2013年の山旅 (7月〜12月)


金剛山

【登山日】2013年7月12日
【コースタイム】石筆橋 07:05…標高735m地点 08:15〜08:10…太尾塞 08:55〜09:00…六道辻 09:25〜09:30…大日岳 09:43〜09:45 …仁王杉 10:05 …葛木神社10:08〜10:13 …国見城址 10:25〜10:35 …セト 11:10〜11:20 …北尾根入口 12:37

酷暑続きが影響しているのか、駐車場所の車がいつもより少ない。太尾への道に入ると延々と木の階段道が続く急坂の登りになるが、植林帯の中で思ったよりも涼しい。山腹を捲くようになると、右手の石ブテ東谷の方から涼しい風が吹き上げてきて心地よい。このところの運動不足で歩き始めは少し苦しかったが、一汗かくと次第に調子がでてきた。植林帯が自然林に変わり、いったん緩い勾配の登り道が再び急になり、まだらロープのあるところを登り太尾塞跡に出る。稜線の道を歩き、六道の辻から深い林の中を大日岳へ登る。今日は曇り空で眼下の河内平野も霞んでいる。転法輪寺の境内に入らず葛木山の北側を水平に横切って仁王杉の前に出る。正面の石段を登って葛木神社に参拝。石段の上は冷たい風が吹き上げてきて、立ち去り難い思いだった。
 転法輪寺の法起菩薩さまを拝み、石段を降りて神牛を撫でる。社務所・売店前は少し賑わっていたが、それでもいつもに比べるとぐんと人が少ない。登山回数板横の温度計は24℃を指していた。下界より10度は低い筈なのに、それほど涼しさは感じない。国見城址も閑散としていた。木陰に休む人は10人余り。しばらく腰をおろしたが、まだ昼食には早いので家でのビールを楽しみに早々に下山することにした。帰りは北尾根を下る。最初の曲折した掘割状の急坂の下りが終わるセトでしばらく休んで水分補給。左に電波塔を見上げる所に「防領山へ」の立派な道標ができていた。古いお地蔵さんを見て、しばらく降ると大きく開けた場所に出る。林を抜けて石ブテ東谷に降りる道を見て、青い金網の張ってある所まで、いつもよりもずいぶん長く感じた。下るにつれて気温が上がり、蒸し風呂のような中で僅かに吹き上げてくる風がありがたい。今まで殆ど休まずに来た報いでだんだんペースが落ちて、最後の掘割状の急坂で、とうとう腰を下して心細くなったボトルの残りを飲み干す始末。膝の痛みが出なかったのが幸いだが、かなり消耗して北尾根登り口に出た。北尾根の下りで、こんなに時間がかかったのは多分始めてだろう。2009年5月、葛城山〜水越峠を経て金剛山に登り、北尾根を降りたときから僅か4年で、ずいぶん体力が落ちたものだ。同じように暑さに弱い筈の和子は、まだま余裕綽々の表情だった。



立 山(雄山)

【登山日】2013年7月16〜17日  【メンバー】丸屋博義、丸屋三輪子、芳村嘉一郎、芳村和子
【コースタイム】室堂ターミナル 12:00…(途中昼食)室堂12:40…一ノ越山荘14:00〜14:20…頂上(五ノ越)15;40〜16:30…一ノ越山荘17:20(17日)一ノ越山荘07:15…室堂08:15…ミドリガ池、ミクリガ池など周遊…室堂ターミナル10:50


1991年以来の立山に登る。心配されるのは、あのアプローチのケーブル、高原バスの混雑だ。やっと天候も安定しそうな三連休明けを狙って16日5時家を出る。立山駅前の駐車場に丸さん車を置いて駅に行くと驚くほど閑散としている。待つほどなくケーブルに乗車。美女平駅で高原バスに…何と一番で乗り込んだ。登るにつれ右手車窓に薬師岳の大きな山容、左には大日、奥大日岳そして正面に立山三山。眼下には富山平野の眺め。天狗平が近くなると称名川の上流に架かるソーメン滝が良く見える。天狗平からは美しくも険しい剣岳の威容が…。「こんなに周囲の山が見渡せたのは、今月に入って初めて…」とドライバーさん。弥陀ヶ原では久しぶりの晴天に、ヘリコプターが物資運搬に大活躍していた。ずいぶん低くなった雪の大谷の壁を見て、予定よりずっと早く室堂バスターミナルに着いた。玉殿の湧水をボトルに入れて正午出発。立派な石畳の道を行き、観光客の姿が少なくなったところで腹ごしらえ。三十二番石仏のある辻から左の広場に入り、重要文化財で現存する日本最古の山小屋・室堂に立ち寄る。
 室堂をでるとすぐに長い残雪の中を登る。念のためアイゼンを用意してきたが、登下山とも結局、使わずに済ませた。何ヶ所も途切れ途切れに残雪を渡り、勾配が強い斜面では一歩一歩、滑らないように慎重に進む。浄土山を背にした祓堂に来ると、正面間近に雄山を仰ぎ社務所の建物が大きく見える。最後の急坂を登りきって一ノ越山荘に着く。ちょうど14時。小屋に入るにも早いし、明日の天気も気になるので雄山に向かう。
 二ノ越、三ノ越と急な岩屑の道を登り、頂上の社務所がすぐ近くに見えながら、なかなか近づかない。やっと登りついた一等三角点標「立山」(2991.6m)前の広場左手が社務所で、その先の岩峰上が雄山の最高点(3003m)で峰本社の神殿がある。社務所で200円納めて登拝する。社殿の前に敷き詰められた丸い石は登拝者が途中の河原で拾った石を持ちあがる習慣があったことを物語っている。1991年に参拝したときは、朝の頂上から大展望が得られたが、午後遅くの今日は濃い霧の中で展望は望むべくもない。神殿のすぐ横に最高点3003mの標識があり、背後は切り立った断崖である。時どき霧が流れると、眼下に足がすくむような景色が展開した。閉める準備を始めた社務所で記念のお土産を買って、ゆっくり滞在した頂上をあとにする。一ノ越山荘の泊り客は私たち4人を入れて10人。7.5 畳の部屋に一家族ずつでゆったりしている。食堂にはストーブが焚かれていた。
 7月17日。陽が登ると消えるかと思っていた霧は一向に晴れず、小屋主の「午後から雨になりそう」という話に下山する。ストックを握る手が冷たく、小屋のすぐ下の石畳の道は少し凍結して滑りやすくなっていた。下りの急斜面で何度も雪面を渡るが、次第に雪が緩んできたので、アイゼンは装着の手間を惜しんで使わずに慎重に下った。ちょうど1時間で室堂着。ミドリ池、地獄谷入口(今は立入禁止)、ミクリガ池とゆっくり周遊して11時のバスに乗車して立山を後にした。短い滞在だったが、懐かしい山々を眺めながら残雪の上を歩き、可愛い雷鳥や美しい花々にも会えて充実した山歩きだった。



日出ヶ岳

【登山日】2013年8月20日 
【コースタイム】山上駐車場 08:55 … 日出ヶ岳 09:35〜09:50 … 正木辻 10:00 … 正木ヶ原 10:55 … 牛石ヶ原 10:55 … 大蛇ー 11:10〜11:15 …(昼食 11:25~11:55)… シオカラ谷 12:30〜12:50 … 駐車場13:25
 

今年の暑さは記録的で、もう何日も連続して最高気温は35℃を超えている。この暑さからしばらくでも逃れようと、お盆の間は敬遠していた大台ケ原へ向かう。伯母峰峠からドライブウェイに入ると、右手に大普賢岳から弥山に続く大峰北部の山々がくっきりとスカイラインを見せる。雨の心配はまず無さそうだ。山上駐車場に着いて外に出ると予想したより暑い。展望の良い朝のうちに日出ヶ岳へ登っておくことにしてセンター横から周回路に入る。「最近、クマが目撃されたという情報が数件あった」という8月の掲示が付け加えられている。「大台ヶ原の動物」の掲示ではクマの他にも多種類の動物がいるが、シカ以外には出会ったことがない。し・か・も・この日はシカも見かけなかった。長年、大台ヶ原へきているが一頭のシカにも出会わなかったのは始めてだ。あまりの暑さに谷の水にでも浸かっているのだろう。森の生物たちの「命の水」も今日は細々とした流れだった。遊歩道の登りは整備された道は味気なくなったが楽になって、簡単に稜線の鞍部の熊野灘の見える展望三叉路に着く。頂上へ向かう木の階段も年数を経て、かなり周囲の自然に溶け込んできた。歩きやすいが急登で、汗びっしょりになって頂上に着く。去年の展望は今一つだったが、今日は周囲360度遮るものがない。懐かしい奥駆道の通る大峰の山々は、ずっと南の熊野の海に落ちるまで見えていた。
 滞在15分で頂上を後にする。三叉路を過ぎて林を抜けると、正木辻まで長い木の階段道が続く。最高点から振り返ると、紅葉の進んだドウダンツツジを前景にして日出ヶ岳が見送っていた。行く手には正木ヶ原の緑の笹原が見える。正木ヶ原への下りは素晴らしい白骨林の中で、大峰山脈をバックにした眺めをゆっくり堪能したいところだが、何分にも今日は暑すぎる。一刻も早く日陰に入ろうと休まずにどんどん下る。疎林の中の「イノシシのヌタ場」もカラカラに干上がっていた。正木ヶ原もカンカン照りで人影も見えない。尾鷲辻の休憩舎は7,8人の先着者がいたので通過する。牛石ヶ原では灼けつくような日差しに晒された神武天皇の銅像が熊野の方角を睨んでいた。弓の先に止まる八咫烏もさぞ暑かろう。T字路を大蛇ーへ直進する道は細く、やや急なガラガラの下り道になる。大蛇ーに登る入り口の木の橋も補修され、その先の岩場の周りの鎖もピカピカ銀色に光る新しいものに取り換えられていた。無人の大蛇ー先端に立って、二人で写真を撮り合う。右手の蒸篭ー、正面に深く切れ込んだ東ノ川を挟んで竜口尾根、細い布を垂らしかけたような西ノ滝、さらに奥に大峰の山々。いつ見ても何度見ても素晴らしい眺めだ。5分ほど絶景を二人占めにしていると、先ほど先に行かせて貰った6人パーティが姿を現したので場所を譲る。
 引き返す途中の大岩は私たちがよく使わせて貰う昼食の特等席だ。すぐ横に蒸篭クラが聳え、アカヤシオの枝にまだ色の淡いアキアカネが羽を休めている。のんびり昼食を済ませて腰を上げ、三叉路へ登り返して左に折れシオカラ谷へ下る。シャクナゲ林の中の道は木陰で、時折り左の東ノ川の方から冷たい風が吹き上げてくる。大きなブナやケヤキ、ナナカマドなどの自然林の道をシオカラ谷に下る。河原の石に腰かけてしばらく休む。今日のシオカラ谷は静かだ。何時までも休んでいたいところだが重い腰を上げて吊橋を渡る。毎度のことながら、ここから駐車場への登りが辛い。休まずにゆっくり登り続けて最後に林の中の一登りを終えて駐車場へ帰る。上北山村物産店でカップの氷を買って火照った身体を冷やした。ドライブウエイでは今年もトモエソウが花盛りだった。黒い雲が空を覆ってきて待望の一雨が来るかと思ったが、結局、帰るまで一滴の雨も降らず、大滝の電光掲示板は35℃を示していた。


    

葛城山

【登山日】 2013年9月10日
【コースタイム】水分橋上駐車地点 07:15…中間点ベンチ08:20〜08:30…山頂 09:20〜09:35…キャンプ場10:20…中間ベンチ10:53〜11:00…駐車場所12:00

白露を過ぎ、ようやく秋らしくなった空にイワシ雲が浮かんでいる。今日は足慣らしに大和葛城山に行く。早めに家を出たので水越トンネルの大阪側入口を見下ろす絶好の場所に駐車できた 。水分集落の最後の民家を過ぎると舗装の道に日が眩しく照り返す。センニンソウ、ウド、ニラなどの白い花が目立つ。導水路の横から植林帯に入ると先日の雨の名残か湿気が多く、木陰なのにすぐ汗が滲みだしてくる。右手に天狗谷を見下ろす道は、ヤブミョウガの白い花が浮かぶ薄暗いところを抜けると高度を上げるにつれて流れに近づいていく。山道らしくなるとキンミズヒキや赤いミズヒキに交じってツリフネソウの咲く草地になり、谷を左岸に渡り本格的な登りが始まる。木の階段で整備されて歩き易くなった道を登る。鎖場を過ぎて右岸に渡り返して登り、水場で谷と別れる。和子がイワタバコを見に行ったが、もう花は残っていなかった。冷たい水で喉を潤して中間点のベンチで腰を下ろすと、風が吹き上げてきて汗に濡れた背中が冷たく感じる。 幅広い木の根道が終わると長い階段道が続くが、身体が山に馴染んできたのか、いつもここまでより楽に思う。河内弘川寺への林道に出会うT字路で右に折れて、涸れた谷の右岸を登る。葉だけになったショウジョウバカマの道には木の下の緑の苔が美しい。4月に最上部だけだった砂防工事はだいぶ進んで、かなり下から迂回路で左岸に渡るようになっている。トラロープの張られた急斜面を登り、谷を渡り返す辺りの見慣れた天狗谷の風景は一変している。ロープウエイの道に出会っても不思議なほど全く人影がない。まだ朱い穂のススキに囲まれた道を頂上に登る。
 西の方は展望が効き、やや靄ってはいるが、アベノハルカスを筆頭に大阪南部のビル群が見えた。全く二人で貸切りの山頂で、こんなことは珍しい。高原ロッジへ下る道の上には赤トンボが乱舞していた。 高原ロッジから出てきた人が今日会った初めて人で、ツツジ園も無人だった。実は今日の和子の目的はナンバンギセルだったが見つからない。もう一度、頂上の方へ登り返してススキの根元を分けたりして探していたが、とうとう一本も発見できなかった。1時間ほど滞在した頂上部を後に元の道を下り、中間ベンチへの木段道にかかる頃に初めて登ってくる人に出会った。たくさんの野の花を愛でながら、のんびりと歩いて駐車場所に帰り着く頃、雲が晴れてまた夏の様な強い陽射しが帰ってきた。



金剛山

【登山日】 2013年9月20日
【コースタイム】水越峠 07:10…カヤンボ 07:47…登り口 08:35〜08:45…太尾塞 08:52…六道ノ辻 09:19…大日岳 09:25…国見城址(上) 09:40〜09:50…葛木神社 10:05…一の鳥居 10:12…旧パノラマ台11:00~11:15(昼食)…カヤンボ 11:33…水越峠 12:15

水越峠の林道ゲート前にはすでに3台の車とバイクが置いてあった。身支度をして林道ガンドガコバ線を南に行く。右手の水オロシ谷の流れが次第に近づいてくる。大阪から奈良へ府県境を越えるところが越口で「祈りの滝」へ通じる道がある。こんな早くから下ってくる二人組の青年に聞くと、なんと4時半にスタートしたそうだ。カヤンボの橋でダイトレ道と分かれて西に折れる。右手が開けて大和葛城山を仰ぐ。山頂の高原ロッジがよく見える。少し山道らしくなり、T字路になったところで左に行く。ヒノキ植林の中の広く歩き易い道になり、大きく二三度、カーブすると少し開けた草地で、ベンチが置いてある。歩き始めて約1時間半。ここで初めて腰を下ろして水分を補給した。傾斜のきつい山道になるが、僅か10分足らずで楽に太尾塞に着いた。太尾道と合流して六道の辻までの尾根道が、今日唯一の登りらしい登りだった。涼しい木陰の道を大日岳へ登る。まだ穂が赤いススキの原から見る河内平野は靄に霞んでいた。国見城址上の広場へ向う。社務所前の広場や国見城址からは賑やかな人声が聞こえるが、ここは無人で空のベンチがずらりと並んでいる。スモッグが覆う様な大阪南部の市街地を眺める。
城址から転法輪寺へ。行者堂へ手を合わせ、牛王を撫でたあと石段を登って本堂へ詣でる。今日は五眼六臂のご本尊・法起大菩薩をしっかり拝めた。 無人の葛木神社に参拝して、裏参道をブナ林へ下り一の鳥居へ。ケーブルへの道と分かれると、いつもより道が抉られていたり、木の枝葉がたくさん落ちている。郵便道の入口に通行止めの表示が出ていた。緩やかに下っていくと最後に一寸した急坂があって少し開けた、昔「パノラマ台」と呼んでいたところに来る。木の間越しに御所や五条の町並みを見下ろすところに、新しい立派なベンチができていて、近くで地下足袋姿の人が木を削っておられた。声をかけてベンチを使わせて頂き、軽い昼食を済ませる。 カヤンボへの急な下りでは、ところどころにヤマジノホトトギスが咲いていた。橋を渡ってからの、帰りの林道歩きはやはり長く感じた。カンカン照りで中天からの日差しがきついが、この時間から登ってくる人も何組かあり、暑さで大変だろうと同情する。7月に太尾を登り北尾根を降りたときに比べると、涼しくなったおかげで楽に登れて、快適な半日の山歩きだった。


木曽駒ヶ岳

【登山日】 2013年9月27日 
【メンバー】丸屋博義、丸屋三輪子、芳村嘉一郎、芳村和子
【コースタイム】千畳敷駅 11:30~12:00…剣ヶ池 12:10~12:15…乗越浄土13:20…宝剣山荘 13:25~14:00…中岳 14:20~14:30…木曽駒ケ岳 15:10~1525…宝剣山荘 16:15

今回も丸さん車のお世話になり駒ヶ岳高原菅ノ台バスセンターに駐車。バスで「しらび平」に向かう。ロープウェイは左手に「ひぐらしの滝」や大滝、右手にも大小の滝を見下ろしながら高低差950mを7分30秒で千畳敷駅に到着する。ホテル千畳敷東側のベンチに腰を下ろして、まずは腹ごしらえ。空は真っ青に晴れ上がり、目の前には鋸岳、甲斐駒から仙丈ヶ岳、白根三山、富士を挟んで更に右に塩見岳…と居並ぶ南アルプスの贅沢な眺めをほしいままにする。 剣ヶ池の方へ下る道の両側には真っ赤な実を付けたナナカマドが並んでいて、その上に青空を背にした宝剣岳が聳えていた。八丁坂入口の分岐までくるとハイカーの数もぐんと少なくなる。 道は次第に険しくなり、ゴロゴロの石に金網を被せてあったりする。ゆっくりと休まずに登り続けて着いた乗越浄土には数人の人が休んでいた。天狗山荘に余分な荷を預けて、木曽駒ヶ岳に向かう。午後になってガスがでてきたが、雨の心配はまず無さそうだ。広い岩礫の平には青いロープが張ってあり、それに沿って中岳へ登る。途中で左への捲き道があり、「難所あり冬季は通行禁止」の標識が出ている。中岳頂上の祠に手を合わせ、更に最高点まで登ると本峰とのコルへの急な下りになる。頂上山荘とテント場のあるコルからハイマツの緑の中の道を登る。
 頂上の駒ヶ岳神社に参拝する。ヒノキ材作りは木曾の、中岳側の石に囲まれた祠が伊那の神社である。三角点のある山頂でのんびりしていたが、霧は晴れず残念ながら展望は全くない。中岳への登り返しは見るからにアルバイトが偲ばれるので、右手山腹の捲き道に入る。入口に冬閉鎖用のクサリがある。前方の岩峰が霧に見え隠れし、右手が切れ落ちてかなり高度感があるが、霧のお蔭でそれも減少される。無事に通過して合流点に出て、 小屋に入る前に天狗岩の前で休む。雲が流れて青空が見えだした。美しい山の夜空の饗宴に満足して眠りにつく。


伊那前岳

【登山日】 2013年9月28日
【メンバー】丸屋博義、芳村嘉一郎、芳村和子
【コースタイム】宝剣山荘 06:50…和合山 07:10…伊那前山 07:25~07:50…宝剣山荘 0830…浄土乗越08:40…千畳敷駅09:45 


木曽駒ヶ岳・乗越浄土に建つ宝剣山荘の朝。暗いうちから出かける人の声で起されてしばらくすると、もう窓の外が薄明るくなってきた。外へ出てご来光を拝む。和合山の黒いシルエットの左には見事な雲海が拡がり、その上に八ヶ岳が浮かんでいる。次第に朱色を増す東の空に富士の姿が美しく浮かび上がり、やがて伊那前岳の方から真紅の日輪が顔を出して周囲からどよめきが起こる。中岳の左に朝陽に燃えるような木曽御嶽が浮かんでいた。朝食を済ませると殆どの人は宝剣や木曽駒へ登って行った。私たちは伊那前岳をピストンする。乗越浄土から和合山へ向かうと、もう誰にも出会わない静かな尾根道になる。のんびりとハイマツの稜線を行く。見下ろす千畳敷カールをロープウェイのゴンドラが登ってきて、千畳敷駅の放送が聞こえる。乗越浄土から僅か10分あまりで最初のピーク・和合山(2,911m)に着いた。東側を捲き再び稜線に出ると素晴らしい展望が拡がった。右手・北西に中岳、木曽駒ヶ岳から将棊頭山に続く稜線、左手・西から南にかけて宝剣岳、檜尾岳、空木岳に続く稜線が鮮やかに見える。ハイマツの中のほぼ平坦な道になり、富士山を正面に見ながら快適に歩く。少し開けた砂地には九合目の標識が立っていた。次のピークには左手の高みに石柱で囲まれた大きな岩があり、道を挟んで「天山阪本先生勒銘石之碑」と書かれた副碑(昭和6年建立)がある。「信州百山」によると、「勒銘石(ろくめいせき)」は天明4年(1784)、高遠藩郡代・坂本天山が苦心の末にここに立って駒ヶ岳を見た時の感動を石工に刻ませたものである。四言絶句の文字は殆ど消えてしまっているが、上掲書から引用すると…霊育神駿(霊は神しゅんを育し)天逼天門(高く天門にせまり)長鎮封城(長く封城をしずむ)維岳以尊(この岳もって尊し)…と記されている。稜線を下り気味に進み、登り返すと伊那前岳の頂上である。岩の上に錆びた鉄棒が立っていた。
 2,883mの三等三角点は一段下がったところにあり、さらに東へ北御所登山口への下り道が続いている。 頂上からの展望は期待以上に素晴らしく、東には八ヶ岳から間に富士を挟んだ南アルプス、北には御岳、乗鞍、北アルプスの山々、南には宝剣岳から空木岳と続く中央アルプスの山々と遮るもののない大眺望である。しばらく至福の時を過ごして引き返す。帰り道も槍・穂高始め懐かしい山々の大展望に酔いながら、のんびりと歩いた。和合山を下り、乗越浄土に近づくと大勢の登山者の姿が見える。休み終えた人は中岳へ宝剣へと次々と登っていく。私たちは途中で単独の若い男性に二度出会っただけで、静かな山をゆっくり楽しめて良かった。 小屋に別れを告げて八丁坂を下る。見上げる宝剣の上の真っ青な空に細く痩せた月が浮かんでいる。さすが好天の土曜日だけあって登ってくる人が切れ目ない。その間隙を縫うように少しづつ下る。「今日は混雑が予想されるので、ロープはフル回転」のアナウンスに急かれるように駅に歩く。カールのお花畑はチングルマの苞花が風に揺れ、枯れかけたコマウスユキソウが一株残っていた。駒ヶ岳神社へ無事に山行を終えたお礼を言上して、家路についた。

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