八専, 十方暮れ, 天一天上, 大犯土, 小犯土, 甲子, 庚申, 己巳, 三伏, 三隣亡, 一粒万倍日, 不成就日,
日の干支で、壬子に始まり、癸亥に終わる12日間の内、
陰陽五行説による五行の同気が重なる日を八専という。
同気の相勝の日と言われ、「万事、いい事はさらに良く
悪い事はさらに悪くなる」とされる。
日の配当は下記である。
壬子、甲寅、乙卯、丁巳、己未、庚申、辛酉、癸亥
甲申の日より癸巳の日までは、陰陽五行説の「相剋」の日が
多くあるので、十方暮と注記され、悪日と言われる。
「婚姻、和合、出行などに悪い日」と言われている。
但し、丙戌の日、己丑の日は除かれ、間日とされる。
天一と称される神が天上におわす日という由来である。
日の配当は癸巳の日より、戊申の日までの16日間である。
天一神(地星の霊)の天一天上以外の日の所在は、
己酉日より6日間・・・・丑寅の方向
乙卯日より5日間・・・・東の方向
庚申日より6日間・・・・巽(たつみ)の方向
丙寅日より5日間・・・・南の方向
辛未日より6日間・・・・未申の方向
丁丑日より5日間・・・・西の方向
壬午日より6日間・・・・乾の方向
戊子日より5日間・・・・北の方向
以上を巡り過し天一神遊行と言われる。
下界にあるときは「その方向に向かって産をしたり、
弓を射たり、争論を慎むべし」とされる。
天上にある時は「いづれの方向も障りなし」とされる。
干支の五行説による気が、土と土で重なる日。
庚午の日から7日間で、その内丁丑の日は間日となる。
「土を犯してはならない日」と言われている。
干支の五行説による気が、土と土で重なる日。
戊寅の日から7日間である。
「土を犯してはならない日」と言われている。
干支の甲子の日。この日の夜は大黒天を祭る。
「鼠が大黒天の使者」と言われることから、
十二支の子の日に行われる祭りである。
江戸時代の略暦には必ずこの日は記載されていた。
干支の庚申の日。この日は五行説による金気が
重なっている日で、
「天地万物の気」がこの日に「変革」されると言われている。
神道では猿田彦を、仏家では青面金剛を、
道家では三戸をそれぞれまつる。
この日には、庚申待とも庚申祭とも称し、
中心の家に村内のものが集まって、祭祀を行い、
会食し、夜を徹する風習がある。
江戸時代の略暦には必ずこの日は記載されていた。
干支の己巳の日。
己巳は福徳賦与の神とされる弁財天を祭る日である。
「巳(へび)は、弁財天の使者」と言われることから、
この日になったとされる。
江戸時代の略暦には必ずこの日は記載されていた。
初伏:五月中(夏至)後第3回目の庚の日
中伏:五月中(夏至)後第4回目の庚の日
末伏:七月節(立秋)後の最初の庚の日
以上三つを総称して三伏と称する。
「夏は火気の盛んなるがため庚の金気が伏せられる日」
とされる。
明治以降に暦注に記載されだし、普及しだした暦注である。
「屋造りを忌む日」とされる。
日の配当は下記による。
節月 正、四、七、十月・・・亥の日
二、五、八、十一月・・・寅の日
三、六、九、十二月・・・午の日
宣明暦時代には、万倍日として暦注に記載されていたが、
貞享改暦後、暦上から消えていたが、新暦時代から
再度暦上に入ってきた。
日の配当は下記である。
節月 正月・・・・丑、午の日
二月・・・・酉、寅の日
三月・・・・子、卯の日
四月・・・・卯、辰の日
五月・・・・巳、午の日
六月・・・・酉、午の日
七月・・・・子の日
八月・・・・卯、申の日
九月・・・・酉、午の日
十月・・・・酉、戌の日
十一月・・・・亥、子の日
十二月・・・・卯、子の日
万事不成就で、用うれば「三時(とき)内に災難が来る」
と言われている。
宣明暦時代には、会津暦で用いられただけであり、
貞享改暦後も記載されていないが、
略暦に用いられていたと思われる。
日の配当は、
旧暦月 正、 7月・・・・3、11、19、27日
2、 8月・・・・2、10、18、26日
3、 9月・・・・1、 9、17、25日
4、10月・・・・4、12、20、28日
5、11月・・・・5、13、21、29日
6、12月・・・・6、14、22、30日