いつ専門医にコンサルトするか「心雑音」

はじめに

心疾患の診断は、病歴(医療面接)、身体診察に加えて胸部レントゲン、心電図、心エコー図にて総合的に行う。

本論文は「いつ専門医にコンサルトするか、心雑音」の項であるが、心雑音を評価し、心臓の診断をしていくためには身体診察の臨床的有用性と限界を熟知する必要がある。プライマリケア医(PC医)の守備範囲というのは、循環器疾患であれば、病歴、診察、心電図、胸部レントゲンまでの診断技術を用いてある程度疾患をしぼれ、各診断技術の限界を知ること、および、どのような患者を、いつ専門医に紹介するかを判断できることである。PC医は心エコー図を使わないものと仮定して議論をすすめる。

例えば、心雑音を聴取しなくとも起坐呼吸を呈する患者で急性の僧帽弁閉鎖不全症はありえる。なぜなら左房圧が著明に上昇すれば、特に収縮後期では左室との圧較差が少なくなり、逆流は高度であるが心雑音としてとらえきれないことがある(図1)。

雑音の解釈においては、病歴等を考慮にいれるということはいくら強調しても、強調しすぎることはない。ドプラ心エコー図により初めて弁膜症を診断するのではないことは肝に銘じるべきである。

 

心雑音を聴取する研修方法

診察法を習得する一つの方法は、診察を順序だてて行う習慣をつけ、まず正常所見を習熟することから始まる。異常所見のある例に対する研修だけでは不十分である。また、研修の場では、研修仲間がカンファランスで身体所見をきちんと提示し、お互いが診察所見について質問するという場の強制力も必要である。

心雑音が収縮期であるか拡張期であるかは簡単なようで難しい。循環器内科医は雑音の性質から、大動脈弁閉鎖不全症や僧帽弁狭窄症を診断するが、心拍数が60/分くらいであっても、大きな雑音があると収縮期と拡張期を間違えている例は少なからず見られる。心拍数が100/分を越えると収縮期、拡張期を判別することは少し困難となり、120/分を越えれば、判別は不能となる。心音を聞くときは、例え心拍数が洞調律で60/分であっても、頸動脈を触知しながら収縮期か拡張期を判断する習慣をつけることが重要である。

収縮期雑音なら、収縮初期、中期、後期、汎収縮期かを判断し、雑音が頸動脈に伝達するかを評価する。心エコー図で定量評価が可能となった大動脈弁狭窄症に関しては、収縮期雑音のタイミングでその重症度を評価することはPC医にとっては不要である。

大動脈弁由来の雑音は、2RSB、3LSB、心尖部と幅広く聴取される。収縮期雑音が両側頸動脈に放散すれば大動脈弁由来の可能性が高い。拡張期雑音では、雑音の最強点と雑音がS2からすぐに生じているかを判断する。肺動脈弁閉鎖不全では、肺高血圧症にならないと大動脈弁閉鎖不全症のような灌水様の雑音にはならない。

研修医は、いまでは過去のものとなりつつある心音図を用いて、雑音の形を習得するのが望ましいが、すべての研修医がそのようなことをするのは難しいかもしれない。しかし、ドプラ心エコー図の発達で、自分がとった所見とドプラ所見を照らしあわせることにより聴診能力を高めることが可能である。

 

先行RRとの関係

2は心房細動例の大動脈圧である。

先行するRRが長いと次の収縮の脈圧が上昇し、収縮前の大動脈圧は低い。

大動脈弁狭窄症や、肥大型閉塞性心筋症では長いRR後の収縮はpreloadが上昇するために、圧較差が上昇し、収縮期雑音が増大する。一方、僧帽弁閉鎖不全症では preloadも増加するが、先に述べたごとく大動脈圧が下降するため、雑音の大きさは増大しない(図3)。

正常洞調律を残したVVIペーシングでは、心拍は一定であるのにビートごとによる収縮期雑音の変化がある(図4)。

これは心房の収縮が適切であればpreloadが上昇するために生じる。このように丁寧な聴診をすることが重要である。不整脈が起これば、聴診は難しいと思わずに、解決する糸口になる可能性がある。

 

過剰心音や他の所見とのかねあい

駆出性クリック、S3 、収縮後期クリックの有無は重要であり、それらの存在と心雑音をいっしょに考えることにより、雑音の起源を考えることができる。例えば、収縮期雑音に加えて前胸部全体にS1の後に大きな音(駆出性クリック)があれば、その雑音は大動脈弁由来が考えられる。収縮期雑音とS3が同時に聴取できれば、僧帽弁閉鎖不全症である可能性が高い、等である。

大動脈弁由来の収縮期雑音が例え大きくとも、脈圧が大きければ、血行動態の中心は大動脈弁閉鎖不全症であることと考えられる。また、心不全があり、僧帽弁閉鎖不全症が疑われた時、心房細動であれば急性の僧帽弁閉鎖不全症の可能性が少ない等も考慮すべきことである。

 

音の大きさと逆流の程度

図1で示したように、急性の僧帽弁閉鎖不全症では左房圧が高いと収縮初期しか雑音は聴取できないし、急性の大動脈弁閉鎖不全症で左室拡張期圧が上昇すると、拡張早期しか雑音は聴取しない。心不全を合併した大動脈弁狭窄症では、心拍出量の低下のため、収縮期雑音は小さくなる。三尖弁閉鎖不全症では、僧帽弁閉鎖不全症と同じような大きな収縮期雑音が生じるためには右室圧が上昇していなければならない。

5は外傷後の弁自体の破壊による三尖弁閉鎖不全症の断層心エコー図である。

三尖弁の中隔尖がほとんどなくなり、右房・右室が拡大して、三尖弁輪も拡大している。著明な静脈圧の上昇と、大きなS3しか異常所見はなく、収縮期雑音は聴取されない。ドプラ心エコーによる三尖弁逆流のシグナル分析では単色で1m/sec以下の遅い血流であり、右房・右室間の圧較差がほとんどないことを意味している。事実、カテーテル検査による右房・右室の同時圧測定では、心臓の全周期にわたってほぼ同一であり、右室の収縮期圧は軽度上昇のみである(図6)。

 

機能性心雑音とは

心エコー図が普及していなかった頃、小児では2LSB、成人では3LSB-4LSBで聴取される 2/6度以下で収縮中期である雑音は、心電図、胸部レ線が正常であれは機能性雑音といわれていた。しかし、カラードプラ心エコー図の発達で、そのような、かつての機能性雑音が軽症の大動脈弁狭窄症であったり、心房中隔欠損症であったりする。加えて、全く症状がなく偶然心エコー図で発見される心房中隔欠損症もある。

しかし、症状もない患者で、心音をきちんと聞けるトレーニングをうけた医師が、心雑音はなしと判断したのであれば、臨床的に意味があるような重要な弁膜疾患はないと考えられる。

 

診断過程の実際

無症状の70歳の女性で2/6度の拡張早期雑音が3LSBから4LSBにかけて聴取された。血圧は130/80mmHgで、レントゲンと心電図は正常であった。以上から、大動脈弁閉鎖不全が存在することは雑音の性質からも明らかである。大動脈弁閉鎖不全症の重症度は脈圧とほぼ相関し、左室に対する容量負荷の疾患である。本例では脈圧は大きくなく、心電図、レントゲンで左室に負荷がかかっていないような状態であるので、重症度とすれば軽症であるといえる。この症例に対して心エコー図を用いれば左室の大きさを定量評価ができ、大動脈弁の状態が観察できるという長所があるが、手術の適応外であるということには変わりない。

 

心雑音に対するカラードプラ心エコー図の現在の位置

高齢者で心電図、胸部レントゲン写真が正常で、大動脈弁領域の1/6度の収縮中期雑音であっても、カラードプラ心エコー図では中等度以上の大動脈弁逆流がみられることは珍しくない。このような例では左室拡張はほとんどなく、ドプラ弁膜症とよばれる。若年者でも臨床的に意味のない僧帽弁閉鎖不全、肺動脈閉鎖不全、三尖弁閉鎖不全状態がしばしばみられる。現在の医療レベルに対する社会のニードとすれば、有意な心雑音があれば基本的には心エコー図を依頼することになると思われるが、PC医は心エコー図以外の方法で、常に疾患を想定する態度が大切である。相談すべき医者としては循環器の知識をもって心エコーを評価できる医師(施設)にしないと、意味のない弁膜症を作ることに加勢することになる。

 

どのようなときに紹介すべきか

いままで述べた基本的な4つの診断技術で雑音の原因がわからない時、定量的な弁膜症の評価をしたい時はエコー屋ではない循環器内科医にコンサルトすべきである。持続する発熱があれば、軽い雑音でも細菌性心内膜炎の除外に心エコー図が必要になってくる。

 

まとめ

カラードプラ心エコー図が出現した現在、有意な心雑音を聴取する例は、緊急ではないが、一度は施行すべき検査である。しかし、カラードプラ心エコー図がなければ弁膜症の診断がつけられないというのではなく、心エコー図以外の4つの診断技術からある程度疾患を推定できる知識がPC医には要求される。

 

図説明

図1

急性の僧帽弁閉鎖不全症の左房・左室の同時圧計測:特に収縮後期には大きな左房のv波のため左室・左房の圧較差が小さくなる

2

心房細動時の大動脈の圧波形:矢印の収縮が長いRR後の収縮

3

上段では(大動脈弁狭窄症)、収縮期雑音が、先行するRRがのびると大きくなるが、下段では(僧帽弁閉鎖不全症)変わらない

4

波が拡張後期にみられる次の収縮期雑音が大きくなる。

5

右房・右室の拡大と三尖弁輪の拡大がみられる

6

右室と右房の同時圧測定