後負荷ともに減少させ心不全の改善に寄与する.しかし、大動脈弁狭窄症による心不全例では血管拡張剤の使用は逆に心不全の悪化またはショックがありえ、常にetiologyを考えなければならない.

最初になすべきことは安静、減塩食である.どうしても入院できず外来で治療する場合、利尿剤を中心に投与する.安静、減塩食なくしてdigitalis剤が効果はないと思う.近年、心不全例では長期に交感神経の緊張のためβreceptorが減少しその結果内因性catecholamineによる収縮力増加が少ないため、βreceptorをup-regulationするβblocker療法の有用性が確立されてきた.以下、代表的原因例を呈示しその治療法を論ずる.

11-2-1 DCM、またはIHDによるDCM類似状態による心不全

実際に収縮力低下による心不全例の急性期にSGカテーテルを挿入して便宜上Forrester分類に準ずると、中年例(60代位まで)ではII型が多く高齢者ではIII型が時々存在する.IV型は臨床的にはショック状態の例である.III型に輸液してもIII型に留まる例はIV型よりも血行動態的に悪い.高齢者のIII型は肺うっ血はあるがPCWPは低く末梢組織は脱水であり治療に困難をきたすことが多い.このような例では利尿剤を使用するよりも点滴を増加させたほうが逆に臨床的に改善することもある.

II型の心不全は、病歴として過度の運動を行なった翌日や、肺炎を合併した等で、通常より多くの心拍出量が必要となった後に心不全をおこしている例である.それらの例の多くは、1回の利尿剤の投与で症状は改善し、心不全改善時はPCWP、COとも正常のことが多い.心不全改善時に循環血液量のみを増大させても腎臓よりほとんど余分な水分は除去されなかなか心不全に至らない.通常の心機能低下に加えて何かadditionalの因子にて心不全になると思われる.心不全時に時にみられる利尿剤によりPCWPを下げたほうがCOが上昇する症例では、利尿剤の投与により悪循環が解除されpreloadが下降し心機能が改善したと解釈できる.これらの症例を急性期、慢性期に心エコ−図でみてみると左室腔はほとんど変化がないことが多く、左室壁運動は軽度だが改善、RA、RV、LAの大きさの減少が著明という例が多い.カラードプラでみるとMR、TRの程度が減少する.

治療は左室の収縮力を高かめなければならないが、一方結果として体内の水分が過剰となっているので、利尿剤、catecholamine、血管拡張剤を使用する.また、心不全の治療時の利尿剤使用によりヘマトクリットが上昇するための全身血栓症を起こさないように心不全の治療開始と同時にwarfarin及びheparinを使用する.βblocker療法はNYHA II度以下の症例では外来にてmetoprolol (セロケン)40mg/dayで開始し、NYHA III度以上の症例では入院にて治療を開始することが望ましくのセロケン 5-10mg/dayで開始し漸増する.

最終的には心臓移植が唯一の残された方法と思われるが、βblocker療法は最後に試みる価値は十分にある.

11-2-2 Subendocardial ischemiaによる心不全

subendocardial MIは血管病変としては、一枝病変に血管攣縮が加わったか、またはsevere 3VDでnetwork collateralの例かのいずれかであり、後者は心不全を合併することもあり予後不良である.病態としてはLVEDP上昇−心筋虚血−LVEDP上昇、等という悪循環をたちきることが大切である.もちろん、利尿剤、Morphineは使用するが狭心症がなくともニトロ製剤は必ず使用する.原因がSubendocardial ischemiaによる心不全であれば、肺水腫であってもβblockerが効果があることがある.またIABPは心筋虚血を改善するため、この心不全に極めて効果的である.CAGで例え全ての血管も細くとも、できるだけ多くの血管をrevascularizationをすることによりnetwork collateralを介して心筋虚血と症状の改善が期待できる.

11-2-3 MS with rapid ventricular responseによる心不全

MS例における心不全の原因は収縮力の低下ではなくstenotic mitral valveのためのLV fillingの障害である.悪循環のため肺うっ血をきたしている.心拍数が速いのは原因でも結果でもありえる.

治療は利尿剤により増加した循環血液量を減少させ、digitalis剤のnegative chronotropic effect に期待する.理論的にはβ blockerを使用してもよいがdigitalisが第一選択となる.それでも心拍数がコントロールできなければverapamilのAV node抑制効果に期待する.軽症MSでも種々の原因により極端なtachycardiaが持続すると心不全になりえる.

11-2-4 MRまたはARによるvolume overloadによる心不全

NYHAのII度以下では無治療であるがIII度以上になると通常のdigitalisと利尿剤以外にACE inhibitor等の血管拡張剤が効果的である.AR例でASが合併している時、それが中等度以下なら血管拡張剤は禁忌とはならない.

acute MRまたはacute AR例ではrefractoryな心不全を呈することがあり、基本的には手術が考慮されるが動脈圧をモニターし、CCUでのsodium nitroprussideのIVDは効果があることがある.

11-2-5 ASによる心不全

ASがmain physiologyの心不全は、血管拡張剤は絶対に使用すべきでなく、少量の利尿剤のみしか使用できない.例え高齢であっても、手術によるstenotic lesionの解除を考慮する.

11-2-6 HCM with Afによる心不全

Restrictive physiologyの強いHCMでは、LV fillingに心房収縮の関与が強い.それゆえ心房細動の出現にて左室はより小さくなり血圧低下または、肺水腫になりえる.100-200Wでのemergent cardioversionが第一選択となる.左房の拡大が著明になると心房細動に固定するが、この場合心拍数のコントロールが大切である.

左心不全の原因が左室拡大と収縮力低下によるなら(HCMのDCM相)、治療は11-2-1に準ずるがこの場合βblocker療法に期待できない.

11-3 心不全に対する臨床的疑問点

11-3-1 CTRの増大の意味は?

心不全時に胸部レ線上拡大した心陰影は心不全改善後に縮小する.このひとつの大きい因子としてdyspneaによる吸期不十分が考えられる.これらの症例を急性期、慢性期に心エコ−図でみてみると左室腔はほとんど変化がないことが多く、左室壁運動は軽度だが改善、RA、RV、LAの大きさの減少が著明という例が多い.心腔径の評価に関し、断層心エコー図はセクタ角の制限(最大でも90度)、またpoor subjectの問題がありこれの解決に心臓の全体像が描出できるMRIに期待できる.

11-3-2 心不全時循環血液量は増大するか.

急性期に循環血液量を測定してみるとほとんどの例で慢性期より増加している.高齢者のForrester III型類似の心不全では循環血液量は増加しているか減少しているか不明である.心不全を起こしているのに、皮膚、舌は乾いており、食事も取ってない病歴があり脱水状態である.生体のひとつのadaptationかも知れない.心筋収縮力の低下した例での心不全改善時には、かなりの水分をIVDにて負荷してもほとんどは腎臓にてclearされ心不全にはならない.心不全時のみ、なぜ循環血液量が増えているの.人間では再現性をもって心不全は作成できず、その成因に何か我々の気づいていない何らかの因子があると思われる.

11-3-3 巨大右房、高度TRを呈する高齢者心不全

高齢者の心房細動を合併した心不全のうち、TRの明確な理学所見を呈するが心エコー図では、左室拡大および壁肥厚もなく、左室の収縮力はよく、三尖弁の形態的変化がないが巨大右房を合併し、推定右室圧が軽度上昇にすぎない症例が時々見られる.軽度の肺機能異常、長期の心房細動に加えて加齢現象による右室心筋の拡張不全がその原因と考えられる.このTR自身は心不全の原因ではないので三尖弁を置換しても心不全が改善するとは思えず、いままで論じてきた弁膜症と同一次元では論じれない. (1993-6-8)

12 肺高血圧症 (Pulmonary hypertension:PH)

肺高血圧症は原因により左房圧上昇によるPHと、左房圧が正常であるPHに大別される.前者は左心不全の結果であり、これらは左心不全の項でのべたので省略する.後者ではpulmonary flowの増加した結果のsystolic pulmonary hypertensionとresistanceの高いPHに分けられる.pulmonary flow の増加したPHはASD II等にみられ、resistance の高いPHはその原因により以下の6種類に分類される.

1.pulmonary emboliによるPH

2.肺疾患によるacute & chronic cor pulmonale

3.血管炎によるPH

4.Eisenmenger complexとしてのequivalent PH

5.Pulmonary veno-occlusive disease 又はpulmonary vein(s) obstruction

6.primary pulmonary hypertension

確定診断は心臓カテーテル検査による右心圧測定と肺動脈造影による.PHが存在する場合には良好なPCWPの記録が困難であり、PCWPはPA圧とPCWPの合成波として高く記録されることがあり注意が必要である.

PAsは上昇するがPAdが低ければ(wide pulse pressure) high flow PHであり、PAdも上昇するnarrow pulse pressureのPHと病態を異にする.しかし resistanceが著明に上昇するPHのterminal stageではPAのatheromatous changeが強くPAの進展性が障害されwide pulse pressureとなりえる.hypoxemiaによりPHをきたしている場合(hypoxic pulmonary vasoconstriction)、特に小児のVSD+PH例では酸素投与によりPHが改善されることがあるので機能的なものとの鑑別が必要である.

原因にかかわらず、理学的所見では、RV heave、PA pulsation、pulmonary ejection sound、S2の亢進、PRやTRの所見が見られることがある.PRは肺動脈弁輪の拡大にて起こり丁寧に聴診すればかなりの率で聴取される.TRは右心不全にて容易に出現するが、これはPA圧を下降させるための生体のadaptationの可能性もある.

肺疾患によるacute cor pulmonaleでPaO2が極端に低い例ではコントラスト心エコ−図を施行するとPFO(Patent foramen ovale)を通じて逆シャントを証明できることがある.これらの例ではチアノ−ゼはあるがPHの所見は比較的少ない.PFOによる逆shuntによりpulmonary flowは減少しPA圧が比較的低く保てるのでPFOが存在するほうがこのような例に対して有利である可能性がある.このことから治療の一つとして、極めて右室が拡大し左室が小さい場合はASDを作成し、cyanosisは無視し左室の容量を増大させ血行動態的にEisenmenger症候群と同様にするのも一つの方法と思われるがPPHでは病態が自体が進行性であるので効果がない可能性もある.

コントラスト心エコー検査にてこのようなR-L shuntが見られれば、RA圧がLA圧より高いという意味であり左心不全は否定できる.

CWドプラにてTR(V1)及びPR(拡張末期のV2)のvelocityを測定し、PA圧を推定できる(PA収縮圧=4V12+RA圧、PA拡張期圧=4V22+RA圧).しかし、PAdの推定はunderestimateすることが多い.MSやMRによる左房負荷と異なり、RAが極めて拡大しTRがsevereであっても心房細動になる例はみられない.それは患者群が僧帽弁患者に比して若年であるためかも知れない.

右室は圧負荷に対し比較的急速に拡張し、断層心エコー図では形態的に異常所見としてとらえやすい.しかし、TRの流速測定よりの右室圧推定はもっとsensitiveであり、形態的に正常な断層心エコー図を呈していても右室圧が40mmHg程度の右室圧負荷は多くみられる.

12-1 Pulmonary emboliによるPH

pulmonary emboliによるPHでは突然の呼吸困難、ショックにて発症することもあるが、1-2か月で徐々に悪化する労作時呼吸困難で発症することの方が多い.心電図はV1-V4のT波の陰転、不完全右脚ブロックをはじめとする右室負荷像を呈することが多いがsinus tachycardiaのみのこともある.急性期でなければ、PaO2の低下がないこともある.日本人は欧米人ほどhypercoagulableではないが、over-weightな例で手術後または治療のため長期臥床を余儀なくされる例は肺梗塞のhigh risk 群でありanticoagulationを積極的に行う.通常に生活している症例でも肺梗塞はありえる(ambulatory pulmonary embolism).

確定診断には肺血流シンチまたは肺動脈造影が行なわれる.換気シンチは同時に施行したほうが診断的価値は高いがbreath holdingが必要であり状態の悪い症例ではすすめられない.健常の肺を片方ligationしてもPHにはならないので肺血流シンチには表れない小さな血管にも多くのpulmonary emboliが起こってる可能性がある.又、高齢者ではbronchospasmのみで発症することもあり、asthmaの病歴のない例で急にasthmaが出現する場合は小さな肺梗塞を疑うべきである.

腫瘍塞栓によるPHは臨床的に肺梗塞によるPHと酷似するが、この診断がつけば予後は極めて悪い.

急性期にはHeparin 12000-15000 U/dayのIVDを行ない以後 warfarin の投与にきりかえる.通常shockを呈さなかった例では右室負荷は改善し運動耐容量も改善することが多く、他の原因によるPHと予後は異なり良好と思われる.warfarin治療は一生であり、理学療法として下肢の屈伸運動を奨励する.

治療の目的は、再発の防止と、塞栓を起こした血栓の溶解でありPA圧の下降ではなく、急性期に血管拡張療法はあまり有用ではない.頻回に再発を繰り返す症例ではIVCのfilterを挿入する.過去にPHに全くさらされていない正常の右室では、massive pulmonary emboliによりもPA圧をあまり上昇しえず、PAが60mmHg以上となるにはもともと軽度の右室負荷が存在していた心臓であると推定できる.

12-2 肺疾患によるacute & chronic cor pulmonale

cor pulmonaleは原因としてはsino-bronchial syndromeを含むchronic bronchitis が多くemphysema単独ではなかなかPH、右心不全にならない.

これらの例でPaO2が極めて低下している場合は利尿剤のみで右心不全の改善はあまり期待できず、酸素が最も利尿効果がありweaningが困難となるがrespiratorの管理でPaO2を上昇させることにより大量の利尿がつく.胸部レ線でfollowすると、心拡大は極めて速やかに縮小し、RA、RVの縮小拡大が容易であるということを表している.

12-3 血管炎によるPH

血管炎によるPHでは原疾患の治療が大切である.PHを呈する血管炎ではPHの程度は予後を決定する上で重要でありfollowとして必要なら繰り返し右心カテーテル検査を施行しPHの程度の変化をみるのがよい.cyclophosphamide等による原疾患の治療によりPHが著明に改善する例もある.

PSSによるPHは通常は、血管造影で見えないlevelのvasculitisによるものでありPAdも上昇する.しかし、aortitis等では branch stenosis として発症することがありこれら例では狭窄部のproximal ではsystolic hypertensionは呈するがPAdは非常に低く、distal PAはnarrow pulse pressureで病態としてはsevere PSと同じである.

12-4 Eisenmenger complexとしてのequivalent PH

先天性心疾患 Eisenmengerの項(8-4)で述べたので割愛する.

12-5 Pulmonary veno-occlusive disease 又はpulmonary vein(s) obstruction

腫瘍によるpulmonary vein(s) の閉塞はカラーDoppler心エコー図により時々みられるが、PHを呈した自験例はなく、pulmonary veno-occlusive diseaseも自験例がないので割愛する.

12-6 Primary pulmonary hypertension (PPH)

PPHは除外診断であり、いままで述べた1-5が除外できればPPHと考えられる.予後は極めて悪く症状出現後の2年生存率は50%以下である.PAの拡大によりPA内の血流が緩徐となるため二次的な肺梗塞もおこり、突然死も多い.進行した状態になってから病院を訪れた例ではPPHが先か、肺梗塞が先か判定するのが困難である.

正常人では肺血管床にreserveがあるために増加したpulmonary flowをresistanceを下降させPA圧の上昇を防いでおり、運動時に心拍出量が2-3倍になってもPA圧は上昇しない.しかし特に肺血管床の破壊が大きいPPHでは、運動時等で心拍出量が増加すればPAのresistanceが一定であるため心拍出量が増加した分だけPA圧が上昇する.つまり肺血管床にreserveがないのが病態の本体である.PPHでは種々の血管拡張剤に対して効果がないことがほとんどであり、治療は二次的な肺梗塞の予防以外はない.現時点ではtotal lung heart transplantation が唯一の治療方法である.PA圧のpatternは当初はPAdは上昇しているが、terminal stageになればPAのatheromatousな変化は著明となりPAdが低下し、wide pulse pressureとなることがある.これは高齢者の収縮期のみのhypertensionおよびaortitisの大血管と同様のphysiologyである.PPH例で死亡直前でのPA圧はsystemic pressureを凌駕し、autopsyでの右室の心筋は正常肥大のみでfibrosisはない症例の観察から、PPHのterminal stageであっても右室心筋自体の障害は軽度であると考えられる.

(1993-6-7)

13 心タンポナ−デ

心タンポナ−デとは、心臓をとりまくpericardiumに大量のeffusionが貯留することにより両心室の拡張が障害され、うっ血症状と低心拍出量症状を特徴とする病態である.静脈血が右心室に還りにくいため、理学的所見では頚静脈の拡脹、肝臓腫大ならびに四肢末梢の浮腫がみられる.触診では paradoxical pulseがみられ聴診ではquiet heart である.心タンポナーデを疑えば断層心エコ−図をとることが一番で、大量の心のう水、RA、RVの狭少化(特に吸期時に著明)、IVCの拡大が見られる.RVの径が軽度拡大していると心タンポナ−デ以外の病態による大量のeffusionの貯留が考えられる.徐々に進行すれば、大量のeffusionであっても必ずしも心タンポナーデになるとは限らない.右心カテーテル検査ではRA圧の上昇 (PCWPとRA圧はほぼ同じ圧)と、dipを呈さないRVの拡張期圧のうきあがり(台型パタ−ン)が特徴であり、RVの収縮期圧はせいぜい30mmHg位である.治療は心のう穿刺によるdrainageである.利尿剤はあまり感心されるものではないがうっ血所見が強ければ用いる.

viral pericarditis、collagen diseaseの一つの症状としてのpericarditisやDressler syndromeでは心タンポナ−デになることは極めて少ない.心タンポナ−デのほとんどの例がmalignant tumorの浸潤であり、open heart surgeryの後 1カ月くらい経てからのdelayed tamponadeがありえる.解離性大動脈瘤でpericardiumへの多量の出血のため心タンポナーデを呈している例では、上昇した心外膜の圧でかろうじて大動脈解離よりの出血をとめているので安易な穿刺は避け緊急手術を考慮するべきである.出血以外でも解離腔の圧迫による炎症性の大量の心のう水貯留もありえる.

パルスDoppler心エコー図によりLViまたはRViの流入血液パターンでは、大量の心嚢水貯留時のほうがA波が高いことが多い.filling pressureが著明に上昇して、初めてA波が消失するのかもしれず、Doppler心エコー図の発達は心タンポナーデの診断にはあまり寄与しなかったと思われる.

(1993-5-21)

14 収縮性心外膜炎(CP)

CPとは、肥厚した心外膜のために心筋が拡張できなくなり、relaxationは保たれるが、それに続くfillingが障害される病態である.通常は慢性に経過し、左房、右房はともに拡大しAfであることが多いがsubacute typeではlow outputのためsinus tachycardia例が多い.拡張障害は主に低圧の右心系を侵し、胸部レ線上肺野が比較的明るく四肢の浮腫が主症状となる.原因の不明の右心不全ではCPを常に念頭におくことが大切である.拡張障害の程度が強くなると左房圧も上昇し、肺水腫となる.

過去には原因として結核によるものが多かったが、現在では原因不明の例が一番多く心臓手術後の例がしばしば見られる.現在では、CTが厚い心外膜を描出するのに最も適している装置である.心外膜と心筋は一部で密に癒着し、左室は縮小し、左室壁運動が低下している例が多い.パルスDoppler心エコー図による左室および右室の流入血液パターン測定が可能となりchronic CPでは高いE波、deceleration及びacceleration速くなるがsubacute CPではそのような所見は見られないことが多い.

CPを疑った症例では左右心臓カテーテルでの右室および左室圧の同時測定が一番重要であり、ともに拡張末期圧が5mmHg以内になり拡張早期dipを呈する.またRA圧とPCWPがほぼ同じ値になりrapid Y descentを示すのが特徴であり、大動脈圧はparadoxical pulseを呈する.これは吸気時の静脈還流の増大により軽度RVのstroke volumeが増大すると、その分LVのstroke volume が減少するためと考えられる.RVのdipならびにRAのrapid Y descentの存在はearly relaxationが正常であるという証拠である.subacuteの例ではpericardial effusionが少し残るのでdipを呈さないことがある.

water filled systemで測定する右室圧パターンはundershoot現象のためCPによる真のdipとの鑑別が困難な時がある.こ場合、圧の変化の少ないRAでのrapid Y descentの方が診断の助けとなることがある.

severeなTRではCPと同様にdiastolic equalizationがありえるので注意が必要である.まれな疾患であるRCMとの鑑別はカテーテル検査のみではきわめて困難である.心タンポナーゼに比較してCPでは右室収縮期圧は50mmHg位にまで上昇しえる.

Gaシンチでpericardiumに集積像がみられれば炎症がいまだactiveと考えてsteroidを使用するのも一つの方法と思われる.

CPの手術時は出血がかなり多く外科医にとって困難な手術の一つである.CP=curableといわれるが手術の成績はそれほど劇的とは思わない.また、serositisのひとつの表れとしてpleuritisによる胸膜肥厚があれば肺の拘束性肺障害も合併しCPを外科的に解除しても予後は悪い.

(1993-5-21)

15 心膜心筋炎

心膜心筋炎は典型例では上気道炎後に胸痛、心不全、complete blockを主訴として発症し、心電図は心筋梗塞では説明できないような全誘導の異様なSTの上昇がみられることが多い.病歴、心電図共に典型的なIHD例でも心筋炎のこともありえる.

PVCが上気道炎後に一過性に出現する例などは心筋炎の可能性が高く、無症状で経過する症例の方がずっと多いが、上気道炎後に全ての人に心電図をとるのは"いきすぎ"のように思う.原因virusを血清により同定できる例は比較的少ない.ほとんどの例で後遺症なく回復するが、少数例だが低下した左室の壁運動異常の改善がなくDCM様になる例も存在する.

急激な静脈圧の上昇により、急性腹症として来院する症例もあり、この場合、静脈圧が高いので、開腹してしまうとは治癒に難渋することがある.また中等度の心嚢水が貯留し、静脈圧が高い時、右心カテーテル検査にて心タンポナーゼを除外する必要がある.PCWPとRA圧がほぼ同じならpericardiocentesisにより静脈圧の下降が期待できるが、PCWPがRA圧よりかなり高ければ、上昇したPCWPは心筋の浮腫による拡張障害のためと考えられpericardiocentesisをしないで内科的に治療した方がよい.

心エコー図では重症例ではdiffuseな壁運動の低下があり、軽症例ではsegmentalに壁運動低下が出現する.serialに断層心エコー図がとれると、回復期は左室で一過性の心筋浮腫がみれることもある.steroidは実験的心筋炎ではその治癒をおくらすので通常は使用しない.治療は収縮力の低下した心不全に準じ、specificな治療はない.complete blockを合併した左室壁運動低下の強い重症例ではDDD pacemakerにて軽度の行動態が改善が期待できる.shockになればIABPを挿入せざるを得ないが効果はsystolic unloadingにしか期待できず、IHD例のように絶大ではない.IABPを挿入する時、虚血性心疾患の除外のためCAGは同時に実施する.

近年では急性期に左右カテーテル検査、冠状動脈造影、心筋生検をし、PCR法でvirus genom の存在を検査していくというのが趨勢である.

種々の代謝性の原因で冠状動脈によらない一過性の左室壁運動低下例がみられるが、これらの例では心不全になるのは希である.心臓も、ARDSにおける肺と同じく各種代謝疾患のtarget organになりえる.しかし、これらの症例にもし心筋biopsyが施行できるとsubclinicalな心筋炎を証明できる可能性もある.

心膜炎は典型的な胸痛で来院し、friction rubが聴取され、心電図ではdiffuseなSTの上昇が見られ、その後ST部分、T波が変化する.心エコー図では左室壁運動低下はないが、心筋biopsyをすると心筋炎の所見がみられることもありこの場合subclinicalな心筋炎が合併したと考えられる.若年女性ではこう原病の初発であることも多く、今後のfollowでの注意が必要である.治療はnon-steroidal anti-inflammatory agentを使用する(Bufferin 4-8tab./day).タンポナーデやCPになることはまれである.もちろん、急性期は入院治療が原則である.

(1993-5-22)

16 解離性大動脈瘤

解離性大動脈瘤は、severeなchest painで発症し、古典的には胸部レ線にて縦隔陰影の拡大がみられる.しかしCTがルーチン検査となった現在では症状その他が非典型例でも解離性大動脈瘤の症例が多く発見されるようになってきた.理学的所見では脈の左右差は注目すべき点だがこれがないからといって解離性大動脈瘤を否定できない.どこかの腔に破裂すれば、病院に到着する以前に死亡する.

現在ではCT検査が第一選択であり、腹部大動脈の状態をみるのには腹部エコ−が適している.経胸壁の心エコー検査ではみえる範囲が狭く解離性大動脈瘤に関しては積極的にはcommentできない.経食道心エコー図(TEE)は、造影剤を使用しないで下行大動脈および上行大動脈の詳細な像がえられるがエコーwindowがせまいという弱点がある.咽頭反射が強い症例ではTEEの挿入により血圧が上昇するので急性期のTEEは血圧のmonitorとsedationが必要である.しかし、ICUでrespirator装着後であればTEEでよい情報が得られる.aortographyは大腿動脈からfalse lumenにカテーテルが挿入されていないことを確認しながらpig tailカテーテルにて行う.angiographyでdissectionがなくともCT、TEEで大動脈の内膜肥厚のみがみられる例(血栓閉塞型)では、解離腔が血栓により完全に閉塞したと考えられ手術の適応はない.

急性期はDeBakey分類にそい治療指針を定める.急性期でもDeBakey type I、IIではentryを閉鎖する手術法が基本的であり心臓外科医が扱う症例である.type IIIは急性期には手術適応はない.いずれにしても血圧を下降させることが大切で、特に大動脈壁にあたる力を減少させるため、心拍数と血圧を下降させる.βblocker、sodium nitroprussideその他薬剤で心拍数を60/min.以下、血圧を130/80mmHg以下に抑える.

心のう水が大量でその原因に解離性大動脈を考えているときは上昇した心嚢圧で辛うじて出血を止めているので、内科医は絶対に心のう穿刺してはならない.

胸痛の病歴を有するunexplained pericardial effusionの症例や、急性の原因不明のAR例では解離性大動脈瘤を常に頭において検査をすすめる.

(1993-5-21)

17 妊娠と心臓

妊娠時循環血液量は通常の最大約1.5倍となり、種々のホルモンにより末梢血管が拡張する.正常の心臓では収縮期血圧の上昇、拡張期血圧の下降、脈圧の上昇がみられる.心エコー図で観察すると左室径は軽度拡大し、wallもやや厚くなりeccentric hypertrophyを示す.故に重症の狭窄病変(MS、AS)では心不全が起こりえる.

日本ではchild bearing ageでのtight ASは極めて少ないのでASはほとんど問題になることはない.しかし、MS例では妊娠中に初めて心不全をおこして発見される例もあり、逆に正常妊娠をしたかどうかという病歴はMS例では重要である.逆流性病変(MR、AR)は末梢血管が拡張するため妊娠の継続で状態が悪化しないことが多い.MRの原因がリウマチ性ならMSの因子も少しはあるので妊娠による心不全の悪化もありえる.

成人のVSD、ASDでは妊娠の禁忌とはならない.チアノーゼ性心疾患では、もちろん積極的にはすすめないが、Eisenmenger症候群以外は危険はあるが可能と思われる.Eisenmenger症候群では妊娠により末梢血管が拡張し、逆shuntが増加し禁忌である.

人工弁の症例ではwarfarinの催奇形性が問題となるが、分娩前後ではheparinにてコントロール可能である.xenograft使用例ではwarfarinなしで妊娠、分娩が可能である.primary tissue failureを5-7年で約50%位起こすということを患者が納得していれば、xenograftを使用し妊娠分娩し、40歳頃に再弁置換術をするのも一つの選択である.

(1993-5-21)

18 心疾患と外科手術

例えば手術にて視力がすこしでも改善することは生命に関係ないのであるが、高齢者の重症心疾患にとっても大切なことである、このように手術にて症状の改善が期待できるのなら高齢の心疾患患者でも特にminor surgeryは積極的に施行してもよいと思う.

術前には心電図で心臓をscreeningしている.それ故に、心電図変化があるためにminor surgeryでさえ、「心臓が悪いからやめましょう.」といわれることがある.心電図で虚血性変化があり症状のない例は軽度の肥大心であることが多く、心エコー図はぜひ施行してほしい検査である.術前の評価は、患者をみて、病歴を聞いて、そして心電図をみてという心臓診断の手順をへて行なう.心電図のみを検査しそれが悪いからといって症状のない例の手術を躊躇すべきではなく、心電図はあくまで心電図診断にすぎないことはいくら強調しても強調しすぎることはない.

虚血性心疾患では不安定狭心症、急性心筋梗塞以外ではminor surgeryは可能であり、major surgery でも手術のrisk(それほど高くない)を家族が理解できれば十分に可能である.minor surgeryではフランドールテープを塗布し、通常手術ではNTGを点滴しながら行なう.病歴で狭心症を疑うものがあれば、虚血性心疾患があるものとして治療する.なにかがおこれば内科医が対処すればよいのである.

弁膜症ではASがmain physiology 以外では術中の薬物で心不全はコントロール可能、その他のNYHA IV度以外はおよその手術は可能である.術後の輸液管理を内科医に委ねる.人工弁の症例で minor surgery ではanticoagulationを中止しない.major surgeryではheparinにて急性期を経過観察する.

拡張型心筋症では陳旧性心筋梗塞例と同様で輸液過剰による心不全に注意するが手術の禁忌ではない.

肥大型心筋症では症状がなければriskはあまり高くなくmajor surgeryでも十分に耐えうる.

PVCの頻発する症例で左室機能がよければできるだけobservationのみとする.術後2-4日まで心電図をモニターする.安易なlidocaineのIVDはひかえたほうがよい.左室機能の低下した症例のPVCでは、Dopamine等を使用し、心不全の予防につとめることが最も大切である.

cyanosisのない先天性心疾患では症状がなければ通常と同じように考えてよい.cyanosisのある先天性心疾患では手術前後に脱水にさせないことが大切である.Eisenmenger症候群では虫垂炎等の小手術でも血圧の変動の少ない全身麻酔が薦められる.

高血圧症では著明に血圧が高くなければ適宜NTGのIVDで対処すればよい.

術前にcheckすべき必要があるにはASの程度及びHOCMである.この2つの病態では急に血圧を低下させないようにすることが大切である.

手術のriskを家族が理解したうえで内科医がback-upすればよいのである.手術により症状の改善が期待できるのに内科医にその能力がないためにその機会を逸することはあってはならないと思う.

(1993-5-21)

19 英国での経験

昭和61年10月から12月までの3か月の短い間ではあったが英国のNational Heart Hospitalに自費にて見学する機会を頂いた.12月はクリスマスということで実質2か月の研修であったが、そこで多くのものを学んだ.そこでの印象を述べる.

英国の循環器医師にはエコー屋、カテ屋という人はいない.循環器病に関する限り彼らはalmightyである.先天性心臓病もよく理解している.また知ろうと努力している.心臓カテーテルを自身でしない循環器内科医はいない.彼らにとっては、病歴聴取と理学的所見は循環器を志すものは誰でもとれるのが当然であり、臨床ができるというのは至極当り前という発想を持っている.研究はあくまで臨床の疑問に基づいてなされている.重箱のすみをつつくことが多い日本の研究とはかなり様相を異にする.患者を観察したことで根拠があれば、例え現在の循環器学の常識からはずれたことでも彼らは喜んで討論をしてくれた.過去の循環器学の常識にしばられない自然科学へのapproachの考え方を学んだ.

日本では変わった発想をすれば根拠があっても、常識からはずれたものとして葬られることが多い.利根川博士が言っていた欧米と日本の研究室の違い、民族性の違いはどうしようもないと思った.

欧米では3年間ひとつの所で仕事をしていると有給でどこか好きなところに勉強に行ける制度がある.個人への投資が最終的にはその病院への投資であるという観点に立っている.残念ながら日本では自費で行かなくてはならない.私自身としてはアメリカ及びその他の英語圏の国へ1年位refreshしにいきたいと思っている.

(昭和63年10月記)