卒後研修開始より1ヶ月間に行った身体診察の習得方法

 

 

伊賀幹二、石丸裕康

我々は、新規採用後の1ヶ月間のオリエンテーション中に身体診察法を習熟するための工夫を行い、一定の成果をあげたので報告する.

本院に新規採用された12名の1年目研修医を対象に、研修開始時に2人の指導医の観察下に、お互いが患者役となり一般身体診察および神経学的診察を行わせ、診察終了後に所見を記載させた.指導医側は、あらかじめ作成したチェック項目、記載目標項目に基づき評価し、1ヶ月後に同様の実地試験をすると予告した(表1).同じ病棟に勤務する2年目研修医2名と1年目研修医3名を1単位とする小グループを作り、オリエンテーション期間中にグループ内の2年目研修医に実地指導を求めた.1ヶ月後、代表として2名の1年目研修医に全員の前で身体診察を行わせ評価し、卒前に受けた身体診察の教育法とこの1ヶ月間での身体診察法の習熟度をアンケート調査した(表2).

研修開始時の一般診察では、6名が脈拍の規則性の有無を記載せず、1名が血圧を測定しなかった.6名が呼吸数を、5名が全身状態を記載しなかった.11名のみが内頸静脈の視診、頸動脈の触診を行なわなかった.5名が甲状腺を触診したが、全員において触診の位置が高く不適切な方法をとっていた.心音と頸動脈(または心尖拍動)を同時に診ることによりS1・S2を同定した研修医はなかった.10名が心臓の聴診を座位のみで行っていたが、2名がベル型と膜型の聴診器を使い分けをした.7名が肺野の聴診は前後両方から行った.腹部所見では、6名が触診を行い、3名が触診の前に聴診を行った.9名が末梢動脈を触知した.

一方、神経学的診察においては、対光反射を検査した11名中、7名が前方から直接ライトをあて方法が不適切であった.11名が眼球運動を検査したが8名で方法が不適切であり、3名のみが他の脳神経をも検査した.四肢の徒手筋力テストや筋の緊張度の評価は誰も行わなかった.深部反射、Babinski反射は全員が施行した.

アンケート調査では、全員が採用時に行った実地試験後に身体診察ができないことを認識したとした.卒前教育として一般および神経学的診察法を、6名は講義でのみ習ったとし、5名は個別に習ったとし、1名が習わなかったとした.個別の意見として、1)大学では先端医療を教えすぎであった、2)手技の実習がなかった、3)身体診察を系統立てて教わらなかった、4)画像診断が講義の中心であった、5)教える気のないの教員がいた、等であった.上級研修医に指導を受けたことに全員が満足し、実際の診察を通じて正常所見を理解することの重要性を認識したとした.1ヶ月後に指導医の前で身体診察を行った代表の2名は、約15分で順序よく頭から足まで診察でき、また、アンケート調査では最初の到達目標に対してはおおむね可能で特に診察の順序については全員が習得できたと自己評価した.個別の意見として1)小グループ制に分かれて責任体制が明確であった、2)1ヶ月後に誰かが試験をされるということが適度の緊張となり自己学習ができた等であった.

近年、内科学の基本である病歴聴取、身体診察法を卒前に習得することを目標に客観的臨床能力試験が用いられ、徐々にその成果はあがっている.今回行った卒業直後の試験において、一般診察では、バイタルサインを取り忘れ、順序を考えずに診察したり、神経学的診察では眼球運動と深部反射しか検査しない研修医が多く、現行の卒前教育を終了したのみでは正しい身体診察を実践する能力はないことが判明した.

研修1か月間の到達目標は、異常所見を検出することではなく、順序よい診察を短時間で可能にすることとした.全員を評価したわけではないが、1ヶ月後には、代表の2人は頭から足へ順序よく診察可能となり、また他の研修医も全員が順序よい診察ができると自己評価し、満足いくものであった.また、正常の所見を意識するようになったことも一つの成果と考えられた.1か月という短期間であったが、採用直後に身体診察が十分にできなかったという認識を持った上に、上級研修医が範を示せば診察の順序を理解でき実践きることが示された.

今回の研修の成果から考えて、学部の3-4回生と指導教官で小グループを形成し、上級学生が下級生を指導することを習慣づけ、「教え・教えられる」という輪が形成できれば、卒業時に臨床の場で実践できる身体診察法を習得できると思われる.

 

表説明

表1;身体診察の必須項目

表2;1か月後の自己評価