2年次研修医による1年次研修医に対するベッドサイド教育

伊賀幹二、石丸裕康、八田和大、今中孝信

〒632-8552 天理市三島町200 天理よろづ相談所病院 総合診療教育部

TEL 0743-63-5611 FAX 0743-62-5576

キーワード;身体診察法、循環器疾患、卒後教育

抄録

循環器疾患々者に対する身体診察法の個別研修を受けた2年次研修医に、総合病棟における1年次研修医の指導を義務づけた.この制度の開始後2年間に採用された研修医22名が、初期研修の1年間にこの2年次研修医からどれだけ指導を受け、目標を達成できたかをアンケート調査した.10名が、彼らから特に指導を受けたとした.1年次終了時における3点満点の自己評価平均スコアーでは、「順序立てた身体診察法」は2.28点、「奔馬調律の聴取」は1.89点と満足すべきであったが、「内頸静脈波の分析」は1.33点、「系統的な心雑音の記載」は1.61点と低値であった.個別研修を受けられなかった研修医からの、不平等とする反対意見は、この制度が浸透するに従い減少した.一方、個別研修を受けた2年次研修医は1年次研修医を指導することで知識の整理ができたとした.1年次研修医は、初期研修の1年間に、2年次研修医より指導を受けることで順序立てた身体診察法を習熟できたが、個々の異常所見を習得するには総合病棟のみでは患者の絶対数が少なく、他に研修の場を求める必要があると考えられた.

Bedside teaching system for first-year medical trainees by specialized 2nd-year medical trainees in heart disease

Kanji Iga, Hiroyasu Ishimaru, Kazuhiro Hatta, Takanobu Imanaka  

Department of comprehensive medical care and education

Key words; physical examination, heart disease, post-graduate medical education

Summary

In the past 2 years, all 1st-year medical trainees have been instructed in physical examination of patients with heart disease in the general ward of Tenri Hospital by two or three 2nd-year medical trainees who received a special training in physical examination for heart disease. After one year of the training, all 1st-year medical trainees became confident in making a proper physical examination and in picking up S3 gallop, but were not confident in picking up other abnormal physical findings. On the other hands, the 2nd-year medical trainees who conducted the teaching of the 1st-year medical trainees considered that they could organize their medical knowledge by teaching 1st-year medical trainees.

はじめに

各種検査が発達してきた現在、内科診断学に対する身体診察法の重要性が叫ばれ、内科学会誌においても特集として取り上げられているが、研修医はそれをなかなか習得できない(1).その理由として、一つには身体診察法は、習得に時間を要するアートの部分を有するためきちんと教えられる指導医が少ないこと、もう一つには、画像診断の発達により、身体診察法の習熟は診断にあまり寄与しないと多くの研修医が考えているためと思われる.

我々は、採用された研修医全員が循環器疾患々者に対する最低限の身体診察法を習得するために、個別研修を受けた2年次研修医が1年次研修医を指導する研修方法を実施してきた.本論文の目的は、この制度開始後2年間に採用された研修医からのアンケート調査により、この制度の評価を行うことである.

対象と方法

1995年度から1997年度の3年間に本院で採用された研修医33名のうち知識・態度の優れていると思われた7名に、2年次になれば、総合病棟に入院する1年次研修医がケアする循環器疾患々者に対する身体診察法を教えるという条件で4ー6か月におよぶ循環器疾患の身体診察法の個別研修を行い、翌年からの指導を義務づけた(2)(表1).この研修方法が開始された後2年間(1996、1997年度)に採用された研修医22名が、個別研修を受けた2年次研修医から初期研修の1年間にどれだけ積極的に指導を受けたかをアンケート調査した.また、個別研修を受けなかった1996、1997年度に採用された研修医18名に、初期研修の1年間で身体診察法の到達目標とした以下の1-4の項目の達成度につき、3点満点のスコアー化し、自己評価させた(表2).1.順序立てた身体診察法、2.内頸静脈波の分析、3.奔馬調律の聴取、4.心雑音の性状、放散およびRR延長後の心雑音の変化の記載.

また、過去3年間で、個別研修を受けた7名については1年次研修医を指導したことによる成果を、個別研修を受けられなかった26名からはその問題点につきアンケート調査した.

結果

本院では、研修医が研修する87床の総合病棟に、年間約80例の循環器内科所属の患者が入院しているが、70%以上の症例が身体診察において異常所見を有さない狭心症々例である.アンケート調査では、1996、1997年度に採用された研修医22名中の10名(45%)が、初期1年間に個別研修を受けた2年次研修医に対して、「他の2年次研修医に比して多く教えてくれた」とし、内9名が「彼らの方から進んで教えてくれた」と評価した.個別研修を受けた4名を除いた18名において、到達目標とした、「順序立てた身体診察法」は平均スコアーは2.28点で「できない」とした研修医はなく、「奔馬調律の聴取」は3名が「できない」とし平均1.89点と満足すべきであった.しかし、「内頸静脈波の分析」は平均1.33点で12名が「できない」とし、「心雑音の記載」は平均1.61点で9名が「できない」と自己評価した(表1).

個別研修を受けられなかった1995年、1996年度に採用された研修医17名のうち12名が、「不平等であった」と評価し、「彼らが病棟をはなれて外来で研修をしている間に病棟の雑用が増えた」、「特別の扱いを受けた者がいたのでやる気をそがれた」等の否定的な感想が多かった.しかし、総合病棟に勤務する2年次研修医が1年次研修医に対し、入院中の循環器疾患々者に対する身体診察法を責任をもって教えるというこの個別研修の目的が浸透してきた1997年度に採用された研修医からは、「不平等」との意見は個別研修を受けなかった9名中4名と減少傾向を示した.

一方、個別研修を受けた7名の研修医は、1名を除き1年次研修医を積極的に指導したとし、全員が教えることにより自分の知識の整理ができ、教えることの重要性を認識したとした.

考按

わが国では、教育担当は経験豊富な医師という固定概念があるが、経験豊富な医師は1年次研修医にとって何が必要かを理解することが難しく、むしろ1年前に同じ条件であった2年次研修医の方が1年次研修医が知りたいことについて理解していることが多い.米国のレジデント研修においては、”See one, do one, and teach one”の理念が重要であり、教えることにより自分の知識を整理することも教える一つの目標としている.

基本的診察法を習得するには研修資源としての患者もさることながら、少人数教育が必須であり、2年次研修医が新たに指導医となれれば指導医不足に対しても有効な改善策である.この制度開始後2年が経過した時点の評価として、1年次研修医の45%が個別研修を受けた2年次研修医に特に教えてもらったとし、そのうち90%の研修医は彼らの方から進んで教えてくれたとし、満足すべき結果と思われた.一方、個別研修を受けた7名の研修医は今回掲げた到達目標を習熟し、かつ、教えることにより自分の知識の整理ができたとしたことから、彼らにとってこの個別研修と1年次研修医への指導は極めて有用であった.

バイタルサインから始まる「順序立てた診察法」は、研修医が循環器疾患々者のみならず一般身体診察法を習得するための必要不可欠なものとして、我々がかねてから主張してきたものであり、これを習慣化することにより、迅速にかつもれなく所見がとれるようになる(3).「内頸静脈波形の分析」は心不全や脱水の評価に、「奔馬調律の聴診」は心不全の兆候として、「系統的な心雑音の記載」は、雑音の由来や機能性雑音かどうかの判定に重要であり、初期研修に習得してほしい到達目標として掲げた.結果として、「順序立てた身体診察法」と「奔馬調律の聴取」はほぼ満足すべき習熟度であったが、「内頸静脈波形の分析」や「系統的な心雑音の記載」は約50%以上の1年次研修医が「できない」と自己評価し、不十分な成果と考えられた.個別研修をうけた研修医は一人平均120例の異常所見を有する患者に対して外来研修を行ったが、個別研修を受けなかった研修医は、他の研修医がケアする患者を診察しても、病棟だけでは1年間にたかだか20例の異常所見を有する循環器患者をみる機会しかないことが、異常所見に精通できなかった一つの要因と考えられた.また、内頸静脈波形分析と系統的な心雑音の記載とについては、目標設定として高すぎた可能性もあった.

指導者側が独断で特定の研修医を選んで個別研修を行ってきたことについては、この個別研修の目的を説明していなかった1995、1996年度に採用された研修医の71%が「不平等であった」等の反対意見があった.そして、この個別研修の目的が浸透してきた1997年度に採用された研修医からは44%と減少傾向を示したものの、なお高い不満率であった.長期にわたる中学・高校の平等教育主義を受けた世代については、義務ではない専門教育においても不平等な個別教育を遂行することは困難であると思われた.

1年次研修医は、2年次研修医に指導を受けることにより、順序立てた身体診察法を習熟できるが、個々の異常所見を習得するには総合病棟のみでは患者の絶対数が少ない.今後は「イチロー」等の異常所見をシミュレーションする機器を導入することや、受け身ではなく自主的に循環器病棟へ出向く等の教えられる研修医自身の積極的な研修態度が必要であると考える(4)

文献

1. 高久史麿:問診、身体診察法の教育の充実を.日本内科学会雑誌 1997,86:2199-2200

2. 伊賀幹二、石丸裕康、八田和大、他:循環器疾患における身体診察法の習得:1年次の初期研修医に対するマンツーマン個別指導.医学教育 1998,29:411-414 

3. 濱口杉大:循環器疾患における順序立てた身体所見の取り方の重要性. 

  JIM 1997,7:1056-58

4. 高階經和:新しい心臓病患者シミュレータIchiroとその診断手技.

  医学教育 1998,29:227-231

表説明

表1:

年度別個別指導を受けた研修医の内訳

95年度

96年度

97年度

研修医総数

11

11

11

33

個別研修(+)

3

2

2

7

 

表2:

初期研修1年間における各到達目標の習熟度の自己評価

できない

なんとかできる

自信を持ってできる

身体診察法

0

13

5

内頸静脈波

12

6

0

奔馬調律

4

12

2

心音・心雑音

9

7

2