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・・これからの知恵
世をあきらめしめずして 世に勝たしむるものなり、
今より勤勉廉節を 事とし投資せし 富を回復すべきなり、
内村鑑三
身と心とを神に任せ 精々似て働きて見よ、
神も宇宙も汝を 助け汝の労力は実ぞかし。
内村鑑三
我 この世につかわされしは、
わが意を 世にはるためならで神の恵を うけんため そのみむねをば とげんためなり。
内村鑑三
なみだの谷や笑の園、
かなしみは来ん
よろこびと よろこび受けん ふたつとも、神のみこころならばこそ。
内村鑑三
勇者のたけき力をも、
教師のもゆる雄弁も、
われ望まぬに あらねども、
みむねのままに あるにはしかじ
内村鑑三
弱きこの身は いかにして、
そのつとめをば はつべきや、
われは知らねど 神はしる、
神に頼る身は 無益ならぬを
内村鑑三
小なるつとめ 小ならず、
世を蓋うとても 大ならず、小はわが意をなすにあり、大はみむねによるにあり。
内村鑑三
わが手を取れよ わが神よ、
我行くみちを 導けよ、
われの目的は 御意(みむね)をば、為すか忍ぶにあるなれば。
内村鑑三
失望の世の中にあらずして、望みの世の中であることを 信ずる事である。
内村鑑三
此世の中は 悲しみの世の中でなくして、
喜びの世の中であると いふことを我々の生涯に実行して
其生涯を 世の中の贈り物として去る。
其の遺物は 誰にでも出来る遺物。
内村鑑三
二宮金次郎の生涯を見ます時、
「もしアノ人にもアアいう事が出来たならば、私にも出来ない事はない」と思うのは、
普通の考え、普通の考えで 非常に価値ある考えであります。
内村鑑三
人にたよらず共、
我々が神にたより、
己にたよって、宇宙の法則に従へば、
此の世界は我々の望む通りに、考えを行ふ感覚を起さして呉る。
内村鑑三
他の人の行くことを 嫌ふところへ行け
他の人の嫌がる事をしろ メリ−・ライオン
何時でも正義に立つ者は 少数の位置を取って居る。
我々のすべき所は 何時でも少数の方に立つて
其正義の為に多勢に向かってやる。
内村鑑三
必ずしも負を取って行くものでない。
其精神。
其意地です。
内村鑑三
アノ人は 力もなかった、
富もなかった、
学問もなかった人であるけれ共、
己の一生涯を銘々持って居る
正義の為にヤツテ呉たといふ生涯をのこすことは出来まいか。
誰にでも出来る生涯ではないかと思います。
内村鑑三
邪魔があればある程 我々の事業ができる。
反対があればある程面白い。
我々に友達が無い、我々に金が無い、我々に学問が無いといふのが面白い。
内村鑑三
我々が神の恩恵を享け、
信仰によって 之れに打ち勝事が出来れば
サウすれば其人は 非常な事業をのこすものである。
内村鑑三
色々の不都合、色々の反対に打ち勝事が 我々の大事業ではないかと思います。
内村鑑三
我々に世の中に是れぞというて一つの覚えられることがなくとも、
アノ人は 此世の中に活きて居る間、
真面目なる生涯を送ったといふことを 後世の人に遺したいと思います。
内村鑑三
心の眼をふさぐものは 実は慾念であって学問の不足ではない。
内村鑑三
休養は 肉体を休め、
過去の恩恵を想い起こし 新しきをひきだす、神の援助に与かることである。
内村鑑三
聞く神は安息日の前には二倍のマナをイスラエルの民の上に降らし給へりと
(エジプト記16章22−31節)
労働も神の賜物である、
休養も神の賜物
内村鑑三
労働は すべての幸福の基礎であります、
人生の快味は 労働を離れて得ることは出来ません。
内村鑑三
小キリストとなることは 出来ます、
即ち人間らしき 人間となることは 出来ます、
人生の最大名誉は 大工、左官、百姓に居つても博することの 出来るものであります。
内村鑑三
人生最大の快楽は 鋤一挺と聖書とを以て 得られるものであります。
何にも之れを得んがために 競争場裡に身を投じて、無益の争闘に 身血を絞るの必要はありません。
内村鑑三
成功は之れを 天に任し、
己は 日々為すべき事を 正直に 為すことであります。
内村鑑三
教育の精神とは 真実と耐忍と勉励とを以て射中に 秘蔵せられ居る 心霊を開発する。
内村鑑三
我に事ふべきの神あり 我に愛すべきの国あり
我に救うべきの人あり我に養うべきの父母と妻子あり
内村鑑三
四囲の山何ぞ青き 加茂の水何ぞ清き 空の星何ぞ高き 朝の風何ぞ爽き
内村鑑三
一函の書に 千古の智恵あり 以て英雄と 共に語るを得べし
一茎の筆に 奇異の力あり 以て志を 千載に述るを得べし
内村鑑三
我に友を 容るるの室あり 我に情を 綴るるのペンあり
炉辺団坐して 時事を概し 異域書を飛して 孤独を慰む
内村鑑三
翁は 机にもたれ 嫗は 針にあり 婦は 厨に急はしく 児は 万歳を舞う
内村鑑三
感謝して 日光を迎へ 感謝して そ膳に対し 感謝して
天職を執り感謝して 眠に就く
内村鑑三
生を得る 何ぞ楽しき 讃歌 絶ゆる間なし
内村鑑三
青年よ、
青年よ、
何歳に成っても青年よ、
我等の四十か五十の短い生涯で 目的が達せられる なぞと思うようならば、
飛んでもない 了見違いといふものだ
内村鑑三
頭に白毛の生へて来るのは 老人に成った徴ではなくして
我々が希望の域に 近づいて来た兆候である
内村鑑三
我々は冬の仕舞に 春の木の芽の萌すを 見て喜ぶように、
歳を経る毎に 益々若くなるべきである、
智識を愛する、労働を愛するいよいよ切なる事である。
内村鑑三
我々は今日最も進歩した 思想を養はなければなりません。
感情は光明を与えて行きませぬと 直ぐに腐って了います、
新智識より 一日も離れてはなりません。
内村鑑三
人生の春ありたり、
勇気勃々、
希望満々、
夢み、
企て、
愛し、
歌へり、
然れども 花のみにして 実は無かりき、
閣楼は 空中に画かれて 地上に築かれざりき、
希望に憂愁伴い、歓喜に煩悩まとへり、春は実に勧ばしき 悲しき時期なりき。
内村鑑三
人生の夏ありたり、
議論がくがく、
主義堂々、
撃ち、
撃たれ、
憎み、
呪へり、
人の無情を憤れり、
事の成らざるを怒れり、
時には神の存在をすら疑えり、熱涙湧き、心琴断たれんばかり
夏は実に辛き 苦しき時期なりき。
内村鑑三
人生の秋は来れり、
感涙滴々、
思惟しょうしょう、
顧み、
黙し、
謝し、
祈る、
実は識らざる間に熟し、
事は企てざるに成れり、寂りょうに感謝伴い、孤独に祝福溢る、秋は実に静なる楽しき時期なり。
内村鑑三
人生の冬は来るべし、
然れども絶望の時期にあらざるべし、
また来ん春を望みつつ 過去の恩恵を感謝しつつ、父の家に還るなるべし。
内村鑑三
勧びは朝と同時に来ります
(詩へん30−5)
おきあがりこぼしを ころがし、
倒れては起き 倒れては起きするのを指し、善とはこれでござる。
大岡越前守
たまには 午睡も宜しい、
壮言大語も宜しい、
少しは罪の無い 人物評も宜しい、
朝露を払って 畑に農業の真似事を 為すは甚だ宜しい
内村鑑三
然し夜は勉強しないで 談話の為に消費するが宜しい、
昼の業を終へて、
満足なる心を以て 神に感謝を捧げて 眠に就けば、新しき人となりて、朝を迎へる事が出来る。
内村鑑三
人の齢は草の如く、
その栄は野の花の如し
(詩へん103−15)
私共は 冬は来るとも冬を知らず、
常に春陽の 希望を抱いて 亦 新しい年を迎えやうと欲ひます。
内村鑑三
宇宙には宇宙の生命がある、
之れは 個人の生命よりも 国家の生命よりも 強いものである、
故に 宇宙に春の臨む時には国会の議決も 国王の命令も 之れを如何ともすることが出来ない そうして宇宙の春は キツト来る
内村鑑三
来た、
来た、
待ちに待ちたる春は来た、
貧乏人の春である、
そうして是れは貴族、
豪商博士達の 冬であろふと思ふ
内村鑑三
花は天然の言辞である、
言語は銀であって、
沈黙は金であると言へば、
花は沈黙の言語、
即ち金の言語である
内村鑑三
努力の無い所に愛はない、
愛は努力し、
又努力して自ら増進する者である、
神が 其子を育つるに 努力し給うは、
彼に力が不足するからではない、
彼は 愛であるからである
内村鑑三
汝のパンを 水の上に投げよ、
多くの日の後に 汝再び之れを得ん
(伝道之書11−1)
汝の霊魂の食物、
即ち汝に託せられし神の聖言を 水の上に投げよ。
之を世界の海に投げよ。
反対の風をおそるる勿れ、世論の波を怖るる勿れ。
神は必ず之を護り給いて、多くの日の後に 汝再び之を得ん。
内村鑑三
失はれしと思いし聖言は 存りて其実を結び、
汝は裕に恩恵に与からん。
内村鑑三
宇宙は善し
天にシリアス星 又は オライオン星座を仰ぎつつ、
静かに
勝利の讃美を 唱へつつ進むべきである。
内村鑑三
凡そ真実なること、
凡そ敬うべきこと、
凡そ公義(ただし)きこと 凡そ清潔(いさぎよ)き事、
凡そ愛すべき事、
凡そ善称(よききこえ)なる事、
凡そ何なる徳、
何なる誉にても なんじらこれを念(おも)ふべし
(ピリピ書第4−8)
無益なる年 とては 一年もなかった。
今年もまた 進歩の年であった。
我等は神を信ずる、故に かぎりなき 進歩を信ずる。
内村鑑三
見ゆるか 見えざるかを 問わない、
唯 信ずる。
信じて人生に 意味が有り、
生くるの 甲斐があるからである
内村鑑三
なまけ者よ、
いつまで寝ているのか、
いつ目をさまして 起きるのか。
しばらく眠り、しばらくまどろみ、
手をこまぬいて、またしばらく休む。
(しん言6−9〜10)
知恵のある者は 知識をたくわえる、
愚かな者のむだ口は、
今にも滅びをきたらせる。
(しん言10−14)
他人のために 保証をする者は
苦しみをうけ、
保証をきらう者は 安全である
(しん言11−15)
治める人と 座して食事するとき、
あなたの前にあるものを、
よくわきまえ、
そのごちそうを むさぼり食べてはならない、
これは人を欺く 食物だからである。
(しん言23−1・3)
あなたの父母を 楽しませ、
あなたを生んだ母を 喜ばせよ。
(しん言23−25)
家は知恵によって 建てられ、
悟りによって 堅くせられ、
また、へやは 知識によって
さまざまの尊く、 麗しい宝で 満たされる。
(しん言23−3〜4)
求めなさい、
そうすれば 与えられるであろう
捜しなさい、
そうすれば 見出すであろう
たたきなさい、
そうすれば 開かれるであろう
(ルカ11−9)
良識は これをもつ人のいのちの泉となる
(旧約聖書箴言16.22)
わが子よ、
父の戒めを守り、
母の教えを軽んじてはならない
(旧約聖書箴言6.20)
愛し合って野菜料理を食べるほうが、
憎み合いながら肥えた牛の肉料理を食べるよりもいい。
(旧約聖書箴言15.17)
恐怖とは理性の助けを退けること、
これ以外の何ものでもない
(旧約聖書知恵の書17.11)
自分で自分を賢い者だと 思い込んでいる人を見たことがあるか。
その人よりは、
まだ、
愚か者のほうが救いがある
(旧約聖書箴言26.12)
破滅の先ぶれはおごる心、
高慢な思いは失敗の前兆
(旧約聖書箴言16.18)
戒めはともし火、
教えは光
(旧約聖書箴言6.23A)
わたしの魂が 喜びとする 三つのことがある
それは神のみ前にも 人間にも好ましいことがある
兄弟仲のむつまじいこと、
近所同士の友情
仲のいい夫婦
(旧約聖書シラ書25.1)
神よ、
あなたの契約は感嘆すべきもの、
それゆえ わたしはそれを守る。
あなたのことばが 示されると 光を放ち、
素朴な者に悟りを与える
(旧約聖書詩編119.129.130)
ぶどう酒と 音楽は 心を楽しませるが、
それら以上に 心を楽しませるのは
知恵に対する愛である。
(旧約聖書シラ書40.20)
健康以上に大きな富はなく、
心の喜び以上に 人を満たすものはない。
(旧約聖書シラ書30.16)
わたしは平和に床につき 眠りに落ちる。
主よ、あなたこそ わたしを安全に守ってくださる方。
(旧約聖書詩編4.9)
忠実な友は 力強い守りであり、
見つけた人は 宝を見いだした。
(旧約聖書シラ書6.14)
友はどんなときにも思っていてくれる、
悩みのときには兄弟のようになる。
(旧約聖書箴言17.17)
新しい友は 新しいぶどう酒のようだ、
古くなったときこそ おいしくなる。
(旧約聖書シラ書9.10b)
目をさすと涙が出る、
心をさすと思いがあらわれる。
(旧約聖書シラ書22.19)
友といい争ったとしても 恐れるには及ばない、
和解することができるからだ。
しかし、侮辱したり 横柄だったり、
秘密を守らなかったり 裏切ったりしたら 別だ。
そんな場合 友は去っていく。
(旧約聖書シラ書22.22)
聞き終わらないうちに答える人は、
自分の愚かさをさらし、恥ずかしい思いをする。
(旧約聖書箴言18.13)
石を上に投げれば 自分の頭に落ちてくる。
だまし打ちは だます人自身を傷つける。
(旧約聖書シラ書27.25)
神へのおそれは 神への愛のはじめであるが、
信頼があってこそ 愛が始まる。
(旧約聖書シラ書25.12)
人の一生は 七十年、
長くて八十年、
しかも そのほとんどは 労苦と苦悩の歳月で、
またたく間に過ぎ 人は飛去っていく。
(旧約聖書詩編90.10)
何をするにも 終わりを思え、そうすれば けっして罪を犯しはしない。
(旧約聖書シラ書7.36)
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