エッセイ
奈良国立博物館副館長 上田 孝
|
奈良に赴任して、あっと言う間に一年が経ちました。当初は、社寺、鹿、古い街並みなど何を見ても、1300年の日本の歴史が今、目の前に!という感動を覚えましたが、近頃は慣れてきたせいか、いちいち感動することが少なくなってきました。例えば、米国サン・フランシスコにあるゴールデン・ゲート・ブリッジは観光サイトとして有名ですが、そこを毎日通勤で通っている会社員にとっては、単なる通勤経路途中の橋として受け止められているのだろうと考えると、観光によるせっかくの感動もしらけ気味になります。文化への理解を深める上で、慣れは大敵。日常の中でも常に感動できる心を持ち続けられるように、二年目も頑張っていきたいと思います。 |
|
 |
| Taishu Bunka and Anne Clubs in Japan |
Daniele Allard
In 1997, I began graduate studies in comparative literature at the Universite de Sherbrooke in Quebec. My project was to investigate the reception of Hanako Muraoka’s renowned translation of Anne of Green Gables(Akage no An, 1952).
The follwing year, thanks to a scholarship granted by the Japanese government, I left for Osaka, Japan, where I first spent six monts studying Japanese and then enrolled as a research student for a year at Nara Women’s University. It was during that year that I became immersed in Japan culture-its festivals and traditions- and became acquainted with Anne clubs, which are the focus of this
chapter.
The most unusual encounter I had with Anne clubs was accidental. It happened at the Awa Odori, a spectaculiar summer dance festival; I had been invited to participate in one of the parades. Women generally wear light, colourful kimonos and a peculiar hat associated with the event, while men put on a happi coat(Japanese festival vest), shorts, and a bandanna. A woman was kindly and expertly helping me don the traditional wear, and we began to chat. “What are you doing in Japan?” she asked me. “I am interested in red-haired Anne” I replied. “Are you really?” she exclaimed enthusiastically and added: “I love Anne myself in fact, I belong to a group called “Anne’s Group.” The woman I had thus met was none other than Mrs.Norioka Seo, a pharmacist and the editor of the newsletter and publications of Anne’s Group, a club inspired by L.M.Montgomery’s heroine. Noriko Seo was an important contact.
Anne of Green Gables is intensely popular in Japan. After the publication of Muraoka’s first translation in 1952. Anne immediately won the heart of many Japanese, and her popularity has steadily grown since now, five decades later, not only is Anne of Green Gables a widely read novel in translation, but Anne herself is a vastly popular figure in comic books, television animation, and movies.
Throughout the country, reflections of Anne can also be found in various commercial ventures and in educational contexts: there are Anne-related books, pastry shops, cafes and home-furnishing boutiques, Avonleatype inns, and institutions using her name, such as a nurses training school called “The
School of Green Gables” As Tara Nogler reported until 1998 there was even a replica of Avonlea in northern Japan, in a theme park called Canadian World, where the visitor could meet Anne, Mathew, Marilla, and other Green Gables characters as impersonated by Canadians from Prince Edward Island.
In exploring the Anne clubs as a popular culture phenomenon, I begin with the concept of popular culture itself. In North America and Europe, popular culture has come to the forefront as a specific field of research in the latter half of this century, especially the last twenty years. One of its current concerns calls for a dismantling of the sacred frontiers existing between high culture and mass culture, an enterprise in which this collection on L.M.Montgomery participates. These frontiers, however, do not exist to the same degree in Japan. An intriguing discovery was that popular culture does not have an equivalent expression in the Japanese language. Taishu Bunka , the most frecquent translation,is closer in meaning to mass culture. Professor Hidetoshi Kato, a Leading expert on Japanese Taishu Bunka, who is also familiar with western culture, explains in his Handbook of Japanese Popular Culture. Why the American sense of “popular culture” is not applicable in the Japanese context is an interesting intellectual and cultural question. In the first place, the term Taishu, which originates in the Buddhist tradition, has an egalitarian meaning where there is no distinction between ”elite” and “mass,” “literate”and “non-literate,” and so on……… |
Kato futher situates Japanese Taishu Bunka in historical perspective, explaining that Taishu Bunka ripened during Japan’s period of isolation, approximately between1612 and 1868. During this time, peace prevailed for two and a half centuries and society devoted itself to various cultural enterprises. There were nominal class distinctions, but nevertheless Taishu Bunka, ranging from the tea ceremony to kabuki theatre, thrived: culture could be enjoyed by all. Japan also had a literacy rate that was among the hghest in the world at that time, estimated at 45 to 50 per cent. Western missionaries visiting Japan in the eighteenth century stated in awe that in Japan, even a peasant is a poet. Given these facts, Kato considers that Japan was an egalitarian society in several respects.
|
 |
|
(カナダ・ケベック在住 元奈良女子大留学生)
|
|
 |
酒井 明子
奈良の姉妹都市である慶州(韓国)で行われた“お餅とお酒のフェスティバル”に参加する機会を得た。今回旅行して飛行機で2時間ほどで行ける近い国であり、頭の中で理解しているよりやはり体験が重要である事を認識したのである。
会場で韓国の人々のすごいパワーを感じ、同じアジアの住人としてそれはどこから生み出されるのか非常に不思議であった。人々は初めてのものを見て確かめるとき、触って体感してそのものを調べるのである。フェスティバルに参加して奈良のブースでお餅を焼いて販売しているとき、何人かの人は鉄板上の熱いお餅に触ろうとしたり、見本に置いてあるお餅に触れようとする人もいた。このことの背景に彼らは食べ物に関して、まず試食して確かめてから購入する習慣があるからなのではないだろうか。 |
ある時スーパーマーケットへ行くと日本と同様に食品の種類が豊富であり、あちこちに試食品が並べられていた。キムチ、韓国のりのコーナーで私も韓国流に体験してみた。本当はいろいろ質問してみたかったのだが、いかんせん言葉が不自由である。日本語がわかりそうな年配の人に聞いてみたが、無理であった。そしてマーケットの中を歩き回りながら私は不思議な感覚にとらわれていた。
確かに書かれている字はハングル文字ではあるが並べられている商品は特殊な物を除いて日本と大差ないものであり、一瞬自分は今どこにいるのか考えてしまった。韓国の一面を覗いて、これを機会に近い国に対して理解を深め、過去の歴史をふまえてよき隣人として接してゆきたいものである。
|
 |
|
 |
|
《 英 会 話 サ ロ ン (2月7日)リポート その1 》
ユニセフ奈良県支部の常任理事山藤エリザベスさんを講師にお招きし、お話をお伺いしました。
まず、生きて行く上で、最も重要な水についてのお話からスタートしました。日本は雨が多く、水に恵まれ飲み水に不自由する事がない国ですが、国によっては、子供達が脱水症状で苦しんでいる国があります。エリザベスさんはネパールで子供達が水汲みに使っている大きな水がめ(urn)を持参して見せて下さいました。
ネパールでは子供達がそのかめに水をいっぱい入れて(15〜20kgにもなる)背中に乗せて運ぶのだそうです。その為、成長期の背骨の発育にも悪影響があり、子どもらしく遊んだり、学校へ行く時間も制約されている現状があるということです。
ポンプ一台(16,000円〜17,000円)寄付することによって、その村の子供達は学校へ行き、遊ぶ時間が出来るのです。今後、若い世代が新しいアイデアを出し合い、もっと簡単に地面を掘る技術が開発される事が期待されます。
また、汚水を飲む事によって下痢(diarrhea)から脱水症状で死に至るケースもあり(全死因の5分の1)それに加えて、肺炎(pneumonia)はしか(measlesan)破傷風(tetanus)などが原因で5歳未満の子供が3秒に1人の割合で死んで行くのだそうです。(ちなみに10年前には2秒に1人でした)
ユニセフでは保健衛生士を派遣して、水を一旦煮沸させてから飲むなどのアドバイスをします。また、はしか・破傷風などの予防接種(vaccination)をアフガニスタンに運ぶ際、カイバル峠までは4WDでそれ以降は200から400頭のロバに物資を積み、山越えして運んだそうです。
現在、ユニセフスタッフは約5,500名。162の国と地域で子供たちの支援事業を行っています。日本とユニセフの関わりは、過去1948年から1964年まで日本も粉ミルク、毛布、パン、raw cottonなどの支援を受け、1955年日本ユニセフ協会がスタートし、お返しに援助を開始しました。
(山本 記)
|
|
 |
|
《 英 会 話 サ ロ ン (3月7日)リポート その2 》
3月の英会話サロンは、マーク・シェフナー先生を講師にお迎え致しました。
先生はイギリスのブライトン出身で23年前にJETの先生として来日されました。
このプロジェクトは1977年にまずイギリスと日本の間で始まり、ネイティブの英語の先生を招へいする事を推進、やがて他の国とも関係が広まっていったそうです。
先生の初の赴任先は加古川東高校でした。そして現在は帝塚山大学の助教授として様々なメソッドを用いてダイナミックな英語教育を展開されています。
この日は、おすすめのイギリス映画のリストをご用意下さいました。そして、「炎のランナー」がケンブリッジのキングスカレッジで撮影されたことや、「ハリーポッターと賢者の石」の食堂のシーンはオックスフォードのクライストチャーチ大学で撮られたことなど、楽しいエピソードを伺いました。映画を鑑賞することで、その時の社会現象を知ることも出来るし、セリフが印刷された本を使って楽しみながら英会話を学ぶのも良い方法だと思いました。
先生はオックスフォードでの学生時代に英文学、フランス語、ドイツ語等を学ばれました。また、空手クラブにも入部され、後には護身術としても知られる植芝盛平氏による合気道の精神も学ばれたそうです。
会員の皆様と共に、日英に渡って話題の花が色々と咲いたこの日のサロンでした。
(須藤 記)
毎回お忙しい方に講師をお願いしての英会話サロンです。
事務局スタッフによるサロンレポートをお読みになり、サロンの雰囲気を感じて頂き、一人でも多くの方に参加していただければと思っております。
|
|
 |
|
奈良教育大学総合教育課程 生涯学習コース2回 松村真紀
今回、私は計5回の研修を受けさせていただいて、多くのことを得て帰ってきた気がします。
ボランティアとして、どういうことが自分にできたかというよりも、学ぶことの方が多すぎて、少し申し訳ないくらいです。どうも消極的で受身になりがちな私たちですが、研修期間中の「これは一つのきっかけであって、そのチャンスをものにできるかどうかは、それからの自分の動き次第」という言葉の意味を、研修やこのボランティア協会に携わる人たちの活動を通して、身をもって感じました。二月堂盆踊り、英会話サロン、そして折り紙教室と、普段出来ないほど幅広い人たちと接することができ、その中でも、ならまちフェスタでの折り紙教室では、それまで交流は皆無に等しかった同じ奈良教育大の留学生との出会いがありました。これは私にとって大きな収穫で、その後の学校生活においてもこの研修がそれっきりで終わってしまったのではないと思えることの一つです。
ボランティアに参加されている方の中には、見ず知らずの外国人でも困っているのを目にすると、声をかけ、時にはそのまま家に泊めてあげることもあるそうで、その話を聞いて、自分の行動一つでどこまででも世界を広げていく可能性に繋がるのだと感動しました。
短い期間でしたが、本当に貴重な体験をさせて頂きました。チャンスをものにするように積極的に何かをしていこうと思います。最後になりましたが、大変お世話になりました。多くの学ぶべきことをありがとうございました。
|
|
 |
|
<ホストファミリー募集>
下記の通りホストファミリィーを募集いたします。
「ジェトロ厚生会」主催による英米教育関係者日本研修一行(46名)の奈良訪問にあたり、7月8日(火)〜7月9日(水)一泊二日夕食と朝食のホームステイボランティアをお願い致します。
| 7月8日(火)午後2時 | 三井ガーデンホテル ロビーにてHFマッチング |
| 7月9日(水)午前9時 | 三井ガーデンホテル ロビー集合 |
ホストファミリィーをお引き受け頂いた方には、7月7日夕刻より行われる交流パーティーに御招待致します。
お申し込み、お問い合わせは事務局までお願い致します。
|
|
 |
|
《 英 会 話 サ ロ ン 》(第1金曜日)
| 日 時 | 5月 9日(金) 2:00〜4:00P.M. |
| 講 師 | ロバート・ライト先生 奈良先端科学技術大学院大学教授 |
| 日 時 | 6月 6日(金) 2:00〜4:00P.M. |
| 日 時 | 7月 4日(金) 2:00〜4:00P.M. |
| 場 所 | NIEVA事務局 |
|---|
|
《 折ってひろげてペーパークラフト 》
ひと味ふた味み味も違う折り紙アート。 留学生を交え、楽しく英語のお喋りや、子どもさんも折り紙を通しての国際交流。NIEVAの折り紙教室に是非ご参加ください。
(第4土曜日)
|
| 日 時 | 5月24日(土)2:00〜4:00P.M.
「不思議な箱 作り」 |
| 日 時 | 6月28日(土)2:00〜4:00P.M.
「七夕飾り」 |
| 日 時 | 7月26日(土)2:00〜4:00P.M. |
| 場 所 | NIEVA事務局 |
|---|
|
|
※各教室・サロンとも申し込みをお願いします。
参加費は、会員 500円・一般 1,000円・留学生 無料
|
|
|
 |
平成15年度NIEVA総会のお知らせ
日 時 5月16日(金)4:00P.M〜
場 所 奈良市国際交流ボランティア協会事務所
|
|
 |
事務局便り
4月14日から20日までのドイツ・バーデンブルテンベルク州マンドリンギターオーケストラ来寧に際しては、ホームステイをはじめ様々な分野でのボランティアを頂き有難うございました。一行は、20日高知へ向けて出発、26日には、数多くの交流プログラムを精力的にこなし帰国されました。改めて皆様方のご協力に感謝いたします。
引き続き7月7日〜9日来寧のプログラムについて別記要綱にて皆様方のご協力をお願い致します。
国際情勢厳しい昨今なればこそ今まで以上の相互理解が必要ではないでしょうか。私たち一人一人が民間外交官としてより強い自覚と思いやりを再認識する時期ではないでしょうか。
[下の写真は、マンドリンギターオーケストラのスナップです]
|
|
|
 |
|
|
| | |