不治の病にいたりし時

我は 絶望に沈べきや、否然らず、

名医の診断は庸医の診断の 全く誤びょうなるを示すことがある、

全能の神より見賜う時は 

不治と称する汝の病も また治し 難の病にはあらざるべし。 

内村鑑三


信ずるなり、動物の傷を癒すにおいて 

自然法の速かにして実功多きを、

ことに平安ある精神は 最上の回復剤なるを知るべし。

 内村鑑三


神は、神にささぐる感謝の ささげ物に勝る ささげ物を 

我らより要し賜うなり、すなわち砕けたる心、

小児のごとき心、有のままの心なり、

汝今 感謝を神に ささぐる能わず、ゆえに汝の心をささげよ、

神の汝を 病ましむる多分このためならん

  内村鑑三 


世に病者の存する理由は 世に愛せらるるものの あらんがためならん、

我ら弱きものを 愛して 自己の高尚なるを感ずるものなり、

我は愛せらるるよりも愛することを欲す、

内村鑑三



汝我のために 我に愛せられよ、

しかして我の汝を愛するに依て 汝より受くる喜悦と感謝とを

以て汝の快楽とせよ。

  内村鑑三


ああ神の智と 識の富は深いかな、

その法度は測り難く、そのみちは索難し。

 内村鑑三


たれか主の心を知りし、たれか彼と共に議することを為せしや、

たれかまずかれに施えて その報いを受んや、

そは万物は彼より出、かれにより、かれに帰ればなり、

願くは 世々栄神にあれ、 

(ロ−マ書11章33節より36節まで) 



病むものは汝一人ならざるを知れ、 

  内村鑑三



神は愛するほど その子を苦しめ賜うがごとし、

汝の苦しめらるるは 汝神に愛せらるるの 証なり、

忍びて試誘を受けくる者は福なり、

そはこころみを経て善とせらるる時は生命の冠を受くべければなり、

この冠は主己を愛するものに約束し給いし所のものなり。

 (ヤコブ1章12節)  



余は余に 未来生命の存するを感ず、

余は 切り倒されたる 林の木のごとし、

新鮮なる萌芽は いよいよ強く 

いよいよ活発に 断株より発生するを見る、

余は天上に向て登りつつあるを知る、

 内村鑑三



日光は余の頭上を輝せり、地はなおその養汁を以て余を養えども、

天は余のいまだ識らざる世界(天国)の光線を以て余を輝らせり、

  内村鑑三



不治の病怖るるに足らず、快復の望なお存するあり、

これに耐ゆるの慰と快楽(喜悦と感謝)あり、

生命に勝る宝と希望とを汝の有するあり、

また病中の天職(神が我等各自に授け給ふた職)あるあり、

汝は絶望すべきにあらざるなり。

  内村鑑三

 
あなたの仕事を 主に任せよ、そうすれば 

あたたの計画は成功するだろう。

(旧約聖書箴言16.3)



人は心のなかで 自分の道を計画するが、その一歩一歩を 導くのは主である。

(旧約聖書箴言16.9)


人間の前には いのちと死があり、本人の選ぶものが 与えられる。

(旧約聖書シラ書15.17)