急性心不全を疑う

はじめに

心疾患の診断は、病歴(医療面接)、身体診察に加えて胸部レ線、心電図、心エコー図にて総合的に行う。臨床医は画像をみてから診断を考えるのではなく、病歴・身体所見からどのような画像が必要か、施行予定の画像検査中における危険はないのか等を考える。したがって、「はじめに画像ありき」ではなく、病歴・診察抜きに適切な画像検査を依頼することはできないし、その読影には以下に述べる各心疾患の自然歴についての知識が必須であることはいくら強調してもしすぎることはない。

本論文のタイトルは「急性心不全を疑う」であるので、対象をNYHA4度の心不全を想定して議論をすすめる。急性心不全を疑ったとき、まず2つのことを考える。一つは、「この例では心不全があるかどうか?」、もう一つは「心不全の原因は何なのか?」である。

重症の肺炎と心不全とを胸部レ線とCT画像のみから鑑別することは難しい。CRPが陰性で、白血球数が正常であれば、肺炎は考えにくいが、急速に進行する肺炎であればまだCRPが上昇していない時期である可能性もある。時間的な経過を見ない限り、重症肺炎と心不全の鑑別をつけられない例も少なからず存在する。

 

急時の検査の選択

安静時に呼吸困難を呈するNYHA4度の心不全では、可及的速やかに治療を開始しないと死に至る可能性がある。そのため、検査中に蘇生しなければならない時があることを考えておく必要があり、症状の落ち着いている例に対する検査の選択とは異なる。

その意味では、経胸壁心エコー図はベッドサイドで簡単に施行でき、患者が急変しても対応できる。同様に、心臓カテーテル検査でも、たとえ心肺停止がおころうともすぐに対応できるが、CTやMRIでは、撮影中に心肺停止が生じると対応できないため緊急の検査にはあまり適切ではない。

 

心不全であることの判断

病歴と身体診察から心不全を疑ったとき、最も感度がよい検査はで胸部レ線である。肺静脈の再分布、Kerley Bライン、胸水の存在が肺うっ血のサインである。しかし、典型的な像を示すためには肺胞が存在する必要があり、のう胞の存在や高度の気腫例では、心拡大と胸水の像しか見えない例も存在する。

 

心不全の原因診断

心不全の原因として、種々の弁膜症、心筋疾患、高血圧、不整脈があげられる。合併する感染症や腎機能障害は重要な心不全誘発因子である。心不全と基礎心疾患とのあいだに因果関係があるかを判断するためには、各疾患の自然歴を熟知する必要がある。70-80%の例で心不全の原因が推定できる。

大動脈弁閉鎖不全(AR)では、慢性であれば左室がある程度大きくなり収縮機能が低下してはじめて心不全になりうる。ARが存在しても、左室拡大が軽度であれば、それだけでは心不全になりえない。つまり、ARによる心不全か、ARを合併した心不全かの判断が重要となる。

また、急性ARでは、左室拡張末期圧の上昇により、拡張期雑音は拡張早期にしか聴取できず、左室拡大は軽微でも心不全になりえる。その原因として細菌性心内膜炎による弁の穿孔、解離性動脈瘤なども思い浮かべて検査を依頼しなければならない。

急性の僧帽弁閉鎖不全症による心不全では、左房圧が上昇してもなかなか心房細動にならない。左房圧が上昇すればするほど、雑音は収縮前期に限られる。

左室が硬く、左室の拡張に左房収縮が多大に関与している肥大型心筋症では、発作性心房細動により心房収縮の消失と頻拍が生じると無症状であってもNYHA4度になりえる。頻拍性心房細動や、発作性心房性頻拍症が持続すると左室収縮機能が低下して、また、完全房室ブロックにより徐脈と不適切な心房収縮が続けば心不全となりえる。

 

典型的な症例

糖尿病で10年以上のインシュリン治療中で心房細動を合併している75歳の男性が労作性の息切れを主訴として来院した。過去1週間は夜間に息苦しさで目を覚ますことがあり、夜間の尿の回数は増えていた。診察では心拍数は110/minの頻拍性心房細動でで、心雑音、過剰心音はなかったが、両下肺野にcrackleが聴取された。心電図ではSTの変化を伴う左室肥大所見であり、胸部レ線は両側胸水と肺うっ血があり心胸郭比も65%と拡大していた(図1)。本例では胸部レ線より心不全であることが確認でき、その原因として左室拡大を伴った左室収縮不全の存在を十分に予測できる。

しかし、原因不明の低酸素血症を呈する若年者において、胸部レ線上で肺うっ血がみられても、心拡大がなく左室壁運動が良好であれば、心不全ではないのである。

 

心エコー図

経胸壁心エコー図はベッドサイドにおいて施行でき、施行中でも急変にも対応でき、心不全の原因を追求できる最も優れた方法である。しかし、臥位にすることで心不全が悪化することを認識し、検査中に心拍や呼吸数が増加すれば、検査とともに治療も開始しなければならない。

断層心エコー図は、左室の拡大の程度、左室の壁肥厚と壁運動、左房の拡大の程度、弁の状態、右室負荷を評価できる。加えてドプラ法にて左室流入波形を記録することや、弁を通過する血流シグナルを解析することにより、心不全の原因を考えることができる。

左室壁運動が低下していれば、心不全の原因を左室収縮不全に求められるし、拡大した右室が左室を圧排していれば肺高血圧症よる心不全と考えられる。ドプラ法による左室流入波形のE/Aは心拍数があまり速くなければ有用である。カラードプラ心エコー図では、逆流の部位を同定でき、弁膜症の原因について重要な情報を得ることができる。

図2は心不全を呈した45歳の心エコー図である。左室は拡大してび漫性に壁運動の低下を認め、流入波形ではE/A2で三尖弁閉鎖不全(TR)の最高流速は3.5m/secであり、推定右室圧は60mmHgであった。心不全改善後ではE/A<1となりTRシグナルも減少し流速は3m/secと低下した(図3)。

このように、E/A>2で、TRの最高流速が高値であると左心不全であることが考えられる。心拍数が速くE波とA波が分離できなくとも、ドプラ心エコー図はTRの最高流速を測定することで肺動脈収縮期圧が推定でき、心不全か否かの判定に寄与する。

図4は1週間起坐呼吸を呈した72歳の女性の左室Mモード心エコー図であるが、左室は軽度拡大し壁運動はきわめて低下している。しかし、TRの最高流速は3.5m/secで、大動脈弁を通過する血流速度は5m/secであるので、心筋疾患ではなく高度大動脈弁狭窄症による心不全と考えられた(図5)。

図6は25歳の急速に進行する心不全で転院してきた男性の左室長軸断層像である。断層像において、僧帽弁前尖中央部に穿孔らしきものがみられ、カラーモードでは同部位から異常シグナルがみられる。以上から、心不全の原因は先天性大動脈弁閉鎖不全症を基礎心疾患とした細菌性心内膜炎による僧帽弁穿孔であると診断できる。

経食道心エコー図は、プローブ挿入時に反射的に血圧上昇や頻脈が起こりえ、状態が悪化することがありえるが、挿管による呼吸管理下であれば、安全に行い得る検査である。症例を呈示する。

72歳の女性が胸部圧迫感をともなったショック状態で来院した。HR110/分で、血圧は60mmHg、心音は呼吸音で聴取できず、急性下壁心筋梗塞にともなった肺水腫であった。挿管後、右冠状動脈起始部にPTCAを行い25%狭窄としたが、心不全の原因がわからずICUで経食道心エコーを実施した。経食道心エコー図では、僧帽弁およびその複合体は明瞭に描出され、乳頭筋の一部が断裂しているのが明瞭に観察され、緊急手術にて一命をとりとめた(図7)。

挿管・呼吸管理下では、経胸壁心エコー図では、膨張する肺によりどうしても良好なイメージをとらえることはできない。挿管中では、食道プローブの挿入に対して、血圧・心拍の変動なく検査が可能で、急性僧帽弁閉鎖不全症や解離性動脈瘤を疑った場合はきわめて良好な画像を与えてくれる。

 

まとめ

急性心不全では常にその原因を考え、蘇生を必要となる可能性があるかどうかで検査を選択すべきである。

 

図説明

図1 75歳心不全患者の胸部レ線

図2 45歳心不全患者の三尖弁閉鎖不全症からの最高流速(左)と左室流入波形(右)

図3 同症例の心不全回復時の心エコー図

図4 び漫性左室壁運動を呈した72歳女性

図5 TRの最高流速は3.5m/sec(左)で大動脈弁の通過血流は5m/sec(右)

図6 25歳男性の左室長軸像(LA:左房、LV:左室)矢印が穿孔部

図7 72歳女性の経食道心エコー図単軸像(LA:左房、LV:左室)