哀しい時の言葉

神の宝座は人の良心に於いてある、
其処に神は人と語り、
彼を導き、
彼を慰む、
人に取りて神ほど近い者はない、

 内村鑑三


誠に神は人の自己の一部である、
人は神に在りて人と交わり、
神に在りて天然に接するのである、

 内村鑑三

我れ独り在るに非ず、
父、
我と偕に在るなり
(ヨハネ16−32)

 悲しむ人は 幸いである、
その人は 慰められるであろう
 (ルカ6−20b〜26)

喜びは 主のうちに求めよ、
主は あなたの心の願いを聞き入れてくださる。

(旧約聖書詩編37.4)



わが魂よ、なぜ悲しむのか、なぜ思い乱れるのか。
神に信頼せよ.主こそわたしの救い わたしの神。

(旧約聖書詩編42.6)




心に喜びがあれば 顔は晴れ晴れとするが、
心に悲しみがあれば 精神は沈んでしまう。

(旧約聖書箴言15.13)




悪人の希望は風に吹き飛ぶ もみがらのようであり 嵐に飛び散る 軽い泡のようだ。

(旧約聖書知恵の書5.14)



過失を かばう人は友情を固め、
それをいい広める人は 友人同士をひき裂く。

(旧約聖書箴言17.9)



父が子をいつくしむように、
神は 神をおそれ敬う人々を あわれまれる。

神は人が何でできているかを 知っておられ、人がちりであることを 記憶しておられる。

(旧約聖書詩編103.13.14)



主が目をとめられるのは 軍馬の強さでもなければ 人の脚の速さでもない。

主が喜ばれるのは 神をおそれる人、そのあわれみに希望をおく人。

(旧約聖書詩編147.10、11)


人のあわれみは 近隣に向けられるが、主のあわれみは 生きるものすべてに及ぶ。

(旧約聖書シラ書18.3a)


 主のあわれみは なんと大きく、
たちかえる すべての人に対してそのゆるしは  なんと寛容で広いことか。

(旧約聖書シラ書17.29)


 主を試そうとしない人に 主は姿を現し、
信頼し続ける人に ご自分を示される。

(旧約聖書知恵の書1.2)


 正しさと あわれみを追い求める人は、
いのちと ほまれを見いだす。

(旧約聖書箴言21.21) 


悲しみに心をゆだねず、
気を取り直せ、悲しみを 払い落とすがよい。

心の喜びこそ 人のいのちであり、人の歓喜は 長命をもたらす。

(旧約聖書シラ書30.21、22)


落胆は多くの人を だめにした。
落胆からは、何のよいものも生じてこない。
(旧約聖書シラ書30.23b)