アマチュア無線。



左、JP3DSBのアンテナと 右、JJ7AFKのアンテナ

 小学生のときは鉱石ラジオや模型機関車、中学生のときはじめて並三ラジオの制作(高周波増幅に6C6、検波には6ZP1、整流管には12Fだったと記憶していますが)し、放送がスピ−カ−より流れてきたときは感動しました。
 電気の工作に熱中しいましたが、ハムをする機会にはめぐまれませんでした。 「初歩のラジオ」を購読していましたが、付録にモ−ルス符号などが掲載されており、それを覚えようとしたりしていました。
 その後、こうした工作から離れていましたが、大人になり、しかも、50才を過ぎてから、パケット通信をやりたくて、ハム免許に挑戦することになりました。
 まず、電話級(現在の四級)を昭和63年3月8日に取得、電信級(現在の三級)を同年の9月2日、二級免許を同年の11月18日に取得しました。子供の頃に少しモ−ルス符号に親しんでいたとはいえ、50才を過ぎての「耳ならい」では、免許は取ったものの、とても、実際の実用的なモ−ルス通信(CW)には通用致しません。知人の協力で通信の練習をon airでしましたが、結局は実用レベルには達しないままです。パケット通信の初期の目的はなんとか、クリア−しましたが、あとはHF通信、OSCAR13を使っての衛星通信になってしまいました。
 どちらかというと、シグナル交換だけでなく、いろいろと教わろうと考えていましたので、話し込む方で、局やカントリ−を稼ぐ方向にはいかず、タイトルは何も持っていません。QSLカ−ドの他に、いくらかの、相手局の個人的な情報は残っていますが・・・・・
 JP3DSBがコ−ルサインですが、秋田で勤務しているときには、JJ7AFKのコ−ルサインで開局していました。
 
私のQSLカ−ド
F1CHとのQSO
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