2009年の山旅 (5月〜8月)



油 日 岳

【登 山 日】 2009年5月1日(金) 
【コースタイム】奥余野公園南登山口08:37…ゾロ峠09:07…倉部山09:37…三国岳10:04〜10:10…忍者岳10:35…油日岳10:55〜11:40…登山口12:55



予野公園より−右端鞍部・ゾロ峠、左へ倉部山688m、三国岳711m、忍者岳728m、加茂岳720m、油日岳

 15年前(1994年)の晩秋、北側の油日神社から登り、三国岳まで往復したことがある。今日は三重県側の南登山口からゾロ峠へ登り、北へ縦走する予定。予野公園を通り抜けた登山口に車を置く。峠までの標高差は僅か200mほど。整備された道を、右に沢を見ながら登る。坎霞渓という標識があり、小さな滝やナメがいくつも見える。源流らしい感じになって、植林の中の階段道を登り峠に着く。「ぞろぞろ峠」の道標があり、右は「不動滝、北打山、旗山」と記されている。左の「倉部山」へ向かう。
 小さなガレ場を通り植林帯の中を急登すると、細長いピークの倉部山。右手が大きく開けたガレ場の上で、正面に錫杖ヶ岳、その右に経塚山が望まれる。行く手には三国岳が高く、右の油日岳に稜線が続いている。下りきった鳥不越峠から次第に急な登りになる。虎ロープの張られた岩混じりの道に、ところどころイワカガミが群れ咲いている。案じたほどでもなく三国岳の頂上に着いた。近江、伊勢、伊賀の国境だが、林の中で展望は全くない。右に那須ヶ原山への道を分け、急な岩場の下り。「望油峠」のマジック書き標識から登り返して展望のないピークに登り着く。「忍者岳(728m)」の標識があったが、前には東油日岳と呼んでいた今日の縦走路中での最高点である。右に折れて、キレット状のところや崩壊の進んだ痩せ尾根上をアップダウンしていく。鈴鹿らしい笹原から傾斜が緩み、杉の大木が影を作る油日岳山頂に着く。岳明神の祠に手を合わせて、三角点を探すが見当たらなかった。
 昼食すませ県境尾根を下る。最初から滑り落ちそうな急坂続き。一段落したところで左の三馬渓に下りる道と県境尾根を行く道が分かれる。どちらを取るかちょっと考えたが、直進する地図にない尾根道にする。しばらく下るとP570らしい高みへ登るようになり、このピークをかなり下った所で、赤テープがある左の踏み跡に入る。支尾根を下るルートは赤テープが消え、少し道を探して手間取ったが予定より20分ほどのロスで車に帰った。


大 所 山

標高1336m、三等三角点。別名・百合ヶ岳。大峰山脈の大天井岳と山上が岳の間から北に派生する尾根上にある。頂上付近は美しいブナの林に囲まれている。


【登山日】2009年5月9日】
【同行者】ハチキンさん、Rさん
【コースタイム】登山口08:50…エビネ探し09:10〜10:05…スダレ滝10:50…大岩11:05…稜線に出る11:50…山頂12:10〜12:40(昼食)…琵琶滝分岐14:15…琵琶滝14:35〜14:45…分岐14:55…登山口15:05

「エビネランが咲いている」と和子がハチキンさんから誘われたので一緒に行く。杉の湯で合流したハチキンさんの車に乗せてもらい、下多古谷に沿って林道を上り登山口に着いた。山腹を捲くように登り、折り返して林道に合流。杉林の中を15分ほど登ると細い谷にでて、朽ちた木の橋の横を通る。急坂で尾根に向かう途中、ザックを置いてエビネ蘭を探しに左の谷に下る。大きな岩が散らばる滑りやすい斜面を、山椒の棘を避けながら目を凝らして花を捜す。やがて「あった!」という声がしてハチキンさんが笑顔を見せた。まだ少し時期が早かったようで、杉の落ち葉から顔を覗かせたばかりのエビネが何株か点在している。やがて美しく開花した株も見付かった。登り返す途中で、和子がヤマシャクヤクを見つける。花との会話で思わず45分を過ごして、再び登り続ける。
 涸れ谷を過ぎてしばらくで、緑に苔むした岩を玉すだれのように流れ落ちる二段の小滝にでる。ここからは急斜面を何度もジグザグを繰り返す。間伐されて次第に明るくなる植林帯を登り、大きな岩の上から今日初めての展望を楽しんだ。正面(東)遠くに白髭岳の鋭鋒、近くには勝負塚山。目指す大所山の山頂は右、疎らな木の梢が頭髪を逆立てたようだ。僅かの急登で稜線に出る。ブナの大木が立ち並び、足もとに咲くセンブリやエンレイソウなどの可憐な花たちに、女性たちは再び撮影モード。緩やかな尾根道をのんびりと山頂を目指す。小さなコブを越えるとブナの木に囲まれた1346m、三等三角点があった。無風快晴の木陰に腰を下ろし、4人で貸し切りの山頂でゆっくりとランチタイムを過ごした。
 下山は南西側の尾根に入る。ブナの大木の間を快適に下って、ふかふかの絨毯のようなマツやスギの落ち葉に靴を埋まらせながら行くと、深いシャクナゲ林になる。殆どが蕾だが日当たりの良いところでほんの少し開花した木もあった。シャクナゲが疎らになると下り一番の難所で、大岩の横に危なっかしい木の梯子がつけられている。次の難所も長い岩場の下りでマダラロープが張ってあった。植林帯に入ると膝が悲鳴を上げるような急坂の連続で、登山口から琵琶滝に続く水平道に出たときは、正直ほっとした。
 ザックを置いて滝を見に行く。滝見台に建てられた四阿で始めて滝が全貌を表す。落差50m。どうどうと音を立てて天空からなだれ落ちるような豪快な滝である。二段目からの水は、滝壺でなく岩にうがたれた穴から出ている。何時までも眺めていたい素晴らしい光景だった。



葛城山から金剛山へ

【日 時】2009年5月15日 
【コースタイム】水分橋08:40…中間ベンチ09:30〜09:40…葛城山頂10:15〜10:20…ツツジ園(昼食)10:30〜11:20…水越峠12:00…カヤンボ12:40…パノラマ台13:00〜13:05…一の鳥居13:50…金剛山頂葛木神社…国見台…(北尾根)…水分橋16:15


 この時期の葛城山は人が多いのを敬遠して実に6年ぶりになる。歩き慣れた天狗谷道を登るうちに、はやじんわりと汗ばんできた。中間ベンチで、しばら休んで水分補給。弘川寺への分岐から右に折れてショウジョウバカマの谷を登る。ちょうど一か月前は可憐な花も今は背丈が伸びて枯れ、代わって新しい若葉が、一面に顔を揃えていた。キャンプ場を過ぎると、急に町の中に入り込んだようだ。ロープ駅からの人が列を作り、法被を着た人がお盆に小さなコップを載せて酒の試飲販売をしている。アイスクリームやダンゴの店も白樺食堂も大賑わい。今日は毎日放送「バンバンバン」の生中継があるので、食堂の前から山頂まで、ずっと中継ケーブルが延びている。山頂の展望はまずまずで、遠く大峯山系も望めた。 ツツジ園上部の展望スポットで枯草に腰をおろして弁当を食べる。1時間近く過ごして、ダイアモンドトレールを下る。
 水越峠に下る道からはひっきりなしに、大勢の人たちが登ってくる。予報とは逆に、だんだん青空が拡がってきた。フジの花の向こうに青空を背にした金剛山が招いている。急に「まだ早いから行ってみようか!」ということになる。正午ちょうど水越峠に着き、金剛山に向けて登り返す。峠からは、カンカン照りの長い林道歩き。「金剛の水」の冷たい湧水で喉をうるおす。カヤンボでどの道を行くか迷ったが、結局は道の良いダイトレを選ぶ。パノラマ台でしばらく休んで出発。緩やかな登りやほぼ水平な道で、林の中の静かな尾根歩きが続く。白雲岳を越えてカヤンボ谷からの道を合わせると見晴らしの良い場所にでる。葛城山の山頂近くが赤く染まっているのを始めて見た。ここから最後の難関、長い木の階段が続く。さすがに息が上がる。道が平らになり郵便道を合わせると山頂の一角・一の鳥居。仁王杉近くで大型カメラを据えて撮影していた人に教えて貰い、ヤマトグサを撮る。7ミリほどの雄花がカンザシのように風に揺れていた。
 ブナ林から葛城山を眺める。転法輪寺境内・行者堂横ではカイドウザクラが美しく、下にニリンソウが一面に白く群生し、トイレの横ではユキザサが咲いていた。国見台でかなりいい時間になったので急いで北尾根を下る。いつも悩まされる掘割状の急坂も良く整備されて、とても歩き易くなっていた。久しぶりに二つの山を結ぶコースを歩いたが、二人とも至極快調で、たっぷり新緑と花を楽しめた一日だった。


霧 訪 山

キリトウヤマ。塩尻・辰野両市の境にある標高1305mの低山だが、地元では展望の良いことで知られている。この山の名を知ったのは、小林康彦の「日本百低山」(文春文庫版)である。短い時間で登れて展望もよいこの山へ、松本へ孫の顔を見に行く途中で寄り道した。
【日 時】2009年5月22日 
【コースタイム】北小野登山口10:45…かっとり城跡11:15…霧訪山山頂11:55〜12:45…登山口13:20


 かって三州街道と呼ばれた国道153号線の善知鳥(うとう)峠には分水嶺の標識がある。これから登る霧訪山も分水嶺である。登山口に「クマ出没注意」、「登山者の皆さんへ」という看板が立っている。マツタケ山で「止め山」であることが一番で、次に「落雷」が多いことなどの注意が書いてある。いきなり急勾配のゴム代替プラスチック製の階段が約200段続く。たちまち汗ばんでくる頃、木の階段に変わってぐんぐん高度をあげていく。「御嶽山大権現」の石碑があった。御岳信仰の人が祭事を行った場所のようである。少し上の小さな広場には「かっとり城」という山城があったという。道脇で、ギンランが美しく咲いていた。登山道の両側には見事なアカマツの林が続く。三角屋根の避難小屋があり、ベンチが置いてあって右手(東)が開け、霧ヶ峰の方角に弱い陽が当っているのが見えた。標識が「あと20分」を指す頃から再び勾配が強まり、虎ロープや鎖が張られた急坂を登る。
 登山口から1時間を過ぎて、1305.4m、霧訪山山頂に着く。山名を記した柱の側面に「日本の中心地・分水嶺」と記されている。二等三角点を挟む形で展望図の入った方位盤と石の祠がある。残念ながら、この天候では360度の展望は望むべくもないが、それでも北アルプスはかすかに立山が、八ヶ岳は蓼科山から横岳あたりまでが見えた。南アルプスは雲の中だが、美ヶ原はくっきりと中央アルプス・空木岳の辺りがぼんやり見えた。ロープで囲まれたところにオキナグサの自生地があった。残念ながら殆どがもう「ほう果」になっていたが、たった一輪だけ蕾の花が私たちを待ってくれていた。
 山頂でゆっくり昼食をすませ、写真を撮ったり、他の二つの登山道をちょっと下ってみたりしているうちに、空模様がいよいよ怪しくなってきた。名残を惜しみながら山頂を後にする。左手の雑木林の中で、かなり大型の獣らしいものが藪を漕いで行く気配にぎょっとする。しかし、すぐに遠ざかり、あの階段道にくると登山口は近い。展望はまずまずだったが、雨に会わずに無事下山することができてよかった。


二 上 山

【日 時】2009年6月2日   【同行者】岩本幸子
【コースタイム】万葉の森 08:40…鹿谷寺08:55〜09:15…展望広場09:45…雄岳 09:55〜10:15…雌岳10:35〜11:40…万葉の森12:00


竹ノ内峠を大阪側に下り、万葉の森に車を置いてスタート。階段道を快調に鹿谷寺に登る。去年(6月7日)は十三重石塔の囲いの中に立派な花が咲いていたが、今年は蕾も見当たらない。周辺を探し回ってアスレチック場出口まで下ったが、道端にたった一輪の蕾があっただけだった。時間が早いので、展望台に登って河内平野の眺めを楽しむ。ここから見上げる雌岳は、美しい富士山型を見せている。辺りにはネジキの白い花が美しかった。
 鹿谷寺をあとに和子の大好きな岩尾根を登る。30分ほどでダイアモンドトレールにでた。馬ノ背へゆるく登る途中で一つだけ蕾を見つける。やはり、まだ少し花の時期には早かったようだ。「ササユリを取らないで」という標識があちこちにある。悲しいことだ。毎日ササユリの様子を見に来ている男性に出会い、「今日はピンクと白と2輪咲いている」と場所を教えて貰う。
 雄岳に登り、神社に参拝したあと山頂の涼しい木陰で10分ほど休む。馬ノ背へ下り、いつものように直登しないで周回路をササユリを探しながらゆっくり歩く。雌岳で早めの弁当を食べて、ゆっくり駄弁りながら食後のコーヒーを楽しむ。1時間近く山頂で過ごし、「帰ってビール飲もうか」とようやく腰を上げる。この時間になると、だんだん登ってくる人も増えてくる。
展望広場から岩屋への途中で、教えてもらった場所でピンクのササユリが開いていた。アジサイの道を降りて行くと、きれいな赤い実をつけた木があった。かえって調べるとニワトコだった。黄色のショウブが咲く池の近くで、これも教えて貰った白いササユリが開いていた。たった2輪だけだったが開いていた花に出会えてよかった。ちょうど正午に万葉の森駐車場に帰って、今日の山歩き終えた。


葛 城 山


【日 時】2009年8月4日 
【コースタイム】石筆橋0:45…中間ベンチ08:35〜08:50…山頂09:45〜09:50…ツツジ園09:55〜10:55…石筆橋12:30

 昨日ようやく近畿の梅雨明け宣言があった。観測史上で一番遅かったということである。夜が明けると雲ひとつない素晴らしい青空。四阿山のトレーニングに葛城山に行く。水越トンネルを大阪側に越えたいつもの駐車場所には7時半頃に着いたので、先着の車は1台だけ。植林帯に入る手前に「一合目」の標識があり、傍らにウバユリが咲いていた。先月膝を痛めて以来、久しぶりの山歩きで、なかなか調子が出ない。鎖場で咲いているイワタバコをカメラに納めたりしながら、ゆっくり登る。汗びっしょりになり、いつになく水場で顔を洗い休憩する。ここにもイワタバコが一輪だけ咲いていた。ここからは調子を取り戻し、中間地点のベンチに着く。
 水場からここまでの道も良くなっていたが、ここから上もずっと木道が続いて歩きやすくなっている。尾根に出たところでは左の河内側から搬出用のワイヤが延びてきていて、右手の林に中でチェインソーの音がしていた。山腹を捲く平坦な道を行きT字路に出ると、左の弘川寺への道は広い林道になって通行できなくなっている。右に折れる辺りには、毎年夏お馴染みのフシグロセンノウや色鮮やかなアジサイが咲き残っていた。春にはショウジョウバカマの群落が見られる枯沢沿いに登るが、花がないと少し長く感じる。キャンプ場に着き、冷たい水で顔を洗う。今日はここまで誰にも出会わなかった。
 戸の閉じられた白樺食堂を過ぎ、カンカン照りの道を登ると、山頂の展望図のところで若いお母さんと3人の子供たちが坐っていた。他に二、三人が休んでいるだけで、いつもよりも大分静かな山頂だった。笹原にヤマユリが何輪か咲いている。空は青いが展望はまずまずで、河内平野は雨後の湿気が昇るのか、ぼんやり霞んでいる。
 金剛山を見ながら高原ロッジへ降りる草原にはカワラナデシコがたくさん咲いていた。他にナンバンギセル、ヤマユリなども。ツツジ園上で日陰のベンチに座ると、金剛山の方から涼しい風が吹いてきて汗も次第に引いていく。お握りだけの早めの昼食も済ませ、珍しく1時間も腰を据えたあと山頂を後にする。ゆっくり下って駐車場所に帰ると、下界は燃えるような炎暑の昼下がりだった。


四阿山から根子岳へ

【四 阿 山】2354m。別称の吾妻山は上州側からの呼び名で、山頂に信州と上州の二つの祠がある神の山である。信濃毎日「信州百山」によると昭和40年代に山麓の菅平を中心に開発が進み、ロープウェイをかける計画もあったという。
【根 子 岳】2207m。もともと一体の四阿山とともに、四阿火山の外輪山の一つ。四阿山は深田百名山で有名だが、こちらは田中澄江の「花の百名山」で知られる。


【登 山 日】2009年8月7日(金)
【コースタイム】菅平牧場駐車場07:35…登山口07:40…沢を渡る08:00…小四阿(1917.2m)08:55〜09:05…中四阿(2106m)09:50…四阿高原道との合流点10:20〜10:30…四阿山11:10〜11:20…中尾根分岐(2300m)11:30…根子岳13:20〜13:25〜 牧場駐車場14:55


 1961年、菅平・裏ダボスにスキーに行った。このときの写真を見ると、二つの山は殆ど同じ高さに仲良く並んでいる。50年近く経っての再訪は、雨雲が低く垂れ込めて山は姿を見せない。夢ノ原のペンションに着くや激しい雷雨になった。雨は一晩中、断続的に続き、長野市では一時、大雨洪水警報がでていた。朝になって雨は止んだが、雲は低い。朝食をとりながらも迷っていたが、思い切って出発する。牧場の管理事務所下の駐車場に車を入れる。大きな看板があり、直進すると下山時使う根子岳からの道になる。右に折れて両側に広々とした緑の草原が拡がる牧場の中を行く。足元にはキキョウがたくさん咲いている。ウシやウマの散らばる牧場の柵沿いにコオニユリの花が美しい。5分ほどて左に折れる山道に入る。牧場を離れ、木橋で沢を渡るといよいよ本格的な登りになる。雨はまだ落ちないがガスが去来して、木々の姿がおぼろに霞んでいる。沢を渡って1時間足らずだが、小四阿へのこの登りが今回の山行で一番しんどかった。ここから勾配が緩んで快調に登る。タケカンバの林が切れると、鉄分の多そうな赤い土に黒い岩が散らばる砂礫地に色とりどりの花が咲いている。ハクサンオミナエシ、ミヤマアキノキリンソウ、トモエシオガマ、コバノイチヤクソウ、ヒメシャジン、イブキジャコウソウ…時間を忘れてシャッターを押しまくる。 再び傾斜が強まり笹原の中を登り切ると顕著な岩の高みが中四阿である。
 ゆっくり登るうちハイマツが出てきて高度が上がったことが実感される。笹原と草地のかなり広い場所にでた。道が入り乱れるが、一番踏まれている道を選んで行く。長い木の階段道が現れた。 右から別の階段が合流し、登り切って少し笹原の中を行くと稜線のT字路に出た。ほぼ水平な道を行き、やや登りになると石祠を囲む銅板葺き建物があった。山頂はその先で、途中にもう一つ石祠がある。岩が積み重なって城塞のよう四阿山山頂には、古びた祠の下にこれも古びた指導標が立っていた。全く無展望の山頂滞在は10分にもならなかった。
 T字路で登ってきた道と分かれ直進すると、間もなく暗い針葉樹林の中の下りとなる。腰までの高さがあるクマザサが細い道を覆い隠している。ときどき霧のような雨がサーッツと流れ過ぎる。笹の葉から雨滴がこぼれるようになった。やや傾斜が緩み道も広くなった頃、笹原が大きな音を立てる本降りになった。小さな空き地の大木の下でザックを降ろし、カバーをかけ雨具を付ける。更に下りが続き、ようやく開けた草原にでた。大すき間と呼ばれる鞍部のようだ。雨に霞む草原に色とりどりの花がポツポツ見える。ここはペースを上げて通り過ぎる。 少し急な登りになり、大きな岩があるところで休んで水分を補給。いつの間にか雨は止み、ときどき濃いガスの中から思い出したように落ちてくるだけになった。火口壁の上らしい岩稜帯になり、イワギキョウやミネウスユキソウ、イワベンケイなどに慰められながら高度を上げる。通り過ぎるのがやっとの大岩の細い隙間を抜けると、屏風のように連なる岩場の下を捲いていく。傾斜が緩むとなだらかな丘状になり、ガスの中に根子岳頂上の祠がぼんやりと浮かんでいた。頂上は火山らしい砂礫帯で大小の岩塊が転がっている。石を積み上げた台の上に小さな石祠、横に小さな鐘を吊した柱がある。前後して登ってきた女性二人組と写真を取りあった後、休みもせずに濃い霧の頂上を後にする。
 岩のごろごろする歩きにくい下り道は、勾配が緩むたびに花園に変わる。さすが花の百名山だけあって花の種類は多い。雨に濡れたマツムシソウがたくさん並んでいるのは、大柄なだけによく目立つ。他にシシウド、クガイソウ、ワレモコウ、アザミ…。ヤナギランは高度が下るほどに背丈が高く、花穂も上まで開くように変わっていく。断続的に降っていた雨が止まなくなり、カメラをザックに入れる。パンと紅茶で昼食に代え、き始めると間もなく雨足が激しくなり、沛然と音を立てて叩きつけるように落ちてきた。慌てて木の下に避難したが、滝のように頭の上に落ちる雨水にたまらず、また足を踏み出す。勾配が強まると抉れた道は川に変わり、時には小さい滝を落としている。頭を出している岩の上を飛び石のように歩く他ないので、時間がかかる。 「牧場管理事務所1.1km・根子岳山頂1.5km」の標識に出会う。幸い雨は少し小降りになった。シラカバ林に入り歩きやすい道に変わって右側に牧草地が見えてくる。針金の柵沿いに下って管理事務所の前に来た途端にまた土砂降りになり、慌てて車に走る。山靴を脱いでザックを放り込むだけで、ドアからどっと雨が吹き込んだ。車内で雨具や濡れた靴下を脱いで、やっと人心地が付く。電光が走り雷鳴が聞こえ、辺りは夜のように暗くなった。車を出すのが躊躇され、ともかく無事下山したことをペンションに伝える。30分近く待ってようやく車を動かし、宿に帰った。展望には全く縁がなかったが、登り残していた百名山と花の山に登り、たくさんの花達に出会えた。悪天候で休憩も少なかったのに、二人ともそれほど疲れも感じずに計画通りに歩き通せて、まだまだやれると自信を持たせてくれた山行だった。

しかし、このあと膝の痛みが強まり、2010年5月までの9ヶ月間を治療とリハビリに費やし、山歩きから遠ざかることになった。