悩む

神の国と そのただしきとを求めよ  みな なんじらに 加えらるべし、

この故に明日のことをおもいわずらうなかれ、

明日は明日のことを 思いわずらえ、

(マタイ伝6章従25節至34節)

一日の苦労は一日にて足れり。

(マタイ伝6章従25節至34節)

もし あなたが悩みの日に 気をくじくならば、

あなたの力は 弱い。

知恵を得るならば、かならず報いがあって、あなたの望みは、すたらない。

(しん言24−10・14)

世は人を称して 臆病者、

隠遁者、

非社交的人物となすならん、

然れども 平和の主なるイエスキリストは 言い給う「其人は神の子と認めらるべければ也、

何をか恐れん、

誰をか はばからん」

内村鑑三

なやみは人生に 必然避くべからざる者である

(ヨブ記5−7)
   
人が我を 憎むに対して、

憎みを以て 之れに応じて、我は彼の 憎みを 断つことは出来ない。

出来ることは 我が内なる 憎みを除くことである。

憎の苦味を 愛の甘味に変えて、

我は 内に 喜楽を得て、外にしゅう的を撃退する。

(ヨハネ1−4−18)

愛におそれはない。

おそれるるは 愛がないからである。

おそれは苦痛である。

愛に不足するが 故におそれるのである。

真の勇気は全き愛に於いて在る。

 内村鑑三

進んで敵を愛する事である。

此勇気あって、いかなる敵も戦はずして撃退することが出来るのである。

 内村鑑三

疲れたる者 又重きを負へる者は 我に来たれ、我汝等に 休息を与えん。

我は心柔和にして 謙下る者なれば、我がくびきを負いて 我に学べ。

汝等心に 平安を得べし。

そは我が くびきは易く、

我が荷は 軽ければなり

(マタイ11−28)

我れ弱き時は独り 静なる山に入り、

そこに我の磐にして 我の救主なる エホバの神に 祈祷を以て接す。

 内村鑑三

偉大なるかな山の勢力、

入る時には 弱かりし 我は 強き者となりて 出で来るなり、

量るべからざるかな祈祷の効果、山と祈祷とありて、人世は苦痛の谷に非ず。

 内村鑑三

光明の 宇宙の際限なきを見る、

人は自ら求めて 暗黒を作るを得べし

然れども神も宇宙も 彼を収容するために 特別の暗処を備えざるなり。

 内村鑑三

改善は 他人の悪事を 知て来るものあらずして 

自身の欠点を認めて来るものなり

 内村鑑三

他人の悪事を 知るは吾をして 我自身の 清浄に誇らしめ、

彼を責むるの 念を起して 自省自抑の 思を醸さず

 内村鑑三

改善は自遜に始まり、

謙退に基因す我れ我が短所、

弊疵(へいし−欠点やきず)を発見する時は 我が改善の途に就くの時なり。

 内村鑑三

人のよしあしを 言いあるく者は 秘密をもらす、心の忠信なる者は 事を隠す。

(しん言11−13)
 
いつくしみある者は おのれ自身に 益を得、

残忍な者は おのれの 身をそこなう。

(しん言11−17)

望みを得ることが 長びくときは、

心を悩ます、願いがかなうときは、命の木を得たようだ。

(しん言12−12)

愚かな者の前を 離れ去れ、そこには 知識の言葉がないからである。

(しん言14−7)

人の口の言葉は 深い水のようだ、知恵の泉は、わいて流れる川である。

(しん言18−4)

あなたの心を 教訓に用い、あなたの耳を 知識の言葉に傾けよ。

(しん言23−12)

人を恐れると、わなに陥る、主に信頼する者は安らかである。

(しん言29−25)

生るるに時があり、

死ぬる時があり、

植える時があり、

植えたものを 抜くに時があり、

(伝道の書3−2)

殺す時があり、

いやすに時があり、

こわすに時があり、

建てるに時があり、

(伝道の書3−3)

泣くに時があり、

笑う時があり、

悲しむに時があり、

踊るに時があり、

(伝道の書3−4)

石を投げるに時があり、

石を集めるに時があり、

抱くに時があり、

抱くことをやめるに時があり、

(伝道の書3−5)

捜すに時があり、

失うに時があり、

保に時があり、

捨てるに時があり

(伝道の書3−6)

裂くに時があり、

縫うに時があり、

黙るに時があり、

語るに時があり、

(伝道の書3−7)

愛するに時があり、憎むに時があり、戦うに時があり、和らぐに時があり。

(伝道の書3−8)

人の語るすべての事に 心をとめてはならない。

これはあなたが、自分のしもべのあなたを のろう言葉を聞かないためである。

(伝道の書7−21)

彼は悩みを 与えられるがそのいつくしみ 

豊かなのでまたあわれみを たれられる。

(哀歌3−32)

あなたたちは この世では苦しむ。

しかし、勇気を出しなさい。

わたしによって あなたたちが 平安を得るためである。

(ルカ16−33)

幸いな人、高慢な人の側に立たず、偽りを追う人に目をくれない人。

(旧約聖書詩編40.5)

謙虚な人の祈りは雲を貫き、神に達するまで とどまることがない。

(旧約聖書シラ書35.21)

弱く貧しい人の世話をする者は幸い、

悩みの日には 主がこの人を救ってくださる。

(旧約聖書詩編41.2)

風を気にしていれば 種をまくことはできない 
 
雲ばかり見ていれば 刈り入れはできない 
  
 (旧約聖書コヘレトのことば11.4)

自分に邪険な人が、

いったいだれに親切であり得ようか 
 
 (旧約聖書シラ書14.5)

主は恵み深く 正しい方、

道を迷う人に 正しい道を示される

(旧約聖書詩編25.8)

多くの人に教えるほど老練な人でも、

自分自身は わからない人がある。

(旧約聖書シラ書37.19)

たきぎが なくなれば 火は消える。

中傷する人がいなくなれば 争いは自然におさまる。

(旧約聖書箴言26.20)

穴を掘る者は 自分がその中に落ち、

石を転がせば 自分にぶつかる。

(旧約聖書箴言26.27)

誠実に歩む人は救いを得る、

曲がりくねった道を行く人は 突然倒れる。

(旧約聖書箴言28.18)

知恵のある人を見つけたなら 早朝からその人を訪ねよ、

その家の入り口の段を すり減らすほどに通え。

(旧約聖書シラ書6.36)

知恵のある人と交われば 知恵者になり、

愚か者とつき合えば   愚か者になる。

(旧約聖書箴言13.20)

人の心の思いは深い水のようである。

しかし、思慮深い人はこれをくみ出すことを知っている。

(旧約聖書箴言20.5)

疑いの目であなたを見る人に 相談するな、

あなたをねたむ人には 心のうちを見せるな

(旧約聖書シラ書37.10)

ひとりでいるよりも ふたりがよい、

ふたりで労苦すれば 報いも大きい。

ひとりが倒れれば もうひとりが 起き上がらせてくれる。

しかし、ひとりでいる人は 災いだ。

倒れても 起こしてくれる人がいない。

(旧約聖書コヘレトのことば4.9、10)
        
明るい心は 健康に役立ち、うちひしがれた魂は 骨を干上がらせる。

(旧約聖書箴言17.22)

あなたを愛している人が あなたを打つのは 真実からだが、

あなたを憎む人の口づけは 偽りに満ちている。

(旧約聖書箴言27.6)

だれかれの区別なく 心を打ち明けるものでない、

その人から あなたの大事なものを 持ち去られないためだ

(旧約聖書シラ書8.19)

悩みのときに 不誠実な人を頼るのは、

むし歯や よろめく足を頼みにするのと同じだ。

(旧約聖書箴言25.19)

悩みのときの 神のあわれみは、

かんばつのときの雨雲のように ありがたい。

(旧約聖書シラ書35.26)

口と舌を慎む人は 悩みから自分を守る。

(旧約聖書箴言21.23)

事の次第が わかっているならば 隣人に答えるがいい、

そうでなければ 口に手を当てよ。

(旧約聖書シラ書5.12)

何と答えていいかわからないので 黙っている人もいるし

話すべき時を 心得ているから黙る人もいる。

(旧約聖書シラ書20.6)

うわさ話を聞いたのか。

あなたのうちに そのことばを葬れ、

心配するな 、

それであなたが 破裂するようなことはない

(旧約聖書シラ書19.10)

嘲笑と侮辱は 高慢な者の口にある。

しかし、報復は 彼らに対して獅子のように待ち伏せている。

(旧約聖書シラ書27.28)

いうことを 準備してから話せば 聞いてもらえる。

知恵を集め、それから答えよ。

(旧約聖書シラ書33.4)

親切なことばは蜜のようで、

魂には甘く 身体にはさわやかである。

(旧約聖書箴言16.24)

あらゆる注意をはらって 心を守れ

そこから生き方が 湧き出るからだ。

不道徳な話を 遠く退け、偽りのくちびるから 遠ざかれ。

(旧約聖書箴言4.23.24)

主の祝福は 主を敬う人の受ける報いであり、

神は またたく間に祝福を 花開かせてくださる

(旧約聖書シラ書11.22)

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