医師免許取得直後の研修医に対する病歴聴取実習

伊賀幹二、石丸裕康、郡義明

 

天理よろづ相談所病院 総合診療教育部

〒632-8552 天理市三島町200  TEL 0743-63-5611 FAX 0743-62-5576

キーワード;卒後臨床研修、外来研修、病歴聴取

 

Training of taking history by medical trainees in the outpatient department just after getting medical license under the supervision of senior physicians

Kanji Iga, Hiroyasu Ishimaru, Yoshiaki Kohri

 

Department of comprehensive medical care and education

Key word: post-graduate medical education, outpatient clinic, history taking

 

Summary

All eleven 1st-year medical trainees received training of taking history in the outpatient department just after getting medical license. Under the supervision of senior physicians, they took histories of average 10 patients within 15 minutes focusing on their reasons to come to our hospital. About 70% of the chief complaints were classified as the common ones recommended for general internists by the Japanese Society of Internal Medicine to master. Most of the medical trainees considered this training effective enough to clarify the reason for coming to our hospital and to improve the skills of presentation, however, ineffective to decide the needs for medical emergency and to understand the usefulness and limitation of the common diagnostic procedures such as blood tests, electrocardiograms and chest x rays.

 

抄録

1999年度に採用された11名の研修医全員に対して、医師免許取得直後に総合外来でマンツーマン指導の病歴聴取実習を行った。研修医は、検診で指摘された異常項目の精査希望例を除く新患患者に対して、15分以内に受診の動機、主訴および時系列に現病歴を記載するように指示を受け、その後指導医と主訴に対するアプローチを論議した。研修医1名あたりの症例経験数が約10症例に達した時点でこの実習を終了とした。主訴の内訳のうち、日本内科学会が初期研修としてそのアプローチを習得すべきとしたものが72%であった。

研修医は、「受診の動機を明確にし、必要な現病歴を時系列に述べる」能力については、この実習により向上し、半数以上の研修医が修得できたと自己評価した。しかし、「一般採血、心電図、胸部X線の有用性と限界を理解する」、「病歴から緊急性の有無が判断できる」、「次回の診察予定をたて、それまでの薬剤を処方できる」については実習により向上したものの、可能となったと自己評価した研修医は3名以下であった。

 

はじめに

天理よろづ相談所病院は、ベッド数約1000床で7つの専門内科を標榜した専門色の強い病院である。しかし、1976年に病院の理念である患者中心主義をさらに進めるために専門外来と併存する形で誕生した総合外来では、患者が望めば紹介状なしに受診することが可能である(1)。総合外来は1日4診察室から構成され、うち3診察室は専門内科部長か、副部長或いは診療経験10年以上の内科医師または内科専門医が担当し、残りの1室は卒後3-5年目の内科系後期研修医が担当する。この総合外来で、我々は1997年度より一部の研修医を対象に医師免許取得直後から新患の病歴聴取実習を始め、適宜修正を加えてきた(2)。1999年度に採用された1年目研修医に対しては、この実習を研修カリキュラムの一環として行ったので、アンケート調査結果をもとにその成果と問題点を論じる。

 

対象と方法

本院に1999年度に採用された研修医11名全員が、医師免許取得直後において本院の総合外来において3人の内科医(卒後9年目、21年目、22年目の内科専門医)のマンツーマン指導のもとに、新患からの病歴聴取実習を行った。検診で指摘された異常項目に対する精査希望の症例は除いた。各研修医は、受診の動機、主訴および関連する現病歴を時系列に15分以内に記載するように指示をうけた。研修医が一人で病歴を取った後、指導医の病歴聴取・診察を見学し、主訴に対するアプローチを指導医と論議した。この実習期間では、受け持ち患者のケアの病棟業務を優先とし、各研修医が約10例の病歴聴取を経験した時点で終了とした。実習前に設定された8つの到達目標(表1)について、研修医がどの程度達成できたかをアンケート調査した。アンケートでは1−4点の点数制とし1点は不可、4点は完全に可能とした。

アンケートで不十分とした項目に関して、後日その理由を再度アンケート調査した。

 

結果

受診目的である主訴の内訳を図1に示す。日本内科学会が初期研修としてそのアプローチの習得を必要とした20の主訴が88例(72%)を占め、その他多岐にわたっていた。当日に緊急入院した症例はなかった。上位3つの主訴は、腹痛、咳嗽、胸痛が各19、16,15例であり、以下、全身倦怠感、発熱、呼吸困難、便通異常であった。研修医は、1回の実習で平均2症例の病歴をとり、5ヶ月で全員終了した。研修医1名あたりの患者数は平均11例(7〜16症例:計121症例)であった。病歴を聴取した患者に対して当日に施行された検査は、一般血液検査(血算、肝臓・腎臓機能、電解質)105例、胸部X線64例、心電図39例であり、35例においてこのすべての検査が施行された。

目標設定のうち、「患者に挨拶」、「丁寧な言葉使い」は研修前から高得点であった。「受診の動機の明確化」、「15分以内に現病歴を時系列に整理」、「病歴から問題点を整理」は実習前ではそれぞれ平均2.0、1.5,1.5点から、実習後は平均2.8、2.5,2.5点と全員において満足できるポイントまで上昇した(図2)。「一般血液検査、胸部X線、心電図の限界と有用性の理解」、「次回受診の予定の設定とそれまでの薬剤の処方」、「病歴から緊急性の判断」については、実習前ではそれぞれ平均1.5、1.3,1.0点から、実習後は平均2.4、2.2,2.0点とポイントは上昇したが、3点以上と自己評価できたのは3名以下であった。

多くの研修医が、到達目標項目6)-8)のポイントが2点以下であった理由を再度アンケート調査した結果、5名が症例数の不足とし、全員が「病歴のみではなく診察まで実習できれば、もっと真剣にとりくめたと思う」とした。一部の研修医から「病棟業務の優先を前提としたため、受け持ち患者数が増えて病棟業務が忙しくなった8月からは外来実習に集中できなかった」とのコメントがあった。

 

考察

近年、卒後臨床研修を担っていることの多い一般大病院や大学病院においては、DRG/PPSの導入の動きとも関連し、入院は短期間にして診療の主体は外来にする傾向になってきている。研修医にとっては、入院患者の主治医になっても、入院後の検査予定の多くはすでに決定されており、問題解決方式で診断・治療を考えていきにくい研修環境である。厚生省が提唱している初期2年間の研修到達目標の一つである「病歴と診察から適切な初期治療を行う」ことについては、専門診療が主体である病院での入院患者中心の研修のみでは達成不可能であり、初診の患者を診て問題点を抽出し、解決する形態である外来診療研修に期待がかけられる。

アメリカでは、卒前のクリニカルクラークシップ、および内科のレジデントカリキュラムに、指導医とのマンツーマンの外来診療研修が含められており、その成果をあげている(3、4)。しかし、日本では卒後臨床研修を担っている多くの大病院や大学病院では、研修医専任である指導医不足の問題、患者のベテラン医師への診察希望のために、若い研修医に外来を担当させることは不可能である。

今回、高度専門病院である本院の現状で可能なものとして、一定の到達目標を定めて病歴聴取のみを行う外来実習を研修カリキュラムの一環として行った。本院は、高度専門病院であるにもかかわらず、総合外来では、新患の主訴は約70%以上が日本内科学会の提唱した内科認定医が習得すべき20の主訴に含まれており、頻度の多い疾患を診るという観点からは研修医の外来実習に適切であった。

80%以上の研修医が、病歴を聴取する際に、挨拶をして丁寧に話をすることについては卒前教育としてすでに習得していると自己評価した。入院目的がすでに明確になっている入院患者と異なり、外来患者では、他院からの転院希望例や、高齢者では多数の問題を抱えた患者であることが多い。患者を診る臨床実習が不十分である日本の卒前教育を終えた研修医にとって、「患者の病院への受診動機を明確」にし、「病歴を時系列に整理」でき、「病歴から問題点を整理」することはきわめて重要なことである。実習前に全員が2点以下であり不可としていたこの3項目については、実習後には1名を除く全員が上達し、半数の研修医が可能となったと自己評価し、この実習の有用性が示された。

初診患者に対する初日の検査として、一般採血検査や心電図、胸部X線が多く依頼され、約30%の症例でこの3つの検査すべてが施行された。このように、一般外来で頻度の高い訴えに対して適切な初期治療を行えるようにするには、病歴聴取と身体診察法の習熟に加えて、この3つの簡単な検査の有用性並びに限界を理解することが必要である。しかし、新患の病歴を聴取する機会を研修医1名につき約10症例与え、指導医がマンツーマンで主訴に対するアプローチを論じたにもかかわらず、実習後に、「一般血液検査、心電図、胸部レ線の限界と有用性の理解」、「病歴と診察所見からの緊急性の判断」「次回受診までの薬剤の処方」、についてはほとんどの研修医は向上したとしたが3点以上と自己評価した研修医は3名以下であった。この理由を明確にするために再度行ったアンケート調査では、半数の研修医が経験症例数を不足としたが、全員がこの実習を「診察をせずに病歴をとり、指導医の診察を見学するのみでは、研修医自身にとって緊張感が少なく、強い責任感が生じない方式であった」と評価した。また、研修開始直後の時間的余裕があるときはよいが、病棟業務を優先させたため受け持ち患者が増加した時期に外来実習に集中できないとした。また、研修の場が一般外来であり、緊急処置を要した症例がなかったことも緊急性の判断ができるようにならなかった理由と考えられた。

研修医が外来診療を行える中規模病院では、患者の状態が悪化すれば患者は最終病院への転院を希望し、研修医が最後までその患者の経過を観察することが困難になることが少なくない。一方、地域の最終病院としての性格が強く患者が転院を希望しない大病院や大学病院で卒後研修を行えば、患者を最後まで経過観察することにより自分が行った診断・治療の是非を問えるという長所があるが、外来を自分の責任で担当できないという欠点がある。従って、多くの研修医がその初期研修を行う大病院や大学病院においては、研修医が一定期間中、診療所等で指導医の監督のもとで外来診療に専念できるようなカリキュラムを追加作成することが望ましいと考える。

 

文献

1. 今中孝信、柏原貞夫:総合外来におけるプライマリ・ケア教育の試み. 医学教育 14:427-431,1983

  1. 石丸裕康、伊賀幹二、八田和大、西村理、今中孝信、楠川禮造:総合外来における医療面接研修の試み. 医学教育29;294-295,1998
  2. 医療ビッグバンの基礎知識:米国における医療制度の現状. PP112-116、社団法人日本内科学会編集, 1999
  3. 赤津晴子:続アメリカの医学教育. 日本評論社、 1998
  4. 認定医制度審議会:一般内科. 社団法人日本内科学会認定医制度-研修カリキュラム(改訂第6版)、1966,3-6