我が家に来た

平成6年6月6日に生まれました。僕の父親はチャンピオン犬で母親は2キロの真っ白な絹のような柔らかい綺麗な毛をした可愛いマルチーズ犬でした。

僕は、2ヶ月目に親と別れてお父さんとお母さんの家に来ました。名前をシーザーと付けてもらいました。とても小さくて鼠のようだったそうです。

 

 

         楽しかった

夏でしたのでアイスノンを入れてもらって大きいサークルの端に寝ていましたが、夜になると寂しくなってキュンキュンと鳴いてお母さんを困らせました。そのうちに馴れるだろうと教えられていたお母さんでしたが、諦めて僕をお母さんの部屋へ連れて行ってくれました。僕は嬉しくなって大喜びして飛び跳ねたいくらいでした

それから、毎日寝るときは皆と一緒で安心して寝る事ができました。毎日が、とても楽しくて「早く大きくなりよ。」と毛を梳く度に撫で撫でをしてくれて、とても可愛がってくれました。何処に行くにもお父さんに抱っこしてもらい、散歩の時にはお母さんに連れられて広場を一緒に走りました。

その後は何時も抱っこしてもらい甘えていました。食事も手で食べさせてもらっていました。僕のすることは寝ることだけですみました。

 

僕は水が好きじゃないので外に行くのがいやでした。雨降りの時はトイレに行くのがいやで逃げていました。でも庭で好きな所が、トイレになっていたから渋々行きましたが、その後庭を走り回るのが嬉かったのでその気になったのです。でも雨降りは足が濡れるからやっぱりいやです。同じ理由でシャンプーがあまり好きではないのですが、暖かいお湯は気持ちのいいものです。シャンプーが終わると何時も「プルプルしなさい。」と言われ、思い切り体を揺すり嫌だったことも忘れ走り回りました。その後、毛をドライヤーで乾かしてもらい綺麗な紙でセットしてもらいました。「シーザーとても綺麗になったね。可愛い可愛い。」と、言ってもらいそのお礼にぺろぺろとほっぺを舐めました。

そんな毎日が過ぎていきました。2人がお買い物に行くときは、必ず抱っこしてもらってお供をしました。或る時、デパートで「やあ、縫いぐるみかと思ったら生きている犬やんか。」と言われ吃驚しました。じっとしていたからかもしれません。そんな風に見えたのかなあ。寝るときは何時も寝袋に入れてもらって安心して起こされるまで寝ていました。全く番犬にはなりませんでした。そんなこんなで5年が過ぎました。

        病気になって

そうしている内に、何だか食欲が無くなり痩せてきました。

綺麗だと皆に言われていた自慢の真っ白で長い毛がぽそぽそと抜けてきました。お父さん達は如何したのかと心配していましたが僕にも分かりませんでした。お腹も膨れて重くなってきました。お父さん達は「変だから病院に連れて行こう。」と動物病院に連れて行ってくれました。自動車で40分ほどかかって行ったので酔ってしまいました。病院行きも大変です。

病院では、先生が「まだ若いのにどうしたのかな。詳しく調べましょう。取りあえず腹水が溜まっていてしんどいだろうから水を抜きましょう。」と言って水を抜いてくれました。

体が軽くなったので元気になりました。

でも検査の結果は良くありません。先生は「先天性の奇形の肝臓病です。肝臓が普通の大きさの半分位です。肝臓に行く管が細く発達していないので栄養が蓄えられない為です。手術をしてバイパスを付けないと無理でしょうね。それで少しでも良いほうに向かってくれたらいいですがね!如何しますか。」僕は吃驚しました。お父さん達は「シーザーには痛い目をして可哀想だけれども、少しでも良くなるのだったらお願いします。」と言うことで、僕は入院することになりました。ひとりで置いておかれるのはとても淋しかったけれど仕方がありません。二人は心配しながら帰って行きました。

僕は、次の日に手術をしてもらいました。病室で点滴をしてもらって寝ているとお父さん達が来てくれました。そうしてお母さんが抱っこをしてくれました。「シーザー痛かったでしょう。でも元気になれるのだから頑張りよ。」と言ってくれました。僕は嬉しいのですが、未だしんどいので目を少し開け又寝ていました。二人は、「又来るからね。早く良くなってね。」と言って帰って行きました。

そんな事を繰り返して少しずつ元気になりました。

先生は、二人に「とても危ないときがあったのですがやっと元気になりました。」と言って、「連れて帰ってもいいですよ。」と言われたのでとても嬉しくなりました。

やっとお家に帰ってきました。でも好きなお肉は食べられなくなりました。食べると体が悪くなってしまうからです。

それから毎日、缶詰の薬の餌をもらう事になりました。匂いが悪く美味しくないのです。だから食べる気がしませんでした。それで、餌を暖めて柔らかくして注射器で1日三回、薬と一緒に食べさされました。でも野菜や果物は沢山もらえました。そのうちに少しずつ太ってきて毛も沢山生え元のように成ってきました。皆は喜んでくれました。「可愛い可愛い、元気になって良かったね。」と、毎日可愛がってくれました。二人が食事の時、僕はお母さんに抱っこしてもらって見ているのです。それが終わると腕を枕にして暫くの間寝ていました。とても気持ちの良いものです。お母さんは、「シーザーも一緒に食事をしているつもりなのね。食べられないのに仲間入りをしたいんだね。」と、しっかり抱きしめてくれました。こんな事が一年以上も続きました。
           お別れ

13年10月26日なんだか眠たくて仕方がなく、椅子の上で寝ていました。お父さんが「シーザーおしっこに行こう!」と呼んでくれましたが起きることができずやっと起きましたが直ぐ倒れました。お父さんが、「シーザー如何したのや!」と言って抱っこしてくれました。なんだか体が軽くなって、もう何も分からなくなりました。お父さんが何べん呼んでくれても、もう聞こえませんでした。僕は天国に行ってしまったのです。外出していたお母さんが帰って来て冷たくなってきた僕を抱いて何度も撫で「どうして死んだのどうして!!」と泣いていました。

僕はとっくに死んでいたのに、いつも可愛がってもらって幸せでした。

「有難う!! お父さん、おかあさん。」