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| 2001.7 | |||
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神戸で生まれ育った私ですが子供の頃には、早く父を亡くし母と妹の三人で終戦を迎え、妹が結婚をして、お腹が大きい時に他界をしてしまった。 私は結婚をし子供も3人目が生まれしばらくして、 大和郡山のあじさいで有名な矢田寺の近くに、今は住んでいる.子供たちも それぞれ独立をし親元を離れ立派に社会生活を営んでいる。 昭和32年に株式会社不二家神戸工場に入社定年で退職まで約38年間不二家で勤め、 退職をして3年目ぐらいに、今の会社(といってもちいさなパン屋)で 体力の許す限りと思い、若い人たちと一緒に働いている。 考えてみると,食品関係ひとすじに現在にいたっている。 今は、時間があればテニスをしているが、団地の中のコートを使っているので、 いろんな人との出会いがありお互いに利害関係もなく、ひじょうに楽しく、 年齢も違い仕事も違うので、いろんな話に花が咲き人生の情報源隣、大切な場である。 |
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この年になると、今まで会得した技術や、知識を誰かに継承できればこんな素晴らしい ことはないだろうし、生き甲斐もあるだろうと思い、2年程前の春頃から自宅で、お菓子教室なるものを始めたわけです。 と言っても最初は知ってる者の教えたがりやで、妻の友人に教えたのが始まりで、当初は気楽に考えて始めたわけです。 しかし習う方はテレビなどを観て習う方法などは画面を見ているように手際良く出きると思い始めるのですが、意外や意外むつかしいの連発! でも1年ぐらい経つと手つきも良くなりうまく出きるようになるものです。 人に何かを教えるとゆうことは,難しくて大変な苦労があるものである。 自分の体調とか気持ちが乗っていないときは直ぐに相手に伝わってしまうようで、いつも気持ちを引き締めておかなければならない。
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男親が子供のことを書くと笑われるかもしれないが,妻と違った目線で見ているだろうから少し思い出してみたいと思う。 長男圭一は38年生まれなのでもう立派なおっさん!と言う感じだ.小さい頃からオルガンやエレクトーンを習い大学で音楽の勉強をして、今は中学校で音楽の教師として生計をたてている。家族は妻と子供3人を設け頑張っている。 二男康弘は母親が9月8日生まれ自分は40年9月7日生まれなので何時も得をしているようだ。大学を卒業して直ぐに、カナダのウィスラーで住むようになり、シェフの仕事を手伝ったり,ヘリコプターのパイロットの資格を取ったりしたようだ。 今ではレストランのオーナーシェフとして活躍をしている。
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三男和芳は、建築設備の関係の仕事をしながら頑張っている。私たちの実家に一番近いところに住んでいる。 子供も男の子を二人設けけんめいに頑張っている。 三人の息子達はそれぞれ違った道を進んでいる。
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